1-2 待ち合わせ
大したことじゃないんだよ、とジルが言ったのを、クラハはよく覚えている。
東の国の、チカノとイッカのいた町を出てすぐ、ものすごい驚愕の叫びを上げてしまった自分に向かって。
全然大したことじゃないから言わなかったんだ、とも彼は言った。
そしてその後の話の流れの中で「もう少しで死ぬとか言われたら気を遣うかなって思って……」というようなニュアンスのことまでぽろっと口にしたのも、かなりくっきり記憶に残っている。
で、なんだか気遣いに気遣いを重ねて最終的に雲突く大鉄塔のような調子でされた説明をクラハが自分なりに纏めると、たぶんこういうことになる。
ジルは十二歳の頃、故郷である北の国の雪原で狼に遭遇し、呪いをかけられた。
以来、その呪いを解くために旅をしている。
呪いの詳細を、ジルは多くは語らなかった。
そしてクラハも、突っ込んで訊くことはできなかった。
だって、楽しい話ではないはずだ。
呪いをかけられて、家を出て、戦い方を学んで――今や外典魔獣すら相手取ることのできる、世界で有数の剣士にまでなった。その道のりの過酷さを思えば。
それはすごく個人的で、触れられたくはなくて、話さないでいる理由だって十分すぎるくらいにあるような、おいそれと興味本位で訊き出してはいけないようなものなのではないかと、クラハは思う。
もちろん本当は、訊きたいことなんて山ほどある。
けれど前述のようなことを思い、「ちょっと考えをまとめてから適切な形で質問したい」とか考え始めて、後日実際にノートと向き合って慎重に考えたところ、「そもそも最初にこのことを伝えられていたら自分は遠慮してこの旅にはついてこなかったと思う」とか「しかしそうだったらと思うと」とか「考えれば考えるほど自分に対しては非常に妥当な対応をされている気がする」とか「あの日からうっすらしょんぼりしている気配が見られる」とか、
そもそも自分だって、話していない過去くらいある、とか。
そういうことまで辿り着いたら、もうすっかりクラハは、ジルが今になるまでこの告白を温めていたことに対する追及の気持ちをなくしていた。案外適温になるまで頃合いを見計らってくれていたのかもしれない。いやそうだそうに違いない。中央の国でも東の国でもいつもこの人はこちらの気持ちを慮ろうとしてくれていたではないか、と。
だから結局、クラハが長い時間をかけて用意できた質問は、ひとつだけ。
床に正座して神妙にそれを聞こうとするジルを立たせて、椅子に座らせて、ノートを開いて、ゆっくりと、練習した通りに、できるだけ向こうに圧力として伝わらないように、さりげない感じで、声の調子から何から色々、頑張って。
こんな風に、訊ねた。
「何か私に、手伝えることはありますか?」
それを聞いたジルは、驚いた顔をした。それからひどく安心したような、自分の意図がちゃんと伝わってくれたことを喜ぶ、というような顔に変わって。
こんな風に、答えた。
「いつか、俺をその北の雪原まで連れて行ってくれたら、すごく助かる。
――二十二歳までにその狼との決闘に勝てば、呪いは解けるんだ」
そうなんですね、とクラハは頷いた。
大丈夫です、そのときは絶対に、私がその場所まで連れて行きます、とも返した。
その突拍子もない告白のことをちゃんと受け入れて、心機一転、これからのジルの旅を張り切ってサポートしていこうと、そう決めた。
で、それはそれとして甲板から唐突に飛び降りた男を目の前にして、「この人はひょっとして過去とかそれ以前に色々と危なっかしい人なのではないだろうか」という疑念が芽生え始めている。
与えられた種の大きさに比べれば、ほんのちょっと、小指の先くらいの、小さな芽だけれど。
†
実際のところどうなのだろう、という不安がないと言えば嘘になる。
クラハに対して思うことだ。
「うわ、すごいな。照りが……」
