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真夜中の駅 ~解~


 電車に乗った私は、ガタンゴトンと揺れる車内で、先程の出来事を反芻していた。



「……アレって、絶対ヤバい奴だったよね」



 ホラー系の体験談はネットなどではよく目にするが、まさか自分が当事者になるとは思いもしなかった。


 未だにあの女の息遣いが聞こえてくるようで、背筋に悪寒が走り身震いしてしまう。


 しかし、そんな恐怖とは裏腹に、自分が物語の主人公になったかのような奇妙な高揚感もある。


 この体験を誰かと共有してみたいという好奇心に駆り立てられた私は、ネットの掲示板に書き込もうとスマホを取り出したが、思わず顔を顰めてしまう。



「……圏外じゃん」



 地下鉄でもないのに圏外とは、何とも貧弱なスマホである。


 そんな風に思いながらスマホをポーチに仕舞った私は、ふと違和感に気付いてしまった。



(……いくら何でも静か過ぎないかしら?)



 人が少ないとは言え、数人の乗客は乗っている。


 なのに異様なまでに車内は静まりかえっており、電車が線路を走る音しか聞こえないのだ。



「……」



 いや待て。

 もっと可笑しなことがあるではないか。


 私はこの電車に乗り込んで、随分と騒いでいた自覚がある。


 なのに電車の乗客達は、誰一人として私という存在に注目していないのだ。


 優先席に腰かけている老人も。


 床に座り込んで携帯を見ている青年も。


 吊革に捕まっている中年男性も。


 その場から微動だにせず、置物のようにジッとしている。


 まるで時が止まってしまったかのような錯覚を覚えるが、窓の景色は右から左へと流れており、手元の腕時計も正常に時を刻んでいる。



「――えっ」



 そこで私は、致命的な違和感に気付いてしまった。











 何故この電車は、反対の方角へと進んでいるのだろうか?











 私が待っていた電車は、東から西へと向かう各駅停車の電車であった。


 あの酔っ払いのサラリーマンと遭遇した時、電車は東からやって来たので、間違って反対車線のホームで待っていたなんていうオチもない。



「……ありえないわ」



 一つ大きな違和感に気付くと、更なる異常に気付く。


 私は左側のベンチに座っていた女から逃げるように電車に飛び乗った。


 そして電車は動き出し、ベンチに居た女の姿は徐々に遠ざかっていった。



 つまり、電車は西から現れ、東へと進んだのだ。



 最初にやって来た電車は東から現れ、西へと向かったのに、同じ線路に数分と経たずにやって来た電車は、西から現れるなど明らかに可笑しいではないか。



「――嘘ッ、嘘ッ、嘘よぉ」



 そもそも、電車が到着する際のアナウンスが流れていなかった。


 腕時計の時間を見れば、次の電車が到着する予定時刻は今である。


 あまりの恐怖にガクガクと足が震え、視界が涙でぼやける。


 そんな私の姿を見ても、何の反応も示さない三人の乗客の姿に眩暈がした。



『次はァ、●●駅にィ、なりまァす。

降りられルぅ、お客様はァ、席でお待ぁ゛ぢぐださいまぜぇ』



 唐突に不気味なアナウンスが車内に流れたかと思えば、ガラリと後方車両へと続く扉が開く。


 そしてコツコツと床を鳴らしながら、誰かが車内へと入って来た。



「ひっ、ひぃいいいいっ!?」



 扉から現れたモノを見て、私は半狂乱になって叫んだ。


 顔から下は車掌の衣服を身に纏った男性の姿恰好。


 しかし、その顔面には目鼻が無く、巨大な口がついていた。


 まるでヤツメウナギのような円形の口には、鋭い牙が無数に生え揃っており、呼吸するかのように蠢いている。


 そんな異形の怪物が登場した次の瞬間、車内は真っ暗になり電車が止まった。





――バリッ、ゴリッ、グチャッ、グジュッ!





