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5-3 推理小説だと死ぬ人のやつ



「俺、このパーティに必要か?」

「ん?」「え?」


 思わず呟くと、背後の二人から同時に声が返ってきた。


「何を言うんだい」

「頼りになってるなってる~」

「いや、俺もうろくに鞘から剣を抜いてもないんだが……」


 あれから一ヶ月が経つ。

 冒険は、非常に順調だった。


 ユニスの加入は、単に火力役が一人増えたということには決してとどまらない。

 初めの頃こそ「慣れないからしばらくはついていくだけでもいいかな?」と大人しくジルとリリリアの二人の冒険に足並みを揃えていたが、やがて彼もコツを掴んだ。


 今、三人の周りにはずっと、しとしとと雨が降っている。

 しかしそれはもちろん、この洞窟の天井から滴り落ちているものでもなければ、地面を濡らすようなものでもない。これはユニスの魔法。〈雨は光の音階となり〉――から始まる複雑な詠唱を伴った、上級の魔法。


 それを使うようになってからは、もう雑魚の魔獣などまるで姿を見せなくなった。

 その雨に触れるだけで、魔獣は溶けて消えていくからだ。


 もうただの道を歩いているのと、そこまで変わりがない。


「剣を振るしか能がないのに、振りもしなかったら本格的に俺、役立たずだぞ」

「そういえば、私もこれ要らないんじゃないかな。別に、怪我とかしないし。聖域化もたぶん、ユニスくんなら似たようなことできるでしょ」

 あと光と光でキャラが被ってるし、とリリリアも言った。


 そういえば俺の秘剣も月に名をちなんでるし、星と月でちょっとキャラが被ってるな、とジルも言われて思った。


「……そんな悲しいこと言うなよ」

 自分の声音こそ一番悲しそうに、ユニスが言った。


「そんな悲しいこと言うなよ!!!!!」

「うお」

「どしたの。大声出して」

「ごめん。急に寂しくなって……」


 いいじゃないか、とか細い声でユニスは言う。


「別に、僕の持つ力が一番汎用性が高いっていうのは確かにそうだろうけど、あと、なぜか信じがたいことに方向感覚が一番まともなことも事実だけど……」

「あ、十字路」

「ユニスくん、次どっち?」

「知らないよ」

「拗ねた」

「拗ねないで~」


 結局、「右」とユニスは告げてから、

「そういうことは二度と言わないでくれるかな。僕はなんだかんだ言って自分と同じ程度に尖った力量を持っている君たちと会えることを楽しみにしつつ教会と魔法連盟からの要請を受諾して、かつこうして三人で歩くのは一度も体験したことのない友達のいる遠足みたいで死ぬほど幸せだなって内心ウッキウキで歩いてたんだから」

「……すまん。水を差して」

「かわいいね~、ユニスくん」


 そうだろ?とユニスは鼻息を吐いた。


「遠足……遠足か」

 そのユニスの言葉に、ジルはひそかに頷いている。


 大して今は、それと変わりのない状況だ、と。


 リリリアの神聖魔法があるおかげで、身体の汚れのことは心配しなくていい。

 そしてユニスの魔法があれば、この冬の寒さも大して脅威にはならない。


 さらに、例の外典魔法による封印の先で迷宮は確かに難度を増したものの、ジル一人の手でもある程度攻略可能な程度のものだったし、ましてユニスが加わったこのパーティには大した脅威にはならない。つい三日前に対峙した階層主も簡易聖剣の一振りで打倒できてしまったし、ユニスの火力支援の始まりよりも決着の方が早く訪れた。