「そうですね。確かにこれだと、長袖を着ていた方が良さそうです」
港に船が泊まったのは、その翌日の昼過ぎのことだった。
すっかり太陽は真上に上り切って、さらには少しだけ傾き始めている。日中で一番暑い時間帯。海から陸へとふたりの現在地がずれ込んでいけば、段々と気温は耐え難いものへと変わりゆき、今ではふたりの影も一層濃く、降船のタラップの上、途切れ途切れに落とされている。
船にずっと乗っていたからだろうか、それとも単に足場が不安定だからだろうか。少しだけ足の裏に揺れるような感覚があって、クラハに「足元、気をつけてな」と一応声をかけながら、ジルはひっそりこう思っている。
今の彼女に、何か無理をさせてはいないだろうか。
東の国での出来事は記憶に新しい。
自分が見抜く力に欠けているのか、それともクラハが隠す力に長けているのかはわからないが、結局、深刻な事態になるまで彼女の抱えている悩みには全く気付けずにいた。そのことを思えば、こんな心配も出てくる。
今は、なんとなく許された感じの空気になっているような気がするけれど。
しかしその実、彼女に色々と負担をかけて我慢してもらっているだけなのでは。
もちろん、ついこの間打ち明けた呪いのことだ。
実際別に、大した話ではないのだとジルは思っている。
もう呪いとの付き合いも八年を過ぎて、すっかり人生の一部になってしまった。だから彼にとっては本当に、言わなければ言わないで済ませてもいいかな、という程度のことでしかない。
が、突然「そろそろ呪いで死ぬ可能性もあるけど全然大したことないから気にしないで本当に全然大したことじゃないから本当にいや本当に全然」と言われて、本当にクラハが言葉の通りに「はい! 全然気にしません!」と思ってくれたかどうかについては、たとえば昨日の船での一件の後の発言を思ったりすると。
かなり怪しいところがあるのではないか、とジルは睨んでいる。
眼鏡越しに。
「ええっと、ここから待ち合わせは……」
「そうですね。港まで迎えに来ていただけるということだったので……」
あのあたりじゃないですか、と。
ジルが背にしていた側を向いて、クラハが言う。
それは、様々な高さで花のように立ち並ぶ、色とりどりのパラソル。
その下に真っ白な机と椅子が並べられた、広場だった。
港はそれなりの賑わいを見せている。船を降りる。切符を渡す。それから人々は街路に通じる方向へと流れていったり、あるいは乗り継ぎだろうか、船の昇降エリアから続く連絡通路の先の建物の中、やや薄暗い発券窓口へ進んでいったりする。
その中でも。
ふたりの知った顔――船でペンダントを落とした母子が、父親らしき男とその広場で抱き合っているのを見れば、ここが最も待ち合わせに適した場所らしいと理解できる。
ジルは、眼鏡をくい、と上げて、辺りを見渡した。
が、とりあえず知った顔は見当たらなかったので、
「馬車が遅れてるのかな。ちょっと、座って待つか」
「そうしましょうか」
クラハとふたり、空いた席に陣取って、腰を下ろすことにした。
海風が強く吹いて、お互いの髪が風に揺れる。机の上に腕を乗せれば、服の袖が砂を噛んで、ジャリ、と音を立てる。もう一度ジルは周囲に目を配る。そしてやはり、あの少しばかり目立つ髪色と容貌は、どこにも見当たらない。
何となく。
一時間くらい前から待ち合わせ場所に来るタイプなのではないか、と思っていたのだけど。
まあ別に、すぐさま急ぐ用事があるわけでもなし。元より今日は移動日と割り切ってもいる。だからそれなりにのんびり構えようと椅子に凭れ掛かって、パラソルの内側を下から眺めてみたりする。
「ん」
するとそこに、ちょっとした落書きがあるのが目についた。
『遠ざかるほど大きくなるものは?』
へえ、と思う。
