イリーナの手記
思ってたより長めになってしまいました
これは、私が孤児院の皆のために、ウサギの罠を見に行った時のお話しです。
・・・・
「おはよう〜!」
「おう、来たか」
その日は、きのう作った罠にウサギが掛かっていたら良いなぁ〜とわくわく気分でハンターギルドに入って、受け付けのおじちゃんとお話ししていました。 おじちゃんはお父さんのお友達で、お父さんが死んじゃってからも、こうして私と話してくれる優しいおじちゃんです。
「おじちゃん、手伝ってくれそうなハンターさん、いる?」
私のおじちゃん呼びに、おじちゃんがげんなりと頬杖とため息をつきます。
「頑なだなぁお前も……変な所だけ受け継いでんじゃねぇよ」
「お父さんと約束したもん、おじちゃんが結婚するまでおじちゃんって言い続けるって」
「俺は結婚しないんじゃなくて出来ないの! イリーナちゃんマジここに就職してくれよ。 仕事ならいっくらでもあるんだからさぁ!」
「やだぁ!」
「独身弄って楽しいか?! ……ったく」
不貞腐れたようにそっぽを向くおじちゃん。
楽しいよ。 おじちゃんだけは、お父さんがいた時と同じように喋ってくれるもん。
そうして、いつも通り受け付け横の壁にある長椅子に座っておじちゃんと喋りながら待っていると、しだいにギルドにはハンターさん達がちらほら集まってきました。
ハンターさんに決まった仕事の時間はありません。 好きな時に来て、好きな依頼を貰って、たまたま珍しい薬草や鉱石なんかを見つけるとギルドに買ってもらったりもして。 それがハンターさんです。
私みたいな孤児院の子供がハンターさんにお願いするには、それでも頑張ってお金で雇うか、知り合いや優しいハンターさんにお願いするしかありません。 じゃなきゃ町から出られません。
昨日の人達、また来てくれると良いなぁ。
ギルドの飲食スペースに少しずつ人が増えてきました。 でも、あの人達はまだ来てません。
わくわくがムズムズになってきてて辛いです。 早く見に行きたいのに……
「誕生日、明後日なんだよな?」
「だよぉ。 料理も練習しなきゃだし、せっかく捕まえたウサギが逃げちゃったり、誰かに取られちゃったらどうしよぉ〜」
ウサギ丸ごとなんて何羽も買えないから頑張ったのに……最悪、貯金で買わなきゃ間に合わなくなっちゃいます。
こうなったら……
「お願いしてくる!」
あそこに座ってるハンターさん達なら知らない人達じゃないので。 話した事は無いけど……余りはあげるって言えば連れて行ってくれると思いました。
椅子から立ち上がった私に、おじちゃんが「約束はもう良いのか?」と意地悪なことを聞いてきます。
「ぅ~……でも、他にも仕事があるから絶対じゃないって、言ってたからぁ……」
お姉ちゃんは『絶対行くから〜!』って言ってて、凄く楽しみにしてくれたんだけど……ごめんね、練習で作る方のローストをあげるから許してぇ。
本当なら朝一番に……うんん、森の中にテントを立ててずっと見ていたかったんです。 ウサギは夜中に走り回るらしくて、罠に掛かるところなんてお父さんだって見たことがないって言ってたから。 いつか絶対に見て、私も死んだらお父さんに話したいんだぁ〜。
だから私の目標は立派なハンターさんになることなんです。
「その話し、僕で良ければ是非受けさせて貰えないかな」
困っている私に話しかけてくれたのは、さっきまで飲食スペースに座っていた金髪のカッコイイお兄さんでした。 たまに孤児院に遊びに来てくれる貴族様みたいな人です。
目が合った私に微笑むと、そのままおじちゃんの受け付けに行き、冒険者さんのプレートを渡しました。
冒険者さんはハンターさんとは違って、旅をする人達のことです。 遠い色んな国にも行くので、強い人や物知りな人がいっぱいで、ギルドに来ると旅の話しをしてくれるから、いつも大人気なんです。
ちなみにハンターさんのプレートは真ん丸で、冒険者さんのプレートは長丸です。
「ほぅ、金等の。 仲間は?」
「何をするにも自己責任なのは、こういう時に動き易くて良い。 ついでに、森の案内もしてくれると嬉しいが……」
お兄さんが振り向き、私と目が合いました。
「あ、あの! ハンターさんが通る道とか、狩り場とか、洞窟の場所とか、そういうのなら知ってます!」
お父さんに罠よりも先に教えてもらった道なので、もう迷う心配なんて全くありません。
「そうか。 なら、道案内を付き添いの報酬とするのはどうだろう。 それなら手続きも少なくて済むからね」
「あっ、ありがとうございます!」
やった! 優しいお兄さんに頭を下げての大感謝です。
・・・
手続きを済ませた私は、お父さんと一緒に木の皮を編んで作った籠を背負い、すぐにギルドから森へ歩き出しました。 門までの大通りで、歩きながらもお話しします。
「ユーリさんは剣士なんですか?」
お兄さんとは、おじちゃんが外出届けを書いてくれてる間に自己紹介し合いました。
なんと! 本当に子爵家の三男らしくて、家を継いだお姉さんのために色んな国や地方を実際に見て回ろうと旅しているそうです。
凄いです。
そんなユーリさんの装備は、薄い金属の胸当てと籠手・脛当て、それに女の人が使うような細い剣だけでした。 私の知ってる剣士の剣よりずっと細いです。
もしかして、凄い冒険者さんだから普通の剣士じゃなくて、魔法も得意な『魔剣士』なのかもしれません。 凄いです、わくわくです。
するとユーリさんは首を横に振りました。
「確かに、僕は剣士なのかもしれない。 でも僕自身は、自分が剣士とは思っていないんだ。 『侍』って知ってるかい?」
「サム……ライ?」
「遠い東の島国で、旅をしている剣士のことさ。 『流離う』という、目的すら無く旅をする剣士の事を、変じて侍と呼んでいるらしい。 僕のコレは剣じゃなくてね、その侍が使う『刀』と呼ばれる武器なんだ」
「へぇ~!」
カタナ、サムライ、聞いたことも見たことも無い冒険者さんの話にもっともっとわくわくです!
「勿論、武器が違えば戦いの型も違ってくる。 だから剣士ではなく侍と自称しているんだ」
わくわくしながら聞く私に、ユーリさんも楽しそうな顔でカタナの良さや戦い方を教えてくれました。
「この刀はね、僕の自慢の一振りなんだよ。 それこそ東の島国の侍達のように、僕にとっては命そのものなのさ」
「命?」
「そう、それくらい大切なものってことだよ」
いつもの門番さんに外出届けを渡し、日帰り用のカードを2人分貰って、いざ出発です!
と、
「あっ! イリーナちゃ〜〜ん!!」
「リリスお姉ちゃん!?!」
行こうとしていた森の入口から、私がずっと待っていた黒髪のお姉ちゃんが手を振りながら走って来ました。
名前に『リ』が入ってるからって理由だけで無料で1日付き添ってくれた、私よりずっと子供みたいなお姉ちゃんです。 相変わらず装備らしい装備も無く、休日のお散歩みたいな恰好でした。
そんな事より、
「何でそっちからなの! ギルドで待ってるって言ったじゃん!」
「うゎあ、ごめぇん!」
ズザーと器用に両足で滑り、私の隣で止まったお姉ちゃんが両手を合わせて謝ります。
相変わらず凄い動きです。 やっぱり拳闘士なのかな?
「あの後すぐ出なきゃいけなくなっちゃって、頑張ったんだけど間に合わなかったの。 ごめんね」
「うぅ〜……」
悲しそうにしょんぼりしてるお姉ちゃんを見ていると、ムカムカしていたのが何処かに消えていっちゃいます。 孤児院の、泣きそうな年下の女の子に怒っちゃった気分です。 怒るのを我慢して、ちゃんと教えてあげなきゃいけない、あの感じ。
でも今日のは仕方ありません、仕事だったんだから。
「ハァ〜……行けそう? 疲れてるなら無理しないでね」
「疲れてないよ! 行こ行こ!」
私の手を掴み私よりも元気ハツラツに歩き出そうとするお姉ちゃんを「待って待って!」と慌てて引き止めます。
「何?」
「ユーリさん。 リリスお姉ちゃんが来ないから一緒に来てくれたの!」
散歩に行きたがる大型犬みたいなお姉ちゃんに、黙って見ていたユーリさんがにこやかに自己紹介します。
「ユーリ・シュベルト、冒険者だ」
「……あっ、うん、リリスだよぉ〜。 冒険者でぇ、えっと〜……これ!」
お姉ちゃんは首元に下がっている銅の冒険者プレートが付いたネックレスを持ち上げると、ユーリさんにグイッと見せました。
ユーリさんが微妙な笑顔になってます。
「プレートを見せ合うのはハンター間の礼儀だよ。 冒険者は何があるか、誰が敵になるか分からないからね、自分の情報を妄りに明かしたりはしないんだ」
「ぇ……そうなの?」と少し恥ずかしそうにプレートを服の中に戻したお姉ちゃんは、「じゃあ行こっか!」とすっかり忘れたみたいに私の手を引いて歩き出しちゃうのでした。
「待って! 案内しながら行くの! そういう約束なの!」
・・・
「まただぁ〜……」
「あ〜……」
もうこれで4つ目、くくり罠には何も掛かっていませんでした。 ワイヤーは千切れてもいないし、そもそも動いてすらなかったです。 やっぱり狩りって難しいなぁ。
獣道が変わっちゃったのかなぁ……。
一緒にガッカリしたお姉ちゃんが、ドンヨリ気分を払うようにバッと立ち上がります。
「次だよ次! まだまだあるんだから大丈夫!」
「そう……だよね」
それに、今年獲って良いのはウサギだけじゃありません。 走鳥は孤児院でも人気だし、大きいのなら藻猪や花鹿で……もったいないけど売ればウサギを3羽も買えます。 お姉ちゃんとユーリさんのおかげで血抜きだって簡単だし、もしかしたら生け捕りも夢じゃありません。
とにかく、私も立ち上がって次の罠と洞窟案内に向かうことにしました。 まだ午前中なのに、時間が足りない気分です。
道案内しながら歩いている間も、私達は色々な話をしました。
「それで見たら、お父さんまで足取られちゃっててさぁ!」
「ハハハッ!」
「それは、確かに恐ろしいな。 しかし優秀なお父様だ、見えない非殺傷罠とは。 罠師として御教授いただきたかったよ」
お父さんの罠が貴族様にも褒められたのが嬉しくて、ついニマニマしちゃいます。
罠と言えば皆『落とし穴』『餌釣り』『仕込み鉄杭』が思い浮かぶみたいなんだけど、お父さんの家は昔からくくり罠ばっかり工夫してきたハンターさんだったんだって。
罠って、目印を知らない人が引っ掛かっちゃう事故もあるから、大怪我しないのを頑張って考えたそうです。
と、お姉ちゃんが走り出しました。
「洞窟いっちばぁ〜ん!」
「もぅ、男の子じゃないんだからぁ」
なんて呆れる私も、お父さんと来ていた時は同じ事をしていたのはナイショです。
「君の父は、どうして亡くなったのかな」
お姉ちゃんを追い掛けようとした私に、ユーリさんがそう聴いてきました。
走ろうとした足が止まります。
「え?」
「知っている範囲で良いんだ、聞かせてくれないか」
真面目な目と声に、これがユーリさんの仕事なんだと感じました。
一瞬あの日のおじちゃんの顔が浮かんで、胸が苦しくなります。
「ごめんなさい……誰も教えてくれなくて……。 魔獣に襲われたんじゃないかって言われてます」
「そうか……。 実は近年、各地で奇妙な無差別殺人が続いていてね。 僕はその調査のためにこの町に来ていたんだ。 ギルドで聞かせてもらったが……2年前、君の父を殺害したのは、おそらく同一犯だ」
「……殺人?」
誰かに殺された? だから、誰も教えてくれなかった?
