将来の夢
――……ずっと、繰り返し夢に見ることがある。
「美琴さんって、将来の夢とかありますか?」
「……えっ?」
おもむろにそう問いかけてきた直人さんへ顔を向けると、彼は小さく息を吐いてから私の頭をゆっくりと撫でた。
まるで幼い子供をあやすかのようなその手つきは、いつも私に大きな安心感を与えてくれる。
「……夢……言っても、笑ったりしませんか?」
「もちろん。僕は、美琴さんの話を聞いて、馬鹿にして笑った事は一度もありませんよ」
彼の優しさが滲む些細な言葉の一つ一つに、私はいつも助けられてばかりだ。
「たくさんあるんですけど、私は……まず、カメラマンになりたいです」
「カメラマン?」
「はい」
自分一人の足で外を歩いて、目に映った美しい世界をそのままファインダーの中に閉じ込めてみたい。シャッターで切り取った一瞬一瞬を、みんなと共有してみたいと思う。
「意外ですけど……素敵ですね。僕も、カメラを持って世界中を渡り歩く美琴さんを見てみたいです」
「ふふ、ありがとうございます」
「他にも聞かせてください。美琴さんの夢」
「……他には、」
他の夢。
口にしかけた途端に心の隅でぷわりと湧き上がった羞恥心からつい言いよどめば、直人さんは話の続きを催促するでもなくただ静かに私の左手を握る。
「……私は、」
彼の優しさに甘えてゆっくり息を吸い、空いた右手を火照った頬に添え頭の中で言葉を整理した。
「その……漫画家にも、なってみたいです」
私は昔から、色々なお話を考えることが得意である。
直人さんの朗読してくれる小説を聞くのも大好きなのだけれど、自分の中で創り上げたストーリーを紙の上に描き起こし読んでみたいと思うのだ。
「美琴さんの描いた漫画かぁ……いいですね、僕も読んでみたいです」
「直人さんに見せるなら、しっかり絵の勉強をしなくちゃですね……!」
「ははっ。……他には? 大好きな美琴さんの事はたくさん知っておきたいので、もっと聞かせてください」
「……っ!?」
直人さんの声はチェロの音のように穏やかであたたかく、いつも言葉や行動に表して私に愛情を与えてくれる。
彼はまるで息をするかのように自然と“そう”してくれるけれど、世間知らずな私でもこれは決して『当たり前な事』ではないと理解していた。
「……あとは、」
それから、言葉を選びながら少しずつ『夢』を語る私の声に直人さんは時折「うん」とか「良いですね」なんてやわらかい相槌を打ちつつ、静かに耳を傾けてくれる。
芸術家になってキャンバスに筆を走らせたいし、映画監督になってこの世に一つだけの映画を創り、それを観たみんなの感想を聞いてみたい。
「ミュージカル女優もいいなぁ……」
台本や立ち位置・芝居を覚えて、舞台の上で一つの『役』を演じきる。とても素敵だ。
それに、メイクアップアーティストやヘアスタイリストになって、この手で他の人を美しく飾り付ける事にも憧れる。そうだ、そう考えるとファッションデザイナーにもなってみたい。
ふと、自分ばかりが話してしまっていたことに今さら気づいて恥ずかしくなり唇を引き結べば、直人さんは握ったままの私の手の甲を指先でそっと撫でた。
「素敵な夢をたくさん聞かせてくれてありがとうございます。美琴さんは何になっても似合いそうだなって思いました」
「私ばかりが話すなんて、なんだかちょっとずるいです。直人さんの夢も聞かせてください」
「ははっ、いいですよ」
二拍分の間を置いて、直人さんはひどく大切そうに言葉を落とす。
「僕は……医者としてもっと腕を上げて、もっともっと勉強して……美琴さんの眼を、治したいです。貴女に色んな世界を見せてあげることが、僕の一つ目の夢です」
ああ、やっぱり……直人さんはずるい。
そんなことを言われたら、泣いてしまいそうになるじゃないですか。
「一つ目、って……? 他にも、あるんですか……?」
「はい。二つ目の夢があります」
「どん、な……夢、ですか……?」
「……美琴さんと、夫婦になること……です」
瞬間――せっかく我慢できていた涙が目尻からぽろりとこぼれ落ち、堰を切ったように次から次へ溢れ出して止まらない。
「……ったし、私……っ、私も、もう一つ、夢ができました……っ」
「はい。ぜひ、聞かせてください」
直人さんは嗚咽する私をそっと抱きしめるなり、ゆっくりと背中を撫でて「泣かせるつもりはなかったんです」と呟いた。
だって、だって。ずっと、“そんな夢”を抱いてはいけないと思っていたから。絶対に迷惑をかけてしまうし、重りになってしまう。そんな未来を、『私』の存在を背負わせてはいけない。
そうやって言い聞かせ、諦めるしかなかった。でも本当は、許してもらえるのなら、
「わた、し、私……っ、直人さんの、お嫁さんになりたい……っ。お嫁さんに、してほしい、です……」
――……この先もずっと、貴方のそばに居たい。
「ああ、良かった……僕の力でも叶えてあげられる『夢』があって、本当に良かった」
言い終わると同時に直人さんは私の両手をすくい取り、額同士をこつんとくっつけ小さく笑った。
「美琴さん。僕を、貴女の『眼』にしてください。僕と、結婚してくれませんか?」
「……っ、お願いします……直人さん、好きです。大好き。ありがとう、直人さん……っ」
「僕も……愛していますよ、美琴さん」
生まれて初めて、目が見えないことを恨めしく思う。タキシードを着た直人さんを見られないだなんて、大きな損害でしかない。
そんなことをぼやく私の隣で、直人さんは「美琴さんのウェディングドレス姿、楽しみです」と歌うように呟いた。




