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8-1 剣士、ジル



「おーい、ジル!!」

 上空からの声に、ジルは顔を上げた。


 そこには、紫髪の彼が佇んでいる。


「頭は見つかったかい!?」

「いや、まだだ! もっと派手にやってくれ!」

「もっと!? 君……なかなか求めてくるね!」


 大聖堂の、正門前。

 ようやくそこに、ジルはクラハと辿り着いていた。


「ありがとう、クラハ。助かった」

「い、いえ……」


 流星は勢いを増している。

 次々に魔鳥は空から落ちてゆき、その亡骸が街を破壊しないようにとサポートするばかりが、今の聖騎士団と冒険者たちの仕事になっていた。


 息を切らして膝に手を突いているクラハに、ジルは言う。


「後のことは大丈夫だ。中に入って、待っていてくれていい。……リリリアがいるところが、一番安全だろう」

「お、持ち上げますなあ」

「わ」

 言うや途端に、正門からぬっと顔を出してきた。


 聖女、リリリアが。


「どうだった? たぶん大丈夫だと思うんだけど、治癒魔法、遠くの方でもちゃんと効いてたかな」

「ああ。俺の見る限りでは問題なかったと思う」

「そっか、よかった。……ジルくん、顔変わったね」

「知らないかもしれないが、一般的にこういうのは『眼鏡をかけた』って言うんだ」


 よかったじゃん、似合うよ。とリリリアがジルの背中を軽く叩いた。

 眼鏡をかけたことによってとうとう浮き彫りになってしまった目の前の彼女に対する色々な問題をとりあえず一旦脇に置きつつ、ジルは満面の笑みで「ああ!」と応えた。


「よかったついでにもう一つ朗報」

「何だ?」

「私とユニスくん、再封印でめちゃくちゃやり過ぎちゃって、魔力の余裕が全然ないみたい。かつかつ。あんまり余計なことすると、〈インスト〉を落としきれなかったり、もう一回何かあったとき用の広域治癒領域の展開ができなくなりそう」

「どこが朗報なんだ」

「一対一でやっていいよ、って言ってるの」


 ジルが口を噤む。

 それに慌てたのは、傍にいたクラハだった。


「じ、ジルさん! 私、手伝いますよ! それに聖騎士団の方たちにも声をかければ、」

「お、そこにいるのはあの日の健気な女の子」


 しかし、リリリアがその声を遮って、


「いーの、いーの。この子、それを喜んでるんだから。ねえ、ジルくん」

「…………いや、本当に申し訳ないんだが」

「最強プライド剣士くん」


 ものすごくバツの悪そうな顔を、ジルはして。


「……仕方ないだろ。慢心するやつは生き残れないが、勝った負けたに執着できない人間は剣士として大成しない」

「それも師匠さんから?」

「いや、今考えた……」


 ふーん、とからかうような半目でリリリアはジルを見る。

 ジルはその目線から逃れるように、顔を逸らす。


「あの……えっと、結局……」

 困惑したようにクラハが言えば、リリリアがそれに応えて、


「大丈夫だよ。心配しなくて。むしろ邪魔者の入らないリベンジマッチに燃えてるみたいだし」

「いや、邪魔とかそういうわけじゃ……」

「あ、あれかな?」


 彼女が言えば。

 ふ、とジルの目つきが、冷たく変わった。


「――やっぱり、あいつだったか」


 剣気迸る。

 ただその粗末な刀の柄に手をかけただけで、周囲の大気がびりびりと震えるような闘争心を剥き出しにして。


 ジルは一歩、前に出た。


 その視線の先、足の向く先、大聖堂正門前の真っ直ぐな通りの先から、宵闇を這い出るようにして一歩一歩と歩いてくる、その影は。




「ゴダッハ――」

「ゴダッハ、さん……」 

 