「無惨な殺され方でな……君のような子供や遺族に伝えるのは忍びないのも理解できる。 しかし、協力してくれないだろうか」
ユーリさんが、洞窟の中を楽しそうに覗くお姉ちゃんに向きます。
「被害のあった地には、共通して不審な女冒険者が目撃されているんだよ」
・・・
お姉ちゃんがお父さんを殺した、なんて、信じられません。 だってお姉ちゃんは子供みたいに明るい人なんです。 ギルドで困ってた私に声を掛けてくれて、夕方までずっと一緒にいてくれて。 人を殺すような人にはどうしても思えません。
『確証は無い。 これはあくまでも私見による問だが、凡そ人のそれとは考え難い破壊をなせた力と、まるで虫の肢を千切って遊ぶ子供のような嗜虐性に、心当たりはないかな』
そんなの知らない。 私はお姉ちゃんの事、そんなに知らない。 昨日初めて会って、一緒に森を歩き回って……それだけです。
でも、お姉ちゃんはそんな人じゃ……
「イリーナちゃん?」
「ふぇ?! あっ、はい!?」
顔を上げると、先を行くお姉ちゃんが困ったように私を待っていました。
「大丈夫? 疲れちゃった?」
歩きながらモヤモヤしちゃったせいで、お姉ちゃんを心配させていたようです。 「うんん、大丈夫」と首を横に振って、私も先を急ぎます。
次に着いたのは、山から流れてきている綺麗な小川がある広場です。 ここはいつもハンターさん達が使いやすく片付けていて、野営や、狩った獲物を血抜きしたりもする所なんですよ。 なので焚き火の焦げ跡や、血抜き用の太い釣り針が何本か木の枝にぶら下がったままになってます。 知らない人からすると、結構怖いらしいです。
実はこの近くにも罠を3つ仕掛けておきました。 私の2箇所と、お姉ちゃんが頑張って作ったものです。 水を飲みに来たウサギを狙った、ちょっとヒドイ罠です。
「小川を見てくるから、周りに気を付けてね」と、ユーリさんが離れて行きました。
「よっし、まずはイリーナちゃんの罠から調べてみよっか!」
『君はただ、普段通りに彼女と話していてくれ。 僕は万が一のために、なるべく近くで聞かせてもらうから』
お姉ちゃんと目が合うと……さっきの言葉が聞こえた気がして。
「うん」
違う。
お姉ちゃんの手を握って、私達は罠を確認しに茂みの中へと戻りました。
疑ってるからじゃない。 犯人じゃなかったって安心するためだもん!
逃げられちゃったのか、グシャグシャになっていた罠を片付けながらお姉ちゃんと話します。
「リリスお姉ちゃんって、何で冒険者さんやってるの?」
「何で?」
思えば、昨日は森の案内や罠の作り方を教えてばっかで、お姉ちゃんの事を何も聞いていませんでした。 ギルドで飲み始めていたのも、私が孤児院に帰る時だったから。
「あぁそういえば昨日居なかったんだっけ。 楽しいからだよ!」
「楽しい?」
「うん、楽しい!」と、立ち上がって片足でクルクル回るお姉ちゃん。
「色んな人に会って、色んな美味しい物を食べて、色んな景色見て。 すっっごく楽しい! お金とか名前とかが欲しいからって人も多いけど、やっぱり私はこの世界をもっともっと知って、い〜っぱい遊びたいんだぁ〜!」
夜空のような黒髪が、風に乗って流れるように、愉しそうに踊ります。 両手を広げて、遠い空を見上げて。
本当に、羨ましくなっちゃうほどに。
「でも……危ないよ? 魔獣とか盗賊とか、もっと怖いのもいっぱいいるって……」
足を止めたお姉ちゃんがドンッと胸を叩きます。
「だぃっじょぉ〜ぶ! 私すんんっごく強いんだから! 負けたこと無いもん!」
「負けたら死んじゃってるから……」
「ぇえ? じゃぁ皆負けた事無いの?」
「そうじゃなくてね……」
オーガとかスライムとか、魔獣じゃなくても事故だったり嵐だったりで危ないのに、怖くないのかな……って。
それでも、楽しいのかなって。
なんとか頑張ってそう説明すると、お姉ちゃんは難しそうに首を傾げました。
「ん〜、あんまりここと変わらないと思うんだけどなぁ」
「ぇ?」
「空ってさ、見る度に変わって面白くない? 雲の形だったり温かいオレンジ色だったり宝石箱みたいな星だったり、早朝のぼんやり白くて涼しい空気も好きだなぁ。 雨・風・雷・雪。 夏の、暑くて肌をチリチリ焼く感触から池に飛び込んだ気持ち良さとか、冬の、キンと冷たいのに晴れてる日は少し温かくて、どこまでも真っ白の夜より静かな世界とか。 まぁこれは嫌だって人もいるけど、私は全部大好き。 森の中も、季節ごとに色が変わって、こんなに小さな種がこぉんなに大きく育っちゃったりしてさ。 そこに虫とか鳥とかが住んでて……んもぅ1回面白くなっちゃったら何日でも観てられるの。 匂いも音も、人の住む場所と外じゃ全然違っててさぁ。 ぁ知ってる? 王都と町と村じゃ広くて多いだけじゃなくて、音も匂いも色だって違うんだよ! 同じ国なのに! 何でだろねぇ〜!
旅をしてると確かにビックリする事もあった。 けど『人の通る道は動物も魔獣も警戒して近付かないから商売出来てるんだ』って行商人さんも言ってたからさ、いつかイリーナちゃんも行ってみたら良いんだよ。 ってかそうだよ! 次この町に来た時は私が連れて行ってあげるから、また一緒に遊ぼ! ……今はちょっと無理だけど」
「ぁぁあえっと〜、つまり何が言いたかったかっていうとぉ……」と頭を捻り、お姉ちゃんはビッと人差し指で私を指しました。
「そうそれ! 旅は旅を楽しむものだから! 綺麗な景色も体験も友達も、この町とそんなには変わらないかなぁ? ってこと」
冒険者さんは皆、『どでかい魔獣の素材やお宝でドンッと稼げるのが良い』とか『名声』とか『そりゃあもうハーレムに決まってんだろ?! 毎晩違う女と»ガン!«イ゛ッ!?!』って人が多いのに。
旅を楽しむ、だからお姉ちゃんは旅をしてる、かぁ…
「まぁそれも、私がすんんっごく強いからこそなんだけどね。 だから絶対に1人で旅なんかに出ちゃ駄目だからね、皆にとっては凄く危ない世界なんだから」
「大丈夫、私にはこの森があるから」
この森は、お父さんとの思い出そのものなんです。 王都は行ってみたいけど、他はそんなに興味無いかなぁ。
「そっかそっか」と安心したように、罠を綺麗に回収したお姉ちゃんが「んん~」と背伸びをしました。 もしかして、私も冒険者になっちゃうかもって心配してくれたのかな? お姉ちゃんは羨ましいけど、やっぱり私はハンターが良いんです。
「よし! 次〜は〜……どこだっけ?」
「こっちだよ」
お姉ちゃんを案内しながら、私はユーリさんの言葉を思い出していました。
やっぱり、お姉ちゃんは犯人なんかじゃないよ。 なんとなくだけど、お姉ちゃんはそんな悪い人じゃないもん。
ユーリさんと合流したら、そう言います。
・・・
小川の広場に帰ってすぐ、川を覗いていたユーリさんと合流しました。
「ご苦労……その様子を見るに、芳しい成果とは言い難いか」
「はぃ……」
「ダぁメだったぁ〜……」
動きがあった罠は最初だけ、残り2つは今まで通りでした。
籠は軽いのに、肩が重いです。
「こちらも、調査は済んだから。 ……休憩して行くかい?」
「…………他にも壊されちゃった罠があるかもしれません。 仕掛けは残り2つですぐ近くなので、見てきて良いですか?」
「共しよう」
「だね。 行こ行こ!」
1人で行こうかと思ってたのですが、ずっと歩きっぱなしなのに、2人共嫌な顔一つせず付き添ってくれる事になりました。
「ありがとうございます」
善は急げと、早速私を先頭に歩き出しました。
2人のためにも、次こそは!
さて、ウサギも大事だけど、なんとかしてユーリさんと2人きりにならなきゃいけません。
お姉ちゃんは犯人じゃない。 私はそう思ったって事をユーリさんに伝えるんです。
でも、
「私は〜、殴ったり蹴ったりばっかりかなぁ。 魔法も使えるけど、危ないからあんまり使っちゃダメって叱られちゃったの」
「暴発する、と?」
「うんん、味方に当たりそうになっちゃって」
「それは連携の問題かな。 そういう場合は――」
無理です! 話が気になって割り込めません!
お姉ちゃんが『魔拳士』なのは想像してました、でも本当にそうだっただなんて!