ちょっとしたクイズか、それとも意味深なだけの落書きか。前者だったら面白い。少し考えて、いやこういうのはクラハも好きそうだよななんて思って、この問題を共有しようと視線を下げて、彼女を見れば。
じっ、と彼女は。
パラソルの内側なんてまるで気にもしないで、じいっ、とよそ見をしている。
視線を追えば、その先にあった。
フルーツジュースの、販売スタンド。
「気になるのか?」
「えっ!」
ファインプレイだ、とジルは思った。
「気になるなら、俺が買ってこようか」
「あ、いえ、その、」
「そこまで飲みたくはないか」
「いえ! 結構、すごく、飲みたいとは思っているんですけど……」
時間が、とクラハが言うのに。
平気じゃないか、向こうが遅れてるんだし、と応えれば。
彼女はしばらく、そわそわと悩んだ後に、
「……あの、確かにジルさんの言うとおり、この時間帯にまだいないということであれば、次の船の発着に合わせた馬車で来るのではないかと思うので、」
「うん」
「買ってきます……」
「いってらっしゃい」
はにかみながら席を立って、スタンドへと向かっていった。
彼女が店員にメニューを尋ねる姿、背中を見ているだけでわくわくしているのが伝わってくるそれに、ジルは目を細めて微笑んで。
それから少しだけ、さっきまでの不安が和らいでくるのを感じた。
少しずつではあるけれど、自分は彼女の気持ちに気付くことができるようになってきている。彼女もまた、自分の気持ちを伝えてくれるようになってきている。
だったら「一度話しただけではお互い伝えきれなかったかも」なんてことをいつまでも気に病むのはやめて、また会話を重ねて、その中でお互いの気持ちを確かめて行けばいいはずだ、と。
そう思ったら、ほっと肩の力が抜けた。
だから自然、居場所を失った思考は再び、目の前の謎に帰ってくることになる。
遠ざかるほど、大きくなるもの。
ジルは、自分の手のひらを見つめてみた。それからぐっ、と遠ざける。当然、それは視界に占める割合を少なくする。つまり、遠ざかるほど小さくなる。実際に大きさが変わっているわけではないけれど、見た目にはそう映る。
その逆、ということになると。
実際にそういうものがあるのか、それともなぞなぞか何かなのか――
「待ち合わせかな」
考えていると、声がした。
振り向くと、一人の女性が座っていた。
顔立ちからは四十ちょっとくらいの年に見えたが、低い声と落ち着いた雰囲気からヴァルドフリードあたりと同世代にも見えなくはない。そんな女性が、こちらに半身を向けるようにして、別のパラソルの下に佇んでいた。
ええ、とジルは素直に頷いてから、ふと思いついて、
「失礼。もし知っていれば教えていただきたいんですが。このあたりで、この広場の他に待ち合わせに使えるような場所はありますか?」
「市街の方に出ていけばないことはないが。そう訊くということは、相手との合流地点は細かく決めていないんだろう?」
「ええ、はい」
「なら、ここ以外はないだろうな。そっちまで出て行ってしまえば、まず『どこか適当な場所で合流』することはできない。それなりに広いし、反対に待ち合わせに適している場所が多すぎるからな」
なるほど、と頷いた。
少しだけ考えてはいたのだ。もしかしたら別の、もっとわかりやすい待ち合わせ場所があるのかもしれない。こっちが待っているつもりで反対に、相手に待ちぼうけを食らわせてしまっているのではないか、と。
クラハが「ここだろう」と言うからにはまず間違いないとは思っていたけれど。
一応別の方向からも裏付けが取れたので、安心してジルは頭を下げた。
「助かりました」
「気にしないでくれ。話しかけたのは私だからな」
「どうも。あなたも待ち合わせですか?」
「まあ、そんなところだ。待っていることには変わりない」
ん、とジルは眉を上げた。
不思議な言葉回しだと感じたから。が、その言葉回しについて何かを考えるよりも先に、話は終わりとばかりに女性は口を噤み、小さな本を開き始めてしまったし、その上、
