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7-6 ハイタッチ



「いいですか」

 とクラハが話しながら、自作の地図を広げてくれる。


 この町と、周辺の竹林山野。その概形が描き込まれた地図を。


「まず、わかりやすいところから行きます。〈十三門鬼〉が初めて出た日のことです」


 クラハは北と南、それぞれにペンで、赤い印をつけて。


「鼠による同時の襲撃でした。ジルさんとチカノさんのおふたりが、これに対処してくれましたよね」

「ああ」「そうですね」

「真ん中は? 僕らがやったやつ」

「それも、のちに重要になってきます」


 ぐるぐる、とイッカに言ったとおり、クラハは見張り台の有る場所……中心点を丸く囲ってから。


「それから、ジルさんが遭遇した〈門の獣〉のいた場所を打っていきます。〈十三門鬼〉との遭遇を……わかりやすく〇日目として、」


 一日目、襲撃なし。二日目、虎型、東北東。三日目、兎型、東。四日目、五日目の襲撃はなく、六日目、馬型、北。七日目、山羊型、北北東。八日目、猿型、東北東。九日目、鶏型、東。十日目、犬型、西北西。十一日目、猪型、北北西。十二日目の襲撃はなく、十三日目――昨日が牛型、南南西。


 そこまで描き込んでクラハは。


「さらに〈十三門鬼〉の出現方向が、こことここです」

「……二箇所で出てる……いや待てよ」


 ジルは、〇日目と十三日目を、指差す。

 それは、北東方向と、南西方向で。


「これ、鼠と同じで、町を円として見たとき、その中心を通る直線上に……」

「ですね」


 チカノが懐から、真っ直ぐな刀身を持つ小刀を取り出して、それにぴたり、と合わせる。


「ちょうど町の中心から見て反対方向から出てきてる……なるほど。それで鏡を見て思いついたんですか」

「はい。それから、ずっと規則性のないものだと思っていたんですが、このことから反転を許して、六日目から九日目まで、それから十三日目を選択的に、流れの中で反転させてみると……」


 またさらに、クラハは別の色のペンで書き込みを始める。

 順番に、〇日目から。北、ひとつ飛んで、東北東、東、ふたつ飛んで、南、南南西、西南西、西、西北西、北北西……一日飛んで、


「北北東……おい、これ」

「時計だ」


 愕然とした声で、イッカが言う。

 確かに、そのとおりだった。〈門の獣〉の出現場所……いまクラハが、点描していったのは、まさしく。


 襲撃のなかった四日目と五日目だけが除かれて。

 四時と五時の方角だけが抜けて、時計状に、町を囲んでいた。


 鏡と時計。

 ユニスからの手紙の暗号……その解き方が、些細なヒントになって。


 今こうして、〈門の獣〉の出現法則を、明らかにしていた。


「……すごい、ですね」

 口元を押さえながら、チカノが言う。


「これつまり、〈門の獣〉の『いっぱいいる』っていうのが『いっぱい種類がいる』っていう意味で……かつ、出現できる種類が日ごとに遷移して、しかも特定の方角からしか出現できないってことですよね」

「ということは、〈十三門鬼〉はそのままの意味か」


 ジルは、クラハからペンを借りて、それを書き込む。


「〇日目と、昨日の十三日目……十三日周期で出てくる、ってことで。いやラスティエなら一度も逃がさないだろうから、〈門の獣〉の番外のつもりで命名したのか?」

「〈十三門鬼〉は北東と南西で固定なの?」

「でしょうね。ぴったり出現場所が反転してますし。出てくる周期が〈門の獣〉とズレるだけで、出現方位は確定してるんでしょう」

「〈門の獣〉の周期って確定でいいの? 十二日?」

「今日……えーっと虎か。これが出てくれば確定でいいんじゃないか」

「いやもう確定でいいんじゃないですか。これ、一日目に牛が出なかったのって、今日出して被りと周期のバレを防ぐために隠れてたんでしょう。見抜いちゃいましたけど、クラハさんが」


