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1-2 誘拐だぞこれは



「疲れた! ちょっと今日は一日休みたいかも!」

 とユニスが言うので、大図書館まで向かう馬車を借りるのは明日に回すこととなった。


 すかさずクラハは、街の宿屋で二人の分の手続きを済ませる。最初の頃こそ誰と誰が同部屋で……なんて話し合いがあったりもしたけれど、今はそんなこともない。個室を三部屋。順番は奥の部屋からユニス、クラハ、ジルの順。


 荷物を部屋に運び込んで、ふう、と息を吐く。

 そのままベッドに腰掛けるとだらけてしまいそうだからと、早速クラハは、隣の部屋の扉をノックした。


「ユニスさん」

「はーい」


 どうぞ、と返ってくるからガチャリと開ける。

 ユニスは、ベッドの上でうつ伏せになっていた。あからさまな脱力。「もしよければ」と続けるつもりだった言葉をクラハは引っ込めて、


「私、ちょっと街の方に出てきますね」

「はーい。いってらっしゃーい……あ、」


 ず、とシーツに擦り付けるようにして、彼が顔をこっちに向ける。


「晩御飯ってどうする?」

「ついでにその下見もしてこられたらいいかなと思って。夕方くらいには帰るので、それから皆で外に食べに行きませんか」

「……今ねえ。僕、気持ちとしては『一緒に行くよ』って言いたいところなんだよ」


 大丈夫ですよ、とクラハは笑った。


「ユニスさん、最近遅くまで頑張ってますからね」

「あ、嘘。うるさかった?」

「いえ。この間ちょっと肌寒くて起きたときに、まだランプの灯りが点いていたのを見たので。そうなのかなと」


 二度三度、言葉の往復がある。

 そうなんだよ。だから今眠くってえ。馬車も乗ってるだけで疲れるし。そうですよね。大丈夫です、任せてください。


「じゃあ、行ってきますね」


 いってらっしゃいの声に、はーいと答えて扉を閉める。それからクラハは、自然な流れとしてジルの部屋の扉をノックする。


 コンコン。


「…………」

 出ない。


 一瞬クラハの背筋に嫌な予感が走ったが、もうこれも慣れたものだった。


 ジルは、結構ふらふらどこかに出かけていく。おそらくは一人旅の名残なのだろう。正直なところ、クラハはこれに対して「よくもまあ……」と思う気持ちもある。


 が、日頃の行いの賜物なのか、街中であれば親切な人の道案内でどうにか戻ってくることも多い。意外なことに。それに、自分に一言もなくの外出であれば、恐らく大した距離ではない。親切な道案内人に出会えなかったとしても自分がすぐに見つけられる程度の、ごく近場にいることだろう。


 外なら、ユニスが空を見ながら探すこともできる。

 気を取り直してクラハは、一人で出かけることにした。





〈文化街〉というのは正式な街の名称ではなく、自然に使われるようになった一種の『あだ名』だ。

 クラハも冒険者としてそれなりに暮らしてきた。この街のあだ名くらいは知っていたし、何よりこの街に来る道すがら、人に訊いたりなんだりで、多少の予備知識は付けてきた。


 大図書館が、全ての始まりなのだそうだ。


 先史の時代が終わり、再びこの大陸で人類が文明を歩み出した頃から――なのかはわからないが、〈大図書館〉は非常に古い時代から今日に至るまでずっと、その居所を変えることなく鎮座し続けている。すると当然、知識を求めて人々はこの地に集う。それが魔法連盟の結社の道へも繋がるわけだが、しかし、何もたくさんの本を求めて集うのは、魔導師だけとは限らない。