「あの、ジルさん」
クラハも戻ってきた。
手にはふたつ、ジュースの入った容器を持って。
「バナナとアサイーのどっちがいいですか?」
「え、」
自分の分まで買ってきてくれたのか、と驚く。
いやでもクラハの性格から考えるとそうだよな、そういうことをしてくれるよな、最初から自分も一緒に行くべきだったまだまだ俺も未熟、と思いつつ。自分の分は払おうとポケットを探ろうとして、いや財布は船の中に忘れてこないように荷物一式と一緒にクラハに預けているんだった、後で適宜抜いておいてもらおうと思い直して、
「ありがとな、一緒に買ってもらって。クラハはどっちが飲みたいんだ?」
「あ、いえ。どっちでもいいんです。どっちも飲みたかったので、ジルさんには好きな方を取ってもらえれば……あ、果物、苦手じゃないですか」
先に訊いておけばよかったですね、と彼女が反省を始めてしまう前に「好き嫌いは……好きはあるけど嫌いはないな」とジルは言う。どっちも飲みたかったんならどっちも飲んでみればいいのに、とクラハと相談して、どうにかそれぞれを半分ずつ飲めるようにしてみて。
アサイーってどんな果物なのかよく知らないけど美味いな、とそれを飲みながら。対面で、面白いくらいに目を輝かせてバナナジュースを口に含んでいるクラハを見ながら。
ああ、そうそう、と。
思考の続きに、ジルは戻る。
遠ざかるほど、大きくなるもの。
次に目に入ったのは、まさに海の上を遠ざかってゆく船だった。
当然それは、遠ざかるほど小さく見えるようになっていく――ふとジルは、眼鏡を外してみた。そして顔の前で、それを虫眼鏡のように動かしてみる。レンズを顔から遠ざければ、ターゲットの船は大きく見えるようになる……かと思ったが、逆だった。かえって小さく映る。
「眼鏡、」
「え?」
「予備、あるといいですよね」
そんなことをしている姿が、どういう風に見えたのだろう。
クラハがそう話しかけてきて、しかも全くその通りだったので、ああ、とジルは頷いた。
眼鏡。
そう、眼鏡。
竜に呪いを重ねられて以来、すっかり落ち込んだ自分の視力を支えてくれる頼みの綱。最高難度迷宮に叩き落とされたときに、持っていた二個のうちの一個が割れて、常に限界ギリギリこれが割れたら何もかも終わりのハードな状況に立たされている。
「前に作ってもらったところは、長期休業中でしたもんね。どこかで調達できるといいんでしょうけど」
「そうだな。けど、おいおいかな。なかなかこの眼鏡を作れる技師っていないみたいだし」
「すみません、貴重なものを……」
おっと危ないこの話題は、とジルは察した。
とりあえず「何でもいつかは壊れる」と悟り切った老人のようなことを言って、「このアサイーって何の果物なのか知ってるか?」と話題と気を逸らそうと試みる。
そのとき、
「お、」「え、」
不意に、辺りが暗くなった。
一瞬驚いて、ジルはクラハと同じタイミングでパラソルの外に顔を出す。
けれど、なんてことはなかった。ただ太陽が、流れる雲に一瞬隠されただけ。あまりにも陽光が眩しかったものだから、たったそれだけのことで急に薄暗くなったように感じただけだった。
そしてその暗さの原因だった雲も、小さなものだからすぐさま風に吹き飛ばされて、ふたたび南の国の、暑く眩い夏が帰ってくる。
なんだ、と緊張を解いた。
一緒になって心配をしたクラハと、「勘違いしちゃったな」とお互いに照れ笑いを交換し合って、何とも間の良い雲だった、とその空気の転換にちょっと感謝もして、
そこで、ふと気が付いた。
「影か」
「え?」
ちょっとばっかり声に喜色を滲ませて、ジルはクラハに説明する。
ここのパラソルに問題が書かれていて、ちょうどそれを解いたところなんだ、と。
遠ざかるほど、大きくなるもの。
