6-3 自分がここだと信じる場所を
責任は重大に思えた。
「まあまあ、そんなに固くならないで」
「そうだな。まだユニスが言ったのも予想の域を出ないわけだし」
右からリリリアが、左からジルが言う。
「そーそー。つーか、本職の調査員はロイレンの方だからな。ちょっとした手伝いくらいの気持ちでいてくれればいいって」
「ちなみにロイレン先生の研究所における『手伝い』っていうのは『何もしなくてお金がもらえる』って意味なんですよ」
後ろからデューイと、ネイの声がする。
「そろそろ本格的に減給処分について話し合いましょうか……というのはともかくとして。頼りにしていることは確かですが、皆さんの仰る通りそこまで気負わずにいてくださって大丈夫ですよ」
「魔法的な隠蔽がされている場合は、クラハさんでは気付きにくい面もあるだろうしな。チーム作業だ。気楽に行こう」
ロイレンとウィラエのふたりは、そう言いつつも早速周辺に抜け目なく視線を配っている。
だから、というわけでもないけれど。
クラハも彼らと同じように、視線を巡らせた。
それは、深い森の奥だった。
南の国の、ずっと端。海に程近いどころか、ほとんど半分くらいは水面の下に潜ってしまっているような地域。
人の住む街に籠っているだけでは到底目にすることも叶わないような動物が、植物が、空気が、数え上げるなんてことをしていたら人類の歴史を使い果たしてしまいそうなくらいに豊かに満ち溢れていて。
けれど、人がそこに生きていた痕跡が、ひっそりと残っている。
「ん、」
最後のひとり。
ここに来るべきと主張した人と目が合えば、その人はやっぱり、まだちょっと測りかねているかのような、困ったような、そんな顔をして、
「が、頑張ろう……ね!」
初対面のときのあの不思議な風格はどこへやら、という調子で両の拳をぎゅっと握って語りかけてくるものだから。
「……はい! 頑張ります」
クラハはつい、そんな風に応えてしまう。
先史遺跡。
再び八人で、そこに訪れていた。
†
雨が上がってからも物干し場にふたりが現れなかったから、「ああこれは迷ったのだろうな」とクラハはいつものように考えた。だから少しだけ、いつもより発見が遅れた。ユニスとふたりで動いていてなお迷うようなら、屋内にいるのだろうと当たりをつけてしまったのだ。
廊下の窓の向こうにふたりを見つけたときに最初に思ったのは、「何をしているんだろう」ということだった。向かい合って、真剣な顔で何事かを話し込んでいる。窓を開けるまではしたものの、邪魔してしまわないか不安になる。
「あ、」
躊躇っていると、ジルが気付いた。
ちょうどよかったと口のあたりで呟いて、手を挙げて近付いてくる。ユニスも微妙にその陰に入り込むようにしながら続いてくる。さっきは、とクラハはそれで思い返していた。雷が鳴って、雨が降り出すまでの間に会話ができた。少しだけだったけれど、それでも今までとは違った感触がした。壁がなくなったというか、薄くなったというか――
「わかったんだって」
「え?」
そんなことを考えていたからなのか、それとも身構えていてもそうなったのか。
ジルが切り出した言葉の意味がわからなかった。何がだろう。リリリアの言葉を借りてみて、たとえば「クラハという人物は怖がるに値しない存在だな」とか、そういうことだったらいいななんて、そんなことを思った。
「『震え』の元が特定できない理由。あと、南方樹海の中にある先史遺跡が、どういうものなのか」
全然違った。
思った以上に高い価値を持つ情報をいきなり投げられて、思考がカチッと止まったような気がした。
そこまでは言ってないよ、とユニスはジルの手の甲を叩いたけれど。
その後に詳しい話を聞いた限りでは、それほどジルの要約は間違っていなかったのではないかと、クラハは思っている。
†
「『駅』……って言われても、全然イメージがつかないな」
「ねー。私も昔の乗り物とか、全然知らないや」
後はそこまで役に立たない者同士でごゆっくり、というわけではないけれど。
ジルはリリリアとふたりで、他の六人がせっせと調査に当たる中、ぼんやり壁を見つめたりしているばかりだった。
あのユニスの発見から、四日が経っていた。
予定されていたとおりのインターバルを経て。通常通りの調査予定も立てておいて。さらに新しい仮説について、ユニスたちが地図を広げて検討会を開いている間を待ち続けて。
それでようやく、目当てのここまで来た。
先史遺跡。何のために、誰が建てたとも知れない、用途の失われて久しい、単なる箱のようにすら映る廃墟。