 本あるところに文化あり。

 あるいは、文化あるところに本はあり。


 魔法連盟管轄の大図書館からもっとも近いこの街は、そうして古くから、大陸中でも指折りの『文化』の集積地として賑わいを見せている。



 どこから見て回るかを考える必要はなかった。

 どこを見ても、何かしら面白いものが転がっているからだ。


 まずは露店からだ。祭りの日の賑わいとも、少し異なる。通りに並ぶ屋台は慣れ切った様子で、雑然としながらもどこか秩序立って見えた。


 店先に並んでいるのは、食べ物からアクセサリーまで幅広い。特にクラハが面白く見たのは、掛け布の日陰の下に並べられた涼やかな本の背表紙で――


「安心しなよ、お嬢さん。この本は大図書館から盗んできたってわけじゃないからさ」


 笑って語り掛けてきたその店の主に、驚いて顔を上げた。

 はは、と店主はいっそうその笑みを深くする。


「このあたりで商売してると、どうしてもそういう風に見えちゃうんだけどね。そんなことはないよ。むしろ、大図書館に買い上げてもらうのを待ってるんだ」

「あ、じゃあ。大図書館になさそうな本を売ってるんですね」

「一応ね。方々回って、話題の本を集めてる。図書館には古い本はわんさかあるだろうけど、新しいのには弱そうだろ?」


 売れますか、と訊ねれば、店主は苦笑して肩を竦めた。


「ま、小説なんかはそれなりかな。本を読むなんて奇特な趣味を持ってるのがたくさん集まる街だから、おかげさまで。けど、魔法に関する本はてんでダメだね。読みたかったら大図書館に行っちゃうから。ちなみに、お嬢さんもその口だろ?」


 どうして、と思う前にクラハは自分でわかっている。答える代わりに、左の手を店主の前に掲げる。

 手には、銀色の金属が握られている。


「魔合金かい。剣も佩いてるし、冒険者だろ?」

「はい」

「にしても、珍しいな。さっきから手の中でぐねぐね動いてるから、何だろうと思って気になっちゃいたんだが。結構あたしも旅をして長いが、そんなに柔らかいのは初めて見たよ」


 どこで手に入れたんだい、と訊ねられるから、冒険の途中で、とクラハは簡単に答える。


 それは南方樹海の奥底、先史大遺跡で手に入れた魔合金だ。

 よく縮み、よく伸び、魔力に鋭く反応する。先史時代にはありふれていたものなのではないかと思われるが、しかし、


「私も、手には入れたんですがよく性質を知らないんです。こういうのに詳しい方って、この街にいらっしゃったりしますか」


 素直に訊ねてみれば、ふうむ、と店主は頭を捻ってくれた。


「そのへんの露店の宝石屋……は、やめた方がいいかもね。相場もわからないんだろうし。だったら、」


 そこの、と指差したのは、露店ではない。街の一角に、しっかりとした建物を構えた店だった。


「結構長くここでやってる店だからね。この街は〈文化街〉だけあって噂が回るのも早い。下手なことはしないだろうよ」


 適切で、納得のいく理屈だった。

 ありがとうございます、とクラハは言う。どういたしまして、と返される。


 もちろんそれだけでは終わらなくて、店主は加えてニヤリと笑った。


「で、ちょっとばっかし買い物していってくれたりすると、おばさんとしては最高の気分なんだけど」


 ちょうど買い足しの時期で良かった、と。

 苦笑しながら、クラハはデザインの綺麗なノートとペンを彼女に頼む。





「あれ」


 からんからん、とドアベルが響いてから数秒。

 店の中を見回したクラハは、そこに誰の姿もないことに気が付いた。


 早速訊ねてみようと思っていたけれど、店員の姿もないとなればどうしようもない。少し迷ってから、クラハは店の中を見て回ることにする。


 金物屋だった。

 さっきの露店の本売りの話では、自分で鍛冶も嗜むような店らしい。実際、見て回ると面白そうなものがいくつもあった。単なる日用品の枠に留まらない。いくつかはどうも魔力が籠っているような気配も感じられて、流石は大図書館のほとりの街だと思わされる。ひょっとすると、魔導師たちとの共同開発物だって含まれているのかもしれない。


