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1-4 こんな思いをするために



「な……何が事故ですか! あれはどう見ても――」

「黙れ、小娘」


 一方その頃、地上では。

 揉め事が発生していた。


「黙りません! あのとき、ジルさんを巻き込んだ攻撃はどう見ても事故じゃありませんでした! 意図的な攻撃です!」

「だとしたら、なんだ?」


 不幸な事故だった、とゴダッハが言ったのがこの揉め事のきっかけだった。


〈魔剣解放〉によるゴダッハの一撃――それに巻き込まれ、下層へと転落していった階層主と、パーティの主力剣士・ジルの姿。


 それをゴダッハが見届けた末に言い放ったその言葉が、クラハの勇気に火を点けた。


「ギルドに告発します。メンバーに対する背後からの攻撃は第九条第一項に定められた冒険者登録の抹消事由に該当します。それに、迷宮内部での傷害行為の免責は、過失の場合と緊急避難がその範疇……故意であるなら、刑事罰の対象です」


 ぎろり、とゴダッハはクラハを睨みつけた。

 が、クラハもその鋭い目つきに一歩も引かなかった。流石に力量の違いから冷や汗の一筋二筋は流したものの……それでも、一歩も。


 だから、

「うっ、」

「よく勉強しているようだな。足手まといのくせに……いや、足手まといだからか?」


 ゴダッハの右の手が、彼女の頬を強く掴んだ。


「離し……」

「あれは緊急避難だった。第三層の階層主を正攻法で破ることはできなかった」


 低い声で、ゴダッハは言う。


「だから私の〈魔剣解放〉を即座に使う必要があった。あの若造が悪いんだよ。あれほど強力な相手を見ても初めに決めた作戦通りに事を進めようとした。対峙する相手の力量を見極めることもできない愚か者……そんな奴のために、私は自分の大切なパーティを犠牲にはしない」

「どの、口が……!」


 クラハにはわかっていた。

 明らかにあれは、故意にジルを見捨てたのだと。


 確かに第三層の階層主は、自分の目から見て圧倒的だった。


 が、ジルはそれと対等以上に打ち合っていたのだ。


 後方からの支援を送ればさらに優位に状況を進めることができた。それに、前衛があれだけ相手の動きを止められるなら、ひょっとするとほとんど無傷で突破することすら可能だったかもしれない。


〈魔剣解放〉は、明らかに必要なかった。

 自分程度でもわかることが、Sランクパーティを率いるゴダッハに、わからないはずがない。


 涙目になりながら、クラハはそれでも、目の前の大男を睨みつける。頬を掴まれている手に力が籠もれば、容易く顎を砕かれ、ここに死体として打ち棄てられてしまうかもしれない……そう思いながらも、懸命に。


「あなたがっ、いくら言い逃れしようとしても、証人が、」

「どこにいる?」


 ぐるり、とゴダッハは周囲を見回した。

 それを追いかけるように、クラハも視線を巡らす。


 誰とも、その目は合わなかった。

 皆、彼女を真っ直ぐに見ないまま……ただ、罪の意識に耐えるように下を向いていたから。


「み、見ましたよね! 皆さんなら、あの状況を……」

「誰も見ていない」


 クラハの訴えを、ゴダッハが上から潰す。


「お前の妄想だ、役立たず。誰も……ここにいる誰も、お前の見たようなものは見ていない」

「――――っ」


 言葉を失ったクラハを、ゴダッハは地面へと叩きつける。


 う、と呻いた彼女が顔を上げたときには、すでに彼は背を向けている。


「引き上げだ。第三層の階層主ごときに〈魔剣解放〉を切るようでは、私達には荷が重い。攻略中止だ」

「見捨てる気……いや、殺す気ですか! ジルさんを!」


 ゴダッハは、答えなかった。


〈次の頂点〉のメンバーたちが彼に続いて主部屋を出ていく。


 何もできなかったその不甲斐なさ――それをクラハが噛みしめていると、不意に、声がかかった。


「ほら、起きろ。置いていかれたらお前なんか簡単に死んじまうぞ」

「……ホランド、さん」


 声の主は、メイン攻略班の一人である、ベテランの弓士の男だった。

 四十過ぎで、ゴダッハと同年齢程度。長髪を後ろで纏めて、無精ひげを蓄えている。


 彼が手を差し伸べている……けれどクラハはそれを掴まないままに、訊いた。


「みなさん、どうして……」

「仕方ねえのさ」

 苦汁を噛みしめるような顔で、ホランドは言う。


「Sランクは現状、この国には一つだけだ。冒険者としちゃここが最高地点。ゴダッハの野郎の機嫌を損ねれば、たちまちその地位を失うことになる」

「そんなことの、ために、」

「そんなことさ。……俺にはカミさんもいりゃ、お前くらいの年のガキどももいる。ゴダッハが『見て見ぬふりをしろ』って言うなら、耐えるしかねえ。どれだけ怪しくてもな。稼ぐときに稼ぐしかねえ職業だ。この条件を手放せる奴は、そうそういねえよ」


 それに、と言ってホランドは、クラハの手を無理やりに取って、引き上げた。


「大英雄の兄ちゃんだって、仲間から背中を撃たれちゃあの有様なんだ。……俺は、まだ死ぬわけにはいかねえ」

「…………」


 パーティが引き上げていく。

 竜殺しの剣士――彼が落ちていった下層へと、ひとつばかりの目線もくれてやらないまま、沈鬱な空気を抱えて立ち去っていく。


「私……」

 ホランドの隣を歩きながら、一筋だけ、クラハは涙を流した。


「こんな思いをするために、冒険者になったんじゃ、ない……!」

「……悪いな。こんな情けねえ、職業冒険者の背中しか見せてやれなくてよ」



 パーティ宿舎への帰還後、しかしクラハは、辞表を提出することはしなかった。


 こんなパーティに身を置いておきたくはない……そう、確かに彼女は思っていたが、それ以上に。


 Sランクパーティである〈次の頂点〉を抜ければ、最高難度迷宮である〈二度と空には出会えない〉に潜ることは、自分の力量では決してできないことになると、わかっていたから。


 いつか、と彼女は思っていた。

 いつか、もう一度あの迷宮に潜ったとき……その攻略が進み、さらなる下層へと潜っていったとき。


 彼の亡骸だけでも、回収できれば、と。


 もはや生きていないことはわかっている。いくらなんでも、そこまで都合の良い夢は見られない。〈魔剣解放〉に巻き込まれて階層主と共に落下――それだけでも絶望的である上に、たった一人で未攻略迷宮の下層に取り残された。それでは、たったの一日も生存できるはずがない。そのくらいのことは、クラハだってわかっている。諦めている。


 けれど。


 自分を庇ってくれた……そして剣を教えてくれると言った、あの人の欠片だけでも、地上に持ち帰る日が来れば、と。


 だからクラハは、〈次の頂点〉に身を置き続けることを選択した。

 非道の男、ゴダッハがリーダーを務めるSランクパーティに、所属し続けることにした。


 しかし、彼女の思うように事が進むことはなく。


 再び〈二度と空には出会えない〉に潜ることはないまま――月日は、三ヶ月を流れることになる。




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