本当に箱だったのではないか、と。
ユニスは、降りしきる雨への傘になる研究所の――箱のような佇まいを見て、思い付いたのだと言う。
「本当に最初から中には何もなくて、単に気候条件の問題で雨風を避けるための『箱』が必要だった……ちなみに、リリリアはどう思う」
「何が?」
「ありえそうなのか。先史時代と今だと、気候も結構違いそうな気がするんだが」
リリリアが、ぱちっと大きく瞳を開く。
「ジルくんって、意外とそういうの詳しいよね。知ってるんだ。時代によって気候が変わっていくとか、そういうの」
「何となくは。迷宮があるのとないのじゃ環境が異なるとか、そういうのは見てきたし」
ああそういう、と納得したように頷いて、
「うーん、どうだろ。先史時代って、文献がほとんど残ってないから『先史』って呼ばれてるわけだしね。聖典周りで言及されてないことは、私もよくは知らないや。ウィラエさんとかの方が知ってるんじゃない?」
ああ、とジルは頷く。それはそうかもしれないと彼女の姿を探して、何やらユニスと顔を突き合わせて話し合っていたから、諦めて、
「実際に調べてみればわかることか」
「ジルくんって結構遠慮がちだよね」
「どんどん俺の意外な一面を発見しないでもらえるか」
「こっちは別に意外じゃ――、」
言葉の途中で、リリリアが不意に視線を外した。
だから釣られて、ジルもそっちを見た。
「あ、」
クラハがいた。
こっちの方を、あからさまに窺っていた様子で。
「すみません。そっちの壁を調べてみたいんですが、いま大丈夫ですか」
「遠慮がちは共に旅する仲間に伝染し……」
「全然。すぐ退くよ。よろしく頼む」
「私は無視され……」
無視したわけではないとか、そういう話をしている間に「失礼します」とテキパキとクラハが動き出す。その背中を見ながら「やっぱりこういうのが本領のタイプなのかもしれないな」「周囲に目線が向くなら自分よりもずっとできることが多いだろうな」なんてことを考えている。
考えている間にも、クラハは仕事をこなしている。
「リリリアさん。意見を伺いたいんですが」
壁の一点で、ぴたり、と手を止めた。
「ん?」
「竜のシンボルから連想するものって、何がありますか?」
あ、それ、と。
思わず呟いたのは、以前にも見かけたものだったからだ。
翼。手足。牙。爪。伝説上の、非常に稀に魔獣がその形を取る他には、人の目の前に似姿すらも現さない生き物。
竜のマークが、そこに描かれている。
「竜ねえ。この隣にいる人、っていうのはともかくとして」
一瞬肩をポンと叩かれて、無駄にびくりとさせられて、
「それこそ今だと大魔獣災害が思い浮かぶかも。クラハさんは、そのマークが何かの手がかりだと思ってるの?」
「はい。前から気になってはいたんです。遺跡はいくつか回りましたが、どこでもこの竜のマークがあるので。直接的ではなくとも、何かの手掛かりになるんじゃないかと」
「お、やっぱそこに目を付けちゃう感じ?」
つい今まで地べたに這いつくばって床に耳を当てていたデューイが、会話に参加してくる。その金髪に土汚れがついているのが見えたから、ジルがぱっぱと軽く手のひらで払ってやれば、
「サンキュ。オレもそれ、気になってんだよな。ユニちゃんの話を聞いてから、ちょっと思うとこがあってさ」
「って言うと?」
「シェルターとか避難所なんじゃねえの。ここ」
非力なオレにはそう思えちゃうね、という彼は。
たぶん四年前のあのことを思い出していたのだと、ジルは思う。
「先史時代のことはよく知らねーけど、魔獣がうじゃうじゃいたんだろ? だったらそういうのがあってもおかしくねーじゃん」
「一理ある……けど、避難所があるってことは周りに避難するだけの人がいるってことだろ」
「おん」
「だったら、この建物だけが残ってるのはおかしくないか。人が住んだり利用したりする他の施設……家とか、そういうのの跡もセットで残ってないと」
「そっちは朽ちたんじゃねーの。で、丈夫なここだけが残ってんの」
ああそういう、と。
ジルは丸め込まれてしまったけれど、丸め込まれなかった者もいるらしく、
「どうでしょうね。それにしては竜の意匠に脅威性のメッセージが薄いような気もします」
いつの間にか近くまで寄ってきていたロイレンが、そんな風に反対意見を述べた。
「脅威性のメッセージぃ?」
「君の考えだと、竜は『脅威』でそれから身を守るための場所がここなわけでしょう。それにしては竜のマークに禍々しさがない。私の目には中立的な――」