 飯がことごとく不味いことと、明らかにぐるぐる同じところを回っている(自分たちのつけた目印に何度も出会う!)ことを除けば、大した負荷もない冒険だ。


 五十階層を降りてきている。

 最下層がどの程度の奥深くなのかは知らないが、それほど完全踏破までは遠くないだろうと思えた。


「みんなは遠足に行ったりしたかい?」

 そう、ユニスが訊ねた。


「というか、学校に行ったりしてたかな」

「私は行ってたよ~。教会学校。ちゃんと出たし」

「俺もまあ行ってたといえば行ってたけど……。村の賢い人が読み書きそろばんを教えてくれるくらいの場所だったな。遠足自体には行った。ピクニックみたいなやつ」

 別にいつも行くような場所だったけれど、しかしその散歩に名前がつくと不思議と心躍ったものだ、なんて思い返したりしながら。


「いいなあ。僕は早いうちに大図書館入りしちゃったから、そういう機会がなかったんだよね」

「やっぱりああいうところって、早めに入るものなのか?」

「いや。同年代すら見たことがないな。普通は魔導師になるのって、それこそ魔法学校に通ったり、そうじゃなかったら在野の魔導師の弟子になったり、っていうのがメジャーだからね。僕みたいにいきなりあんな中核に入り込むのは珍しいかな。ああいうところはやっぱり危険も伴うから、普通は上級者向け。僕の場合は、大図書館に縁深い師匠がいたから」


 なるほど、とジルは頷く。

 一歩分野を出ると、どこまでも自分の知らない世界が広がっているものだ、と思いながら。


「じゃあ、ユニスくんは初遠足だ。楽しいねえ」

「そうそう。正直、いつ叫び出してもおかしくないよ。うぉおおおおおおーーーーーってね」

「油断はするなよ……と言いたくなるが」

 まあ無理か、とジルも諦めがつく。


 一人でこの迷宮に挑んでいた頃の緊張感は、自分だって維持できていない。

 まして初めから二人、三人でこの場所を探索し始めたリリリアとユニスに、その緊張感を持てと言っても無理な話だろう。


「一応、最高難度迷宮らしいんだけどな……」

「まあしかし、仕方ないさ。僕たち、たぶんみんな『一つの能力を伸ばした代わりに他の全部がズタボロ』ってタイプだろ?」

「言いにくいことをバッサリ言ったね」

「否定のしようがない」

「それで全員その能力の大部分を戦闘に転用できて、しかも――これは贔屓目なしの、客観的な情報からの判断だけど――全員がその分野の最上位」


 おっと、とユニスが言った。


「反論は要らないよ。在野に僕たちよりなお優れている人がいたとしても、少なくともそれは可能性の話。知られている限りでは、僕たちを上回ると評されるのはせいぜい各々の師匠くらいだろう?」

「……まあ」

「お姉さん、調子ノリノリになっちゃいそう」


「しかも僕たちの能力は綺麗に分かれてる。何度も言うようだけど、考えられる限り最高戦力なんじゃないかな。ジルは眼鏡がなくて、リリリアは教会というホームから離れて、僕は星明かりがこの場所まで届かないって不利を抱えてるけど、それでも。これ以上のメンバーを揃えるのは、今のこの時代じゃ、それこそそれぞれの師匠が手を組んで探索するくらいのことがないと無理だろうね」


 自惚れな気もするが、とジルは思いながらも、混ぜっ返すことはしなかった。

 少なくとも現時点で自分たちが手に入れられる情報の範囲では、確かにそう思ってしまうことも、それほど誤りとは考えられない。


「僕たちで踏破できないようなら人類の力がその頂点に及んでないってことだ。だからまあ、むしろ今の状況は自然だよ。この三人で手をこまねいてる方が怖い」

「結構言うね、ユニスくん」

「まあまあナルシストなんだ」

「そんな感じしてたよ」


 まあでも、とそのとき。

 改めて不思議だ、というようにユニスは呟いた。


「今までのSランクパーティが第三層で止まってた、っていうのは確かにちょっと謎だな」

「え?」

 訊き返すリリリアに、


「彼らだってその時代の戦闘者としてはある程度最上位に近いわけだろ? まあ、単純な力よりも重視される別の側面があるんだろうけど……。でも、このくらいなら時間をかければ進めるような気もするんだけどね」