魔拳士も魔剣士と同じくらい少ないんです、魔法を使える人は魔法を頑張るし、剣士さんは魔法の才能が無かった人が多いしで……魔法も剣も使える人って本当に少ないんです。 そしてそして、拳闘士さんは剣すら使わず魔獣と戦い、その中でもお姉ちゃんは魔法が使えるのに拳闘士さんだなんて! サムライさんと魔拳士さんの冒険譚とか、ここがギルドだったら酒樽で奢られます!
「僕も度々、つい斬ってしまってせっかくの素材を安く売る羽目になる。 査定中のお小言が一番の難敵だよ」
「あぁ〜あれねぇ。 仕方ないじゃん! ってなるよねぇ。 そりゃぁ買う側の気持ちは分かるんだけどさ〜」
夏はあっちの方が料理が上手い〜とか、こっちの道は山間を登った方が早い〜とか、入り込む隙間もユーリさんと2人きりになる理由も見つかりません。
どうしよう、早く言いたいのに……
お姉ちゃんに疑われてただなんて聞かせたくないし、そもそもユーリさんは内緒で調べている感じでした。 無関係かもしれないお姉ちゃんの前で勝手に言ったりしたら、迷惑になっちゃいます。
「――悪霊なら何度かね。 だか結局刀で解決してしまうから、一般的な方法で良ければ――」
……それにしてもユーリさんは凄いです。 お姉ちゃんと話していても、疑ってるようだなんて全然見えません。 やっぱり金等級にまでなれてしまう冒険者さんって違うんですね。
お姉ちゃんなんて大人なのにあんなだし。 旅に出ちゃったら心配で、私が眠れなくなっちゃいそうです。
『――なるべく近くで聞かせてもらうから』
あっ、そうだった! お姉ちゃんの話に夢中になっちゃって、うっかりしてました。
広場に戻った時、ユーリさんが小川を覗いていたから、てっきりずっとそこに居たのかと思ってたけど。 実はこっそり付いて来てて、近くで聞いていたんですよね?
なら、お姉ちゃんが悪い人じゃないっていうのも、もう分かってくれてるかもしれません。 じゃなきゃ、こうやって楽しそうになんて話せないもん。
……それでも、やっぱり相談くらいはしておこうかなぁ。 もしもってこともあるし、お父さんだって『報告・連絡・相談。 これが出来ない奴はどこのギルドにも登録すら出来ないからな』って言ってたから。
うん! お姉ちゃんならウサギが走ってった音だけで追い掛けてっちゃうし、ユーリさんと2人きりになるチャンスはきっとあるよね。 その時に言おう。
「あっ! ここです!」
そんな風に1人でもじもじハラハラしている間に、私達は目的の大木に到着していました。
この森には、ハンターさん達が目印に使っている3つの場所があります。 それが北の洞窟、東の小川、南の大木、そして西が町です。 ハンターさん達は基本的に東の小川を拠点にして更に奥へと進んで行くのですが、私のような子供が入って良いのはこの内側までなんです。
この3つの中でも一番に目立つのが南の大木で、初めて町に来た人は『何だあの尖った山は……』とビックリするくらい大きいんですよ。 春になるとピンクのお花でいっぱいに、秋は葉っぱが黄色に、冬は紅一色になる珍しい木なんです。 今は花が散って、丸くて甘酸っぱい実が沢山ぶら下がっているので、後で3人分と孤児院の皆のおやつ用に拾っていこうと思ってます。
木漏れ日を抜け、大木の下に着きました。 と言っても数歩で大木の木漏れ日に入っちゃうんですけどね。 この木は根っこも凄いので、近くに他の木が育たない代りに背の低い草花が広がっているんです。 そんな中に、ぽつぽつと落ちている赤い粒。
「今日は赤いんだぁ! 美味しそう!」
「これが『レイニーグミ』の原木か。 確か同時期に5色が実るのだったか?」
「もっとですよ。 正確には花粉の種類によって色と味が変わるんです」
昨日黒を食べまくったお姉ちゃんとは反対に、ユーリさんは初めてレイニーグミを見たようでした。
「風が吹いたり枝に鳥が止まっただけでも、本当の雨のように降ってくるんです。 収穫したい時は大きな布を広げて、風魔法でなるべく上の枝を揺らします」
「ん? そんな手間をしなくとも、足下にこんなに転がっているが?」
「そうですね、落ちてるのも食べられます。 でも落ちてるのはもう完熟しちゃってて、虫が食べてたりすぐ傷んじゃったりで、お店には並べられないんです。 何よりレイニーを楽しみにしているのは虫や動物達も同じなので、落ちてるのはそのままにしてるんですよ」
そう説明しながら、私は足下のレイニーを無視して罠を仕掛けてある方に歩き出しました。
「……踏んでるのだが」
「こうした方が甘い匂いが広がるので、腐っちゃう前に食べに来てくれるんです。 踏まれたのは動物達も嫌だから、虫達の分になってます」
転がってるのを避けてたら進めないしね。
「よく考えられているんだね」と後ろを付いて来るユーリさん。 「んっ……種2個入ってた」と私の隣を歩きながらレイニーを食べてるお姉ちゃん。 いつの間に拾ってたの?!
「これ黒いのよりは酸っぱいけど、アッサリしてて美味しいね」
「……うん、完熟したのはね。 お店で買えるのはまだもうちょっと酸っぱいんだよ」
「え、なんで?」
「えっと……何て言ったっけなぁ、すぐ傷んじゃったりでダメなんだって」
足が止まっていると、ユーリさんが教えてくれました。
「『追熟』だね。 遠くまで運んでいる間に腐ってしまわぬよう、青い内から収穫するんだ。 日が経てば甘くはなるが、やはり完熟後に収穫した方が質は良い」
「へぇ~。 ……完熟前でも揺らせば落ちるんだっけ?」
――と天井を殴るように構えた拳に魔力が集中していきます。 昨日の魔法だ。
「待って待って! ダメ! 今はまだ! 罠見てから!」
慌てて止め、私達はお姉ちゃんが乱獲する前に、急ぎ足で茂みへと向かいました。
来た道と西への道の間の茂みに近付く、と。
「あっ! トッサ!」
茂みの向こうでウサギの罠に足を取られた茶色の羽毛を見付けました。
走鳥です。 トッサは足が速い鳥で、ウサギよりちょっとだけ大きいくらい。 淡白な味と強い弾力が子供にも大人気なんです。 それが木の下に隠しておいた罠に引っ掛かって、首を上げてこっちを見てました。
「良かったぁ〜。 獲れてたぁ〜」
ずっと抱えていた不安が無くなり、嬉しさから急いで茂みに入ります。
ザー……
と、後ろから雨の音が聞こえた瞬間、横からの強い衝撃に体が浮くと景色が一瞬で流れ、そのまま誰かに抱えられながら私達は草の上をゴロゴロ転がって止まりました。
強い風が髪をクシャクシャに乱し、木を爆発させたような轟音が続きます。
「大丈夫? どこか痛くない?」
「ぁぇ? ……お姉ちゃん?」
転がってる途中から目を閉じていた私は、お姉ちゃんの真剣で優しい声色に顔を見上げました。
いつも通りの表情だったお姉ちゃんが、安心したように一息吐き、私を抱えたまま起き上がります。
「ぁ……」
状況が分からず混乱したまま振り返ると、トッサの隣に立っていた木が縦に割れて左右に倒れていて、そこから焦げ茶色の大剣みたいな縦角が持ち上がりました。 錆びた鉄の防具にも似た牛程の巨体、虫の脚、持ち上げた大きな角の上にも伸びる二本の角。
魔虫です。 それも大型の。
魔虫は種類大小関係無く雑食で、硬い甲羅の魔虫だと冒険者さんの武器でも弾かれてしまう事が多いんです。 それなのにあの魔虫は角まであって……
「『アトラスクラノス』か。 2人が無事で何よりだよ」
「ユーリさん……」
反対側に避けていたのか、走ってきたユーリさんと合流しました。 剣……じゃなかった、カタナの柄を握り、魔虫に構えます。
「おそらくレイニーグミの木に潜んでいたのだろう。 リリス君が魔力を込めて放とうとしたのが威嚇と認識されたか、雑食故罠に掛かっていたのも狙っており横取りされると考えたか……」
「あいつ! こんな所に隠れてたの?!」
お姉ちゃんが悔しそうに「あぁぁあぁ〜〜!」と叫んでます。
「……君が待ち合わせに遅れた理由というのはまさか」
「うん、飛んでるの見たってハンターが来てさ。 ずっと皆で探し回ってたんだよぉ!」
「確かに、夜間にコレを見付け出すのは骨が折れる。 あの鋭利な3本角で木のように裂かれなかっただけ、幸運と割り切るべきだろう」
初めて見るお姉ちゃんのムカムカ顔に気を取られていると、こっちに向いていた魔虫が硬い背中を広げて翅を出しました。
「すまないが飛んでるのを斬るのはまだ苦手でね。 念のため聞くがリリス君、抱えたままあれを避けきれるかい」
「うん! てかあれって斬れるの?! 滅茶苦茶硬いよ?!」
するとユーリさんは軽く微笑み――
「仔細無い」
――スラッと銀に輝く刃を抜いたのでした。
翅翅翅翅翅翅翅翅翅翅
「しっかり掴まっててね!」 そう言ったお姉ちゃんの脇の下に両腕を回し、振り落とされないようにグッとしがみつく。 左右に激しく揺られて突風に耐えたりもしながらたまに瞼を上げると、空高く飛ぶ魔虫がユーリさん目掛けて落ちてきました。 振り子のような、落ちる勢いを乗せて飛ぶ突進です。
翅翅翅翅翅翅翅翅翅翅
「……ぅゎ」
でも苦戦はしていませんでした。 ユーリさんはなんと、突進してくる魔虫を避けながらその脚を斬り飛ばしていたんです。 転がってる脚は2本。 そのまままた飛び上がって木々の隙間を飛ぶ魔虫。 でも気を付けていないと不意打ちでこっちにも飛んでくるので、その度にお姉ちゃんにしがみつき、左右に激しく揺られ突風を浴びてます。
翅翅翅翅翅翅翅翅翅翅
にしても、やっぱり金等級の冒険者さんは凄いです。 あんなに太くて硬そうな脚を簡単に斬っちゃえるなんて。
そう見惚れていると、今度は左の翅を甲羅ごと斬り飛ばして魔虫を落としてしまいました。 金属の岩が転がるような音を立てて地面を削りながら止まります。
「わぁ……」
翅の音がしなくなったことで、森にいつもの静かさが戻ってきました。
「凄い……もう終わっちゃった」
「まだだよ」
私が緊張を解いてからも、お姉ちゃんの警戒は続きます。
「まだ生きてる」
「ぁ……」
死にそうな動物に近付くのが一番危険なのは、罠に掛かった動物だって同じです。 ホッとして忘れてました。
ユーリさんが一人で近付くと、魔虫は立ち上がりますが、体重に負けてるのかゆっくりとしか動けてません。 魔虫の目の前で足を止め、カタナを上に構えると、魔虫も頭を下げて3本の角をユーリさんに向けます。 もしあれに挟まれたり刺されたりしたら……
決着は一瞬でした。
振り下ろされるカタナに角を突き上げた魔虫の動きが止まり、ドサッと腹から地面に落ちて力が抜けました。 えっと……どうなったのかがユーリさんで見えません。
「歩ける?」
「えっ、あっ、うん」
ゆっくり下ろしてもらい、お姉ちゃんと手を繋いでユーリさんの所に行ってみます。
魔虫の頭は、真っ二つに切れていました。 木を割ったあの角もです。 どうやったらこうなるのかってくらい、真っ二つです。
「すごっ、角とかどうやったの?」
半笑いで魔虫を眺めるお姉ちゃんの隣で、私は足元がまだフワフワする気分なまま、2人の会話を聞いてました。 今までハンターさんの狩りしか見てこなかった私としては、ユーリさんの戦いはまさにギルドで聞いた冒険譚か吟遊詩人さんの詩で妄想した世界そのもので。 目を輝かせて大喜びしたいような、またあんなのが来たらどうしようと怖いような、誰も死ななくて良かったと安心したいような……もうなんて言えば正しいのかが全然分かりません。 とりあえずお父さんには自慢します!