「せんせー。助手だけ働かせて自分はお喋りすかー?」
「お喋りじゃありません。推理と解説です」
「先生の減給処分については今後話し合いをさせていただきます」
「なんで君が私の給与に関する権限を握ってるんですか」
遠くからネイの声がする。
先ほどまでのデューイと同じように腰を屈めて床の辺りを調べていたらしい彼女は、その呼びかけとともに立ち上がって、
「てか、避難所なわけないでしょ」
「なんでだよ」
「森の中に熊のマークがついた檻があって誰が『うわーい、ここに入れば安全だあ!』ってなるんですか」
ありえんすぎ、と一言述べて再び床に向き直る。
二秒の沈黙の後、「さあて、そろそろ本気出すか」とデューイが彼女の方にそそくさ逃げていく。ロイレンが「野生の熊、デューイ」と謎の発言をしながらそれを追いかけて、背中を叩かれている。
「変わった人たちだね。ああいう芸なのかな」
リリリアがさらに謎の発言をして、
「確かに避難所に使うんだったらもうちょっとわかりやすい記号にするだろうね。そうなると、『竜の空』とか」
「『竜の空』……」
「連想するもの。ほんとに連想しただけだけど。ジルくんは知ってるっけ。こういうの」
「いや。地名か?」
「ううん。童話の名前。結構有名なんだけどね。読み聞かせに使わせてもらったりするし。いつ成立したかもわからないくらいには昔からある話だから。って、流石に直接関係してるわけじゃないとは思うけど」
あ、でも、と。
クラハはその言葉を受け止めて、
「シンプルでわかりやすいかもしれませんね。周りから突出したものとか、さらに単純化して『力』の象徴とか。少なくともそのあたりのイメージはその頃から共通していそうなイメージがありますし」
「そうなるとどうなるんですか。クラハ教授」
「きょ……そ、そうですね。力、力……」
「力と言えばジルくんですが」
恐れ多いなその肩書は、と思いつつ。
クラハはクラハで、東の国での謎解き役を担ってくれた経験から気負いも出てしまっているのだろう。少し肩に力が入っているようにも見えたから。
場を和ますつもりで、ジルは、
「叩いたら開いたりしてな。こうやって――」
「うわあっ!!」
「えっ!?」
「びっくりした……ジルくんが急に先史時代の全てを破壊するつもりなのかと……」
「俺の方がびっくりしたが……」
ていうかそのくらいでわかるようなら今までにここに来た冒険者の誰かが絶対気付いてるでしょこんなどう見たって叩きたくなるもの叩きたくならないわけないんだし、と。
突然大きな声を出してびっくりさせてきたリリリアが、こんこん、と指の骨で竜のマークを叩く。叩いてから、「あ、ダメ。文化財みたいなものだし」と指を引っ込める。言われてみるとそれもそうで、ジルも反省する。いくら南方樹海の奥地にあって荒れ果てていたとしても、貴重な遺跡なのだ。必要以上に雑に扱うのは良くない。
「…………音が」
けれど。
クラハだけが、ふたりが指を引っ込めた後になっても、まだその竜のマークを叩いていた。
「デューイさん! 今大丈夫ですかっ?」
「お?」
呼ばれてデューイが、再び立ち上がって、
「可愛い女の子のお呼びならいつでも大歓迎……何。何か見つけた?」
「振動計器って今、余ってる分はありますか」
「あるある。どっかに使う?」
「壁に」
「壁ぇ?」
言いながらも、デューイはすぐに歩き始める素振りをする。しかしそれよりも早くネイが向こうからバッグを持ってきてくれて、「今日の仕事おわり」とそれを床の上に置く。
何もわからないので、ジルはただ見ていた。
クラハがデューイと相談して、その計器を密着させながら、根気良く壁を叩いていく様を。
「……それらしくないですか?」
「っぽいな。暇人! ちょっと」
「なんだ」
「このへん思いっ切り――いや思いっ切りじゃなくていいや。揺らすくらいの力で押してくんね」
了解、とジルは言われた通りの場所に力をぐっぐっ、と加える。
ああ、とそれを見ていたふたりは、納得したように頷いた。
「ユニスさん!」「ユニちゃーん!」
それから、揃ってひとりの魔導師の名前を呼ぶ。
呼ばれた本人は、一瞬驚いたように見えた。予想もしていなかった、という顔。しかしすぐにウィラエと一緒になって、こっちに駆けてくる。
「何か見つかったのかい?」
「ここ、振動が変なんだわ」
「壁の中の構造が違うと思います。空洞とはまた少し違いそうなんですが」
調べてみてもらえれば、と言えば、ユニスはそっとその竜のマークに触れる。
瞼を閉じた。
「奥に、魔力回路がある」