 大図書館に籠りすぎて基準が狂ったのかな、と言うユニスに、


「第三層の階層主が強すぎたからだろ」

 ジルが、そう言って応えた。


「え?」

「確かにユニスの言うとおりだと俺も思う。この迷宮はかなりきつい……けど、力だけの三人でここまで攻略できるんだ。歴代Sランクも第三層以降に潜れてたら、もっとじりじり進められてただろうな」

 それならとっくに踏破されてたかも、ともジルは言った。


「そんなに強かったの? 第三層」

 リリリアの質問に、


「尋常じゃなかったぞ。眼鏡があったのに、本気で死ぬかと思った。外典魔獣のくくりで言ったら、あれが上位なんじゃないのか」

「え、ナイトメアより強かったの?」

「比じゃないな。本当に、馬鹿みたいに――」

「ま、待て待て!」


 ユニスが大きな声を上げた。


「なんだ、どうした?」

「僕が聞いていた話と違う」

「ん?」


 ユニスは慌てた声で、

「クラハ――君のパーティに所属していたサポーターの話では、強かったけれど力を合わせれば倒せる程度だったとか」

「……ああ。それ、変形前の話だろ」


 変形?とリリリアが首を傾げた。

 変形、とジルは頷いた。


「最初の段階で……ナイトメア? あれくらいは強かったけど、ひどかったのはそっから先だよ。俺と下層に落ちてくときに、あいつ、変形したんだ」


 異常に強かった、とジルは語る。


「毒竜殺しで〈位階〉を上げてなかったら、俺じゃ絶対に勝てなかったな」

「あ、ジルくん、そのとき〈体験〉したんだ」

「流石にあれで〈体験〉にならなかったらどうなんだって感じの死闘だったしな。……まあ、その割にその階層主を倒しても〈体験〉にはならなかったらしいけど」

「基準がよくわかんないよね、あれ」

「リリリアも何回か?」

「そこそこかなあ。平均がどのくらいか知らないから、何とも言えないけど」

「ああ、わかる。でも一回もなったことのない人の方が多いんじゃないか」

「私もよくちびっこたちに『あれって嘘だと思ってました』とか言われるなあ。本当だよって言っても嘘っぽいから、『嘘だよ』って言っちゃってるけど」

「いや、おい」

「うそ、うそ。信じてはもらえないけどちゃんと教えて……ユニスくん?」


「……ごめん。考えごとをしてた」

 悩むような声で、ユニスは応えた。


「何か引っかかったのか?」

「うん。……もしかして、ジルが逆走してたのって、そのせいもあるのかい?」

「ああ、そうなんだよ」


 深くジルは頷いて、


「普通は迷宮って深く潜れば潜るほど階層主が強くなるって知ってたんだけど、第三層がそれだったから、てっきりここだと違う法則があるんじゃないかと思って、ずるずると……」

「ジルくん、ほとんど一発で倒しちゃってるのに強さの違いとかわかるの?」

「感触でなんとなくは。たまーに、相性が良すぎてわからない相手もいるけど」


 へえー、とリリリアが言って。

 再び、ユニスは押し黙る。


「ユニス?」

「ユニスくん、お腹痛い?」

「……いや、やっぱりちょっと、確証が足りないな。考えすぎかもしれない。気にしないでくれ」

「あ、それ推理小説だと死ぬ人のやつだよ」

「え、そうなの」


 じゃあ言おうかな、とユニスが躊躇い始める。

 が、それを口にするより先に。


「あ」「あ」

「ん?」

 リリリアとユニスが同時に声を上げ、そしてジルがそれに首を傾げた。


「どうした?」

「扉が出てきました」

「主部屋か?」


 だったら、とジルはようやく剣の柄に手をかける。

 自分の出番だ、と。


 が。


「いや、また僕の出番だな」

「え。いや、流石にそろそろ俺の腕も鈍るし出してもらえないと――」

「そうじゃなくて」


 ユニスの言葉を、リリリアが引き継いだ。



「また、黒い扉が出てきたって話」




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