 足を止める。

 剣が、壁に掛けられていた。


 ぼんやりとクラハはそれを見上げている。その間も、手の中では例の魔合金を握っている。回している。結んでいる。いくつもの手遊びは、最近になって馬車の中で思い付いたものだ。ジルが言っていた。武器の習熟には、単にその使い方を頭で理解するのみならず、それを扱う感覚を発達させることも重要になるはず。正直に言うと俺はそういうのはあんまり得意な方じゃないんだけど、クラハは色々扱える分そういうのが器用な性質だと思うから、もし時間があれば色々触ってみておくと――


「冒険者かい」


 ぎい、と奥の扉が開いて、ようやく人が出てきた。

 店の者らしい。クラハを見ると、手の中の魔合金、それから腰に佩いた剣にさっと目をやってと、


「まいったな。最低でもAランクだろ? お眼鏡に適うようなものは置いてないぜ」

「え?」


 驚いて声に出すと、向こうもまた、驚いた様子を見せた。


「なんだ、違うのか? 良いものを持ってるから、てっきりSランクパーティあたりの所属だと思ったんだが」


 ああ、とそれでクラハは頷いた。

 持ち物の問題なら納得がいく。腰に佩いた剣の鞘を、軽く触った。


「これですか」

「そう。随分良い剣だよ。高かったろ」

「貰い物で」


 それは、南方樹海を旅立つとき「ジルに在庫を渡すついでに」とデューイから譲られたものだった。もちろんこれも「いえ貰えません」「ジルさんはともかく私は何も」なんて押し問答があった末のものなのだけど、


「うちにゃあそれより良い剣はないな。何せ魔導師の先生方はてんで剣には興味がないし、冒険者たちだって何も、図書館で剣を買おうとは思わないからね」


 ですか、と残念がる気持ちを抱えながら、クラハは頷いた。

 あの剣を見ているとき、少しだけ思っていたからだ。旅立ちのとき、デューイに言われたこと。これらの剣でも、ジルの全力には耐えられないと。だから、もしそういう武器があったなら。


 しかし、ないものは仕方がない。

 最初の目的。


「この魔合金に見覚えはありますか」

 訊ねると、やはり鍛冶師は首を傾げた。


「いや……。これ、もしかして魔力に反応して動くのか?」

「はい。こんな風に」


 おおっ、と彼が声を上げた。


 魔合金を広げたからだ。しばらく弄っているうちに、確かにジルのアドバイス通りに使い方がわかってきた。リボンのように薄く延ばして顔の前で回したり、それをきゅっと縮めて針のようにしたり。あるいは広げることで傘のようにも、丸めることで籠手のようにも形を変えることができる。


 ははあ、と彼は顎髭をなぞった。


「まだまだ世の中には面白いものがあるもんだ。俺よりは、魔導師の先生たちの方が詳しいかもしれないな」


 一応、とクラハはその感想に答える。

 先に魔導師の方々には訊いてみたんです。ただ、どなたも見たことがないとのことで。


 なるほどね、と鍛冶師は言った。それから両手を小さく上げる。


 お手上げ、のポーズ。


 大してがっかりしたわけではなかった。元々、街を歩くついでに何かしてみようというくらいの、軽い気持ちの訪問だったから。ありがとうございますとクラハは頭を下げて、魔合金を袖の中にしまい込む。ちなみにいくらなら売ってくれる、と鍛冶師が訊ねてくるのを、相場がわからないので、と苦笑して躱す。


「しかし、」

 次の指針は、しかし、その鍛冶師がヒントをくれた。


「あんたは随分、魔合金の扱いが上手いね。街角で大道芸でもやったら、あっという間に人気者かもな」





 もちろん、本当に街角で大道芸を披露しようとしたわけではない。

 ただ物珍しさと好奇心に釣られてその広場まで来ただけ。けれど、そうして釣られてきてよかったと思うくらいに、楽しげな光景がそこには広がっていた。


 噴水の周りに旅の芸人たちが幾人もいて、思い思いの芸を披露している。


 それは運動神経を活かした大玉乗りだったりする。あるいは、鋭いナイフを何本も宙に放り投げて、それを順繰り手にとってはもう一度空に放つような、器用な投擲の技。歌を歌っているのも楽器を奏でているのもいれば、あるいはひょっとしたら、その一団は大図書館から抜け出して来たのだろうか。クラハの目から見ても無駄だらけの、けれど信じられないくらいに美しい、いわば魔法の芸術とでも呼ぶべきものを空に遊ばせている。


