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7-2 死ぬなよ




「ホランドさん?」

「クラハ? お前、先に行ったんじゃ――」


 同じパーティに所属している者なら、街の中でよく知る道も似通ってくる。

 だからクラハは、その道行きの途中で、ホランドと合流することができた。


「……そうか、助けてきたのか」

「はい。瓦礫の下敷きになっていて……」

「よく頑張った。……そっちの嬢ちゃんはつらそうだな。ほれ、背中に乗れ」


 言って、ホランドは屈みこむ。

 小さな子どもは一度だけ不安そうにクラハを見て――そして彼女に頷いて返されれば、おずおずとホランドの背に乗った。


「あなたは、ええっと……」

 クラハに話しかけてきたのは、中年の女性。

 おそらくホランドの配偶者だろうとクラハは思ったから、


「クラハです。〈次の頂点〉所属で、いつもお世話に――」

「挨拶なんかしてる場合か」

 とぼけたやつらだ、とホランドは呆れたように言う。


「大聖堂まではまだ距離がある。行くぞ」

 そう言って、一番前を歩き出す。

 となると、とクラハはホランドの家族三人の後ろにつくことにした。動ける人間を前と後ろに置いて、挟み込んだ方が安全だろうと思ったから。


「う……」

 耳元でうめき声が聞こえてくる。

 一番近くにいたホランドの息子が、それに振り向いた。


「だ、大丈夫……すか」

「怪我が酷くて……大聖堂で治療が受けられるといいんですけど」


 できるのだろうか、と不安に思う気持ちもある。

 これほどの重症となると、かなり高位の治癒魔法が必要になる。そしてこの状況では街中の人間が大聖堂に押しかけ始めているだろうし、治療場の混乱は間違いない。


 それまで持ちこたえられるといいけれど……そう思いながら小さく、クラハは未熟なりの治癒の魔法を、背中の彼女に施しながら歩いていた。


「その、俺、代わりましょうか」

「え?」

「その人、担ぐの……俺の方が、身長高いし」


 一瞬、驚いてから。

 いえ、とクラハは首を振って。


「大丈夫です。これでも、鍛えてますから」

「……そっ、すか」

「それより、前との距離が」

「あ、」


 一同は早足で進んでいるから、少し話し込むだけで先頭とは随分な距離が開く。


「す、すんません!」

 と謝りながら小走りで行くホランドの子の背中を、クラハは追いかけていく。


 その先では、おそらく姉なのだろう少女が、

「あんたさ、冒険者の子に体力で勝てるわけないでしょ? 身の程弁えなよ」

「いや、だって……」

「言い訳はいいから。ほら、さっさと行く!」

 弟の肩を前に押しやって、代わりに少しだけ、クラハの方へと下がってくる。


 その表情は、少しだけ微笑んで。

「すみません、ほんと」

「いえ」

「あの、何か手伝えることがあったら言ってください。落ちてるものを拾うとかなら、私でも役に立つと思うんで」

「ありがとうございます」


 納得する気持ちが、クラハにはあった。

 少し話しただけで……自分とそう年の変わらないこの二人が、優しい性格であることはわかる。この状況で、力もないのに他者の心配をすることができる人間であるということが、わかってしまう。


 そんな人間を人質に取られたら。

 どれほど高潔な冒険者でも、と。


「……あれ」

 クラハが言えば、並んで歩く彼女も、同じ方向を見た。


「なんか人、溜まってません?」


 行く道の先に、明かりが見えた。

 しかし今はどうにも、それが喜ばしいこととは思われない。


 声も、聞こえてきたからだ。


「どうするんだよ! これじゃこの道、通れないぞ!」

「騎士はいないのか!」

「冒険者でもいいだろ! あの魔獣をどかしてくれよ!」


「ちょっと、ヤバそうな雰囲気ですね……って、あ、ちょっと!」

 彼女の止める声も聞かずに、クラハは前へと歩いていった。

 これほど人が多くなれば、いきなり彼女たちが襲われることもないだろうと思って。


 ホランドは、背負っていた小さな女の子を、その場に下ろしているところだった。


「ホランドさん、これは一体……」

 街の住民が人垣を作っていて、クラハの背丈ではその先が見えない。

 だから、そう訊ねれば。


「――魔獣が、抜け出してやがる」

「え――」

「しかも、〈二度と空には出会えない〉にいた雑魚と同じ……Bランク冒険者くらいじゃ死力を尽くす必要がある相手だ」

 だから、とホランドはクラハに訊ねかける。


「お前、パーティ宿舎の鍵は持ってるか?」

「は、はい。キーケースに入れて……」

 ごそごそと、腰につけたポーチを探ってそれを取り出す。


 ん、とホランドが手を出すので、その上に乗せた。

「弓と矢を調達してくる。睨み合ってるうちにな」

「私も行きます」

「ついてくんな。足手まといだ」


 突き放すような物言いに、クラハの目が大きく開く。

 しかしそれを本心と誤解するには、すでに彼女は、ホランドのことを知りすぎていた。


「いいえ。ついていきます」

「自分の力の程もわからねえのか」

「これでもサポーターです。戦えなくても、矢の持ち手くらいにはなれます」

「だったらその背中に背負ってんのはどうする」


 鋭く、ホランドは言う。

「見捨てんのか」


 しかし、そこから先、クラハが反論するよりも先に、動いた人間がいる。


「私が背負うわよ」

 言ったのは、ホランドの配偶者。中年の女性。


「おい、何言って――」

「なんとかなるわ。一人くらい。私だって、昔は冒険者だったんだから」


 ね、と彼女はクラハに言う。

「元々大して強くもなかったし、とても現役の子には敵わないけど……一人くらいなら、背負って歩けるわよ。……クラハさん。うちの人、お願いできる?」


 はい、とクラハは頷いた。

 そして彼女は確かにかつて冒険者だったのだろう。手慣れた動きでクラハと背中の怪我人を結び付けていた紐をほどいて、代わりに素早く自分の身体に巻きつける。


 大きく、ホランドは溜息を吐いて。


「……死ぬなよ。俺がやられたらお前も逃げろ」

「努力します」


 走り出そうとする彼女を、止める手もあった。

「お姉ちゃん、」

 それは、小さな少女の手。


 たったいまホランドの背中から降ろされた少女は、クラハを見上げていて。


「け、ケガしない、でね」


 それを見て。

 できるだけ不敵に見えるようにと、クラハは。


「……任せてください」


 震える手を自分で握り締めながら、笑いかけた。




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