 すごいな、とジルが改めて感嘆の声を上げれば。

 でも、とイッカが、口を挟む。


「これと『すり抜け』って、何の関係があるの?」

「それは、さっきイッカさんが言ってくれたところが関わってきます」


 ぐるぐる、とクラハは再び、町の中心部に丸を付けた。


「ここでの戦闘では、一気に殲滅できましたよね」

「うん」

「でもこのとき、ジルさんとチカノさんのおふたりがいた北と南も、ちゃんと攻撃が効いていました」


 それから、と。


「昨日の牛型を仕留めたときは、ちょうどジルさんたちが反対方位で〈十三門鬼〉と戦闘を行っています。それから、これは仮説なんですが……」


 五時方向は、蛇だったのではないかと思います、と言えば。

 驚いたように、チカノが眉を上げる。


「あれですか? いやでも、特別なことは……」

「あ、でもアレ、僕が仕留めたから死体が黒焦げで……」

「はい。それにあの日、晴れていましたよね。それでチカノさんは、あの距離までなら見張り役として監視できました。実質、逆方向を押さえていますし、もしあのときに仕留めたのならちょうど周期も一致するんです。それから……あの。これは〈門の獣〉の強さにばらつきがあるという前提のことなんですが」


 四時方向は、


「ジルさんが四年前に討伐した、竜だったのではないかと」

「――は?」

「え、そっか! そうだよ!!」


 イッカが興奮したように、チカノの袖を引く。


「チカノ先輩、言ってたじゃん! 知らせがあって行った方が誤報で、真逆の方向でジル先輩たちが竜を倒したって! それじゃん!」

「よ、四年前……?」


 ジル、とチカノが視線を送る。

 呼ばれた彼は、眼鏡をくい、と持ち上げながら、


「……〈インスト〉よりやや上の序列。で、鼠程度まで下振れを許容するなら、竜くらいまで上振れがあっても……蛇みたいなそれほどでもないやつを含めて十二分の一まで圧縮して平均を取るって考えたら、そのくらいのやつが混じっててもおかしくない、のか……? 中位種の下限を仮に〈オーケストラ〉と置いたとすれば……」


 ぶつぶつ言い出したので、チカノが。


「なんとなくわかったんですが。もしかして……」

「僕もわかったかも」


 はい、とクラハは頷いて、答えた。




「『すり抜け』の秘密は、その『鏡写し』のポイントに瞬時に移動することなのではないかと思うんです。


 それなら、両側を押さえることで討伐可能で――中心地点への範囲攻撃で殲滅も可能。中心近くで戦っていたサミナトさんの背後に〈十三門鬼〉が瞬間移動したことも、すべての説明がつきます」