 旅をしていれば、色々なものが見られる。

 それは何も自然の光景や、忘れ去られた遺跡だけではない。


 そんな当たり前のことを、今更クラハは思い出していた。


 芸人たちは、自らの前に空き缶や紙箱を置いていた。その中で、コインが日差しを受けて鈍く輝くのが見える。クラハもその作法のことは知っていた。


 懐から財布を取り出す。小銭入れを開く。

 結構、とクラハは自分で思う。こういうのを見ると、満遍なく全ての缶に同じ分だけを入れたくなるタイプの人間だ。けれど流石にそこまでの小銭があるわけでもないし、行動としても少し変だと思う。指先でコインを抓みながら、顔を上げる。


 一番目立つのは――


「お姉さん、音楽は好き?」


 振り向くと、少女が立っていた。

 自分より年は下に見える。小柄で、線は細い。その手に一枚のチラシを持っている。


「さっきから、向こうの音楽を聴いてるように見えたから。違った?」


 少女の訊ねかけに、まあ、とクラハは答える。


「好きですよ。何かの宣伝ですか?」

「わ」


 何の変哲もない返しだったと思う。

 けれど少女は、驚いたように目を丸くする。それから、その理由を掴めずに戸惑うクラハに、くすくすと笑いかけてきた。


「お姉さん、綺麗な喋り方だね」


 こんなに丁寧に訊き返されたの初めてかも、と少女は、


「そんな人にぴったりのイベントの宣伝です」


 そのチラシを渡してきた。


 日時と場所が記されている。日付は明日で、場所は多分、ここ。

 そして、催しの名前も。


「友達と歌劇をやるんだ。それで今、色んな人に声をかけて集客中。自信があるから、満員の会場でかましてやろうと思って。あ、もちろん入場料は要らないよ。タダ。お得でしょ」


 文化の街に敬意を表して、と彼女はやわらかく微笑んだ。

 何となくクラハは、その笑顔に不思議な親近感のようなものを覚える。だから「どうも」と軽く受け取るだけに留めず、言う必要のないことまで自然と口にしていた。


「私、明日にはここを出ちゃうんです」

「え。そうなんだ」


 残念、と少女は肩を落とす。

 でも、とクラハは続ける。


「良ければ、泊まってる宿の掲示板に張ってもらおうか」

「いいの?」


 しょぼくれた顔が、すぐにパッと輝く。

 今度はこっちが笑う番で、


「大丈夫だと思うよ。宿屋の人も慣れてるだろうから。お客さん、いっぱい来るといいね」


 うん、と少女は頷く。

 それから、じっとこちらの顔を覗き込むように近付いてきた。


「……どうかした?」

 戸惑ってクラハが訊ねると、


「覚えておこうと思って。……よし」


 覚えた、と彼女は言った。


「優しくしてくれてありがとう! 今度会ったらお返しするね」


 次に会うとき、私もう大スターかもしれないから、と。

 笑って彼女は踵を返す。たたた、と駆け出して行って、今度は別の人に声を掛けに行く。


 手の中のチラシを見て、クラハは思う。

 そういうこともあるかもしれないな、と。





 それからもしばらく、クラハは街を散策した。


 もちろん、下見のことも忘れていない。たまたま道端で知り合った人たちのおすすめも聞きながら、夕食のためのめぼしいお店も見つけてきた。食も文化の一つということで、向こう一、二ヶ月は食べる先に困らないくらいには長大なリストができてしまったけれど、滞在予定期間はたったの一日。精々巡れるのは夕食分の一軒と、あとは明日の朝と昼とで計三軒。なかなか悩ましい。


 というわけで、他二人の意見聴取も兼ねて、そろそろ宿に戻ろうと考えた。


 その途中で、ジルを見つけた。


 かなりわかりやすいところにいた。宿の裏の空き地だ。こんなにわかりやすい場所を彼が自分で選べるとは思えないので、多分宿の人に案内してもらったんだろうなとクラハは思う。さっきは表口から出たから気付かなかったけれど、ここならすぐに見つけられる。


