十
中年の者共が当たり障り無い評をひけらかし合っている。男と女が二人ずつと、老年が一人退屈そうにしている。
「——では、候補はこの二作品となりますが……」
司会の壮年がホワイトボードの前で仕切っている。
中年たちは奮って弁舌を尽くす。壮年は愉快そうに頷く。老年は深く椅子にもたれて、白ひげを盛んに手入れしている。
「該当作無しでも私は仕方ないと思う」
場の空気はその方面に向けて固まりつつある。すると、老年が初めて口を開く。
「あのオオカミを再検討してみんかね」
皆、ちょっと何の事か分からない。
「あのオオカミのやつや」
皆、ぼちぼちと了解する。
「ああ、しかしあれは……」
「不明瞭」
「そうかい……」
老年もあんまり食い下がらない。
会議は中年らにとって充実の下に終わる。老年にとって気付けば結ばれている。
老年の名は、初村と言った。初村は、例の原稿を持ち出してきて、目を通している。
「初村先生、何か気になるものがありましたか?」
「いや」
初村は原稿を伏せる。
「隠さなくたって、」
「まあ、いいのだ」
適当にはぐらかして、続きを読む。
初村は一呼吸置いて、これは小説ではない、と一言呟く。これは思想家の持ち出したある喩えと言えよう。初村はその体裁に惹かれる。
元来、人は未知を好まない生き物である。彼らはこの作物を、不明瞭だと遠ざけた。これは、よく呑み込めないのを、底が知れたと勝手に解釈をつけるが故に起こる過ちである。彼らが到底及ばぬ存在にこれを書かせれば、それは名作となろう。そこらの一介の人が書くと、駄作となる。これは後者である。真摯な評価を受け得る隙を有さない。まだ奥があるのに、ここが終点だろう、ああ月並みだと終わってしまう。
初村は連絡をとる。
「ああ、京堂くん。どうだ、今晩は飲みにいかんか」
約束して、切る。