残存魔力がなかったから気付かなかった、と。
小さく、呟いた。
「ちょっと待ってね。……プロテクトが厳重だな。発火点までの距離もかなりあるし、作用点はもっと……」
「回路分析をするか? 見えにくいようなら、私が代わって物理モデルを模造しよう」
「うーん……。どうだろう。根本的にこれ、奥の方まで魔力を通すと経年劣化してる部分が焼き切れるリスクが……先生。ここ、今後のことも考えると流石に現状保存しておいた方がいいよね?」
「魔力回路の種類にもよるな。最悪私がソフトを、デューイさんにハードを担当してもらって、修復をかける形も想定できるが」
「年上のお姉様からのあらぬ期待が俺の身に……」
「きも」
それほど間もなく、最後に残ったロイレンも合流してきた。
会話を邪魔しないようにだろう。ジルの隣に立って、目線で訊いてくる。何かわかったんですか。らしいぞ、とジルは頷く。さらに隣で、らしいですよ、とリリリアも頷くのが見えた。
「作用点の位置は、把握できているんですか?」
クラハが訊いた。
「ん。大体ね。やっぱり下方向に繋がってるみたいだよ」
「だったら魔法的なアプローチよりも先に、物理的な場所を特定してみませんか。たとえばデューイさんの――」
「お?」
「避難所やシェルターという案が正しければ、魔力設備が停止したときにも……」
「物理的な開錠方法が存在してるかもってことか」
はい、とクラハが頷く。
うん、と納得いったように、ユニスも頷いた。
「そうしてみようか。……あ、ありがとう。クラハさん」
「……! いえ! お役に立てたなら何よりです」
ユニスが照れ臭そうにはにかんで、一方クラハはぱっと花開くような笑みを浮かべる。その間あたりで「麗しき青春だ……」とうんうん頷いているデューイを、ジルは「なんだあいつは」と思いながら見て、見ているとさらにその隣のネイが「どういう立場?」とちゃんとツッコミを入れてくれた。
「じゃあ、具体的な場所の特定はクラハさんにお願いしていいかな。僕は回路形状を解析して、ウィラエ先生に縮尺を弄ったものを組んでもらうから」
「はい。一応、以前にここに来たときにマッピングしたものがあるので、それと照らし合わせてみますね」
頼んだよ、とユニスが言う。
それから再び竜のマークに手のひらを当てて、ぶつぶつと何かの数字と単位を重ねていく。
「私も負けてはいられないな」
ウィラエが、その数字を拾っていった。
足元の砂が、ざわりと動いた。お、とそれに悠長に反応するよりも、彼女がそれを組み立てていく方が早い。意思を持ったかのように砂が彼女の手元に集まって、石細工のように複雑な形を作り上げていく。始点から三本の線が伸びて、複雑な枝分かれと合流を繰り返しながら奥へ、下へ、小さな形で魔法の回路を疑似的に作り上げていく。
クラハは自作の地図を片手に、それを見つめていた。
やがて彼女は、その地図のある一点を指で差す。
「たぶん、ここ……になると思うんですが」
「おっと、これはなかなか期待できますね」
ロイレンがそれを覗き込む。ふたりの先導に付き従って、パーティは動き出す。
辿り着いたのは、一見何の変哲もない場所だった。
広間の先。少し入り組んだ廊下を抜けてから出てきた、太めの通路。コンコン、とユニスが再び叩いたのは、何の変哲もない、ただ材質が珍しいだけの壁に思えたけれど、
「空洞ではないね。見当違いではないと思うんだけど」
「下側なんですよね。作用点は」
クラハがその隣に立って、地図を見せながら。
「ここを……こう。スペースがあるので、左右に……」
「えっ、ダイナミックすぎない?」
「すぎますか?」
「……いや、でも試してみよう。ジル、お願いしていいかな」
「私も暇だよ」
じゃあリリリアも、とユニスが言うから。
ジルは彼女とふたりで並んで、その壁の前に立つ。
「左右に引っ張ってみてくれるかな」
「どこを?」
「全部」
「全部……?」
「壁を丸ごと、ずごごごごって感じで?」
リリリアが言う。リリリアが何を言っているのかジルにはよくわからない。うん、とユニスが答える。ユニスが何を答えたのかジルにはよくわからない。
「ほら、ジルくんそこ持って」
「どこを?」
「自分がここだと信じる場所を」
「やっぱり聖女様が言うことってちげーな。胸にしみるぜ」
「適当なことを言うな」
「私が?」
リリリアとデューイの適当な発言を聞き流しつつ、言われるがままにジルは適当な窪みに指をかけて、
「せーので行くよ」
「ああ」
「せーの、っせ!」
せーので行くんじゃなかったのか?