「刃毀れしてないの何で?! てか普通折れるよね? あんなの」
魔虫よりも、硬い角を斬ったカタナに興味津々なお姉ちゃん。 そんなお姉ちゃんに刃が見やすいよう片掌にカタナの腹を乗せるユーリさんも、カタナの話しだからか嬉しそうな顔です。 2人とも冒険者さんだからなのか大人だからなのか、切り替えが早くて羨ましいです。
「――無論、この刃の斬れ味も然る事乍ら、拘りの素材と配合率によって粘りを強くした結果折れにくくなった刀身、切断に特化した角度、柄にも一切の妥協無く仕上げたのが秘訣だな。 鍔や刃文で飾るのも解るが、私は『侘び寂び』にも通ずるこの凛とした静かな輝きにこそ見惚れるよ」
「あ〜、知らない言葉が多かったけど、綺麗なのは凄いわかる! 魔力も感じるんだけど、魔剣……マケン? 魔カタナなの?」
「東の島国には剣が無く、魔剣に近い刀は『妖刀』と呼ばれているのだよ。 しかし妖刀は呪われた刀を指す。 これとは真逆だ」
ちなみに、呪われた剣は『呪剣』って呼ばれてるんですよ。 持った人まで死なせてしまう怖い剣って聞いてます。
「魔法は斬れ味の強化や維持を目的とした刻印が主体でね、他にも様々な刻印を施したヒヒイロカネとミスリルを幾度と折り返し鍛錬したことにより、万物をも斬り下す無双の神器と成ったのだよ。 おかげでこのように――」
ユーリさんがカタナを横に振ると、私の後にドチャっと何かが落ちてきました。 ビックリして後ろに振り返ると、お姉ちゃんが倒れていました。
「ぁれ? お姉ちゃん?」
でも私はまだお姉ちゃんの手を握っていて。
と、隣にいるお姉ちゃんがその場で倒れてしまいました。
「ぁっ……ぇ」
お姉ちゃんから赤いのが地面に流れて、鉄臭さが周りに広がっていきます。 あれ? でもお姉ちゃんじゃありません、お姉ちゃんと同じ服だけど、胸から上が見えません。 それにお姉ちゃんは後ろに倒れてて。 手はまだ私が握ってて……
「ぁぇ……?」
後ろに倒れてるお姉ちゃんには、肩から下がありませんでした。
赤いのが……血が流れてきます。
握ってくれている温かい手を見下ろすと、私が持っている物を見ると、それはお姉ちゃんの腕でした。
「えっ……ぁ……あぁ……」
「――何の構えも踏み込みすらも要らず、肉と骨を断つ事すら可能とした。 儂の最高傑作だ」
「お姉ちゃん……お姉ちゃん?……」
「…………………」
なんとか歩いてお姉ちゃんの近くにまで行くと、お姉ちゃんは私を見て口を少しだけ動かしました。
まだ生きてます!
持っていた腕をお姉ちゃんの肩に戻して、私は自分に何が出来るのかを必死に考えました。
「ど……すれば……? ポーション!……どこ? ぁでも、誰か……町に早く……」
冒険者さんが持ってるポーションなら傷は治せても、体を繋げられる程じゃありません。 町に頑張って急いでも、私じゃ間に合いません。
死んじゃやだ、死んじゃやだぁ。
「……っ………………っ…………」
「えっ……なに……?」
声の出ない口でお姉ちゃんが何かを言ってます。 苦しそうな顔で、必死に。
「っ……っ……っ!」
「ぃ……ぇ……て。 にげて? 逃げて?」
逃げて? 逃げて。 でも、逃げたらお姉ちゃんが……
「どうだ、素晴らしかろう? 本来であらば防具諸共両断する形で魅せたかったのだが、君が鎧を着ていなかった事だけが残念で仕方ない」
気が付くと、ユーリさんがお姉ちゃんの隣に立っていました。
「うむ、そろそろ死ぬか。 冥土の土産だ、もう1つ面白い体験をさせてやろう」
ユーリさんがカタナの切っ先をお姉ちゃんのこめかみに立て、沈めていきます。
「皮や肉程度ならば力など加えずとも、自重で済む。 しかし頭蓋、これはやはり硬い。 が……」
ユーリさんがグッと軽く押し込んだだけで、カタナはお姉ちゃんの頭の中に入りました。
「どうだ、素晴らしい斬れ味であろう? まるで菓子を齧じるが如き手応え、これを味わえる刃は二つと無いぞ!」
頭を貫き、もう一度押し込まれた切っ先から地面を刺す音が鳴ります。
「せめて君が金なら、良い友となれたであろうにな。 さらばだ」
カタナを引き抜かれた傷口から、地面に血が広がっていきます。
お姉ちゃんの口は、動かなくなりました。
「な……で……なんで……」
楽しそうにカタナの切っ先を眺めるユーリさん。
「なんで。 お姉ちゃんは……悪い人じゃ」
「君、2年前に斬ったあの男の娘なのだろう?」
「……ぇ?」
斬った?
ユーリさんが続けます。
「2年前にやったきり、この森での死者は君のお父さんだけらしい。 ならば、あの男だったのだろう」
ユーリさんが、お父さんを殺した犯人。
『逃げて』
震える足で、一歩づつユーリさんから距離を取ります。
『逃げて』
逃げたいのに、早く走りたいのに、足が……
「な……なんで……」
「なんで? そうだな、理由は幾つかあるが、切っ掛けはやはり君よりも濃いあの赤髪だろうね。 血に似た色に我慢が効かなくなって、つい」
つい……? つい、でお父さんは……
後退る私に、ただ普通に歩く笑顔のユーリさんが近付いてきます。
「無駄死にではないさ、君達はこの神器を華やかに飾る逸話の一説となれるのだから」
「ゃ……やだ、来ないで……」
「君の父にも伝えてくれ、感謝していると」
ユーリさんとの距離がすぐそこにまで縮まって……理解出来ない気持ち悪さにたまらなくなった私は、ふと思い出したお父さんとの練習通りに、その場で回転する勢いで背負っていた籠を脱ぎユーリさんの顔に向かって投げつけました。
でもすぐに柄で弾かれてしまいます。
「っ!」
「安心してくれ、脳から先に斬ってあげるかっ……!?」
「ぁっ!」
足下からした、聞き馴染みのあるワイヤーの音。 立ち止まったユーリさんの片足には、昨日西へ行く道沿いの茂みに仕掛けていたくくり罠が引っ掛かっていました。
「ぁ……あぁぁ…………あああぁぁぁぁぁあぁぁあ!!!!」
ワイヤーのおかげで、怖くて動けなかった私の足は、やっと力一杯逃げ出せました。
道には出ず、そのまま茂みの中を必死になって駆け抜けます。 低木に顔や腕を切られても、そんな事では止まれません。 止まりたくありません。
遠くから聞こえてきたアレの――
「まってよぉー! おねぇちゃぁぁぁあん!!」
――大人の声なのに、まるで泣いた小さな子供のような叫びにも、気持ち悪くて振り向くなんて出来ませんでした。
喉が痛くなるまで息を切らして、走り続けます。 町に早く! このまま道なりに進めば。
でも……足が止まりそうになった私は、迷う間もなく方向を変えて、茂み側・『東の小川』を目指す事にしました。
アレはすぐにワイヤーを斬った筈です、なら私の足じゃどんなに頑張っても町になんて届きません。 でも途中で方向を変えて、もっと近い小川に行けば。
小川になら、ギルドにいたハンターさんが誰か来ているかもしれません。
金等級の冒険者相手に何が出来るかは分からないけど……本当は巻き込みたくないけど……私はやっぱり小川に行くことに決めました。
一歩でも止まれば背中を刺されそうな気がして……独り、見慣れた獣道を転びそうになりながら。
やっとの思いで東の小川に辿り着けました。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」
木漏れ日を抜けた広場には、誰もいませんでした。 もうお昼なのに、何で……
とにかく……何処かに隠れないと!
バンッ!
