九
母は後、一ヶ月と半月とで亡くなった。病気は突如として、永遠への信頼を儚きものとする。彼は、この時ようやく、母はこの日に死ぬのだ、と悟った。
知らぬ顔で話している、腕を上下させている、首をちょっと傾けている——貴方は今日にも死ぬのですよ、お母さん。雲も見られぬ、字も読めぬ、何を感じることも無くなる。
彼が物語を綴っている間に、何も知らせず彼女は目を閉じた。シーツにすがる彼が認めるのは、彼女の抜け殻である。けれどもまだ彼は、殻に執着している。殻に何か呟いて聞かせる——これからが面白い所だったのに、と。祈らぬオオカミの時間を紡いでやっている。せめてその最期を見届けてからでも良かったのに、と、彼はわがままを呟いて、抜け殻に甘えている。
彼は、間もなくオオカミを完結した。が、思っていたものは得られなかった。彼の求めているもの、水底から引き揚げようと試み続けたもの——彼が釣り上げたのは、ただ安価な真珠であった。貴い光輝はまだ持たぬ。
彼が書くことによって追う欲求は、今後一生をかけても満たされないかも知れない。その不安は、彼の漠然とした焦燥となる。また、同時に、彼は新たな読み手を求めている。
彼は現実に追われる。生前準備は遅々としたが、彼女が亡くなってから、事は速やかに運んだ。儀式は儀式として処理され、彼はその間に何らの感慨をも働かせなかった。通夜も葬式も実の父親よりの一報も、儀礼に過ぎない。——ここで彼が無感動を呈するのは、母の死による衝撃のせいだと捉える者がいるかも知れない。しかし、彼の目に母の死が映り込んだのは、その当日のみである。後は、彼は彼の人生を生きるのみである。
彼はオオカミの生涯の記録を、とある文学賞に送りつけてやった。算段は無い。先にも述べたように、彼は読者を、如何なる者であっても必要としたのだ。
行事が終わっても、彼は現実に追われる。まず、就職しなければならない。その上で第一義を作文に置くのは難儀だ。生き延びるだけでも、多彩な厄介事をこなさなければならない。では死ねば良いかと言えば、死ぬと筆を執れまい。もし執れたとしても、冥界に不都合は感じない。現世を正し、伴って無上の真珠を掌に乗せてみなくてはならない。
彼は、用事で山路を能動的に訪ねるようになった。そのうち、元の交友関係が修復されつつあった。彼の肌の濁りが、段々とれてくる。すると、
『私がいなくなりゃあ、せいせいするだろ』が過ぎる。まさか。身の回りが一変したのさ、それに伴う変化に過ぎない。彼はこう考える——ずっと寄り添い生きてきた親の死は、子供にとって旧い人生の終わりを意味する。つまり一度子は死に、生まれ変わるのである。彼は、親は子より先に死んではならない、と理屈抜きに考える。
彼は朝の七時に起床する。手早く身支度を済ませ、家を飛び出す。机上に、真っ黒なノートが開けっぱなしである。布団は、畳まれていない。




