0-0 〈次の頂点〉
「〈次の頂点〉?」
それは、遠い昔の話。
彼らがまだ若く――失うものすら、ほとんど持たなかった時代の話。
ギルドの小さな貸会議室に、十人にも満たない程度の冒険者たちが集まっていた。
黒板にはでかでかとした字で『Bランク認定記念 パーティ改名会議』と書かれており、その前には一人の若く、大柄な男が立っている。
「ああ」
深く、彼は頷いて。
「……も、もしかして、ダサいか?」
それから急に、不安そうに表情を変えた。
「いいんじゃねえの? リーダーにしては」
とは髪を逆立てた、これもまた若い……いかにも剣士然とした男が言った。
「かっけーじゃんよ。俺達で天下獲ったる!みたいなさ」
「仰々しすぎんだろ」
それに異を唱えたのは、最初にその名に不満の声を上げたのと同じ男。彼もまた若く、弓士によくある軽装で、長い髪を後ろで縛っていた。
「お前らなあ……わかってんのか? このパーティの戦闘力のなさ。カスだぜ、カス。名前負けだっつーの」
大体さあ、と面倒くさそうに、
「俺は女の子にモテたくて冒険者やってんの。んな大層な目標掲げられても、ついてけねーから。結婚でもしたらこんな危ねー職業、とっとと辞めるつもりだし」
「と、朝練から夜練まで一番訓練時間の多い男がフカしております」
「んなっ……!」
その余裕を崩されて「今言ったやつ誰だ!」と弓士が振り向く。けれどそれは、剣士も、リーダーも含めた笑い声によって、誤魔化されてしまう。バツの悪そうにして、弓士はどっかりと椅子に座り直した。
「まあ一応、ちゃんとした意味があってな」
リーダーの男は、照れくさそうに頬を掻いて、
「みんなも知ってるとおり、俺は貧農の出だった。三男でな。昔から身体がでかかったから、毎日ひもじくて難儀したよ」
そう言って、語り出した。
「でもある日、村の近くに迷宮ができた。それを攻略してくれた冒険者がいた。……そこから生まれた産業のおかげで、村から貧困は消えた。俺もこうして、ここに立つことができてる」
だから、と彼は。
曇りのない瞳で。
「俺は、次の世代にも同じことをしてやりたい。まだ誰も見たことのない場所、踏み入ったことのない場所に一番に進んでいって……そして、この世界をもっと、広げてやりたいんだ」
「……だから、次の頂点、か」
弓士が頷けば、我が意を得たりとリーダーは笑う。
「とか言って、冒険もしてえんだろ。〈二度と空には出会えない〉の近くに拠点を構えるくらいなんだからよ」
剣士が茶化すように言えば、「まあそれはそうだ」とさらに笑みを濃くする。
「どうだろう。ダサいとか、こっちの方がいいとか、そういう案があれば言ってくれ。正直、俺はセンスがない!」
「いいんじゃねーの。センスがないぐらいが、身の丈に合っててよ」
「ばーか。こんくらい野暮ったい名前でマジで強かったらそれが一番かっけーだろうが」
「せ、センスがないのは否定してくれないのか……」
落ち込むリーダーに、けれど温かな笑い声が満ちる。
異論はないようだな、と彼は気を取り直して、
「それじゃあ、これで行こう。俺たちは〈次の頂点〉……これからはBランクパーティ、〈次の頂点〉だ!」
「っしゃあ! やってやろーぜ!!」
「まずは人員補充からだな。戦闘メンバーを増やさねえと、Bランク迷宮に潜ったってすぐに死ぬぜ」
「安心してくれ。そのあたりは色々、俺もやり方を考えてる」
ほんとかよ、と弓士が言えば。
本当さ、とリーダーは答えて。
「だから……お前ももうしばらく、付き合ってくれよ。せめて、結婚でもして身を固めるまではな」
「……そんなら、もうすぐ抜けていいことになるな」
「えっ」
「お……はあ!? お前、あれマジ惚れだったのかよ!?」
周囲のざわめきに、うっせバーカ、と弓士は返して、それから、照れ隠しのように大きく髪をかいて、
「……こっからが一番儲かるところだろ。もうちょっとくらい、付き合ってやるよ。ま、お前がリーダーとして、信用できるうちはな」
「……ああ。お前の信頼に、応えてみせよう」
「お前マジで言ってんの? だってお前、『冒険者とだけはナイ』って散々……」
「うっせ。ほっとけ」
それは、遠い昔の話。
まだ彼らが、何も失わず、何にも縛られず、ただ一人の人間として生きていられた、若き時代の話。
取るに足らないものかもしれないけれど――確かにそんな思い出が、彼らにはあった。