と後ろから頭を叩かれ髪の毛を上に引っ張られます。
「あ゛ぁっあ゛ああ゛ぁっ!?!」
「つぅかまぁえた♪」
髪を掴まれたらしく、首を折られそうな痛みに両手で抵抗しても、大人の拳を広げられません。 踵が半分浮いて、もう逃げられなくなってしまいました。
「駄目よ走っちゃぁ、危ないでしょ?」
今度は女の人みたいな喋り方になったアレに、耳の近くで囁やかれます。
「子供のくせに私から逃げ切れるとか思ってたの? カワイイね。 でも髪が短いのはどうかと思うなぁ。 あの浮気男みたいで、あなたには似合わないわよ」
「ぃ……たっ!」
髪が皮膚ごと千切れそうな程に痛くて、何より怖くて息苦しくて、涙が出てきました。
たまに横から、カタナがチラチラと目に入ります。
「っあ゛ぁっ!!」
また髪を引っ張られて、喉を絞められるような悲鳴が出ます。
「何、無視? あなたそういうことする子だったの? ちょっとは面白い子だと評価してたのに、ガッカリだなぁ」
怒る怖いお姉さんのように声を低くするソレ。 が突然耳から離れると「そろそろ良いかい?」と男の人の喋り方に戻ります。
「騒ぎを聞きつけたギルドの者が来る前に、この子は流しておきたい。 差し当たって、遊ぶのであれば早めに始めたいのだが、希望はあるかい?」
「たて!」
「阿呆が、それでは楽しみが減るではないか。 せっかくの孤児、横にすべきだ」
縦とか横とか、不気味な独り言に寒気がしてきます。
「ハァ? さっき勝手に斬ったくせにもうボケてるの? 貧病猿なんだから、縦に割ってスカッとしましょうよ」
「2対1か。 僕はアトラスクラノスで我が儘を通してもらったからな。 ここは多数決により――」
「っあぁ!」
頭をガッと突き飛ばされ、バランスを崩した私の体は半転。 見上げた先のソレはカタナを大きく振り上げていて――
「――縦」
――私の頭めがけて振り下ろしました。
「っ!」
横からの、強い衝撃に体が浮くと景色が一瞬で流れ、私は怖くて思わず目を瞑っていました。 でも、いつまでたっても何も起きなくて。
「大丈夫? イリーナちゃん」
「…………ぇ」
知ってる香り、全身を包んでくれる温かさ。
瞼を開いて、見上げた顔は。
「リリスお姉ちゃん……」
傷1つ無い、子供みたいな笑顔のお姉ちゃんでした。
「ごめんね、怖かったよね。 もう大丈夫だから」
お姉ちゃんがギュッと抱き寄せて、痛かった後頭部を優しく撫でてくれます。 すると痛みがそれだけで全く感じなくなってしまいました。
「お姉ちゃん……? 本当にリリスお姉ちゃん……なの?」
「そだよぉ〜。 自分の肉体再生させるのって結構辛いんだねぇ、めっさ痛いし息も出来ないしで遅くなっちゃってさぁ〜。 あの時、左腕持ってきてくれたじゃん? そのおかげで少しは楽に動けてね、ギリッギリ間に合ったんだよぉ!」
「えっ……でも! だって!」
あれは、治せるとかそういう怪我なんかじゃありません。 教会の、貴族様しか会えないってくらい偉い人とか、それこそ伝説に聞く聖女様にしか、無くなった腕を戻したりなんて出来ないんです。 でも、それでも、バラバラにされた自分を治したなんて話しは、聞いたことがありません。
すると、遠くからアレの怒鳴り声が聞こえてきました。
「何故生きている! 儂が斬ったのだぞ! 貴様何をしたぁ!!」
「私よりもさ、イリーナちゃんの方が心配だよ。 その顔と腕の怪我って、斬られたの?」
「え? あっ……うんん、多分藪を走ったから」
お姉ちゃんに言われて初めて、自分のほっぺや腕から血が出ている事に気が付きました。 今更ジンジン痛くなってくると、お姉ちゃんが親指で血を拭ってくれます。 ……それだけで、傷が綺麗に消えちゃいました。
「これで良いかな」
「…………お姉ちゃんは天使様なの?」
「っえ何で?」
「ふざけとるのか貴様ぁ!!」
「っ!」
そうでした、まだアレがいるんでした。
お姉ちゃんにしがみついてそっちを見ると、ソレは顔を赤くして怒っていました。 今にも走って来そうです。
「どのような手を使ったかは知らぬが、呆けていられるのも今の内だ。 まさか斬れるのが物質だけとでも――」
「あっそうだ。 来る時にトッサ見えたんだけどさ、木に頭挟まれてるかもだけど、体は大丈夫だったよ! 血抜き手伝うから、めげないで次の罠にも期待しよ。 ね?」
「おぉ姉ちゃん、今それどころじゃないから……」
こんな状況なのに、お姉ちゃんは完全無視でいつも通りでした。
痺れを切らしたアレがカタナを頭上に構え、笑います。
「ククッ……不意を打てて愉悦に浸っておるようだが、そう何度も儂を化かせると思い上がるでない」
カタナに赤黒い魔力が集中していきます。
「お姉ちゃん、あれ!」
「威力は劣るが、銅の兎程度この距離からでも逃しはせん!!」
振り下ろした切っ先の線が風より速く地面を斬りながら迫ってお姉ちゃんの左手に弾き砕かれました。
ガラスが粉々に割れる音と一緒に、赤黒い魔力が霧になって消えていきます。
「な……」
「煩い」
お姉ちゃんの、洞窟の奥底から響くような声に息を呑むと、もう一度カタナを構えたアレが叫びます。
「なんなのだ貴様はぁー!!」
一気に距離を縮めようと走り出したアレに――
「レイゼーヴェ!!」
――叩き返すような突風が吹き荒れ、足を浮かせて木に叩き付けました。
私達の背後、森の中から知っている冒険者さん達が走ってきます。
盾を持った鎧の人が私達の前に出ました。
「なぁに勝手に始めちゃってんのリリスちゃん!? 俺等への合図忘れちゃった?!」
「あぁえっと……洞窟まで連れてこうかなと!」
フードのお姉さんも来てくれました。
「嘘の声。 怒り任せに殺そうとしてたでしょ」
「そこまでする気じゃなかったよ~! ちょっとだけ、こう……殴りたくなっただけで」
「来てみて正解でしたね。 危うくリリス殿に、うっかり潰されてしまう所でした。 作戦も復讐の機会も、お相手も」
遅れて来たエルフのお兄さんに「持ってて」とお姉さんが短弓を預け、フードの中から抜いた短剣を構えます。
ダークエルフの小さなお姉さんも、重そうなロッドを片手で軽く振り回しながら来てくれました。
「リリスちんはその娘を見といてな。 こっちはウチ等に任せて、おしゃべりでもしときぃ」
今まで何処にいたのか……昨日一緒に森を回った『刃遊奇人』が全員集合です。
立ち上がるアレも目を丸くしてます。
「何故、君達までここにいる。 僕は誰も見逃していなかった!」
「それが見逃してたんだよなぁ、偶々木の上で寝てたリリスちゃんを」
「私達も、ですがね」
「思い出させないで……リリスが異常なだけ」
「ウチら以上に異常な娘がおって命拾いしたなぁ! ホンマ足向けて寝られへんで。 てな訳で、安眠のためにも藪蚊は今ここで叩き潰そか」
「錆屑共がぁ!!!」
「斬ってみろや鈍ら!!」
カタナを構え全力で迫るアレが盾のおじさんを狙います。 おじさんは右腕に着けている小さな丸盾で防ぐような構えのままカタナを待ちます。
「変えた所で防具に差違なぞ無い!!」
振り下ろされるカタナを盾で受け流し、空いた横っ腹を左拳で殴ります。
「ガッ!」
数歩下がったアレの腹に更に前蹴りを入れて、後ろに転ばせました。
「どうしたよ腰抜かして、そんなにショックだったか? ちょっと前に不意を打てたからって愉悦に浸ってるところ悪いが、釣りやすくて拍子抜けだぜ雑魚太君」
「お……のれ……」
「おぅおぅ、こらまた地味にコケよったな。 耄碌のし過ぎで戦い方忘れたんなら教えたろか」
ロッドで肩をトントンするダークエルフさん。 見た目は10代前半なのに、性格や言葉が行商のおばちゃんです。 これで回復・結界・支援魔法主体の司祭とはやっぱり信じられません。
アレが起き上がります。
「図に乗るな……小手先でどれだけ足掻こうと、結末は変えられぬ。 儂はいずれ最強を斬り伏せ、神話をも塗り替えるのだ。 木っ端のしゃしゃり出る幕などあろうものか!!」
と、おじさんが前に出ました。
「たかだか斬れ味程度で、最強を超えられると思うなよ」
横斬りも突きもギリギリで避けつつ、盾で弾きながら皆で反撃していきます。 フードのお姉さんもダークエルフさんも、短剣やロッドで同じように受け流したり横から弾いたりしながら、アレの凄く近くで戦い続けています。
でもやっぱり、相手が金等級で攻撃を防げないからか、3体1なのに決め手に繋がりません。 相手だって避けるし、刃で防ごうとするから攻撃の手が止まっちゃうんです。 片刃ズルいです。
エルフのお兄さんにお姉ちゃんが話しかけます。
「加勢しなくて良いの?」
「しますよ。 でも今は邪魔になってしまいますので……あっ『フェィル』」
カタナに魔力が集まるのを見て、エルフさんが風の矢を鍔に当てました。 魔力が散ってしまいます。
略唱ってやつです、生活魔法以外で使ってる冒険者さんは初めて見ました。 威力が弱まったり狙いがブレたりそもそも不発に終わったりで、詠唱を省略する魔法使いって殆いないんです。
「この距離で偶に介入することで、精神的な嫌がらせをしてるんですよ」
笑顔の爽やかな、怒らせると怖い人です。
「それより、イリーナさんにここまでの経緯を説明していただけますか? 私は向こうを警戒していますので」
「あ、うん。 そうだった」
上級冒険者同士の戦闘につい目を取られていると、思い出したかのようにお姉ちゃんが教えてくれました。
その日、木の上で眠っていたお姉ちゃんが目を覚ますと、丁度5人の冒険者が通り掛かる所でした。
