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6月16日
後輩の勧めで、職場から近いとある喫茶店を訪れることにした。
喫茶『発明所』、こんな変な名の店だが、外観などは木造であっさりしていた。目立つのは白く大きな看板と、敷地内の茶色い客車ぐらいだ。
中央のドアから店中に入ると、鈴の音の後に「しあわせ~」と聞こえた。周りを見ると、客が三人ほど立っているだけで、店員の姿は無かった。と思ったが、一番近くに居た女性が「お一人様ですよね?」と尋ねてきた。制服ではない白いワンピースに水色のエプロンを着ていたので分からなかったが、彼女は店員だったのだ。とにかく私は返事をすると、「空いてる席へどうぞ。」と言われた。私は左の二人用の席に座った。
少し待っていると、銀縁メガネと黄緑色の半そでシャツに深緑の半ズボンとまでは良いのだが、緑色の作業帽に黄色のゴーグルを付けていたのが印象的だった。ん?これはズボンじゃない。同色のエプロンを腰に巻いた男性が近寄ってきた。
彼は言った。
「ご注文はとりますがまず、ご職業は?」
変な質問だが私は答えた。
「銀行員です。」
すると彼は驚き、オウム返しをしてきた。そしてこう言った。
「まぁ、とりあえずこれを書いてください。」
左上の緑Jに赤い線が二本、中ほどに黒の二本線が入った白いカードをテーブルに置かれた。
私「何ですか?これ。」
店員「貴方は銀行員なのですからこれから起こること、知ってますよね。」
私は一つに絞れなく、尋ねた。
「すみません、どの事でしょうか?」
すると彼は少し考えて・・・
「収入が最大になるって言うあれですよ。」
と言った。
この事なら私も知っていた。なので答えた。
「あぁ、議会で急に思いついたって言うあれですね。私も、新しい仕事を探さなければいけませんよ。」
彼は笑いながら言った。
「いえ、タダ。早くしようと思いましてね。」
私はタダでさえ乗り気ではなかった。なのに早まるなんて。私は否定の言葉を発した。
「そんな、困りますよ。私の仕事はどうなるんですか?」
そんな不安を吹っ飛ばす?おかしなことを言った。
店員「銀行の仕事なら続ければいいんですよ。」
私「しかし、うちは3ヵ月後に閉行することになるんですよ?」
店員「絶対的なものは4年間です。」
さらに分からなくなった。4年?
私「四年って何ですか?」
店員「夢が覚めてしまう。だからそのときに信じるものが居ないと。」
私「信じるもの?何ですか?」
店員「・・・貴方はお金を信じていますか?」
私「ま、まぁ、仕事がら。」
店員「私は信じていない。くだらないものだと思っていますよ。物事は人なんです。このカードで、お金より硬い信頼を築けるはずです。」
私「信頼ですか。まぁ、腑に落ちませんが書いていて損はないでしょう。」
『的林 広太郎』
店員「ありがとうございます。え~てきはやし ひろたろうさんですね。」
私はこのとき気づいた。フリガナをふっておけばよかったと・・・
私「ま、まとばやし こうたろうです。」
店員「す、すみませんでした。注文承ります。」
的林「では・・・ブラックコーヒーで。」
店員「かしこまりました。」
オーダーを取った緑の店員を見ていると、白髪の男性店員に声を掛けていた。そして、私が書いたカードを手渡した。すると、緑の店員は厨房で豆を引き始め、白髪青チョッキの店員は、なぜか玄関から出て行った。
先に現われたのは緑の店員だった。
「お待たせしました。ブラックコーヒーです。」
的林「ありがとうございます。」
私は出されたものを口に運んだ。何処にでも売っているような、普通の味だった。味わっていると、白髪の店員が戻ってきて言った。
店員「確認が終わりました。このカードは3ヶ月間貴方のものです。3ヶ月以内に更新が必要なので、そのときにまた来てください。」
彼はカードを私に託し、奥に行ってしまった。
的林「3ヶ月・・・何か意味があるのか?」
この疑問には緑の店員が答えた。
「いえ、タダ、仕事を休める期間を聞いたら、このくらいだったので。」
的林「なんだ?つまり、3ヶ月間私はタダで物を買えるのか。」
否定はしたが、このことは嬉しかった。だが・・・
店員「いえ、今はうちだけです。」
的林「え!? それでは意味なんて、ほとんどないじゃないですか。」
店員「そうです。誰かに宣伝してもらわなければ。」
的林「う~ん・・・」
私は少し悩むついでに腕時計を見た。すると、もう2時になる直前だった。午後からまた窓口に立たなければならない。
的林「すみません!また仕事なので。」
私は残ったコーヒーを一気飲みした。
的林「えっと、お会計は・・・」
店員「今日はこっちで済ませておきますよ。」
的林「そうですか。ご迷惑おかけします。」
店員「いえ、仕事、頑張ってください。私たちは貴方達のために働いているのですから。貴方も・・・」
こんな風に、午後のルーティーンに、此処での休憩が追加された。・・・休憩になるはずだ。