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7-3 逃げません



 そこには、すでに先客がいた。


「ホランド!」

「なんだ、お前ら……」

 来てたのか、と意外そうにホランドも片眉を上げている。


「武器の調達か?」

「当たり前だろ。あんな魔獣、見るだけでヤバイってわかる。聖騎士だけじゃとても抑えらんねえよ」


 パーティ宿舎には、〈次の頂点〉のメンバーが十数人は揃っていた。

 それぞれが自身の使用する武器をすでに備え、防具を着込み、いつもの冒険用の装備にすっかり変わっている。


 ホランドは彼らの横をすり抜けて、己の弓を取る。かつて強力な階層主から剥ぎ取った背骨を基にして作ったという、強弓を。


「矢筒の予備を持ちます」

「好きにしろ」


 そう言ってホランドのサポートに回れば、周囲のメンバーたちもようやく、彼女の存在に気が付いた。


「サポーターの……」

 その声には、名前を呼ばないまでも識別のニュアンスが含まれている。


 あの日、ゴダッハに楯突いた人間、と。


「ホランド、なんでこいつがここにいる」

 メンバーのうちの剣士の男――ゴダッハとホランドに次ぐ実力の持ち主だ――が責めるような口調で言う。だから、ホランドが口を開く前に、クラハは自ら答えた。


「私はただ、無理矢理ついてきただけで――」

「お前にゃ訊いてねえ!」

 剣士は叫ぶ。そして、クラハを無視するようにしてホランドに大股で歩み寄ると、その胸倉をがしりと掴んだ。



「お前、このガキを逃がしに行ったんじゃなかったのか――!」



 え、と。

 声が、洩れ出た。


「どういうこと、ですか」

「……つまんねえ話だよ」

 剣士の手を掴み返して、外しながら。

 ホランドは言う。


「ここにいるパーティメンバーは……少なくともこの場所に来て武器を手に取ってるような奴らは、誰もお前のことを疎ましく思っちゃいないのさ」


 そんなはずがない、と。

 クラハは、思わずにはいられなかった。


 最初の、あの反発だけではない。

 そのあとも自分は、このパーティのことについて、聖騎士団に情報を流していた。そのことが彼らにとってどんな意味を持つのかわからないほど、クラハは鈍くはない。


 パーティリーダーの故意によるメンバーの殺害と、その見逃し。

 それが露見し、立証された場合、このパーティに所属していた人間はみな、冒険者としての資格をなくすだろう。


 仮にゴダッハからの脅迫を加味して情状酌量の余地を与えられたとしても――それでも、迷宮の攻略中に背中を刺された仲間を見捨てたという事実は、必ず彼らを貶める。Sランクの冒険者になるまで積み上げてきた輝かしい業績の全てが奪われ、その名誉は地に落ちる。


 わかっている。


「だって、私は、このパーティを裏切って――」

「裏切ったのは、俺たちの方が先だ」

 そうだろ、とホランドは、目の前の剣士にも語り掛けるように呟いた。


 剣士もまた、それに低い声で応える。


「……初めから俺たちだって、こんな風になりたかったわけじゃない」


 最初は、と彼は言った。

「俺たちだって、憧れてたんだ。冒険者としての生き様――無頼を尊び、自分の力だけで全てを手に入れる。それを人々に分け与える。誰も見たことのない場所に、最初の足跡をつけにいく……」


 気付けば。

 三人以外のパーティメンバー……この場にいる全員が、彼らを見ていた。


「お前は、俺たちの過去だ。……今までも冷たい態度を取っちゃいたが、本心じゃない。とっととこんなところから逃げ出してほしかったからだ。こんな……こんな情けねえ冒険者崩れのたまり場なんかじゃなく、もっと本当の、本当の冒険がある場所に――」


「嫌いになれるわけがねえのさ」

 その先は、ホランドが引き継いだ。


「お前のやっていたことは、俺たちがやりたかったことだ。……わかってんだよ。お前が正しいことをしてるってことも。俺たちが裁かれるべき側だってことも」


 弓の具合を確かめ、防具を装着し。

 そしてホランドは、クラハに言った。


「俺たちはみんな、こう思ってる。『逃げちまえ』『お前にゃ未来がある』ってな」


 それが本心からの言葉であることが、クラハには、わかって。

 ぎゅう、と矢筒を握る手を、硬く引き絞った。


「逃げません」

「……そう言うと思ったよ」

 ホランドは、溜息すら吐かなかった。

 代わりに「お前も弓を取れ」と言う。


「このパーティ宿舎だって何も考えないでここに建てたわけじゃねえ。三階に行けば、大通りのほとんどを射程に収められる狙撃ポイントがある。筒持ちは後でいい。まずは、お前も手数に加われ」

「はいっ!」


「待て! 本気か!?」

 剣士が叫んだ。


「お前らだって見ただろう、あの鳥の魔獣を! あんなやつ、ゴダッハがいたって俺たちじゃ処理し切れるか……!」

「だったら、どこにいたって同じです」

 震える声で、クラハは言い切った。


「Sランクパーティの〈次の頂点〉があれを処理し切れないなら――大聖堂に逃げ込んだって、結局何も変わりはしません。それなら私は、少しだけでも皆さんの力になりたいです。……こんなことを言う資格も、ありませんけど」

「諦めろよ、説得したって無駄だ」

 重ねて、ホランドが言う。


「冒険者なんだよ、こいつ。頑固者なんだ」


 剣士は歯噛みして、俯いて。

 さらに、クラハは続ける。


「逃げるだけなら、皆さんの身体能力なら自分たちだけで大聖堂まで行き着けたはずです。それか、反対方向に走って街を離れることも」


 でもこの場にいるのは、と。

 彼女は、彼らを見つめて。


「戦ってくれるから、なんですよね」

「――――ああ、そうだよ! そのとおりだ畜生!」


 剣士は叫ぶ。


「家族がいる街だぞ――俺たちがやらなくて、誰がやるってんだ!」


 口々に、声は上がる。

 家族のために、恋人のために、友のために、あるいは名も知らぬ隣人のために――。


 力を持たない、全ての人々のために。

 この力は、と。


「弓士と魔法部隊は俺につけ。この宿舎を拠点にして鴨撃ちだ」

「殴って殺すしか能のない奴らは俺と来い! 下に行ってお得意の肉盾だ!」


 ホランドが引き連れる部隊とともに、クラハは三階へと上がっていく。

 それと背中を預け合わせるようにして――剣と盾を携えた部隊は、街路へと走って行く。



 誇りの全てを失って。

 それでも冒険者たちは、動き出す。




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