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エピローグ-4(終) またすぐに



「さらばだ!」

 とリリリアが勢いよく言うだけのことはあり、出立の日だった。


 相も変わらず、よく晴れた日のことだ。毎日毎日こう晴れていて、空の方もいい加減飽きて来ないのだろうか。飽きないのだろう。なぜと言って、少しずつその高さは増している。気温も落ち着き始め、樹海の木々もまた、葉を散らし始めている。そんな日のこと。


 集まっているのは、いつものとおり食堂のテーブルだった。

 がらんと広くなったその部屋で、日差しは静かに角度を変えている。


 そして今、馬車が来るまでの時間潰しにと始めたすごろくは、まさに佳境を迎えていた。


「じゃ、私そろそろ行くから……」

「その前に振り出しに戻ってもらえるか?」

「そうだね。そこだけはちょっと、記録に残していってもらわないと」

「私以外も全員振り出しに戻ってくれるならいいよ」

「ルール無用すぎるだろ」

「ねえ、早くしてよ。僕あと三つ進めばゴールなんだから」

「クラハさん。どう思う、この人たち。普通この場からいなくなる人に花を持たせようとか思うよね。残虐非道だよね」

「は、はあ……」

「困らせるなよ。無理だろ、運なんだから」


 だいたいね、とリリリアが手を広げて言う。

 その手を広げる動作のときに、さりげなく手の甲でサイコロに触って出目を変えたのをジルは見逃さなかった。さっきこの手法で相当ゴネられたので、何かある前にとすかさずそれを手に取って、元通りの出目に戻しておく。


 リリリアが四秒間、穴が開くくらいにこっちを凝視してくる。


「だいたいね、」

「俺いまパワーゲームやらされてるか?」

「こんなすごろくの盤面なんて残しておかない方がいいんだよ。ユニスくんのためにも」

「え、僕?」


 ユニスが自分を指差す。

 そう、とリリリアが頷く。


「ユニスくんって、友達が帰った後に静かになった部屋とか見て泣いちゃうタイプでしょ」

「友達が部屋に来たことないからわかんない」

「タイプなんだよ」

「偏見と決めつけがすごいな」

「そんな気がしてきた」

「信頼もすごいな」

「だからこんなのは残しておかなくてよろしい。どうせ私の見送りを終えてここに戻ってきた後に、私が残したコマを見て『ああ、リリリアはもういなくなっちゃったんだな……』とか思って寂しくなるんだから」

「そのときは俺が慰めておく。遅延がすごいからコマこっちで動かすぞ」

「ピピー! この人ルール違反です! ノーゲーム! 審判! 審判!」

「逆にすごくない? 僕、こんなにすごろくに全力の人初めて見たよ」

「私もです……」

「何事もこれだけ一生懸命になれたら大成するんだろうね」

「しなくないか。このすごろくサイコロ振ってるだけだぞ」


 その後、怨念が功を奏したのか本当に残りの三人が振り出しに戻される。それを見て「雑魚どもめ」と言い放ったリリリアが、もう一度振り出しに戻る。「ひとりで面白くなるのやめてもらっていいか?」とジルが言う。「さようなら」と一方的に別れを告げられる。


