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浮沈  作者: ラララルルル
11/13

十一

 京堂は見た目誠実な青年である。が、初村と同等に酒を交わすくらいには年を食っている。グラスに焼酎を注ぐ。初村は既に深く混迷している。

「いや、先生。急に誘うから、都合つけるの大変だったよ」

「まさか。何か用事があったわけでも無いだろうに」

「ああ、まあ」

 京堂は陽気な店内音楽に合わせて、何度か頷いた。

「先生、何かあったんでしょう? けど、大抵どうでもいいことなんですよ。もう、それは分かってる」

「貴様、随分な態度だな」

「じゃあ、どんなことで僕を?」

「何、確かに大した事じゃない」

「何だ」

「何だとは面白い」

 初村は肘をつき、頬とでこを赤らめ、グラスをその顔の前にぶら下げている。

「何、ちょっと気になる事があった」

「気になること?」

「とある選考をやっていたのだが」

「ああ」

「評価が難しいのだ」

「へえ」

「可笑しいと思わんのか」

「さあ、初村先生なら、あり得そうなことです」

 初村は小首を傾げる。

「不思議なものだ、アマチュアの評は戯言だ」

「はあ」

「それがプロになると立派な評をするようになる」

「そういうものでしょう」

「その二つの間に、何か大きな差があるかね」

「無いとは言えないでしょう」

「つまり、こういうことか——プロの『形』を受ければ、突如何者も実力と権威とを同時に伴うことができる」

「そんな風に言っちゃあ、元も子もないでしょう」

「いや、元も子もないのが、本質なのだ。奴らに大層な考えは固より存していない。それが、プロの『形』があると他も底が知れないから、注意を受けない。だから増長する」

「へえ、そんなことがあるんですか」

「君も大学の教授なら、そういったことに何度か経験があるだろう」

「……僕はのらりくらりと生き延びる性分で、事の本性にはそんなに興味が無いんですよ。結局、世渡りは上辺だけで事足りるんです」

「君みたいな男と友人であるのが信じられんな」

 初村の酒は段々加速する。京堂は相変わらず平気である。

「作家は、上辺だけでは駄目なのだ。世を君みたいな人間の繁殖で腐らせてはいけないから」

「先生、言いますねえ」

 京堂と初村は、とろけた眼で睨み合っている。

 深酒が進行すると、いよいよ初村には見境が無くなってくる。

「君の言うとおりだわな、上辺だけで世の中は事足りる。上辺の代表が賞レースだ」

「その通りです。賞は、とればとるほど偉いのです」

「……オオカミ」

「は?」

「オオカミも素直に祈るべきだったと、そう思うか」

 支離滅裂だ、と京堂は思う。

「あの、オオカミって……」

「あれだよ! あれ!」

 怒鳴られてもますます訳が分からない。

「俺は思わんなあ。何故なら生命の意義は、ただ生き長らえるところには無いからだ——」

 初村の白髪の毛先が揺れる。次の瞬間、机に突っ伏した。

「やれやれ」

 京堂は、またかとため息をつく。これからは初村の頭頂を肴に進めなくてはならない。初村は、

「会いに行くぞ……」と頻りに呟いている。

「誰に?」

「……オオカミの子に」

「オオカミの子ども?」

「オオカミの話を書いた子!」

「ふうん……その彼はどこに?」

 初村は鬼の顔を振り上げて、けれども事切れて、やがて、いびきが始まる。京堂はまた「やれやれ」と言う。

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