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8-2 見切ってんだよ




「よぉーし! 鬼の相手はあいつらに任せて、こっちはこっちでやんぞ! 気合入れろ!」


 はい、と大きく返ってくる声を聞きながら。

 ヴァルドフリードの隣でクラハは……少しだけ、緊張している。


 作戦それ自体は、皆で作り上げたものだ。しかし元はと言えば、自分の推察が基盤になったものだから。

 果たして本当に上手く機能してくれるだろうか――そう、思う気持ちがあって。


 けれど。


「心配すんな」


 それを見透かしたかのようにヴァルドフリードは……こちらに、低い声で囁きかけてくる。


「確かにこの十二日、いっぺんも〈門の獣〉は姿を見せやしねえ……けどな。それは別にお前の推察が的外れだからってわけじゃ、もちろんねえぜ」

「えっ、クラハさん、緊張してるの?」


 そして、その囁きの途中。

 もう逆側の隣にいたイッカが、会話に入ってくる。


「大丈夫だよ!」


 そして、笑顔で。


「絶対いけるって! 一緒に頑張ろ!」


 えいえいおー!と左腕を上げるのに。

 促されるがままクラハも同じく、おーと腕を上げて。


「…………」

「わっ、」

「うわっ、何、先生――」

「いや……ひねくれたガキの相手ばっかしてたから、新鮮で」


 ヴァルドフリードは、クラハとイッカの頭をほとんど掴むようにして撫で繰りまわすと。

 それから。


「向こうもビビってんだよ。〈門の獣〉の竜と牛――こいつらを簡単に捨ててまで伏せておきたかったのが魔鏡の札だ」

「ふたつの場所でほとんど同時に目撃……ってなると、鼠みたいないっぱいいるのじゃなければ、見破りやすくなっちゃうもんね」

「おう、わかってんじゃねーか。そいつが捲られたっつーのを悟られないように、向こうもあわよくばを期待して息を潜めてたっつーこった。……安心しろ、狩るのはこっちだ。手抜かりのねえようにだけ、集中しとけ」