 Sランクパーティ〈次の頂点〉を率いるリーダー。

 実力、名声ともに、その地位に申し分のないベテランの冒険者。


 魔剣〈灰に帰らず〉の使い手。

 そしてこの事件の、黒幕だろう男が。


 この大聖堂を目指して、歩いている。




 ジルはさらに一歩、前に出た。


「どうして……」

 茫然と、クラハの呟く声がする。


「どうだ、リリリア」

「……うん。外典魔装だと思う」

「確かなのか?」

「外典に載っていたのとは、形が違う。でも、あれがそうじゃないわけがない……気配でわかるよ。がんばってね、ジルくん」


 ジルはあらかじめ、リリリアから聞いていた。


 外典に記されていた、外典魔装という存在。

 かつて滅王自らが使っていたという、十三の武装の存在を。


「聞け!!」

 大声で、ジルは叫んだ。


「〈二度と空には出会えない〉はすでに聖女と大魔導師の手で再封印された!

 大聖堂を破壊したとしても、滅王の復活は叶わない!!」


 滅王。

 その言葉に、周囲にざわめきが起きる。


 しかしジルはそれを気に留めることもなく。

 ただ、観察していた。


 ゴダッハが応えず、さらに一歩、前に進むのを。


「リリリアの言ったとおりだな。乗っ取られて……」

「にげ、ろ……」


 その声は。

 避難民のものでも、ジルのものでも、リリリアのものでも、クラハの声でもなく。



「〈灰に帰らず〉には、勝て、ない……」

 ゴダッハの、声。



「――意識は、残してるのか」

「流石Sランク冒険者だね」


「ま、待ってください……!」

 クラハが、悲鳴のように呟いた。


「どういう……どういうことなんですか!」


 ジルはただ間合いを詰めるだけ。

 だからリリリアが、それに答える。


「外典魔装のことは知ってる?」

「滅王の使っていた武装、と。でも、なんでそれをゴダッハさんが……」

「罠にかけられたんだと思う」


 リリリアもまた、ゴダッハから視線を外さない。

 否、それだけではない――誰も何も、この場所にいるいかなる存在も、ゴダッハから……その手の内に握られた魔剣から目を逸らすことができない。


「罠?」

「……滅王の封印が、長い年月をかけて緩んでた。抜け出した魔獣がいた。そして同時に、滅王の怨念が込められた武装も、外の世界に……」


 禍々しい、空間すら歪んで見えるほどの魔力。

 それが、〈灰に帰らず〉から陽炎のように立ち上っている。


 さらに、互いに二歩、間合いは詰まり。


「きっと、ゴダッハさんは冒険の途中であの魔剣を……外典魔装を、そうと知らずに手に取ってしまった。それからずっと、滅王の怨念に心を支配されてる」

「――――」

 クラハは声を失って。


 その静寂を、リリリアの言葉を裏付けるかのようなゴダッハの言葉が、埋めた。


「ダメ、だ……人間では、人間、では、この、魔剣には、」

「――だから、俺を呼んだのか」


 静かに、ジルは語り掛けた。


「自分では勝てないと思ったから――このままでは滅王が復活してしまうと踏んだから、俺を呼んだのか」

「無理だ、お前、でも――」

「僅かに残った意志と理性だけを武器に、パーティをSランクまで引き上げて……それで、再封印への道を敷いたのか」


「に、げロ――ォ!」

 その言葉を最後に。


 肉と血の混じり合う音がして。

 外典魔装〈灰に帰らず〉が――ゴダッハの右半身に、一気に浸食した。


 奇怪な魔獣のはらわたのようなグロテスクが彼の顔までを覆いつくし、そしてまた、その右腕は触れるものすべての命を奪うような、禁忌の魔力を蒸気が如く放つ、大刀へと変形する。


「ゴダッハ、さん――」

 クラハの呼びかけも、もはや届かず。


 ただ一人の剣士だけが、それにも怯まず、歩みを進めた。



「俺はまだまだ未熟の身だが――それでも」


 青年は、両の目で真っ直ぐに、目の前の魔人を見据え。

 剣の柄に手をやると、ほとんど音も鳴らさずに、するり、と。


「あなたが選んだのは最善の道だったと、この剣で証明してみせよう」



 抜き放った。




「剣士、ジル。

 外典魔装〈灰に帰らず〉――俺が貴様を、再びこの地に葬ってやる」




 剣気弾けて。

 戦闘開始。




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