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4-1 勝手に復活しちゃうんじゃないかな



「おはよう。今日はよろしくね」

 と、声を掛けられたのは調査が始まる直前のことだ。


 場所は大図書館の奥だった。〈原庫〉に繋がる大廊下は、やはり普段は使われていないのが大きいのだろうか。灯りもぼやけて、まだまだ朝の早い時間帯だというのに、もう真夜中に迷い込んでしまったような薄暗さがある。


 そこに今、これからの〈原庫〉調査に関わる全ての魔導師が集合している。

 パッと見て、二百は下らないだろう。その中で自分を見つけて声を掛けてきた彼女に、もちろんクラハは挨拶を返した。


「おはよう、ニカナ。今日はよろしく」


 呼び方も話し方も、彼女に合わせたものだ。

 聞いたところ、年も同じだった。最近はずっと丁寧語で喋る場面が多かったから、クラハは自分で自分の話し方に不思議な感覚を覚えていたりもする。ジルがたまに話の途中で言い淀んでいるのも、こんな感じなのだろうか。


「って言っても……」

 とニカナは小声で言った。


 彼女は見る。今、ちょうどユニスが壁に光を投影しながら集団の前に立って、調査方法に関する最後の確認作業を行っている。普段の振る舞いはどこに行ったのやら。そう思ってしまうくらいには堂々とした話しぶりだった。人見知りや苦手意識を抱えながらこれだけしっかりと仕事をこなせるのは、大魔導師であるとかそういう前提を抜きにしても、クラハは尊敬してしまう。


 ニカナは、そんなユニスの声を邪魔しないようにという配慮だろう、こそっとこっちに寄ってきて、


「あたしって何すればいい? 抜けたジルさんがいたらどうしてた? 普通に調査に参加? それともユニスさんの傍にべったり?」


 もっともな疑問だ、と思った。

 彼女はジルが教会本部の方に向かうのと入れ替わりの要員としてやってきたわけだから、当然ジルがするはずだった役割を果たそうとする。しかし、


「基本的には、好きにしてもらえれば大丈夫だと思うよ」

「え、」


 何それ、と訊き返されても、実際ジルがいたらそうするだろうから、そうとしか言いようがなかった。


「ジルさんって、別に魔法が使えるわけじゃないから。こっちに残ってても、基本的には何かあったら呼ばれて対応するっていう形になったんじゃないかな」

「……ほう」


 そうなると、と彼女は腕を組んで、


「あたしはそこまで俊敏には動けないと思うからユニスさんの傍に……と思うけど、そういうことなら素直にユニスさんに訊いてみようかな。どうした方がいいですかって」

「うん、いいと思う」

「クラハはユニスさんのところ? それとも調査?」


 調査、と答えると、あ、とニカナは気付いて、


「いっつも手首につけてるやつ、今日ついてないね。ここ魔合金持ち込み禁止?」

「うん。禁止されてるわけじゃないんだけど、私のは魔力に反応しやすいから。中に入ったら、色んなところに反応して収拾がつかなくなりそうで」

「ちなみに、収拾がつかなくなるとどうなるの?」


 訊かれたので、クラハは手のひらで指し示す。

 その先はユニスだ。ちょうどニカナがそちらに顔を向けたとき、彼は大きな声で、


「諸君らが培った調査勘と好奇心のままに動いてくれて結構だが、魔法を使う際には必ず事前に申告するように! それができないなら、吹き飛んでも文句は言わないように! 申告のない状態でこちらの調整が間に合うのは、事前に許可のあった魔法と魔道具、蔵書に由来する魔力のみだ!」


 ちょっとの沈黙の後、彼女は「なるほど」と頷いた。

 それから、神妙な調子でこう言う。


「謹んで、大人しくさせていただきます」


 それがユニスのスピーチの一番最後の部分だったらしい。

 ニカナが言い終えたのとほぼ同時。それでは、とさらにユニスが声を張り上げた。


「これより〈原庫〉調査を開始する! これだけ大規模かつ安定的な形での調査はなかなか行われないため、君たちも好奇心を持て余していることだろうが、あくまで魔法連盟としての集団調査であることを念頭に、寄り道はほどほどに!」

「やば。あたし行くね」


 うん、と頷いて手を振る。人の波をかき分けて、ニカナはユニスのすぐ傍まで向かっていく。クラハもまた、腰に提げた剣の握りを確かめておく。今日は特に魔導師ばかりが集まっているから、いざというときに実際に動ける自分の価値は、それなりに高くなるはずだ。


 気を引き締めて、前を向く。

 ユニスが言う。


「開門!」


 そうして、〈原庫〉の扉が開く。

 文明の歴史を可視化したような空間が、目の前に広がった。





「大捜索中だ」

 とアーリネイトは言った。


 はあ、とジルが頷いたのは、少なくとも「大」の部分は一目見て理解できたからだ。


 廊下の床から壁から、何もかもが泡浸しになっていた。


 洗濯用の石鹸か何かなのだと思う。白い泡が上下左右、あらゆるところにこれでもかというほど撒かれていて、洗い場に漂うような清潔な香りが、大聖堂の中を満たしに満たしている。これを水で流した後の光景はさぞ美しいことだろう。まるで建物の丸洗いだ。