「……はい!」


 激励の言葉だ、とわかるから。

 クラハはそれを素直に受け取って。


「〈門の獣〉が出ました!」


 だからその報告も、平常心――とはいかないまでも。

 動揺することなく、受け入れることができた。


「何が出た?」

「虎です! ジル先生曰く、現存の種の中では最も強いと――」

「予想通りか。方角は?」

「東北東と西南西です! 姿を見せたり消したりで、なかなか相手にかかることが――」


 ドンピシャリだ、と。

 ヴァルドフリードが、笑いかけてくれて、


「西南西には俺が出る。イッカ、東北東の火力の要はお前だ」

「任せて!」

「周りの言うことをよく聞いて、上手くやれ。落ちるなよ。遠当てでも何でもいいからプレッシャー役になれ。……で、クラハ」

「はい!」

「お前は見張り台――一旦、司令塔だ」


 そこからは、と。


「自分の判断で、好きに動け。自分が培ってきたもんと、あいつに引き出されたもんを信じて、やってみろ」

「――精一杯、頑張ります!」


 いい返事だ、と。

 呟けば、今、町の中での戦闘が開始する。


 定位置に就くために物見台を上りながら――クラハは一瞬遠く、夜の山を見る。


 ジルとチカノの走り着く先。


 魔法連盟の協力により、無数の魔法陣が張り巡らされ、完成された場所。




 名付けて。

 外典魔鏡及び〈十三門鬼〉討伐用・共鳴式特殊戦闘領域――〈呼応深山〉。







「完璧に機能してるな――!」


 やはりユニスに頼ったのは正解だった、と。

 ジルは信じがたいことに『たったひとりで』『目的地までの正確な経路を』駆けながら、強く……強く、実感している。


 手紙で、外典魔鏡の仕組みについて、ジルはユニスに打ち明けた。

 ここまではできた。だが、ここからが――と。


 ネックとなるのは、同時討伐の必要性だった。

 魔鏡の影響下にある魔獣を討伐するためには、それが町の中心地での戦闘でない限り、必ず離れた二地点に、二人の強者を必要とする。


 そして、必ず。

 同じタイミングで――逃げ道を塞げるようにトドメを刺さなければならない。


〈門の獣〉くらいならまだいい、とジルは思う。

 だって、それなら毎秒致命となる攻撃を繰り出し続ければいいだけだ――自分とチカノ、それからヴァルドフリードならば、それができる。


 けれど、問題となるのは〈十三門鬼〉。

 流石に、外典魔獣中位種を相手に致命攻撃の連続は難しい。明らかな戦闘上の不利を抱えこんだままの戦闘となる。


 だから、ユニスに知恵をねだれば。

 返ってきたのは、この異様にダイナミックな案――。


「山ひとつが通信装置――ここまでやってもらって、ありがたい!」


 クラハもよく使う伝達の魔法――それをユニスが目的に合わせて、実行班となる魔法連盟の面々が思わず手を震わせるような精度で、チューニングしてくれた。


 魔法陣による発動位置の固定化。

 魔法効果パスを直線化、さらに送受信ポイントを限定することによる通信距離の延伸。

 伝達情報を著しく限定化することによる、通信速度の上昇。


 だから、今。

 ジルの視界には――こんなものが映っている。



 宵闇を光り導く、鮮やかな魔法陣の道。



 それは、魔鏡を挟んだ対称地点――南西方向の山に設置された魔法陣と、呼応していて。


 チカノが、向こうで踏んだものが。

 今、時系列順に光を変えて、表示されている。


 だからジルがすべきことは、チカノが行ったはずの道――それを鏡写しに、追って走ること。それだけで。


「流石にこれは、間違いようがない――!」


 虫だって、目先の光ある方向に進むくらいのことはできるのだ。

 であるなら、眼鏡によって十分に視力を確保している、一応人間であるはずのジルに、それができない道理はなく。


 チカノがでたらめに山の中を駆け巡っている――それをジルは目で見て、まさにそこに彼女がいるかのように、追いかけ続ければ。


 やがて、背後から降ってくる。


「ギャハァッ!」

「ふ――っ!」


 ガキン、と。

 まずは、打ち合わせて。


「っ、飛沫か――!」


 襲って来た鬼――その爪から毒の飛沫が噴出するのを、ジルは咄嗟に避ける。

 一合、二合。まずは平常通り、剣を合わせつつ。一旦は間合いを取りながら。


 冷静になって観察してみれば。

 今になってやはり、と思うところが、多々あった。


 毒。いま向けられたこれは、〈門の獣〉ではないかと推察されていた蛇と竜――どうもそれと、同じものなのではないかと思われる。


 それに、鬼の肩に僅かに残る、サミナトとの戦闘痕。

 雨の夜にチカノとふたりで対峙したあのときは、左肩にあったはずのものが――今は、右の肩に。さらに言ってしまえば、右目と左目、外典魔獣の証である魔法陣の位置も入れ替わっている。


 クラハの推察と、そこから組み立てた作戦――それは今のところ。


 どうにも、当たりというわけらしいと。


「ギッ――!」

「魔剣よりはよっぽど脆い……仕掛けを出さないなら、このまま獲るぞ!」


 秘剣、と。

 呟いて、ジルが瞳を光らせれば。


 やはりその瞬間、鬼の姿は消える。驚異的な速度の『すり抜け』――否、〈魔鏡転移〉。


 こればかりは……ジルにも、追いかけようがなく。



「――そっちは頼む」



 それにもかかわらず、そう、落ち着いて、躊躇いもなく言えるのは。

 決戦までの僅かな日々で、しかし信じられないほどの数、刀剣交えて鍛え合った――。



 ライバルがそこにいると、知っているから。







「どうせなら、竜がよかったんですよねえ」



 南西方向、山深く、そして夜も深く。

 やはり魔法陣の光り輝く戦闘領域、〈呼応深山〉の只中に。


 帯刀した一人の女が、立っている。


「やっぱりほら、竜の方がわかりやすく強いでしょう。鬼ってなんだか辛気臭い話ばかりですし。それに、竜殺し『損ね』みたいな自意識も消えますしね」


 対峙するは、一体の鬼。

 つい先ほどまで、その竜殺しの剣士と打ち合っていた――今は左肩に古傷を残す、外典魔獣。


「ギギッ!」


 それは、容赦なく女に飛び掛かり。

 しかし――。


「まあでも、番付ではお前の方が上らしいじゃないですか」


 飛び掛かったはずの場所にはどういうわけか。

 女はすでに立っていない――音もなく、それこそ消えたように。ほんの一瞬きもしない間に、間合いが離れている。


 それは、これまで魔獣が使っていた魔技とは異なり。

 純粋な、武技の結果としてのものだけれど。


「竜殺し当時のジルなんてようやく秘剣を会得したくらいなんで、当然と言えば当然なんですけど……あ、でも。ヴァルドフリード先生込みって考えると、案外お前より――いや」


 どうでもいいか、と途中で言葉を切って。

 女はゆうらり、刀を抜く。





「あの夜、僅かでも私と打ち合ったことを後悔しろ。


 ――見切ってんだよ。ぶち殺してやる」





 次の瞬間には、やはり音もなく。

 チカノの刀が、鬼の首目掛けて、凄まじい速度で。



〈呼応深山〉での、二地点同時戦闘。

 それが今、始まる。



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