「……あったな」

「……ありましたね」


 そのまま、夜。

 居ても立ってもいられなくなった四人は、朝を待たずに外に飛び出した。


 それは何も、今すぐに相手を討伐しにいくとか、そういうわけではなく。

 クラハが口にした、さらなる推測を元にして。



 ――いくら外典魔獣とはいえ、ここまで複雑な魔法が使えるのか、疑問です。

 ――ひょっとしたら、何らかの魔道具が関わっているのではないかと。

 ――あるとしたらおそらく、この現象の中心地で……。



 探し当てたのは、町の中心地。

 見張り台の下。


 ジルが早速、無茶苦茶な腕力で、地面を引っぺがすように穴を掘って。

 出てきたのは。


「……鏡、だな」

「……鏡、ですね」

「あっ! 触っちゃダメ、イッカさん!」

「えっ、はい! ごめんなさい!」


 一枚の、鏡だった。

 けれど、それは何の変哲もないとは、とても言えない。



「クラハ、これ……」

「外典魔装の一種ではないかと」


 滅王が遺した、古き時代の禍々しき武装――外典魔装。

 その名をクラハは、口にして。



 ちょっと教会の人呼んでくる、とイッカが叫んで、走り出す。

 チカノはそれを追いかけるか少し迷う素振りを見せてから、しかし、その場に立ち続けて、


「私は魔法は素人ですけど……これ、相当ヤバいですね」

「触ったら、おそらく人格を乗っ取られてしまうと思います」

「迂闊には触れないってことですか。……ジル、大丈夫です? さっき思いっきし触っちゃってませんでした?」

「平気だ。リリリアとユニス……聖女と大魔導師から言われたんだけど、外典魔剣を破壊したことで、外典魔装の侵食に対する耐性がついてるらしい」


 でもまあ、と。

 ジルはその場に、屈みこんで。


「……これ、無理やり引っぺがしていいものなのか?」

「連れてきたよー!」


 はっや、とジルが溢せば、もうイッカが教会の聖職者を引き連れて、戻ってきている。

 ついでにもうひとつ、やたらに巨大なシルエットもあった。


「おう。なんだお前、休みの日まで仕事しちゃってよ」

「……ちゃんと休んでから仕事したよ」


 ヴァルドフリード。

 彼が、聖職者たちの護衛のように、一緒になってやってきた。


「早速カラクリを見つけたんだって? お前、あれだな。俺が来たのに安心して、急にやる気出ちゃったな」

「ちがうわ。俺じゃなくて、クラハが見つけたんだよ」

「クラハ? ……おう、孫弟子」


 視線を向けられて。

 ええと、と戸惑うクラハに、ヴァルドフリードは。


「やるじゃねえの。こいつの弟子だけあって、頭も回んな」

「俺は関係ない。クラハの独立した実力だ」

「こいつうっせーだろ。クラハもムカついたらどんどんぶん殴っていいぞ。大師匠の俺が許す」


 何を言ってるんだ何を、とジルがヴァルドフリードに噛みつく横で。


「あちゃあー……」

 と聖職者が、声を上げた。


 クラハは彼女を知っている。

 近隣支部の司祭を務めている……サミナトの容態が変化したときに対応してくれた、彼女だ。


「おう、どしたいセンセ」

 ヴァルドフリードが、呼び掛けながら彼女に近付き、屈みこむ。


「ごめんね。これ、私たちじゃ外せないわ。連盟の人たちも連れてきてみるけど、無理だと思う」

「おん? 引っぺがしゃいいだけじゃねえのか」

「ムリムリ。地脈に食い込んじゃってるの、これ。しかも深~く」


 はあん、とヴァルドフリードは頷き、視線を遠くに移す。


「山の花が静かなのもそれか」

「山の中の外典魔獣と共鳴して、地脈を完全に抑え込んでるみたい」

「どうすりゃ外れる?」

「聖女様なら……いやでも、無理かなあ。下手すると本当に山が枯れちゃって戻らなくなるかも」


 正攻法なら、と彼女は、


「外典魔獣……特に〈十三門鬼〉かな。それを討伐すれば地脈が勝つから、外せるようになると思う。もちろん、〈門の獣〉まで討伐できた方が、ずっと安全に作業できるけど」

「ほー。外典魔装とやらより地脈の方が強えか」

「最近活性化してるのもあるからねえ」


 なるほどねえ、とヴァルドフリードは頷くと、すっくと立ち上がり。

 そして「あだだだだ、」と腰を押さえてから。


 急に、きりっとした表情になって。


「聞いたな、諸君」

「無理あるだろ。誤魔化せてないぞ」

「心の目で見ろ。偉大なる師匠の勇ましい姿を……」