 粉を撒く、とリリリアが言ったのは、このことらしかった。


 見えない魔獣が出たのだという。


「リリリア様が大聖堂内部の魔力反応を確認してくださったが、曰く、非常に微弱な力しか持たない代わりに、隠密性の高い外典魔獣だそうだ」

「だから泡を撒いて、変な形になってるところがないか、肉眼で探してるわけか」


 換気のために部屋の扉を開け放って、見えたこの光景にしばらく呆然としていたら、アーリネイトが通りがかってくれた。


 事情を訊ねれば、彼女は簡潔に答えてくれた。現在大聖堂の六割ほどはすでに探索を終えている。残りの四割が終わったら、多少の事後処理の後、再びこちらに合流させてもらう。


 では、と彼女は駆けていく。

 扉を開け放ったままにするか迷って、結局閉めて、ジルは部屋の中に戻った。


 リリリアの対面の席に、また座る。


「なんか、大変なときに来ちゃったな。すまん」

「いやいや。こっちこそ大変なときに呼んじゃってごめんね。特に私、説得されても意見変えるつもりないのに」


 ここまではともかく、その後に「常に」という言葉がついてくるものだからものすごい言い草だと思ったが、まあ実際、ともジルは思う。


「仕方ないよな」

 自分で決めたことだし、と。


 そんなに長々話していたつもりもなかったが、触れたお茶のカップはもう随分と熱を失っていた。この間まであれだけ暑い夏の中にいたのが、不意に嘘のように思えてくる。顔を上げた先には、すっかり落ち着いた色合いの秋の中庭が見える。


 そのときジルは、なぜついさっき自分が換気とか言って席を立ち始めたのか、その理由をうっかり思い出しそうになる。


「そういえば、」

 だから、自分で自分の気を逸らすことにした。


「あー……、っと。大丈夫なのか。ここの大聖堂って、一応教会の本部なんだろ。そこに外典魔獣が簡単に入れて」

「お、私の警備能力批判かな?」

「いや、」

「まあ全然ダメだよね」


 言い訳をする前に、もっと強い言葉でリリリアは言った。

 しかし、その批判を気にしてもいないように続ける。


「でも、仕方ないよね。はっきり言っちゃうけど、滅王って一回文明を滅ぼしてるわけだし。しかも、私たちよりもだいぶ高度な段階まで進んでたのを。その気になられたら完璧な防衛ってできないと思うよ」


 ものすごく驚いた。


「それって……」

「敗北宣言に聞こえる? でも、だから最高難度迷宮の封印が解けないようにあんなに必死になってたんだよ。封印が完全に解けちゃったら、ラスティエがいなくなった今だと、勝ち目が薄いから」


 だから仕方ないんだね、とのんきな調子でリリリアは笑う。

 笑い事じゃなくないか、とジルは思った。思って、なぜそう思うのか、それを言葉にしようとして、


「外典魔獣上位種?」

 と、リリリアに先を越された。


 そうだそれだ、と合点して、


「あれが出てきたってことは、封印の解除が進んでる……ってことじゃないのか?」


 何となくのイメージだった。

 最高難度迷宮に潜っていたときの感覚なのかもしれない。滅王が封印されている場所に近付けば近づくほど、魔獣は強くなっていった。封印されている力の核心に迫るにつれてと考えると、ロイレンが〈銀の虹〉を呼び起こしたことの意味は、重たく感じられる。


 徐々に、滅王の復活は近付いているのではないか。


「ぽいよね」

 これにもリリリアは、あっさりと頷いた。


「ロイレンさんが魔導師として凄まじい力を持ってたのもあるとは思うけど、東の国でふらっと中位種が出てきたのもあるし。そもそもその前の段階から、魔剣が出たりとかジルくんが倒した竜が出たりとか、色んな問題がじわじわ出てきてるし。多分ねえ、滅王って〈二度と空には出会えない〉の地下の封印を直接解かなくても、何らかの時限的な要因で勝手に復活しちゃうんじゃないかな」


 そしてとうとう、ジルは絶句した。

 なん、とか。それ、とか。言葉にならない声を口の中に溜め込んで、


「り、」


 かろうじて訊ねられたのは、次のこと。


「理由は、わからないのか」

「というのを〈天土自在〉や大図書館で調べてもらっているところなんです。そういうわけだから、ジルくんには申し訳ないね。アーちゃんが私のよしよし要員として、その調査現場から攫って来ちゃって。あ、そうだ」


 彼女は席を立つ。

 ベッドサイドの引き出しを開ける。ごそごそと中に手を突っ込むと、何かを手に取って、こっちに歩いてくる。


 抱き締められたのかと思った。


「これあげる」


 ぱち、と首の後ろで音がして、特にどこも触れ合うこともないままに、リリリアは離れていく。


 顎を引くと、自分の首にペンダントが付けられているのが見えた。


「教会施設のどこでも出入りしていいよっていうやつ。まだギリギリ私、聖女の資格残ってるからそれで。ここまで来て何もできずにはいさよならじゃ寂しいでしょ」


 結構、と彼女は言った。


「大図書館ほどじゃないけど、大きめの図書館もあったりするし。自由に見て回ってきてよ」


 私は自主謹慎中だから一緒に行けないけど、と。



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