 そうしたら、とうとう本当に来た。


「お、馬車の音」

 ジルが気付いて、他は誰も聞き取れなかったらしい。

 全員が全員耳を澄ませた。


 三秒間の沈黙。

 ふ、とリリリアが噴き出すと、つられて他の三人も笑った。


「何今の時間」

「全然聞こえないし。ジル、もしかして嘘吐いた?」

「いや聞こえるだろ。窓から見えないか」

「あ、あれですか?」


 クラハが言えば、全員が立ち上がる。

 そうして、樹海の反対側。街道の方から、いかにも教会らしい装飾が施された馬車がやってくるのが見える。


 旅立ちの時間だった。





「このたびは再びの滅王案件へのご協力、まことにありがとうございました!」

 声のでっかい人が来て、一発でジルはその人の役職と名前を思い出す。


 聖騎士団第四分隊長、アーリネイト。

 リリリアの迎え役は、どうも彼女が担っていたらしかった。


「ジル殿もユニス殿も、久しぶりだな。非常な尽力をいただいたと聞いている。細かい点についてはリリリア様から説明があったことと思うが、改めて私から、お礼だけでもな」


 ありがとう、と深々頭を下げるから、ジルもユニスも綺麗にそれを下げ返す。

 頭を上げると、彼女は、


「それから、クラハくん」

 にっ、と笑って、


「活躍したらしいじゃないか」

「――はい。少しですけど」


 やったな、と拳を軽く打ち合わせる。

 クラハもまた、嬉しそうに笑った。


 それが終わったのを見届けて、リリリアが立ち位置を変える。アーリネイトを迎える側から、その反対へ。す、と姿勢を正す。畏まった口調になって、


「このたびは外典魔獣〈銀の虹〉の討伐及び――」

「それこの間もやったぞ」

「やったやった」

「……親睦を深めるためのすごろく対決における信じがたい暴虐と卑劣極まりない戦術に尽力していただき――」

「それふざけていいやつなのか?」

「しかもそれリリリアがやったことだよね」


 はらはらした顔でアーリネイトがリリリアを見ている。うそうそ、とリリリアは彼女に笑った。


「お礼はちゃんとしておいたから」

「本当ですか?」

「本当だよ。時間はたっぷりあったしね。後は帰るだけ」

「本当ですね?」

「なんで重ねて訊くの?」


 本当のことだったから、別れの時間はほんの短いものだった。

 じゃ、とリリリアはさっぱりと手を挙げる。じゃ、とこっちも手を挙げ返せば、さっさと馬車に乗り込んでしまう。


 がたごとと、馬車は街道の奥へと走り去っていく。


 もしかしたらさっきのも、少し別れの時間を長く取ってあげようというリリリアの気遣いだったのではないかと思うくらい、あっさりとした別れだった。


「……戻るか」

 姿が見えなくなって、それでも三人で立っていたから。一応ジルは、そう言って促してみる。


 はい、とクラハはすぐに答えてくれた。


「ジル」

 一方で、ユニスは、


「泣くかも」

「……中央の街で別れたときとか、結構あっさりじゃなかったか?」

「普通に部屋で落ち込んでた。あの後、ちゃんと」


 そこは別にちゃんとしなくていいんじゃないかと思う。が、軽口とはいえ「慰める」と自分で言った手前、ジルはユニスに少し距離を詰めて、


「またすぐに会えるだろ」

 実際そうなるだろう言葉を、口にした。


 うん、とユニスは頷く。泣いてはいない。でも、さらに続く。


「でもさあ。これから僕ら、大図書館に出発するときにここの閉所作業もしていかなくちゃならないんでしょ? 絶対そのときまた泣くよ……」

「あの、大丈夫ですよ。ユニスさん。私が時間を見て進めてるので」

「え」「えっ」

「え?」


 その涙が、引っ込んだ。

 びっくりしたから。ふたり揃って。


「いつやってたんだ?」

「え。み、皆さんお疲れみたいだったので、合間に」

「僕らめちゃくちゃサボってたってこと?」

「取り戻すか。ていうかもう、今からやろう」

「やるか!」


 にわかにふたりで勢いづく。クラハに訊ねる。力仕事できついのとかないか。魔法的に処理が難しいのとかあったら言ってよ、すぐやっちゃうから。


 最初は戸惑っていたクラハも、やがては笑ってくれた。それならさっさとやっちゃいましょうか。そんな風に言って、三人で研究所の中に戻っていく。


 玄関を開ける。

 扉の隙間から入り込んだ砂が、靴裏を噛む。


 真っ白な廊下。

 並んだ窓から差し込む光は、らしくもなく淡い。すれ違う扉のほとんどは閉まったまま。時折は開いたものがあっても、その中に人の姿を見つけることはできない。風が流れる。足音は何に遮られることもなく、建物の隅まで迷い込んでいく。