答えは、影。
「ほら、たとえばこんな風に」
ジルはフルーツジュースを机に置いて、パラソルの下から抜け出る。そして、わかりやすいように自分の平手を差し出して、地面の上に影を落とした。
そういえばこういうのは東の国にいたときもやったな、なんてことを彼は思い出している。つまりは影絵と同じだ。手で作った犬や狐の影を大きく映そうとすれば、映す先の障子や襖、つまり影それ自体からは、より遠ざかる必要がある。
だからこれもその要領で――
「……あれ?」
できなかった。
そうはならないだろう、とジルは思った。が、実際にそうなっているので、受け入れなければならない。
平手を差し出した。
その手をぐっと下げる。影は小さくなるはずだ、と信じて。
が、小さくならない。
手をぐっと持ち上げても、全く同じ。大きくならない。影は、映す先である地面との距離などまるで関係なく、一定の大きさを保っていた。
「ああ。ジルさん、それは――」
間違ってはいないんですが、とクラハが言い始めるのを聞いたとき、すでにジルの目線は周囲に向いていたし、自分の考えとは異なる様態の自然界を発見してもいた。
たとえば、パラソル。
地面から遠ざかるほど影が大きくなるならば、理屈で言えば、もっと高くに置くべきなのではないか。ものすごい高さのパラソルはものすごい大きさの影を作り、よってここにある十数本は一本へと集約され、節約になるのではないだろうか。
実際にはそうはならない、ということは見て取れた。
それぞれの使用者たちが思い思いに調節したのだろう、テラスに立ち並ぶパラソルの高さは不揃いで、しかしその影の大きさは大体のところ一致していて、「光源の問題で――」とクラハの解説が聞こえてきて、しかしそれよりも先に、
「ん?」
それが、視界に入った。
「……? どうか――」
しましたか、と呟きながらクラハも、こちらの表情に釣られて視線を吸い込まれていくのがわかる。けれどジルは、それを視界の端に捉えるのが精一杯。
だって、あまりにも不自然なものが、目の前にある。
一度気付いてしまえば自分だって、それからクラハだって、とても無視することはできない。
「あの、それ、」
ジルは思わず、近付いて話しかけていた。
つい先ほど言葉を交わした相手。
落ち着いた雰囲気で低い声の、藍色の髪の女性に。
「それは、どうなってるんですか?」
彼女の座る椅子の下――不思議なことに影の消失した、その場所を指差しながら。
「……そうだな。強いて言うとするなら」
ぱたり、と彼女は言葉とともに、本を閉じた。
一体何者なんだ、とジルが緊張する一方で、しかし彼女はまるでそうした素振りは見せない。ただ普通の調子で、用事が済んだからそろそろ、という動作で立ち上がる。
そして、こちらを見上げて言うことには。
「待ち合わせの目印になっている」
「へ、」
「すまないな、教会特記戦力殿。それからお連れの君も。私はウィラエ。今回、君たちとともに大遺跡の調査に当たる魔導師のひとりであり、肩書を名乗らせてもらうなら大図書館の副館長――いや、」
かたり、と彼女の手がついさっきまで座っていた椅子に触れる。掴む。持ち上げる。横にずらされる。ほんの目の前。足元のあたりで行われたそれに、ジルは視線を注いで――
「あの子の教師と言った方が、わかりやすいかな」
ぱちん、と彼女が指を鳴らせば、ぱあっと光り輝いた。
夏の太陽に瞳孔を慣らされていてなお、目も眩むような一瞬の光。ジルが細めた瞼の隙間、眼鏡の奥からそれを見れば。
先ほどまで椅子の陰にあり、しかしひとつの影も差していなかったその空間に。
魔法陣が、現れた。
「んなっ――!」
なんだこれはと考えて、答えに辿り着いて、それとほとんど変わらない一瞬の間に。
そこから這い出てきた二本の腕に足を掴まれて、ジルは。
魔法陣の中に、その身体を引きずり込まれていった。