と、一番後ろの冒険者が突然カタナを抜くと、ダークエルフさんを背中から刺したそうです。 それに気が付いた皆にも突っ込み、受け止めようとした盾の人を防具ごと斬って、対応の遅れたエルフさんとフードのお姉さんも斬ったのだとか。 そのまま皆をバラバラにして遊ぶと、冒険者プレートを奪ってその場を去りました。
一部始終を見ていたお姉ちゃんは、皆の体を治して→捕まえておいた魂を戻し→皆が目覚めるまで結界を張って二度寝→夢の中で全員の視点の記憶を見ながら皆と作戦会議したそうです。 ……この説明だけで6回聞き返しました。 ツッコミどころが多過ぎます。
冒険者プレートを奪われたイカレドスは街には戻らず、ギルドにはお姉ちゃんが内密に報告して、外で行商人さんから直接買った装備でこの町までアレを追って来たらしく。 リリスお姉ちゃんは気になって着いてきただけで、イカレドスのメンバーでもなければ、復讐に参加する気も無かったそうです。
「せっかくだし面白そうかなぁ~って思っただけだから。 皆の仕返しは皆のものだよ」
「天使様なのか悪魔憑きなのか分かんないなぁ……」
「リリス殿が人外の存在というのは確かですね。 おかげでこうして再戦していられるので、どちらにしてもリリス殿には感謝しきれません。 あっ『ガーダ』」
エルフさんが唱えると、蛇のような動きで風の塊がアレの柄を下から弾きました。 その僅かな隙をフードのお姉さんが投げナイフで突きます。
あと少しで回避したアレがそのまま森の中に逃げてしまいました。 すぐに3人とエルフさんも追い掛けて、茂みに入って行きます。
「リリスお姉ちゃん……」
「大丈夫。 あの人達に任せ……ん?」
「お姉ちゃん?」
遠くを見上げたお姉ちゃんが「うん、出来るよ? 今?」と誰かと話し始めました。 次は何をしでかすのでしょうか、怖さ半分、期待半分でハラハラします。
ボコッ
「ん?」
私達の前方、お姉ちゃんの視線が向いた地面がボコボコと盛り上がっていきます。
「ぇ……え? え! えぇ?!」
土は下から、ちゃんと靴を履いた人の形になっていって――
▷ ▶ ▷ ▶
茂みを分け入ったイカレドスの3人は、昼間にも関わらず薄暗い森に苦戦を強いられていた。 本来であれば冒険者たるもの、視界の変化など言い訳にもならないのだが、相手が防御不可の一撃必殺となれば慎重にならざるを得ない。
逃走した可能性は低い。 何故ならあの妖刀は傲慢であり、自尊心の塊でもあるからだ。 『鈍ら』『雑魚』等の言葉には特に反応する。
「チタ」
「ええ」
フードを脱ぎ捨て、猫科の耳を顕にしたチタが聴覚と嗅覚、猫髭に全集中していく。
猟豹を自称する獣人族のチタは、幼少期から山で暮らし、共にハンターである両親と兄弟姉妹8人家族の元で育った。 末っ子であるチタは実力こそ劣らずも、既に戦力過多の食費事情もあり、若くして家を出て冒険者の道を選ぶことになる。 要は家族全員強過ぎの食い過ぎだったのだ。 今尚健在なのが手紙からでも伝わってくるくらいには。
ケモビとも呼ばれる獣尾族とは違い、より獣に近い容姿の獣人族は魔族側と捉える国が多い昨今、差別を嫌ったチタはフードを被り革手袋を嵌め単独行動を好んだ。 が、独り旅の謎の強者として目立ってしまう。
数秒風が強くなり、不自然な風切り音のした方角の木を指差したチタに、ダークエルフのナツメが別方向の木の枝に親指で合図を送る。
「尻尾巻いて逃げてもええけどぉ、お前さんの『魔剣』の特徴はキッチリ覚えとるでぇ〜! ギルドに報告しようもんなら、各領から魔法の得意な軍がワラワラ動き出すやろなぁ!」
ナツメは知っていた、妖刀の弱点は遠距離攻撃ということを。
ダークエルフであるナツメは、その奔放で明るい性格から、冒険者のみならず、肌の色を理由に距離を置こうとしていた人にまでも一目置かれていた。 エルフ=白い肌だっただけに、褐色は気味悪がられていたのだが、ナツメ本人の『何でも値切る』『誰にでも絡んで酒奢って泥酔もする』『やらかすハンター見習い・孤児を説教し論破し泣かす』『その孤児等にも飯を奢るが吐くほど特訓させる』故に『金欠』と、なんかもう褐色肌などどうでも良くなってしまう位に騒がしいのだ。 そのくせ自らも教会が運営する孤児院育ちなたせいか、司祭が使う魔法が得意なため勘違いされやすいのだが、実は司祭どころか教会に属してすらおらず、主な戦闘スタイルはロッドによる撲殺である。
そんなナツメの人柄に好感を持つ者は多く、情報も入りやすい。 そのためナツメは数十年前から大陸を騒がす『妖刀』と、その対処法を既に知っていた。
「50年前やったかぁ! 囲んで一気に魔法ぶっ放されて、なぁんも出来んと吹っ飛んだっつう鉄板ネタ! ようその口で伝説云々語れるなぁ! 笑神様に投稿した方が殿堂入り出来るんとちゃうの?!」
「マジかそれ、ヒョロっこいと大変だなおい! んな枯れ枝だから木の盾すらかち割れねぇんだぜ! 姑息な騙し討ちにしか使えねぇって事は、軍相手に一騎当千したって噂はデマ確定だなこりゃぁ!」
執拗なまでの煽りに、チタが指していた木が横に両断される。 倒れてきた木を躱すと、ナツメとカイゼルは倒木を挟む形で分断された。 同時に木が倒れる際幹を登っていたユーリは頭上からカイゼルを狙ったが、別の木の上にいたチタの投げナイフに妨害されそのまま着地。 カイゼルの蹴りを身を低くして回避すると、四足獣のような動きで距離を取った。
「キッモ! さすが呪われてるだけのことはあるな。 使いもんにもならねぇ呪物とか錆び鉄より価値無ぇんだが? 大人しくしてりゃあ俺が溶かしてもっと良い魔剣に造り直してやるぜ」
まるで魔獣の素材としてしか扱っていないような言い草に、ユーリがカイゼルを睨む。
カイゼルは、ドワーフの父と人の母の間に産まれた混血のドワーフだ。 通常のドワーフよりは背が高く人に近い容姿なためか、おっさん呼ばわりされる事が絶えないが実はまだ20代前半である。 鍛冶屋の父とオヤジ趣味な母から受けた英才教育により少し捻くれた『ちょいワル親父風』に育ち、実家は弟に任せて冒険者に。 外で死亡した冒険者等の遺品を回収してギルドから報酬を貰ったり、引き取り手の無い遺品(金属)を鉄材へと溶かし直して実家に送ったりしている。
因みに実家は防具職人。 魔剣は専門外。
「なっはっは! そらええなぁ! 戦う防具職人の本気見したれや!」
「巫山戯おって!」
「ガーダ」
刀身に込められていた魔力が、またしても曲線を描く風の塊に打たれ拡散する。 同時に目を狙っていたチタの投げナイフを既のところで回避したユーリにナツメが肉薄、柄を握る指をロッドで殴打するも部分的な身体強化で人差し指しか折れなかった。
「チッ!」
不利と悟ったユーリにまたしても茂みの奥へと逃げられ、舌打ちするナツメがカイゼルの隣まで下がる。
「まぁた隠れんぼか、馬鹿の一つ覚えみたいに幼稚だなおい!」
「それしか出来んで、よう金等なんぞに上がれたもんやなぁ銀蝿君! そんなにウチ等のミスリルプレート付きバジリスクの首は旨かったかぁ?!」
「それはそれは、返礼が高くつきそうですね」
遅れて来たエルフの魔術師・クノニア・エウクリフィアも挑発にサラッと加わった。 加わわったのは自分も嫌がらせをしたかっただけではない、相手に自らを意識させるためでもある。
クノニア・エウクリフィアはエルフの国の貴族であったが、懇意にしていた第2王女への冤罪を肩代わりし、自国を追放された。 幼少の頃から魔術を独学で学び、当時最年少で魔術開発局の研究員に。 だが方向性の違いから飽きていたところだったので、国外探索指令(実質追放)にはノリノリで、冒険者になってからの方が活き活きしている。
エウクリフィアが合流したことで、イカレドスは本格的にユーリを追い始めた。
「ナツメさん、耳の調子はいかがです?」
「今はちょい聞こえづらいな、けど位置は分かる。 見えんからって言いたい放題なんが笑えて、挑発し辛いのだけが難儀やわ」
「だったらデコイは盾に任せとけって」
「嫌や、言いたいこと山程あんねん。 頭破裂すんで」
「なら、早く追い付きましょう。 門番さんも町外までは足止め出来ませんからね」
ナツメはダークエルフだが、血縁者に小人族がいたのだろう、妖精の声が聞こえるのである。 妖精を視認し会話出来るのは小人族だけなのだが、稀にこうして遠い血縁者にも先祖返りのように能力が現れる。 ナツメのそれは見れないものの、妖精の声を聞き、会話を可能とした。
『そのままこっちーーーーー!! そのまま前ぇーーーー!!』
昨夜洞窟で野営した時に協力を求めておいた森の妖精が、見えも聞こえもしない事を良いことに大声で呼んでいる。 無論悟られると危険なのは妖精であるため、ナツメは(うんありがともうちょい声量下げよか)と内心でツッコミながら素知らぬ顔で接近していく。
と、
「もう100年以上、流離ってきた」
森の奥からユーリの声が響き、4人はその場で警戒を強める。
「その間、魔獣に盗賊共に冒険者とあらゆる死闘を演じてきた。 森は、山は、儂が一番馴染み深く、知り尽くした領域と言っても過言では無い」
「どうしたジジイ、遺言なら死んでからにしな」
方角の掴みづらい声に、4人はそれぞれ背中合わせで周囲を注視する。 特にナツメは『こっちだよこっち〜〜!!』まで変に反響してて目に頼るしかなくなっていた。 (語彙力!)と嘆くも、向こうからもこちらが見えていないのかもしれない。
「クックックッ、まさか儂がひよっ子共に追い詰められておったとでも思ったか? 4人もおってただ1人すら仕留めきれぬ烏合が」
「指折られといて負け惜しみかいな、引き籠もって言い訳とかダッサイでぇ」
魔法の応用か、あるいは魔導具関連か。 チタの耳ですら方角が掴めないのが気になる。 幻覚作用のある毒ならチタが分かる筈だ。
