1話 幼女は前世を思い出す
久々の投稿です。
興味を持って頂いた方々、ブックマークと評価の程、
よろしくお願いします( ◠‿◠ )
ねえ神様、何もこんな時に前世を思い出させなくてもいいよね?
小さな手足、小さな身体、現世の記憶と人格を保持したままの精神年齢15歳、肉体年齢4歳の幼女、それが今の私、ユミル・ルナイスカだ。
ああ、そうか。
こんな絶望的な状況下だからこそ、前世の記憶と精神が必要なのかな。
4歳の子供の心のままこの状況を見たら、どうなっていたのかと思うとぞっとする。
太陽は厚い積乱雲に覆われ、降りしきる大雨と轟く雷鳴、全身はずぶ濡れ状態、ここは崖下になっていて、周囲は一面森に覆われており、私のすぐ近くには……馬車の残骸があちこちに散乱し、マジックバッグが破れた影響で、家族旅行のため準備した荷物が方々に散らばっている。
そして……2頭の馬、両親、兄の遺体が地面に無造作に横たわっている。事故が起きてからどのくらいの時間が経過したのかわからないけど、私が気づいて以降、3人の位置に変化はない。私は覚悟を決めて、3人の身体に触れる。
「お父様、起きてよ。お母様も眠ってないで起きて。お兄様、風邪ひいちゃうよ? 起きて」
どれだけ揺すっても、3人は起きない。
「みんな…冷たい…ねえ起きて…お願いだから起きてよ。1人にしないでよ。前世も今世も、天涯孤独だなんて嫌だよ」
降りしきる雨のせいか、皆の身体はもう冷たくなっていた。
私がどれだけ肩を揺らしても、誰も目を開けてくれない。
前世の享年は15歳、そのせいで3人の状態が嫌でもわかる。
「神様、酷いよ。気づいたら天涯孤独のひとりぼっちだなんて…酷いよ。私は、まだ4歳なんだよ?」
前世、13歳の時、家族全員を乗せた車で高速を走行中、左前輪タイヤが突然破裂して、バランスを失いガードレールに激突、そのまま突き破って真下に転落、下が海だったこともあり、私は必死に地上を目指し浮上したけど、そこに家族の姿はなかった。両親と9歳の妹は脱出できずに、そのまま海の中へと沈んでいった。海から助け出されたのは、事故から3日後のことだった。その事故から2年間、私は親戚の人たちから生活支援を受けながら、生まれ育った家で孤独に暮らし、日々を過ごしていたけど、中学校の卒業式へ向かう途中、暴走車に跳ね飛ばされて死んだ。
「神様~~助けてよ~~~~~~~」
前世と今世の記憶が、次々とフラッシュバックしていく。
今世の自分は貴族の子爵令嬢ユミル・ルナイスカ、前世と同じくらい幸せな生活を築けていたのに…どうして…どうして、また私を残して死んじゃうんだよ。
豪雨のせいで、私の絶叫がかき消される。
私以外が致命傷、私だけが軽傷だなんて、数々の偶然が重なったことで起きる奇跡、どうせ奇跡が起きるのなら、前世や今世の全員に適応されて欲しかった。
記憶に目覚めた途端、目の前に家族の亡骸って酷すぎるよ……
これから、どうやって生きていけばいいの?
日本と違い、この世界には魔物がいる。
ここは深い森の中、私は魔物に食べられるの?
豪雨の中、私が途方に暮れていると、突然森の茂みがガサガサと動き出す。
「ひ!! まさか、魔物!?」
あまりの恐怖のせいで、足がすくみ、地面へと崩れ落ちる。
茂みから出てきたのは、白いふわふわした小さなミンク…かな?
首周りと尻尾がフワフワモコモコで、額の少し上から1本のツノが生えている。
ミンクっぽい魔物?
………何でだろう?