 八人が三人。


 研究所は確かに、泣いてもおかしくないくらいには静かだった。


「ねえ、ジル」

 けれどその横で、ユニスが囁いた。


 内緒話をするようなポーズ。ジルは耳を寄せる。袖を掴まれて、ぐい、ともっと大きく身体を引かれる。


 ユニスのもう片方の手が、頬に触れさえするような距離。


 小さな、けれどその静けさを壊すような確かな声で、彼は言った。




「――大好き!」




 びっくりして、ジルは目を丸くする。

 ユニスは、いたずらに成功した子どものような顔で笑っている。


 そうか、と流してもよかった。

 なんだそりゃ、と笑ってもよかった。


 でも、友達からもらった素直な気持ちらしいから。足を止めることなく、一緒に歩きながら。ジルは。


 素直な気持ちを、口にした。














「結局、ダメだったね」

 がたごとと、揺れる馬車の中でのことだった。


 ひとりの少女が、車窓からぼんやりと外の景色を眺めている。車の軋む音に紛れて、その声は御者にすら聞こえない。けれど、言葉は続いていった。


「結構良い線まで行ったと思ったんだけど。あの結末、予想はついてたの?」


 緩やかに、その景色は流れていく。

 緑に茂った夏の景観は、徐々に涼しさを得ていく。虫が奏でる音色も、少しずつ旋律を変えていく。


「……そう。そっか」


 やがては、若い稲穂が揺れる海。

 少女は笑った。


「ま、いいんじゃないの。あれはあれで、重要な成果を残してくれたんだし。上位種も動かしやすくなったし、何より――」


 馬車は、西へと進んでいた。

 たったひとりが乗る馬車だ。少女の他に、乗っている人間は誰もいない。言葉の届く先は、誰もいない。そんな風に見える。


 けれど彼女は、語り掛けた。


「次は西の国だね。滅王様は、教会はお好き?」







 聖騎士団第四分隊は、半ばリリリアの親衛隊としての性格を持つ部隊である。

 聖女の護衛だ。当然練度が低いわけもなく、その分隊長を務めるアーリネイトもまた、一定の優秀さを備えている。


 だから、リリリアの神聖魔法が発動したのを、隣で察知した。

 馬車の中だ。ついさっきまで、向こうであったことの詳細な口頭報告を受けていたところ。その空間に、リリリアが魔法を施した。


 遮音の魔法だ。


「どうした、リリリア」

 昔のように、彼女は問い掛けた。


 おそらくそうなのではないかと思ったから。他の人間には聞かせられない話をするつもりなのだろう。プライベートな話をするつもりならこちらの方が話しやすかろうと、そう思った。


「これからさらに、滅王との戦いは激しくなります」

 けれど、違った。


 リリリアの声は、教会学校にいた頃の延長線上にない。聖女の声。聞く者に強い敬意と安心感を抱かせる、美しい話し方。


「今回撃破した外典魔獣上位種は、あくまで魔導師ロイレンの管理下にありました。その上、その全身を顕現させたわけではありません。それでいてあの強さです。〈竜殺し〉ですら決定打を持たず、〈星の大魔導師〉が放つ流星すら、魔導師ロイレンの存在を前提とすることで有効打となっただけ。上位種が単体で完全顕現した場合、現時点ではその対処は非常に困難になる」

「……ええ」


 居住まいを正し、アーリネイトは聖女の言葉を聞く。


「仰る通りです。すでに聖騎士団の他、滅王に関する調査チームを組織しているところですが、今後は冒険者ギルドや魔法連盟とのより一層の協働を進め――」

「その上で、聖騎士アーリネイト。私はあなた方に謝罪しなければなりません」


 有無を言わせぬ声だった。

 何を、とアーリネイトは動揺する。リリリアは動じない。彼女は眉ひとつ動かさず、指先ひとつ震えさせず、淡々と、


 聖女らしい厳かな態度で、それを口にした。





「私は、ラスティエ様が遺された神聖魔法を悪用しました。

 教会本部に到着次第、正規の手続きを経て、聖女の職を辞します」





 夏が終わる。

 日が沈むように、馬車は西へ。



(第三章・了)

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