 何かを咀嚼するような不気味な音が車内に響き渡る。


 再び照明がつくと乗客が一人減っており、老人が座っていた場所は血塗れになっていた。


 車掌のような怪物の口元には、何かの肉片が付着しており、牙はどす黒い赤で染まっていた。



「あ゛ぁああああッ!?!?」



 電車が動き出すと同時に、私の精神も崩壊した。


 言葉にならぬ悲鳴を上げながら、前方の車両に逃げ込もうとするが、扉は固く閉ざされており全く開かない。



『次はァ、▲▲駅にィ、なりまァす。

降りられルぅ、お客様はァ、席でお待ぁ゛ぢぐださいまぜぇ』



 そんな私を嘲笑うかの如く、流れる二度目のアナウンス。


 再び車内の明かりが消え去り、耳を塞ぎたくなるような凄惨な咀嚼音が聞こえてくる。


 明かりがつくと、スマホを弄っていた青年が居なくなっていた。


 床は血溜まりとなっており、其処には異形の車掌が佇んでいる。



「開けてッ、開けてッ、誰か助けてぇえええええ!!」



 あらん限りの力で電車のドアを叩き、蹴り、殴りつける。


 だけどドアはビクともせず、ガラスには罅一つ入らなかった。


 無情にも再び電車は動き出し、異形の車掌もゆっくりと歩み寄って来る。



『次はァ、■■駅にィ、なりまァす。

降りられルぅ、お客様はァ、席でお待ぁ゛ぢぐださいまぜぇ』



 三度目のアナウンスが流れた。


 電車が止まり、暗闇が訪れ、耳を蹂躙するかのような不協和音。


 明かりが灯ると、吊革に捉まっていたサラリーマンの腕だけがプランプランと左右に揺れている。


 遂に乗客は、異形の車掌と私だけになってしまった。



「嫌ぁ、嫌ぁ、嫌ぁあああああっ!?!?」



 絶叫しながら電車のドアを叩き続ける私。


 指がへし折れようが、血が流れようが、最早そんなことなどどうでも良かった。


 此処から出なければ、世にも悍ましい結末が待ち受けているのは明白だからだ。



「――ッ!?」



 そんな私の決死の行動が身を結んだのか、ドアの外に居る男性が驚いた様子で此方を見つめているではないか。



「助けてッ!開けてッ!お願い開けてぇえええええッ!!」



 内側からは無理でも、電車の外側からなら開けることが出来るかもしれない。


 そんな淡い希望を抱きながら、目の前の男性に救いを求めてドアを叩き続ける。











 ――だがそんな祈りが、天に届くことはなかった。











「――あっ、うあっ、うぁあぁ゛っ」



 再び動き出す電車。


 ゆっくりと遠ざかっていく駅。


 恐怖で引き攣った男性の顔が、夜の闇へ溶け込むように消えていく。



「――――」



 途方もない絶望感により全身の力が抜けた私は、声も出せずにその場に座り込んだ。


 コツコツと床を鳴らしながら、歩み寄って来る人影。


 その人影は私を見下ろすように覗き込むと、血生臭い息を吐き出しながら呟いた。



「――まもなぐ終点でス。

ご利用ぉ゛、ありがどうございまじだぁ゛」



 その言葉と共に車内の明かりは全て消え去り、筆舌し難い激痛と共に私の意識も完全に途絶えた。






・・・・・・・



・・・・・



・・・・






「ねぇ知ってる? あの駅でまた行方不明者が出たらしいよ?」


「知ってる知ってるッ!

私の知り合いがその事件が起こった時、丁度現場に居合わせたんだってさ」


「マジでッ!?」


「マジマジ。何か右隣のベンチに座ってた女がいきなり線路に飛び出したかと思ったら、煙みたいにその場から消えたんだってさ」


「嘘でしょっ!?」


「まぁ、流石に警察も妄言だと思ったみたいね。

丁度その時、風邪拗らせてて意識朦朧としてたみたいだし」


「でも、実際に行方不明になってる人がいるんだし、怖いよねぇ」


「だよねぇ」



 そう言ってキャアキャアと騒ぎながら怪談話で盛り上がる女性社員達に、不愉快な気分になった俺はコーヒーを啜り、気持ちを落ち着かせる。



「全く女が揃えば姦しいなぁ。

――ところで何でお前はそんなに不機嫌なんだ?」


「……別に」



 友人の問いかけに対して、俺は茶を濁し、口を紡ぐことしか出来なかった。



 何故ならその事件が起こった深夜、俺は偶々■■駅におり、世にも恐ろしい体験をしたからだ。


 本来来るべき方向とは真逆から電車が現れたかと思えば、血塗れの両手で電車のドアを内側から強打する女と遭遇した。



 数週間経った今でも、あの女が最後に浮かべた表情が脳裏にこびりついて離れない。


 それほどまでに凄まじい形相だったのだ。



(――もしあの時、ドアを開けてたらどうなってたんだろうな)



 噂話が真実だとするのなら、きっと俺は行方不明者の仲間入りとなっていたのだろう。


 そう考えると、好奇心よりも恐怖心が勝り、電車のドアを開けようとしなかったのは英断だったと言えるだろう。



 もう金輪際、深夜の駅で一人になったりなどするものか。


 そう思いながら、俺は深い安堵の溜息を吐くのであった。






~解答~

数分と経たぬ内に、同じ線路に電車が逆走して来た。

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