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エピローグ-2 誇りに思う



 一応見舞いの花くらいは持っていくか、と花屋に寄れば、代金は要らないいや払ういやあなたのような人から貰うわけにはいかないバチが当たるいや当たらない払わせてくれいや払わないでくれなんならこの街にいる間は財布は捨てておいた方がいい、と一悶着を演じる羽目になり、やや疲れ気味でジルは病院に訪れていた。


 小さな花束を片手に見舞いだと言えば、教会所属の受付人も「ああ、」と言って応じてくれる。「でしたら四階の――」と言いかけてから、ふと何かを思い出したように立ち上がり、「ご案内します」と先を歩いてくれた。ひょっとすると自分が方向音痴だという噂はどこまでも広がっているのかもしれない、と一瞬ジルは不安に思う。


 病室の前には、いかにも冒険者然とした屈強そうな男が立っていた。

 顔を見られるや、大きく頭を下げられる。これはそういう流れだろうな、と思ったから、案内してくれた人物に礼を言い、外に立っていた男に続いて病室の中に入った瞬間、機先を制するようにジルは言った。


「もう謝罪はいい」


 中には、〈次の頂点〉に所属の主力メンバーのほとんどが揃っていた。

 強いてジルが気付くことがあるとしたら、自分たちが駆けつけるまでの間に外典魔獣〈インスト〉を仕留めたという弓士が不在であることだけ。


 その言葉によって明らかに身体の動きを止めた人間がいたから、やはり自分の予想は間違いではなかったのだと彼は思う。


「いい、本当に……。すでにあなたたちから個別に謝罪は受け取った。だから、わざわざもう一度謝らなくていい。この間、伝えたとおりだ」


 そして彼らの反応を待たないままに、ジルはベッドの脇に立つ。勧められて、丸椅子に座る。

 そのベッドには、ゴダッハが横たわっている。


「……申し訳ない。こんな恰好で……」

「それもいい。リリリアから聞いてるよ。外典魔装との融合で骨折やら筋肉の断裂やらが激しいって……ああ、起き上がらなくてもいい。そのままで」


 申し訳ない、とゴダッハはもう一度言った。

「急速な治癒では後遺症が残ると言われたもので……。できれば、ジル殿の出立までには間に合わせたかったのだが」


 殿、という敬称に少しだけジルは顔を引きつらせる。

 丁寧という印象すら受ける男だった。冒険者という血の気の多い集団を率いながらなおそれを保っていられるのは、もちろんその態度でもナメられないだけの実力があるから、という証拠である。


 目の前にいるのは、Aランク冒険者のリーダーを務め、そののちは仕掛け付きとはいえSランクにまで引き上げた男なのだ。心も身体も、弱いはずがない。


 しかしその男と初めて接触したときに感じた印象……粗野で、横柄。それを思い出しながら、精神を侵食するという外典魔装の怨念の力に、ジルは改めて心を寒くする。


「聞けば、今日、この街を出立すると……」

「ああ。最後に、顔を見に来た」

「……先ほど、謝罪はいいと仰ったが、しかし私は、いまだあなたに伝えられていない。少しばかり、時間をお許しいただきたい」


 申し訳なかった、と。

 真摯な声で、ゴダッハは言った。


「あなた方の、推察したとおりだ……。私は迷宮で拾った外典魔装に心を呑まれ、滅王の復活に手を貸す羽目になった。大聖堂の破壊……それを、宿命のごとく押し付けられた」

「……俺を、パーティに誘ったのは?」

 その答えを半ば知りながらも、ジルはあえて訊ねる。


「……外典魔装に触れたことで、滅王の復活の仕組みを知った。再封印の、必要があることも。ならばそれを逆手に取ろうと、どうにかあの迷宮を攻略し再び封印してやろうと、浅はかながら私は考えた。ゆえに私の知る中で最も優れた、無所属の剣士――ジル殿。あなたを、ここへと呼び寄せた」


 それが師匠ではなく自分であったのは、単純な連絡可能性の問題だろう。

 ジルは頷いて、


「教会への相談は?」


 ゆるく、ゴダッハは首を横に振り、


「できなかった……。直接的な行動を起こそうとすると、外典魔装の浸食は引き締めを増す。何度も抗おうと試みたが……不甲斐ない」

 歯噛みするように、言った。


「あなたは強かった」

 さらに、ゴダッハは続ける。


「第三層――外典魔獣を相手取ってすら、単騎で互角に戦った。果てには外典魔装を破壊するほどの実力に……。しかし、それがかえって――」

「外典魔装からの警戒をもたらす結果になった、というわけか」

「そのとおりです。……私を通してあなたの力を目にしたことで、あなたの危険度を教会勢力と同程度と判断したらしい。封印された滅王と接近してしまったこともあったのか、迷宮の中で強力な浸食に襲われ――」


〈魔剣解放〉、と。

 ジルがその先を、呟いた。


「――あなたには感謝してもしきれず、謝罪してもしきれない」


 本当に申し訳のしようもない、とゴダッハは言った。


「この手であなたを引き込んだこと。そしてそれにもかかわず、背中を斬り付けるような真似をしたこと――そして何より、聖女と大魔導師を連れて再封印への道を切り開き、外典魔装を破壊し、この街を、国を、世界を救っていただいたこと――何を以てしても、私ごときでは到底、詫び切ることも、感謝し切ることもできない」


