15話 住もうと思っていた場所が魑魅魍魎の巣窟らしいです
う~ん、何かフカフカする。
何かを忘れているような?
「あ、盗賊たちだ!!」
あいつらを倒した後の後処理をトーイに任せたまま、私は寝てしまったんだ。
「あれ? ここ何処?」
起き上がると、そこは部屋の中だった。広さはビジネスホテルの部屋と同じくらいで、それなりに寛げるスペースもある。
「ここは、目的地タウセントの街の中にある宿屋だよ。今の時間は、お昼2時さ」
トーイの声が聞こえたので、そっちを向くと、長い銀髪で12歳くらいの可愛い女の子が椅子に座っていた。初めて見る女の子だけど、この子から感じるものが誰かに似ている。
「もしかして、トーイ?」
そう言うと、彼女は晴れやかな笑顔を見せてくれた。
「そう、僕はトーイだ。人化した姿なのに、よくわかったね」
「だって、声もそうだけど、あなたから感じる雰囲気が、トーイに似ているもの。てっきり、男の子だと思ってた」
カーバンクルの姿だと、性別はわからなかった。それにトーイの一人称は[僕]だから、ずっと男の子だと思ってたよ。
「この容姿と喋り方が合っていないせいか、人間が人化した僕を見ると、みんなが似た反応をするね」
聖域にいる時、カーバンクルには人化する能力があると聞いてはいたけど、全員があの可愛いふわふわもこもこのまま生活していたから、完全に忘れていたよ。こうやって観察すると、座り方や仕草さは女の子なんだけど、お姫様のような気品さを感じるせいで、喋り方が容姿と噛み合っていない。みんなが、口に出す理由もわかる。
「タウセントの街に到着したんだね。予定ではスラム街を拠点にして、冒険者活動を始めていくんだよね?」
私たちの年齢の冒険だと、稼げるお金も少ないから、スラム街の空き家を利用して、自炊しながらお金を貯めていく予定だけど、いきなり宿屋を使う羽目になるとは思わなかった。
「そうだよ。でも、冒険者活動を始める前に、スラム街に行って締めないといけない奴がいる」
トーイから、怒りを感じる。まだ、陽も明るいから、寝てからそんなに時間が経過していないはずだ。
「何かあったの?」
「僕がユミルをおんぶしている時、12歳くらいの子供が僕のポケットから銀貨の入った袋をすっていったんだ。こっちには孤児の子供もいるのに、良い根性しているよ。そういう意地の悪い子供には、お灸を据えないといけない。この手の悪事をする子供って、大抵生活に困っている孤児なんだ。絶対に潰す」
可愛い顔が大無しになるほどのあくどい笑みを浮かべている。なんで、トーイからお金をするのよ。ある程度裕福になるまでは、スラム地区で活動する予定だから、多分その子とも必ず何処かで接触する。今のうちに居場所を突き止めて、トーイとも仲良くなってもらおう。
○○○
私はトーイの買ってくれたパンを食べ、お腹を膨らませてから、宿の受付にいる40歳くらいの恰幅のいいおじさんに、ここに来る途中で起きたスリの件を話すと、少しだけ気の毒な顔を浮かべる。
「そりゃあ、多分カイトの仕業だな」
「カイト?」
「街外れのスラム地区に住む12歳くらいの孤児だよ。新しい街長様が来られて以降、街の治安も良くなり住みやすくなったが、カイトや小さな孤児たちのいる地区だけは、何も変わっていない。あそこは魑魅魍魎の巣窟になっているから、君らはスラム街の外で、カイトが出てくるのを待った方がいい」
魑魅魍魎?
悪い人が、沢山いるってこと?
その地区だけが、治安も悪いんだ。
「おじさん、悪人どもの巣窟になっているのなら、なんで街長は治安騎士団や冒険者ギルドに討伐依頼を出さないの?」
トーイも、私と同じことを思ったようだ。
「そうか、嬢ちゃんたちはこっちの事情を知らないのか。【魑魅魍魎】というのは言葉通りの意味で、あの地区には魔物化したアンデッドやゴーストがうじゃうじゃいるんだよ。今から1年3ヶ月前の冬の出来事なんだが、この街で大火災が起きた。死者の数は153名」
153!? 犠牲者の数が多いよ!!
「火元は不明だが、スラム地区の何処かだと言われている。そこから燃え広がり、地区の多くの建物が全焼して、残った建物もあちこち黒くなってしまい、人が住める状態じゃない。しかも、150名以上焼死したせいか、あの地区全てが幽霊の溜まり場になってしまい、そいつらの多くが教会の神官でも手に負えないアンデッドやゴースト系の魔物に進化しちまった。街への被害拡大を恐れた神官たちは、霊を地区から出さないよう封印結界を施し、王都におられる聖女様に助けを求めた」
聖女様!? この世界には、そんな存在もいるんだ。
「だが、魔物共は聖女様の力に対抗するため、自らの身体を合体させ、凶悪な1体の魔物へと進化した。聖女様はその魔物を倒せなかったが、弱体化には成功し、これ以上強くならないよう、スラム地区に強力な封印結界を重ね掛けした。あの方は再戦するため、今でも力を蓄え、準備してくれているんだよ。邪魔をしないよう、現在スラム地区は立入禁止区域となっているんだ」
この街中に、そんな心霊スポットがあるだなんて驚きだよ。でも、再戦の準備に、なんで1年以上かかるの? う~ん、何か特殊な事情があるのかもしれない。
「カイトや孤児たちは、よくそんな場所に住めるね。僕なら、すぐに引っ越すよ」
トーイと同じく、私も住みたくない。
「新しく建築された孤児院もあるが、定員オーバーであぶれた孤児たちが、スラム地区内にいる。カイトは1人で、その子たちを育てているんだ。魔物共の一部は、スラム地区の住民のなれの果てだからか、孤児たちには手を出さん」
なるほど、それなら納得だよ。
ある意味、魔物たちが孤児たちを守ってくれているんだ。
「あのさ、そうなるとそこだけ景観が損なうよ? いつまでも放置っていうのは、まずいんじゃない?」
「あははは、そりゃあ街のみんながお前さんと同じ思いさ。だがな、相手がアンデッド系やゴースト系である以上、対抗できるのは光魔法か、それに付随する魔道具しかない。その使い手たちが手を焼いているんだから、文句を言っても仕方ねえよ。幸い、封印が人に見えるよう施されているから、お前らも立入禁止区域へ迂闊に近づくんじゃねえぞ。あの障壁は強固な分、魔物に絶大な効果を与えるらしいが、その反面おれたち人間は素通りできちまう。以前、冒険者どもが勝手に侵入して、半死半生の大怪我を負ったていう話を聞いたからな」
う~ん、元々そこにタダで住んで自炊しようと思っていたのに、いきなり壁にぶつかった。私はおじさんにお礼を言ってから、街の地図を銅貨5枚の500ゴルドで購入し、スラム地区の場所を教えてもらってから外に出る。
「トーイ、どうする?」
「とりあえず、その地区に行ってみよう。[聖女でも浄化出来ない魔物]というのが、妙に引っ掛かるんだ」
「そうだね」
街外れにあるスラム地区は、ここから東に位置しているようで、距離もまだかなりあるせいか、ここからだとそんな危険な場所があるようには思えない。
それでも、ここで暮らす以上は危険地区の規模を知っておきたい。