疑問符を浮かべながら、思い切り左の方に引っ張った。
当然、壁はびくともしない。
だけれど、
「……? なんか、これ」
「感触違うね」
「もうちょっと本気でやってみていいか。試しに」
「私もそうしようかな。『見よ。生きる限りの力を――」
「ちょ、ちょっと待って待って!」
ふたりで腕まくりを始めたのを、ユニスが慌てた様子で、
「破壊しないでくれよ、貴重なんだから。……え、でも動きそうなんだ」
「ああ。でも多分、壁が全部って感じじゃないぞ。それよりは手応えが軽い」
「ロックが掛かってる感じがしなかった? 内鍵がかかってる扉を引っ張ったときみたいな」
頷けば、さらにユニスが考え込む。クラハの地図を覗き込む。ロイレンが指を差す。そうなると、と彼は、
「たとえば、このあたりが部分的に空洞になっていて……」
「ああ、そういう? スライドスペースがってことか」
「……あ、そうかもしれません。少し遠くで音が響いているような……」
なるほどなるほど、とユニスは頷いて、
「そうなると、クラハさんの言うとおりか。ジル、リリリア。ちょっと代わってもらっていいかな」
「ああ」「どうぞどうぞ」
言われたとおり、役目を終えてふたりで下がる。全体の一番後ろまで下がる。リリリアが腕まくりをした袖を下げる。それからじっとこっちの袖も見つめて、そっとそれも下げてくる。どうもありがとう、とジルは言った。
「どうするんですか? ユニスさん」
「一番良いのは物理開錠の方法を見つけることなのかもしれないけど、今までの冒険者は見つけられなかったわけだし、何より面倒だからね。省略させてもらおう」
言って、ユニスが屈みこむ。さっきまでジルとリリリアのふたりが指をかけていたあたりの、ちょうど真下。手のひらで触れて、
「残存魔力がないってことは、元あった魔法施錠のシステムはもう働いてないってことだ。元のシステムはプロテクトが厳しいから再利用するのは面倒だけど、物理構造が把握できてるなら、別の角度から魔法を滑り込ませてやれば――」
すう、と彼の指の隙間から紫色の美しい光が洩れ出す。
瞼を閉じて、それから、ふ、と彼は微笑んで。
パチン、と指を鳴らした。
「ま、こんなところだね」
大きな音を立てて、その壁が動き出す。
何年。何十年。何百年。あるいは何千年閉ざされていたのだろう。忘れ去られていた壁は、扉の役割を思い出す。壁が割れる。左右へと吸い込まれるように消えていく。その動く壁を収めるためにあらかじめ設けられていたのだろう空洞が埋まり、その代わりとして新たにひとつの空洞が、目に見える形で現れる。
人が四人ほども並べば隠せてしまうような。
水平に目線を向ければ、ただ少し突き当たりの壁が遠ざかっただけの、何の変哲もない場所。
けれど、垂直に目を向けてみれば。
つまり、開けた場所の、その下に目を遣れば。
「……なるほどね」
デューイが、ぽつりと。
これまで南方樹海で八人が迷っていた理由について、締め括ってくれた。
「地下にこんなもんがあるなら、そりゃ計算したってわかんねーわけだ。どこがどう震えたとか、そんなの」
たっぷりと海水の張った地下道が。
どこへとどこまで続いていくのだろう。暗い暗い場所へと誘うように、ぽっかりと口を開けていた。