 償えと言うのなら、と。


「この命――」

「言わない」


 きっぱりと、ジルは否定した。

 それから、困ったように頭をかいて、


「……怪我人のところに押しかけるのは悪いと思ったんだが、来てよかったみたいだな」

 そう、呟いて。



「はっきり伝えておこう――俺は別に、何も気にしちゃいない」



 ゴダッハの目が大きく見開かれるのを、しかし気にせず、


「そりゃあ、あんなのと戦ってるときにあんなのをぶっ放されたら多少は恨むし……しかもろくに装備もないのに地下迷宮で半年置き去りだ。脱出した暁には全身の骨という骨を二回ずつ圧し折ってやろうかくらいには思ってはいたが――」


 あなたはもう、実際そのくらいの怪我は負っているわけだし、と。

 続けて。


「大体、こんな大仕掛けがあって、その解決者として期待されて――それで一件落着になって『よくもあのときはあんなことを』なんて、操られていた人間に言うのか? 別に俺は自分を聖人だとか人格者だとか思っているわけじゃないが、流石にそこまで器は小さくない」

「しかし、私は――」


「あなたのパーティのメンバーたちが何度も訪れて、何度も謝罪してきた。背中を撃つ、それから置き去りにする。それだけで、冒険者とは二度と名乗れないほどの罪だと……だが、俺はそんなことは知らん。関係がない」


 いいか、とジルは有無を言わせぬよう、努めて偉そうな口ぶりで、


「俺は巻き込まれたわけでも、罠にかけられたわけでもない――頼られたんだ。

 そして期待された通りに問題を解決した。あなたは感謝の言葉を俺にくれた。あなただけではなく、それ以外の、街の人々からも。

 俺はもう、それだけでいい。十分だ」


 言い切れば、どこか気恥ずかしさのようなものが胸の奥に湧いてきた。

 それを表に出さないように堪えつつ、ジルは言う。


「操られていた間の罪だとか、そういうのはもう、俺のことは抜いて考えるといい。それから、他のメンバーたちも……俺を置き去りにしたなんて話も、脅されていたんだから、仕方のない話だ。どうして見ず知らずの俺より家族を取らない理由がある」

「しかし――」

 次に口を挟んだのは、ゴダッハではない。


 彼の顔もまた、ジルは知っている。

 外典魔装を破壊した後の避難誘導で、現場の指揮を執っていた剣士だ。


「俺たちは、操られていたわけでもなく――」

「……外典魔装による精神浸食は、その装備者の心が弱まれば弱まるほどに強く作用する」


 聞きかじりの知識を、ジルは。


「もしあなたたちが反抗して、ゴダッハが人質を殺すようなことがあれば――仲間の身内を殺したことになるんだ。それに付け込んで、もっと精神浸食は進んでいただろう」

「……結果論だ」

「いけないか?」


 返答を待たずに、ジルは言葉を継ぐ。


「まっすぐ進める道なんてこの世にはほとんどない。紆余曲折を経て、迷いに迷って辿り着くものだろう。初めから正しい道を知っていて、何も間違えないなんてことは、誰にもできやしない」


 だから。

 この道でよかったのだ、と。


「それぞれが精一杯やれることをやった。その強さと弱さが、この場所に俺たちを辿りつかせた。……そのことをどう捉えるかはあなたたちの自由だけれど」


 俺は、と。

 再び、真っ直ぐにジルは、この場にいる全員を見つめて、


「この迷い道で、よかったと思う。

 そして、ゴダッハ。外典魔装の呪いをその身に受けてなお、この険しい道を進もうとしたあなたに、その先を切り拓くための剣として選ばれたことを――俺は、この上なく誇りに思う」


 ジルは、立ち上がって。




「あなたたちがいなければ……、たった一つでも何かが欠けていれば、街の人たちは死んでいた。この世界は、滅びていた。


 だから、礼を言う。

 俺をこの場に導いてくれて――この世界を守るための機会をくれて、ありがとう」




 そう言って深々と、頭を下げた。


 たっぷり十秒。

 顔を上げてからは、照れくさそうに微笑んでいる。


「ジル殿……」

「どうせ反論されるだろうと思ったから、最後に一回だけ言おうと決めてたんで……ああいや、決めてたんだ。言い逃げで。もうあなたたちが何を言おうが俺は走ってこの街を……っと。折角買って来たのに、持ち帰るところだった」


 見舞い、と言ってジルはゴダッハに花束を押し付ける。

 そこからは、もう格式ばった動きの一つも見せないで、



「快癒を祈る。……それから、俺はどうも、結構迷宮潜りが好きみたいだ。また誘ってくれ、先輩方。そのときは今度こそ、優しくしてもらえればうれしい」



 それじゃあ、と足早にジルは病室を出て行く。


 遠ざかって、あれここどこだ、と周りを見回す頃には、ぼんやりと胸の中に小さな悩み。


 上手く自分の気持ちを伝えられたかな、なんて、いかにも若者めいた悩みが。





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