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2-4 ナメた口



「足、パンパンになっちゃいました」

「……いや申し訳ない。なんと言ったらいいのか……」


 水辺に、ふたりは座り込んでいた。

 何もズボンをそのまま浸しているわけではない。以前にジルが狩り獲った巨蟹の甲羅――それを椅子代わりにして並んでいた。


 隣で足を揉みながら、女が言う。


「改めまして、私、教会所属のリリリアです。リが多すぎるとよく言われますー」

「俺はジル」

「同じ命名法則に従うとジルルルさんになりますね」

「本当にそうか?」


 リリでもリアでも好きなように呼んでください、とリリリアは言った。

 ので、ジルはリリリアと呼ぶことに決めた。


「ところで、俺の側の事情なんだが……」

「あ、なんとなく聞いてますよー」

「え?」

「さっき、この迷宮に入って来る前に……灰色の髪の、ちょっと背の低い、可愛い女の子。その子からあなたのこと、頼まれてたんです」


 記憶を探る。

 クラハか、と思い至って、


「そうか。あいつ、まだ俺のこと覚えて……」


 どう考えても見捨てられているだろうな、と思っていた。

 もしも自分が逆の立場だったら――歴代のSランクたちが進めなかった領域へ一人で落とされた人間が数ヶ月も帰ってこないと聞いたら、絶対に死んだと諦めていただろう。


 それでも、俺の生存を――


「骨でも拾ってきてくれって」

「……いやまあ、そうか。そうだよな」


 そりゃそうだな、とジルは自分を納得させた。

 自分ができないことを他人に求めてはならない――そんな考えを、心の奥の方にぺたぺたと貼り付けながら。


「でも、なんでこんなに奥の方に?」

 そう、リリリアは訊いた。


「たぶんここ、第四階層より上ではないですよね? 一人でどうしてここまで……」

「いや。実はそれが、結構底の方まで最初に叩き落とされたんだ」


 かくかくしかじか、とジルはこれまでに自分に起こったことを説明した。


「そしてゴリラとしての人格に支配されかけてウホウホ言いながら歩いていたら突然目の前にあなたが現れたというわけで……」

「ゴリラって言う割にジルくんってかなりシュッとしてますよね」

「旅をしてると身体をでかくするのが難しいんだ。安定的に大量の食事は得られないし、それに蓄えたものをすぐ使ってしまうから……」


 そんなことはともかくとして、


「その人、ひどいことしますね」

 改めてリリリアは、その点に怒りを表明してくれた。


「ここから出たら、抗議しに行きましょう。お姉さんもついていってあげますよ」

「はは、どうも……お姉さん?」


 はい、とリリリアは頷いた。


「こう見えて……って、よく見えてないんですよね。私、二十歳は超えてますから」


 へえ、とジルは頷いて。

 それから、考えた。


 敬語を使うべきだろうか。


 冒険者相手には敬語を使うつもりは一切なかった。これは師匠からの教えでもある。


 理由は三つ。

 一。ナメられるから使うな。

 二。緊急時を想定するなら、敬意のために使われる言葉はノイズになる。

 三。ナメられるから使うな。


 しかし、目の前にいるのは正確には冒険者ではない。ただの教会の関係者なのだ。しかも年上。


 飯屋の店員相手に「どうも」「ごちそうさまでした」「美味しかったです」を欠かさないジルとしては、これは何とも心苦しい感じがしないでもない。


 しかし実際、緊急事態に「ですます」に拘って情報の伝達が遅れるというのも馬鹿らしい話ではあるから……、


「あの、敬語使った方がいい、ですか……」

 直球で、訊いてみることにした。


「ううん。全然大丈夫ですよ」

 しかし、彼女は笑みを含んだ声で、


「なかなか年下の男の子にナメた口を利かれる機会ってありませんから。新鮮な気持ちですよー。これはこれで、結構いいかも」

「……いや本当に、すみません」


 全く人の表情が見えないというのが、これほど怖いこととは思わなかった。

 だからジルは、言い訳のつもりで自分の言葉遣いの意図を説明する。違うんです。これは効率を重視しただけで……。


「じゃあ、私もナメた口利いちゃおっと。わー……すごく新鮮」

 結局、そう言ってリリリアも、納得してくれた。

 たぶん。


 それで、と話を戻して、

「結構下層の方に落ちてきたみたいだ。で、いつまで経っても地上に戻れない。結構上ってるはずなんだけどな……」

「ふんふん。それじゃあ、私たちは上を目指して進んでいかなきゃいけないわけなんだ。……ジルくんって、結構強かったりする? よね? 一人でここで生き残れるんだし」


 まあまあかな、と苦い顔でジルは答えた。


「そのへんの雑魚には負けない……けど」

「けど?」

「階層主っていうのがいて……わかるかな」

「わかるわかる」

「ここのが倒せないんだ」


 恥を忍びながら、彼は言う。


「次の階層に繋がる道がそいつで塞がれてて……。眼鏡があれば、と思うんだが」

「あれば倒せるの?」

「たぶん。弱点が見えないから、刃が通らないんだ。無理やり通そうとすれば剣の方が折れかねないし……こんなのは言い訳だけれど」


 ぐ、とジルは拳を握る。


「もっと技術があれば、無理矢理押し通れる。だからしばらくはここで停滞して……改めて修行していたんだ。ちょうど水場だから、飲むものには苦労しないし」

「水場?」

「ん?」


 怪訝な声を上げられて、怪訝な気持ちになる。


「ここのこと、ジルくんは水場って認識してるんだ……?」

「そうだけど……え、怖いな。やめてくれ。何だよ」

「へえ……この液体を、水って……」


 三秒、間が空いた。

 じゃぽ、と一度、彼女が水を掬う音がした。


「へえ……そうなんだ……」

「やめろ! 不安にさせるな! どうなってるんだここの水は!」

「いや、まあ……後でお腹の中も綺麗にしておこうね」

「クソッ、急に腹が痛いような気がしてきた……!」


 それは気のせいだと思うけど、冷静にリリリアは返して、


「でも、そっか。それじゃあその階層主っていうのを倒さなくちゃいけないんだ」

「そうだな、とりあえず」

「よし」


 よいしょ、と言って彼女は立ち上がる。


「じゃあ今から行ってみようか」

「……まあ、確かに。とにかく挑み続けないことには道は、」

「ノンノン」


 ちっち、と彼女は唇を鳴らして、


「すんなり勝たせてあげましょう」

「は?」

「大丈夫大丈夫。任せておきなさい」


 にっこり、という声で。



「お姉さん、結構強いらしいんだから」




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