「誘い出されたのだよ君達は、この場にな。 四肢を斬り落としてやった感触をもう忘れたか?」
「えぇ。 これでも貴族ですので、都合の悪い記憶だけ忘れられる便利な体質なんです」
「まだ逃げ回りながら斬りたいのなら、そうすると良い。 次も負けないし、どうせリリスに治してもらうから問題無い」
暗に『肉を斬らせてでも首の骨を断つからさっさと出て来い』とプレッシャーを与えるチタに、嗤い声が返される。
「そう焦れるな。 僕も考えを改めたのだよ、ここで君達を殺してしまっては勿体ないとね。 せっかくの再会だ、邪魔者のいない舞台へ、君達にも逸話の一部となってもらおう!」
「はぁ?」
「徘徊魔屍と化したミスリル4人を相手に繰り広げられる死闘! それを間近で目撃した町の生き残りはさぞ歓喜し、末代まで語り継ぐことだろう!」
その意味に、4人は身を強張らせた。
「知っているか? 救われた喜びは被害の大きさに比例すると」
「テメェ!!」
「さぁ! 誰が先に門を破り幕を上げるか競走だ! 私は門の中で襲撃者を待とう!」
事前に用意していたのか、無詠唱の風魔法が吹き荒れ4人をその場に足止めする。 と、
「ぬおぉぉおぉ!?!」
風が止んだ直後、今度は色取り取りの硬い豪雨に見舞われ、一瞬何かの攻撃かと身構えたナツメは素早く事態を把握し舌打ちした。
「アカン! うるさて何も聞こえん!」
ユーリが誘い込んだこの場所は、レイニーグミを栽培している区画だった。 レイニーグミは一定の間隔で植えると根が広がらず、通常の木と同規格に育つ。 のだが、それを4人は知らない。
無数のレイニーグミによる豪雨。 視界のみならずユーリの足音までもが紛れ、甘く濃い匂いにチタの鼻も頼れない。 妖精の大声もこの豪雨には掻き消されるのか、いつまでも転機が訪れるのを待つ訳にはいかなかった。
「町に急ぐぞ!」
「おう!」
「皆さん、待ってください!!」
グミを降らせたユーリは、枝から枝を渡りイカレドスの後方遠くへ降り立つと、町とは逆、東の小川へと身体強化と風魔法を併用して向かっていた。 狙いはイリーナとリリス。
ユーリにとって、一度殺したイカレドスは敵ではない。 と認識している。 むしろ警戒すべきは未だ謎の多いリリスだった。 いくら治癒魔法に長けていようとあの状態から個人で完治するのは不可能であり、仮に奇跡が起きたとしても伝説に聞く神薬・『エリクサー』や未知の魔導具でもない限り有り得ない。
そして大きな力にはそれ相応の制限がある。 もしエリクサーやアーティファクトを所持していようと、既に使用してしまった今ならば。
ユーリの真の目的は、門から引き返してきた愚者共に、2人の首を投げ渡す事だった。
あの親子を追うのに使った獣道を最速で駆け、帰る筈の無い4人を待つ哀れな2匹の獲物を視界に捉える。
「先ずは貴様からだ!」
「っ!」
木漏れ日を抜け広場へ出た足を一筋の縄が引っ掛け、体勢を崩したユーリが上半身を地面に打ち付ける。 手から離れた妖刀が宙を舞い、直線上に座る2人の近くで鍔から落ちた。
信じられない事態に気が動転するユーリに、木の裏に立っていた男が口を開く。
「優位を確信した途端、足下を疎かにするのは三流以下だ。 2年も経つのに成長しないな君は」
「なっ……!?!」
使い古された装備に、血のような赤髪。
「我が家は、町が創られた700年も昔から、代々この森でハンターを生業としてきた。 たかだか100年そこらのひよっ子に我が物顔は早くないかな」
2年前に斬り刻んだ、イリーナの父親がユーリを見下ろす。
「俺の前で娘に手を出せると思うな」
◀ ◁ ◀ ◁
「お父さん……」
土が盛り上がって出来たのは、お父さんでした。 服も髪も、肌まで生きているような色に変わって……。
言いたい事がいっぱいあって言葉が出ないでいると、「すまん話しは後で! リリスさんイリーナを頼む!」と急ぎポーチからロープを取り出して、獣道の木に縛り付けていきます。 明らかに人間用の、しかも子供が考えそうなイタズラに……戻って来たアレが引っ掛かっちゃいました。
「俺の前で娘に手を出せると思うな」
「お父さん……」
気持ちが込み上がって声が震えると、獣道の奥から風に乗ってフードのお姉さんに引っ張られる皆さんが走って来ました。 手を離したフードのお姉さんがアレの背中に跳び乗って、アレと私達の間に盾のおじさんとダークエルフさんとエルフさんが着地します。
皆さん無事でした。 怪我も無いっぽいです。 あとフードのお姉さんがフードを脱いでます。 やっぱり可愛い獣人さんでした。
「よう間に合ったなぁ、おっちゃん様々やわ」
「僅かな戦闘でここまで読むとは、流石としか言いようがありませんね」
「エウクが聞いてて助かった」
皆さんが何だかよく分からない話しをしていると、獣人のお姉さんに乗られているアレが「ぁああぁあぁあああ!!!」と手を伸ばして叫び始めます。 背中に乗る獣人さんも、盾を構える目の前のおじさんも見えていないように、必死にバタバタと暴れてます。
「ガキかよ……さっさと拘束しとこうぜ」
「魔封じすっから、チタ用心しときやぁ」
「了」
何だかアッサリとした最後に、私は一安心してお姉ちゃんに…………あれ?
「お姉ちゃん?」
気が付くと、お姉ちゃんは隣に居なくて。
いつの間にかカタナの方に行っていました。
「私のぉォおぉ!! それハ僕のダぁああァァ!!」
「うるせぇな、口も縛っとけ!」
「足もやっとくかぁ。 おっちゃん、もう一本ある?」
「えぇ。 ただこれらはリリスさんの力で再現してるだけなので、土に戻ってしまう前に町で縛り直す必要が」
「ソレは儂のだあァぁアァぁ!!」
「えぇぃいい加減に――」
「儂の腔ぁアァーー!!!」
「…………っ!」
盾のおじさんが振り向いた時には、お姉ちゃんはカタナに手を伸ばしていました。
「待て! リリスちゃん!!」
柄を持ったお姉ちゃんの体が、一瞬だけガクッと脱力したように見えた後、スッと直立します。 と同時に、うるさく叫んでいたアレの声がパタリと止んで、盾のおじさんや獣人さんがこっち走って来てます。
寝起きのような動きでゆっくりと目を擦るお姉ちゃん。 でも、なんだかいつものお姉ちゃんとは別人に見えて……
「お姉ちゃん? だよね?」
「…………いいえ」
感情の無さそうな声に戸惑っていると、獣人さんと盾のおじさんが私とお姉ちゃんの間に入りました。
「君は……?」
「私はリリです」
「リリ? リリスは?」
「リリスは今、こっちに行っています」
そう言いながらカタナを見下ろしたお姉ちゃん(?)は、アレを縛り終えたダークエルフさんに「この武器の鞘を取って下さい」と伝えました。
「気が済んだら戻って来ますので、もう暫くお待ち下さい」
戸惑う私達に、代りに鞘を持って来たエルフさんが質問します。
「失礼ながら、貴女は……いえ、貴女方は何者なのですか」
エルフさんから受け取った鞘にカタナを納めて、お姉ちゃん(?)は答えました。
「私はリリスの友達で、この体はリリスにあげた物です」
▲▲▲▲▲
目を覚ますと、そこは闇の中で。
「何処だ……ここは……」
他人の体を奪おうとした老体は、見覚えのある体達と再会していた。
膝を抱えて顔が見えないくらいに蹲る2人目の子供は、ずっと泣いていて。
「お姉ちゃん……どこなの…………置いてかないでよ……お姉ちゃん……」
長い髪を掻き毟る3人目の貴族女は、ずっと怒っていて。
「何でよ! あいつが悪いのに! 何で私ばっかり……全部あいつらのせいじゃない! 私は何も悪くないのに!」
「何だ……何なのだここは……」
出口を探すように後ろを振り向く老体が、背後にいた私と目が合って驚く。
「貴様……は。 まさか、悪魔か!!」
どこからか刀を取り出した老体が警戒するように身構える。
「ㇰ……クハハハハッ! よもや悪魔憑きだったとは! しかし運が良い、これ程の魔を試し斬れる機会など無かったのでな。 感謝するぞリリス!」
全身全霊の赤黒い魔力を注ぎ込まれた刀身に刻まれている多重刻印が同時発動、極限まで圧縮・尖鋭化した光が私を突く。
けど、
「……っ!!!」
やっぱり私に傷を付ける事は出来なかった。 だけどなぁ、それでも他のより斬れ味だけは良いんだよなぁ。
「な……有り得ん!! 何故だ!!」
私を刺せなかった事に、老体は魔獣を見た子供みたいに青褪め全身を震わせながらも、酷く怒り始めた。
どうしよ、これ。
「もうよい」
「……お前…………は」
困っていると、老体と瓜二つの老人が虚空から現れた。 双子よりそっくりだ。
老体の記憶によると、老人は一人目の所有者だったらしい。
その老人が老体の前に立つ。
「もう充分じゃ」
「…………何がよいものか……何が充分なものか。 お前が望んだのだろう! 魔王軍を! 世に蔓延る悪辣共を討ち滅ぼし、安寧を齎す為に半生を賭してまで儂を造ったのであろう! 未だ何1つ成し得てなどおらぬだろうが!!」
悲鳴のような訴えに、老人は首を横に振る。
「死した儂の念のみならず、童の悲嘆、女の妄執、男の不徳をも真似び酷く歪んでしまった。 数多の他を奪い己に服した儂等には、最早義の象徴も叶うまい。 これらは全て、儂とお主の罪じゃ」
「一族を、村を滅ぼされた傷みを忘れたと吐かすか!」
「その為に、逸話と嘯き罪無き者へも害を及ぼす儂等の所業こそが、我らが憎み続けてきた悪辣そのものではないか」
「っ!」
手から離れ落ちる刀が霧散して消え、糸が切れたように老体が膝を折る。 よくよく見ると、老体の周囲には犠牲者らしき無数の影が、下から足や腕を掴んでいて。
もうあっちに連れて行こうとしてるのかな?
