十一
京堂は見た目誠実な青年である。が、初村と同等に酒を交わすくらいには年を食っている。グラスに焼酎を注ぐ。初村は既に深く混迷している。
「いや、先生。急に誘うから、都合つけるの大変だったよ」
「まさか。何か用事があったわけでも無いだろうに」
「ああ、まあ」
京堂は陽気な店内音楽に合わせて、何度か頷いた。
「先生、何かあったんでしょう? けど、大抵どうでもいいことなんですよ。もう、それは分かってる」
「貴様、随分な態度だな」
「じゃあ、どんなことで僕を?」
「何、確かに大した事じゃない」
「何だ」
「何だとは面白い」
初村は肘をつき、頬とでこを赤らめ、グラスをその顔の前にぶら下げている。
「何、ちょっと気になる事があった」
「気になること?」
「とある選考をやっていたのだが」
「ああ」
「評価が難しいのだ」
「へえ」
「可笑しいと思わんのか」
「さあ、初村先生なら、あり得そうなことです」
初村は小首を傾げる。
「不思議なものだ、アマチュアの評は戯言だ」
「はあ」
「それがプロになると立派な評をするようになる」
「そういうものでしょう」
「その二つの間に、何か大きな差があるかね」
「無いとは言えないでしょう」
「つまり、こういうことか——プロの『形』を受ければ、突如何者も実力と権威とを同時に伴うことができる」
「そんな風に言っちゃあ、元も子もないでしょう」
「いや、元も子もないのが、本質なのだ。奴らに大層な考えは固より存していない。それが、プロの『形』があると他も底が知れないから、注意を受けない。だから増長する」
「へえ、そんなことがあるんですか」
「君も大学の教授なら、そういったことに何度か経験があるだろう」
「……僕はのらりくらりと生き延びる性分で、事の本性にはそんなに興味が無いんですよ。結局、世渡りは上辺だけで事足りるんです」
「君みたいな男と友人であるのが信じられんな」
初村の酒は段々加速する。京堂は相変わらず平気である。
「作家は、上辺だけでは駄目なのだ。世を君みたいな人間の繁殖で腐らせてはいけないから」
「先生、言いますねえ」
京堂と初村は、とろけた眼で睨み合っている。
深酒が進行すると、いよいよ初村には見境が無くなってくる。
「君の言うとおりだわな、上辺だけで世の中は事足りる。上辺の代表が賞レースだ」
「その通りです。賞は、とればとるほど偉いのです」
「……オオカミ」
「は?」
「オオカミも素直に祈るべきだったと、そう思うか」
支離滅裂だ、と京堂は思う。
「あの、オオカミって……」
「あれだよ! あれ!」
怒鳴られてもますます訳が分からない。
「俺は思わんなあ。何故なら生命の意義は、ただ生き長らえるところには無いからだ——」
初村の白髪の毛先が揺れる。次の瞬間、机に突っ伏した。
「やれやれ」
京堂は、またかとため息をつく。これからは初村の頭頂を肴に進めなくてはならない。初村は、
「会いに行くぞ……」と頻りに呟いている。
「誰に?」
「……オオカミの子に」
「オオカミの子ども?」
「オオカミの話を書いた子!」
「ふうん……その彼はどこに?」
初村は鬼の顔を振り上げて、けれども事切れて、やがて、いびきが始まる。京堂はまた「やれやれ」と言う。