 話しかけて、回収していこうと思った。

 それを躊躇ったのは、彼が身動きもしないで佇んでいたからだ。


 剣を手にしていた。持ち手の感じを見ると、さっきまで稽古をしていたらしい。けれど今は、彼はその剣先を地面に下ろして、じっと何かを考え込むように俯いている。


「お、」

 話しかけずにいたら、先にジルの方が振り向いた。


「買い物に出てたのか。悪い、何も言わずに俺も部屋から出ちゃって。荷物持ちとか平気だったか?」


 言われてクラハは、自分の恰好を改めて見ている。

 完全に、買いすぎだった。


「……私用なので、大丈夫です」

 パッキングで苦労する羽目になりそうだ、と思いながら答える。そっか、とジルは笑う。


 もう上がるとジルが言うので、そのまま一緒に宿まで戻ることになった。ちらほらと話もする。どこに行ってきたんだとか、夕食先の候補選定がどうだとか。ジルはふんふん相槌を打つ。その間に、ふっとこちらの手の中で動いている魔合金に目を向けて、やってるな、と笑う。


 受付の前を通りがかるとき、すみません、とジルに一言断って、頼まれていた用事を済ませた。戻ってくると、彼は不思議そうに、


「ポスター?」

「そうなんです。さっき、街を周っているときにたまたま」


 好きなように掲示板を使ってくれて構わないと言われたので、自分で張ることになった。が、流石は芸術の街だけあってその掲示板の混雑していることと言ったら。クラハはこういうときに他人のものを簡単に押しのけて上から張れるタイプでもないので、しばらく戸惑うことになる。


「このへんとか、もう日付過ぎてるんじゃないか」

「あ、本当ですね」


 へえ、と興味深そうにジルはその掲示板を見ていた。画鋲を取って張りながら、クラハは訊ねる。


「ジルさんも、こういう歌劇は好きですか」

「まあ、そうかもな。子どもの頃は歌、好きだったし」


 訊いておいて意外だった。

 そうなんですか、とクラハは相槌を打つ。どんな歌が好きなんですか、と積極的に話を広げてみようとする。


 そのときだった。


「失礼、女将! 失礼する!」


 すごい勢いで、何者かが宿の中に押し入ってきた。

 何者か、というよりも、何らかの集団、と言い換えた方が適切かもしれない。十数人くらいが大挙して、入り口扉で渋滞を起こすような調子で殺到してきた。一瞬、押し入り強盗なのかとクラハは剣に手を掛けそうになる。けれどその女将――宿屋の受付の娘――が「ほんとに失礼~」と大して気にする風でもなく流しているのを見て、その手を止める。


 ジルも同じような反応をしたらしい。


「なんだ?」

 声に出したから、女将が反応してくれた。


「あ、すみませんお客さん。騒がしくて」

「いや、いいんですけど……。大丈夫なんですか」


 ジルが、冒険者やそれに類する人間以外と話すときの口調は、とても丁寧で柔かい。もし困っているようなら、というニュアンスまで含まれたその問いかけに、いやいや、と女将は快活に笑って、


「こんな街だから、いつものことですよ。今のはほら、大図書館の魔導師たちで」

「大図書館?」


 驚いて復唱したら、それが完全にジルと同じタイミングだった。

 声が重なったことにも驚く。顔を見合わせる。仲良しだね、と女将はさらに笑って、


「ちょっと変わった人たちだから。たまにあるんですよ。あらかじめ到着の日を報せてる知り合いがいたりすると、ああやってその日に押し掛けてきて――」

「うわー! 一体何を――誘拐! 誘拐だぞこれは!」

「あんな感じで」


 人が担ぎ上げられて、運び出されていく。


 クラハはジルと共に、唖然としてそれを眺めている。

 ちなみに担ぎ上げられていたのは、とてもよく知った人だった。


「あれ、」

 と遅れて気付いて、女将は言う。


「お連れさん?」



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