5-2 じゃんけんは俺に不利だろ
「俺は別にいいけど」
まず、ジルは肯定から入った。
元々、この迷宮を攻略するつもりで足を踏み入れたのだ。
その間にいくつものハプニングはあったし、途中はとにかく引き返すことを目的にしたりもしたが――しかし、結果としてはどんどん深くに潜っていただけ。今さら「いや俺はなんとしてでも最速で地上に帰るぞ」だなんて言葉を口にするつもりは、あまりない。
まして同行者は、聖女と大魔導師なのだ。
これほどのメンバーに恵まれて動けることは、ひょっとすると今後の人生で二度とないかもしれない……そう思えば、ユニスの提案に首を横に振る必要はない。
「リリリアは?」
だから危惧するのは、そこだけ。
「うーん……。でも、あんまりもたもたしてると心配かけちゃうからなあ……」
「いや、そこは大丈夫」
しかしユニスはすかさずその不安を埋め、
「元々、君たちが万全の状態でいないことも想定していたからね。この迷宮に潜る前に、アーリネイトにはあらかじめ『鈍足の帰還になるかもしれない』と伝えてある。少なくとも半年くらいは向こうも心配しないはずだよ」
「本当? ありがとー、気を遣ってもらって」
それに、と言って、
「ここまで深層に来てるなら、地上に直接向かうよりも、迷宮最深部まで攻略してそこから戻った方が早いかもしれない」
「踏破転移か」
なるほど、とジルは頷いた。
迷宮の最深部には、その核となる魔力の塊が隠されている。そしてその魔力を介することで、魔導師のいるパーティであれば地上まで転移の魔法で帰還することも可能なのだ。
「じゃあ、全然私も」
いいよ、とリリリアも言った。
一応、とさらにユニスが自分の考えを説明していく。
「どうもこの迷宮はきな臭い……っていうのは、二人ともわかってくれるよね?」
「うん」「ああ」
「それに僕自身、リリリアの救助の他、余裕があったら迷宮内部も調べてほしいと言われている」
「私もそもそも、おばあちゃんたちに言われてきたからね」
「次にこれだけの深層に潜ろうとしたら、どれほどの時間と手間がかかるかわからない。それに、今ここにいるだけの戦力を揃えられる機会も、おそらくほとんどない」
「俺たちで決着をつけようってことか」
「うーん……。でも、そうだね。少なくとも、ここまではジルくんと私の二人でも潜れてるわけだし」
「うむ! そこに僕も加わるわけだからもう無敵!」
えへん、とユニスは誇らしげな声を出して、
「……三聖女の感じた邪な気配もそうだけど、魔法連盟でも不吉な予知が多発してる」
一転、真剣な声になって。
「その上、実際に潜ってみたら外典魔獣に外典魔法だ。何か大きなことが起きる気がしてならない。……頼む。協力してくれないか」
「こちらこそ。私のせいで手間をかけさせてごめんなさい。改めて、助けに来てくれてありがとう。よろしくね、ユニスくん」
「俺もだ。改めて感謝する。ありがとう。ユニスが来てくれなかったら今頃まだリリリアと二人でこの迷宮の中を当てもなく彷徨って――」
あ、と。
そこで。
三人同時に、声を出した。
「じゃーん、」「けーん!」
「待て待て待て!!」
大声で、ジルがふたりを止めた。
そう……、ここで決めなければならない重要なことがまだ一つ残っていることに、三人ともが気が付いたのだ。
ここから先、どの方向音痴が道を決める?
ということ。
「じゃんけんは俺に不利だろ! あなたたちが何の手を出したのか確かめようがないんだから!」
「手で触ればいいじゃん」
「僕もそう思う」
「触るまでの間に動かし放題だろ!」
ジルは必死になっている。
そしておそらく、リリリアとユニスも必死になっている。
だって、とうとう全員方向音痴の自覚があるのだ。
そしてこれまで、結構真面目な話をしていたのだ。
責任を負いたくない。
あんなに真面目な話をしたあとでアホがアホな迷い方をしているアホな光景が発生する――そのことの責任を、自分だけは負いたくないと思っている。
「いやもう――いいだろ! 三人で話し合って決めれば!」
「でも私、さっきジルくんに責められたし……」
「端的に言うが、僕はものすごい役立たずだ! 自信がある!」
「そんなの俺だってそうだよ!」
「じゃあさっきなんで私のこと責めたの?」
「…………いや、その」
「そもそも最初に逆走してたのってジルくんじゃ――」
「わかった! こうしよう!」
大いにジルは叫んだ。
「今から全員別の方向に出て行って……それで、一番最初にここに戻ってきたやつがこれからのガイドをやる! それならいいだろ!」
「む、」
「あー……」
流石にこれには、表立っての反論はなかった。
彼らにも人間相当の理性がある。この合理的な提案の否定はできなかったのである。
「あ、でも」
ユニスの悪足搔き。
「僕とジルはともかく、リリリアは危ないんじゃないかい? 魔獣に当たったら」
「そうだね。私かよわいから……」
「いや、大丈夫だ。前に外典魔獣を見ながら『粘ればいけそう』って言ってたのを聞いた」
「こらこらこら。何を勝手に聞いてるの」
「大体ここに停滞してる間にこの階層の魔獣は俺が全部爆殺した。何の問題もない」
「頭がおかしいのか? 君たち……」
それからもう少しだけルールを詰めた。
立ち止まったらダメだとか、いざここに来てまだ誰もいないから引き返そうなんて夢にも思うなとか、正々堂々自分の方向感覚に向き合え、ここで手を抜くようならこれからの三人の攻略姿勢に亀裂が入るから覚悟しろよ、とか。
最終的に全員合意の上、ユニスが細かなルールを魔法で強制した。そしてその内容の適正確認をリリリアが行った。ジルは何もすることがなかったので、もしも二人が自分に確認できないところで結託して不正を目論んでいたとしたら俺は悲しみのあまりオンオン泣くぞウォンウォン泣くぞ、と脅しをかけていた。
満を持して、よーいスタート。
ゴール。
一着、ユニス。記録三時間五十六分。
二着、ジル。記録五時間十二分。
三着、リリリア。記録八時間三十九分。
ユニスは「嫌だ!」「絶対に嫌だ!」「なんで僕よりダメなやつがこの世に存在してるんだ!」「いざというときは三人で決めよう! ね!」と涙ながらに懇願し。
ジルは「中途半端」「無難」「面白みがない」「眼鏡があったら方向音痴じゃないのでは」「ファッション方向音痴」「エセ自虐」「どっちの方向から見ても敵」と両サイドから責め立てられ。
リリリアは「生きて辿り着けてよかったと心から思います」と祈りのポーズでふて寝した。
次の日の、体感では夕方ごろ、ようやくジルとリリリアを阻んでいた扉が重々しく音を立てて開く。
最下層への道。
自信なさげに、一芸特化の三人衆が踏み込んでいった。