この子を見ても、危機感を感じない。
「あれ? こんな豪雨なのに、どうしてあなたは濡れてないの?」
まるで、雨がこの子を避けているみたい。
「君、僕が見えるの?」
「ミンクが喋った!?」
喋るミンクだなんて初めて見る。
ここは異世界なんだと、改めて実感する。
「僕は、君の言うところのミンクじゃないよ。精霊族のカーバンクルさ」
「カーバンクル?」
ゲームの召喚獣とかで、そんな名前があったような気がする。
そのカーバンクルは、周囲の惨状を視認すると、少し溜息を吐いた。
「なるほど、君の置かれた状況を大凡理解できた。自分の名前と歳を言えるかな?」
「ユミル・ルナイスカ、4歳」
カーバンクルは、私の瞳をじっと見つめてくる。
「苗字付きということは、貴族か。でも、幼女だからか、心は綺麗だね」
綺麗って、どうしてそんな事がわかるの?
「君、ここから早く離れた方がいい」
「え、どうして? 雨が止めば、護衛の人たちがここを見つけてくれるよ」
この子のおかげで、心が落ち着いてきた。
魔物が蔓延っている森の中を彷徨う方が、危険だ。
「今は雨が降っているから、臭いも遮断されているけど、雨が止んだら、亡骸から漏れ出る腐敗臭を感知した魔物たちが、ここへ押し寄せて来るからさ。それに、そこの馬車から異様な悪意を感じる。多分、この転落事故は人の悪意から派生したものだ。君の言う護衛も、怪しいね」
「え!?」
悪意? それって、誰かが馬車に細工をしたってこと? 馬車で街道を通っている時に、突然2頭の馬が暴れ出したのを覚えているけど、そこからは恐怖のせいで、外を見れなかった。
あ……こっちは荷馬車なんだから、護衛の馬なら追いつける!
それじゃあ、この事故は仕組まれたもの?
「ど、どうしたらいいの? 逃げろと言われても……」
家族の亡骸を放っておきたくないけど、このままだと私も殺される。ここから逃げたい気持ちもあるけど、土地勘がないから何処を目指せばいいのかもわからない。
「まあ、そうなるよね。君一人がこの森の中を彷徨いていたら、真っ先に狙われ、腑を食いちぎられるだろう」
「ひ!?」
嫌だ…死にたくない。前世の記憶を思い出しても、私には野宿するための知識がないし、現世の両親からスキルや魔法の扱い方すら習っていない。
「仕方ない、これも何かの縁か。この地で精霊の僕を視認できる人間を久しぶりに見たから、森の出口まで案内するよ。僕と行動を共にしている間、魔物を寄せ付けないようにしてあげよう」
「いいの!?」
カーバンクルさんに感謝だ!
「僕は、カーバンクルのトーイ。宜しく」
トーイが右前足を上げたので、私は右手で握手を交わす。
すると、何故か雨に当たらなくなった。
「あれ? どうして?」
「君は、一時的に僕の友となった。精霊カーバンクルの特性は[反射]、攻撃力が弱い分、あらゆる作用を反射できるシールドを張れるのさ。豪雨の中を移動し続けたら、間違いなく風邪を引く。今もずぶ濡れ状態だけど、雨に打たれ続けるよりはマシでしょ」
そっか、雨がシールドに反射されるから、ここまで降り注ぐことがないんだ。
これが精霊の力なんだ。
「さあ、行こう」
「うん」
ここを離れれば、家族とは2度と出会えなくなる。私は勇気を出して、家族の亡骸をもう一度見ようと振り返り、しっかりと見届けてから両手を合わせ、目を閉じる。
『お父様、お母様、お兄様。ユミルは生きるために、ここを去ります。亡骸を放って去ることをお許しください。どうか、天国で私を見守っていてください』
お別れの言葉を贈り、お祈りを終え再び目を開けると……
「へ、なにこれ?」
私の目の前に大きな画面が表示されており、そこにメッセージが記載されていた。