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0-0 好敵手



 昔と言えば昔の話で。

 最近の話と言えば、最近の話。


 だいたい三年ほど前。

 ジルが、十七歳くらいだったころ。


 師匠とともに竜を討ち、独り立ちを許され、眼鏡と剣だけを携えてふらふらと各地を放浪していたころ。


 そのふらふらの途中で財布を失くしたことに気が付いて、いったいどこに落としたのやらとまたふらふら全然別の方向に歩みを進めていたころ――。




 春の暮れごろ。東の国の花咲く山を抜けた先。

 それほど大きくはない、町の中で。


 ある武術道場を、彼は見つけた。




 宿賃はない。

 どころか、一銭も持っていない。


 幸い山での狩りのおかげで食べるものに困ることはなかったけれど――このままでは自分は野生化してしまうと、彼は気付いていたものだから。


 その武術道場の門を、コンコン、と叩いた。


 中から出てきたひとりの門下生――年の十二か十三そこらの、髪の左側だけを結んだ少年に「野盗にでも遭ったんですか」と驚かれながら……しかしジルは、こう訊ねた。


 このあたりで、剣の腕が立つというだけでどうにか賃金の得られる仕事を知らないか。

 武術道場の方であれば知っていることもあるかな、と思ったのだが、不躾で申し訳ない、と。


 そして当然、向こうから大層心配された。


 そんなにお金に困っているんですか、と。


 まあそうです、とジルは答える羽目になる。

 すると少年は「かわいそうな人だなあ」という顔をしてから、「ちょっと先生に訊いてきます」と言って、門を閉めないままで道場屋敷の中に駆け戻っていった。


 夕日が青く沈んでいくのを眺めながら――ジルはその門の前で、待っていた。

 

 しかしその少年が戻ってくるよりも先に、「どうしました?」と背中から声がかかってくる。


 振り向くと、立っていたのはひとりの少女だった。

 見たところ、ジルとそう年は大きく変わらない――十六か十七だろう、腰に刀を差した少女。


 どうも彼女もこの道場の関係者らしい――ジルはそう見て取ったから、先ほどの一連の流れのことを説明する。


 金に困って辿り着いたがこの道場、何か剣の腕だけで得られる食い扶持がないものか恐れながら訊ね申してただいま返答待ちでごわす、と。


 すると彼女は、あっけらかんとしてこう言った。


「んじゃ、うちにしばらくいればいいじゃないですか」


 ほら入って、と。

 彼女は肩を、ぽんと叩いて。


 ジルは困惑した――客観的に見て、今の自分は完全に得体の知れない不審人物。それを道場に招き入れるとはどういうことか。門下生の裁量を超えてはいないか、と。


 それに彼女はこう答える。

 いや私のうちですし。というか、そんな剣一本持ってるだけの人に町中ふらふらされてた方が不安ですし。腕に自信があるなら、うちの仕事でも手伝ってもらえればそれでいいですよ、と。


 ジルは恐縮した――おお、なんと心の広い人であることか。

 こんないかにも怪しい野良犬のような男にかくも寛大な対応を――と。


 だからそのあとの彼女の質問にも、非常に素直に答えることになる。


「名前くらいは訊いておきましょうか。何さんですか?」

「ジルだ」


 そして、それだけではあまりにも身元不明、自慢ごとのようで少し恥ずかしいけれど、一言くらいは申し添えておこうと――、


「一応、竜殺しだ」


 へえ、と頷いて。

 彼女が刀に、手をかけた。


「ということは、ヴァルドフリード先生の?」


 知っているのか、と。

 ジルはわずかに驚きながら、彼女に訊ね返す。


 それは確かに、師匠の名であったから。


 ほうほう、と彼女は頷いた。

 ほうほうほう、と言って刀を、すらりと抜いた。


 すわ一体何事か、と驚くことは、ジルにはなかった。

 竜殺しを名乗ってからこうして武術家に武器を抜かれる……それ自体は、よくある展開であったから。力試し、腕比べ、因縁付け。呼び方は多々あるものの、そういう流れには慣れていたから。


 ただ、彼女がそこから言ったことだけは、全く予想はしていなかった。


「ヴァルドフリード先生は、わが父サミナトの長年の好敵手でもあります」


 は、と息を吐く前に。

 そういえば、とジルは思い出していた。


 そんな話を、師匠から聞いたことがある。

 東の国にいけ好かない男がいる。いまだに決着はついていないし、何なら一生つかないかもしれないが、この因縁は流派丸ごと続いている深いものなので、お前もいつか会うことになるだろう。まあ会わないかも知らんが。俺は何も知らんが。酒飲んで寝るが、と。


 またおっさんが適当なことを言ってるな、くらいで流していたけれど。


 確かにここは、東の国で。

 師匠の言うことと、目の前の少女が言うことは合致していて。


 だからつまり、この道場は。


「となると、あなたが私の好敵手ということになるわけなんですが……」


 目の前の、彼女は。




「あなたのようなガキ――失礼、町中遭難者が竜殺しとは、にわかには信じがたい。本当かどうか、確かめてやろうじゃありませんか」




 そんな。


 昔と言えば、昔の話で。

 最近の話と言えば、最近の話。




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