 白けた目で、ジルがヴァルドフリードを見ている。

 けれど彼は、それを意にも介さず、


「つーわけだ。カラクリはよく見破った。が、ここまできたら後は力業だな。……ジル、チカノ」

「ん」「はい」

「お前らふたりが中心になって、作戦を立ててみろ。準備期間は俺が稼いでやる。……見ててやるし、ケツ持ちもしてやるから。やってみろ」


 はい、と。

 ふたり、声を合わせて。


 それから、お互いに目配せをして。


「決行は――」

「〈十三門鬼〉の再出現」


 十二日後、と。

 ふたり、呟いて、確かめ合うように。



「――いけるか、チカノ」

「稽古に付き合ってくれるなら、余裕で間に合わせてやりますよ」



 頷き合えば。


 決戦が、やってくる。










 ところで。


 ジルとチカノが早速作戦会議に入るつもりだというので、自分も顔を出そうか、それとも出しゃばりすぎだろうか、どうしようかな……とクラハが悩んでいたところ。


 不意にジルが、振り向いて。

 こっちにとことこ、歩いてきた。


「は、はい。なんでしょう」

 何も問いかけられていないのに。

 つい、クラハはそう言ってしまって。


 用件を伝える前から先手を取られたジルは、ちょっと驚いた顔をしたけれど。

 しかしすぐに……照れくさそうな顔に変わって。


「褒めておこうと思って」

「え、」

「いや、ごめん。なんか褒めるっていうのも上からだな……。そう、礼を言おうと思って」


 彼は、頭を下げようとしたので。

 反射的にクラハは、それを止めた。


 肩を押さえて。


「…………」

「…………あの、なんというか。そういうつもりではないんですけど」

「…………いや、なんかわかる。俺もときどき、クラハが『すみません』っていうの、止めたくなる」


 でも言うけど、と。

 ジルはぐぐぐ、とクラハの腕の力を抑え込んで、かなりの強い力で頭を下げて、


「ありがとう。クラハがいなかったら『すり抜け』の謎は解けなかった。助かったし、やっぱりクラハはすごいと思う。尊敬する。中央の街を出るとき、勇気を出して声をかけてよかった」

「あぁあああ……」


 あまりにも。

 受け入れがたいことばかりを言われて……思わずクラハは、変な声が出てしまう。


 自分のことを意識しようと、悪い面以外も見ようと、そう思ったけれど。

 やっぱり、すぐにはなかなかできるものではなくて……。


「あの……はい。あの、ええっと……」

「……毎回頭を下げられるのって、ちょっと負担か?」

「……す、すみません」

「じゃあ、その、嫌じゃなければなんだけど」


 ジルは一瞬、右手を動かして。

 しかしそれから、やめて。


「この前置き、嫌でも断りづらいか。ごめん、やっぱいまの――」

「あ、いえ! 聞きたいです! なんでしょうっ!」


 なんとなくクラハも、ジルという青年の性格がうっすらわかってきた。

 正確に事細かに……なんてことは、口が裂けても言えない傲慢だけれど。


 でも、たぶん。

 この人は本当にこちらを気遣ってくれているということ……嫌と言えばやめてくれて、そして嫌と言ったことで何か、悪い方向に繋げる人ではないということ。


 こちらの話を聞いてくれる人だということが、わかっていたから。

 そう、言えて。


「じゃあ、これ。嫌じゃなければ」


 ジルは右手を開いて、肩のあたりに掲げる。


「あ、えっと……」

「見覚えないか? ハイタッチ」

「あ、あります!」


 勢いよく、クラハは答えた。

 これが「見覚えないか?」ではなく「やったことないか?」だったら絶対にこんな風には答えられなかったけれど……とにかく現実、質問は幸いにしてそっちの方だったので、本当に勢いよく。


 クラハは、自分の右の手のひらを見る。

 これで、そう。あの手を叩く。なんかそう、そんな感じだったはずだ、と。


 ごくり、と生唾を飲んで。


「い、いきます……!」

「そんなに緊張することじゃ、」

「はいっ!」


 ぺちん、と。

 あまり爽快とは言えない音が響いて。


「こ、こんな感じで、よかったでしょうか」

「……うん。そうだな」


 すごくよかったと思う、と。

 ジルが言ってくれたので、クラハは。



 一行目に何を書くかを、早速決めた。



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