というかいつの間にか、子供と貴族女はもう消えていた。 正気じゃなかったから無理矢理連れて行かれたっぽい。
ぶつぶつと呟きながら肩を落とす老体の前に、老人が膝を着いて皺くちゃな両手を握る。
「お主を独りで逝かせはせん、もう独りにはさせん。 すまんかったっ、あの日置き去りにしたのが全ての誤りじゃった。 恨むは自分ではなく、儂を恨んでくれっ」
「……そんな……儂がっ……」
2人の体が足の方から薄くなっていく。
「あっ!」
時間が無いらしく、私は慌てて老人の方に話し掛けた。
「反省会終った?! ちょっとごめんね! 2人が逝っちゃったらコレただの刀になるんだけど、私達が貰っても良いかなぁ?!」
早口で言っちゃったせいかポカンとする2人に、もうちょっと伝わりやすく考えてお願いする。
「えっとね、私は武器って使わないんだけどね、野宿で解体する時の包丁代わりになるのを探してて。 このままギルドに回収されて溶かしちゃうなら、綺麗だしカッコイイし研がなくて良いからコレ欲しいの! ちゃんと大切にするって約束するから、お願い!」
両手を合わせて頭を下げると、老人は少し嬉しそうに笑いだした。
「……ハハッ。 そうか、綺麗で格好良いか。 そうか……。 この刀は儂の生涯最高の一振でな。 しかし、儂等が離れても多くの血に塗れ穢れたこれより、その手に相応しき物を新たに造った方が良いのではないか?」
「じゃあ教会で洗ってもらうよ、それでどう?」
穢れ?とか、そういう感覚はよく分からないけど……つい見入ってて斬られちゃったくらい、あの時にはもうこの刀が好きになっていた。 誰も要らないなら絶対に欲しい。
そんな私の本気が伝わったのか、老人が「ハッハッハッハッ!! そうかそうか!」と可笑しそうに何度も頷く。
「分かった。 他でもない貴殿にならば、安心して譲渡しよう。 思うがままに使ってやってくれ」
「やった! ありがとう! 大切にするね!」
嬉しくてピョンピョン飛び跳ねる私を見上げて、薄くなっていた老体が煙のように消え、抜き身の刀の姿に戻った。
『ありがとう』
何故か、そう感謝された気がして足を止めると、刀を拾った老人が腰の鞘にそいつを納める。
「儂等はあの世で裁きでも待ちながら、ゆるりと談ずるとしよう。 さてリリス殿、刃を向けたにも拘わらず引き合わせてくれた事、改めてご厚意痛み入ります」
「刀欲しかっただけだから、もういいよ!」
「そうですか。 悪魔にも貴殿のような心根の方がいらしたのですな……辛い思いをさせてしまった娘子や迷惑を掛けた皆様方にも、深く謝罪していたとお伝え下さい」
「うん、戻ったら言っておくね」
せっかくなら、他の殺された人達にも会えたら伝えておこうかな。 私達も腰に差していれば向こうから来てくれるよね?
「助かります。 それでは、儂等はこれにて」
そう深々と頭を下げて、愛刀を連れた老人はあの世って世界に逝ったのだった。
▼▼▼▼▼
「あ、終ったみたいです。 お帰り…………たっだいまぁ〜!!」
リリお姉ちゃんから旅の話しを聞いていると、突然リリスお姉ちゃんが戻ってきちゃいました。 見た目は変わらないのに、瞼を下げて上げただけで子供っぽいお姉ちゃんに早替りです。 凄い、けど……こうして見るとなんだか心の病気みたいだなぁ。
「リリ……スお姉ちゃん?」
「そだよ〜」
雰囲気で分かってても、恐る恐る聞く私の頭を優しく撫でて、お姉ちゃんが微笑みます。
「全部終ったから、もう大丈夫だよ」
「……ぁ……………」
ずっと怖かった。 けど、お姉ちゃんが助けに来てくれてからは誰かの冒険譚でも見ていたようで。
「……っ…………ぅ……うん!」
やっと安心出来たからか、お姉ちゃんが皆に何があったのかを説明している間、しばらく涙が止まりませんでした。
・・・・
あれから大変でした。
いったん町に帰る事になったのですが……
お父さんの手を離せなかったせいでお父さんとリリスお姉ちゃんを困らせてしまって、「そろそろ魔法解除しないと……お父さん土に戻って崩れ落ちちゃうけど良い?「」ヒェッ……」と説得されて泣く泣くさよならしたり。
トッサとレイニーグミを回収しに戻ったり。
門番さんにイカレドスの皆さんがプレートを持っていない事と今回の事件の説明をするのに苦労したり。
ギルドで同じ説明をもう一回して、冒険者プレートの再発行申請に時間がかかったり。
受け付でおじちゃんにも驚かれるわ怒られるわ、今日だけ出禁にされるわ。 何でお父さん連れて来なかったのかと愚痴をこぼしたのを聞いたリリスお姉ちゃんが、ギルド内の売店で買ったゴーグルに霊視の魔法陣を刻印してもう一騒ぎ起きるわで。
空が暗くなるまでギルドに残ったのは、今日が初めてでした。
「こんばんわ〜……ぁいたイリーナちゃん!」
「っわぇ?! 先生!」
そんなこんなで遅くまでギルドに残っていると、孤児院の先生が探しに来てしまいました。 明後日が誕生日の先生です。
先生とは、お父さんと一緒に孤児院にお肉や山菜のお裾分けしていた時からの仲で、一人っ子な私にとって本当のお姉ちゃんみたいな先生なんです。
お父さんと筆談していたおじちゃんが先生に気が付いて顔を上げました。
「お? もうそんな時間か……イリーナは帰り支度しとけ。 先生すまん、ちょっと大事な話がある」
「えっ?! ぁ、はい」
真剣な目で『大事な話しがある』と言われて、ずっと前からおじちゃんの事が好きな先生が一瞬ドキッとしたのを私は見逃しませんでした。 やっぱり誕生日会には理由を付けておじちゃんにも来てもらおう。
「ゴーグル……?」と呟く先生の横を通り、リリスお姉ちゃんが見ていてくれている籠の中から、ギルドの冷蔵庫に預けたトッサの木札を取り出してズボンのポケットに隠します。 皆が好きなトッサはやっぱり、こっそり料理して脅かせたいので。
レイニーグミを食べていたお姉ちゃんに「内緒ね」と囁くと、お姉ちゃんは笑顔で囁やき返してくれました。
「明日も森、見に行こうね」
「うん!」
・・・・・
結果、先生の誕生日は大成功でした。 トッサだけでなくウサギも2羽捕まえて、ローストも美味しく作れて。 孤児院の皆に美味しい美味しいって喜んでもらえました。
料理と言えば。 イカレドスの皆さんとリリスお姉ちゃんも来てくれる事になって。 ダークエルフのナツメさんが故郷の『多幸焼き』を作ってくれて、皆で食べました。 好きな具を入れてもらえて、意外と美味しかったり不味かったり、楽しい誕生日会になりました。
先生も楽しそうだったけど、おじちゃんが遅れて来てからはずっとソワソワしっぱなしで。 でも最後には泣いて「皆ありがとう、大好きだよ」って言ってくれました。
頑張って良かったです。
「わぁ〜! あれが王都?!」
「そうだよ、ひっっろいよねぇ〜!」
少し遠回りした馬車の中、山の上、崖になっている見晴らしの良い所から眺めた王都は、高くて白い塀の向こう側に終わりが無くて。 広い広いとは聞いていたけれど、こんなにも多くの民家やお店が並んでいるとは思いませんでした。 あの動いてるのは人でしょうか。 王都が海なら、私の住んでいる町なんて池みたいなものです。
「あれ? お城は?」
「なっはっはっ! ここは王都の端っこやからな、王城見るにはもう一泊挟まなな」
「ほえ〜……」
窓を開けていたので、御者台にまで聞こえちゃってたようです。 てことは隣の御者さんにも聞こえている訳で、ちょっと恥ずかしくて顔が熱くなってきました。
あの事件から一月後、私達は王都へと旅行に来ていました。 あの時気絶していたユーリさんはその後逮捕されたのですが、妖刀からの強い影響もあったことが考慮されて、王都の療養所に入院?しているようです。 正気に戻ったので「謝罪したい」と言っているらしく、ちょっと怖いけど、旅行のついでに会おうと思ってます。
それにしても、旅行かぁ。 貴族でもない、ましてや成人すらしてない私が王都にまで来れちゃうなんて。 夢みたいです。
そうだ! 王都になら私でも買える日記帳が見付かるかもしれません!
ユーリさんの実家から貰った慰謝料と、妖刀を討伐した報酬を何故か私まで貰えたので、皆とお父さんのお土産を買っても桁が変わらないんです。 だから数冊と、インクとペンも買えるよね?
憶えてる限りの思い出を、これからの事をいつでも読み返せるように、毎日書いていこうと思います。
王都に入るのがもっと楽しみになりました。
と、
「あぁぁ、確かにちょい臭いか。 気にしたこと無いと気付かんもんだな」
今は馬のためにも休憩中で、後ろの席の会話を聞いていたのですが……
「いくら広大で人口密度も桁違いとは言え、この距離この高さにまでは届きませんよ」
「そう、この臭いは人族のじゃない。 ……上!」
馬が2頭とも激しく嘶き、皆で窓の外に身を乗り出します。 と、上空から巨大な鳥の魔獣がゆっくり降りてきました。
怒ったように鳴いてます。
「こっち来てるよ! ってお姉ちゃん!?」
私が初めて見た大きさの魔獣に驚いていると、お姉ちゃんがそのまま窓からスルリと出て着地しました。
「ちょっと行ってくるけど、追い返した方が良い? 殺しちゃった方が良い?」
「飛ぶ系は面倒いからなぁ、任すわ」
「縄張りに入ってしまっただけでしょうから、追い返す程度に手加減して下さい。 この大きさでは騒ぎになってしまうので」
「分かった! 手加減して追い返すね!」
馬を抑えていた御者さんが、腰に刀を差すお姉ちゃんを見て慌てます。
「ちょっ!? 嬢ちゃん1人でやる気か! そんな細い剣で!」
御者さんには意地悪だけど……お姉ちゃんの戦い方を知っている私達は、今度は何をしでかしてくれるのか、楽しみに見守っているだけでした。
「だぃっじょぉ〜ぶ! 私すんんっごく強いんだから! 負けたこと無いもん!」
苦手だけど短編を書いてみよう。
そう思い至って書き始めたのですが、想定より長くなってしまいました。
これでも『リリお姉ちゃん・お父さんとの会話とその後』『魔虫の素材の扱い』『イカレドスのその後』などカットしたシーンがあり、これ以上に冗長になりそうだったのでここで止めてみたのですが、如何でしたでしょうか。
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