第9話 甘やかしたいシングルマザー
母性は胸にあり。
いよいよ多国籍軍シングルマザーである久野叶羽さんと会う日だ。
事務所の二部屋うち一室を応接室として出迎えることになった。
「あとはお茶を出すだけね」
「先生、お疲れ様」
「いや、お疲れ様はいいんだけど、その格好は何?」
奈美先生の格好はメイド姿だ。
「自前で持ってたのよ」
「そういうのって普通なんですか?」
「忘年会でこれ着ると喜ばれるのよ。一番人気は相沢先生のナースなんだけどね」
マジか。
この学園の先生方、どんな忘年会してるんだ。
ちなみに俺と文乃さんはスーツだ。
最初の頃は学生服だったけど、メグに合わせてスーツを着るようになった。
そうでないとメグより年下に見られかねないんだよな。
そんな大人びた小6のメグも既に準備万端で待っている。
綾子さんは体調悪くてお布団の中。
時々足が酷く痛むらしいから大変だな。
ピンポーン
呼び鈴が鳴り依頼人が来たのを知らせてくれる。
さて、どんな話が聞けるかな?
どどんっ!
最初の印象は『胸』!
何あれ、日本人とは思えない大きさだな。
目線を逸らしても視界から外れないじゃないか。
「よろしくお願いします」
話し方は普通なんだな。
『ハーイ!よろしくねっ!』
とか言う外国人ウケの良さそうな明るい性格かと思った。
「じゃあ、相談したいことを改めてお願いします」
「はい」
8ヶ国語が話せるため通訳の仕事に携わることが多く、海外から来たばかりの人に日本の常識とかを教えるのが得意らしい。
外国人にごみの分別とか教えるの難しいって言うから、なかなか凄いんだな。
「それで親身になって教えているうちに…その、困っている子が可愛いって思って、ついつい抱きしめてしまって」
この胸に抱き締められたら、異国でホームシックに掛かっている相手とかすぐに堕ちるだろ。
それで関係持ってしまうのか…。
「もしかして、相手は全部年下?」
「はい…」
「それで4回とも同じように?」
「い、淫乱じゃないんです!だってみんな一度で子供が出来ちゃって…」
どんな命中率だよ、それ。
「妊娠したって言うと、みんな母国に帰って音信不通になるんです」
「どこかでそういうことまずいなって思わない?」
「思うんですけど、気がつくと…」
「5人目が居るって言ってたけど、まだ関係は持ってないの?」
「実は今夜、この後に会う約束を…」
うわあ。
とりあえずカードを使うか。
「この中から自分の好みのカードを選んでください」
「…これとこれとこれです」
3枚も?!
いや、普通は1枚、たまに2枚選ぶ人いるけど3枚も?!
『赤い屋根の教会』
『色とりどりのバラ園』
『大きな口を開けるトカゲ』
「選んだ理由は?」
「屋根が綺麗だなって。これはバラが鮮やかで…こっちはトカゲちやんの口に吸い込まれそうに感じたの」
赤い色ばかりだな。
しかもこのカードの場合だと…。
あっ、次のカードを準備しているメグの頬が少し赤くなってる。
『暗示』が分かってるからだな。
あとでなでなでして褒めておこう。
「はい」
「ありがとう」
メグが揃えてくれたカードを見せる。
あえて『1枚選んで』と言わない。
「え、えっと…難しいですね」
だろうね。
どれも『性欲』かそれに類する暗示が入ってるからな。
その事をストレートに言いたいくらいだけど、本人が『淫乱じゃないんです』って言ってるから傷つくよなあ。
「メグ、9番のカードセットでさっきの暗示関連が無いのだけにして」
「はい」
9番のカードセットは『破壊、再生』を主に集めた『現状打開』のためのカードセットだ。
そしてその中から『性欲』など性的な暗示の無いカードだけを選んで並べてもらう。
「これから1枚選んでください」
「え…えっと…」
さすがに選べないことは無いと思うけどな。
「なりたい自分はどれかって気持ちで選んでください」
「なりたい私…えっと…これ?」
『水車小屋と農夫』のカードか。
「どういう所が気に入りました?」
「こういうのんびりとした生活をしてみたいなって思います。水車とか見ていて落ち着きます」
おお!やっと『深層心理』が出てきたか!
「ここに記されている基本の暗示は『自給自足』で、水車は『巡る季節』の暗示ですね」
「どういう意味でしょうか?」
「今の状態のままで幸せで居られるって自分で分かっているんじゃないですか?」
「でも…私は幸せだけど、みんなも幸せじゃないと…」
つまり強力な母性本能を持て余しているんだな。
「娘さんたちの幸せを考えたことありますか?」
「それはもちろん。何一つ不自由はさせてないつもりです」
「私の統計によれば、母娘の仲が良くても悪くても、娘は母親と同じ恋愛をすることが多いんです」
「え?」
「親を見て刷り込まれるのか、性質が似ているせいなのか分かりませんけど、離婚した親の子は離婚しやすくて、暴力振るう親の子は暴力を振るったり振るわれやすかったりするんですよ」
「そ、それじゃあ娘たちは…」
「親が手本を見せるべきと思いませんか?」
「で。でも、あの人が…」
まだその男性のことが気になるのか。
ピロン
叶羽さんのスマホの通知音が鳴る。
「見てもいいですよ」
「いえ、後でもいいですから」
ピロン
「やっぱり見せてください…ニーナ?シャルも?…あ、ああああっ!」
目が見開かれて表情が強ばっている。
「こ、これ、どうしたらいいんですか?!助けてください!」
見せられたメッセージは、
『今夜は彼氏の家に泊まるから。どうせお母さんもお泊まりだからいいよね?』
『大学生の男の人に誘われたから、遊んできます。夜ご飯いらない…って、お母さんもお泊まりだったね!』
「これって私のせいなのね…」
「分かりませんけど、『今夜はすぐに帰ります。みんなで食事しよう』って打ってみたら?」
「え?」
「急いで!」
「は、はいっ!」
慌ててスマホを操作する叶羽さん。
「あ、ああ…」
叶羽さんの目から涙がこぼれる。
『仕方ないなあ、帰るわよ』
『私も帰るからすぐに迎えに来て!』
「失礼していいですか?」
「いいですよ。それと、あなたは『母性本能』が有り余っているんです。それを男性相手じゃなくて娘さんや女性にも使ってあげてください」
「女性にも?」
「だからうちで働きませんか?」
「え?」
「うちの職場は女性ばかりですし、外国人からの依頼も来るかもしれないし、外国人の新入社員も雇ってみたいですしね」
「私にもできますか?」
「もちろん。職場をその母性で暖かくしてくれませんか?」
「は、はいっ!」
こうしてまた新たな従業員が増えた。
それと、おそらく叶羽さんの娘たちは嘘の連絡をしてきていたのだろう。
これ以上お母さんを間違わせないために。
きっとそれも母譲りの母性本能なのだろう。
「ところで圭祐くん」
「なあに文乃さん?」
メグの頭をなでなでしている所に文乃さんがジト目で話しかけてくる。
俺、何かやったかな?
「女性ばかりの職場って、圭祐くんは?」
「あ…」
「あの大きな胸に抱きしめられたらどうするの?」
「文乃さん、ガードをよろしくお願いします!」
「せめて『抱きしめられても大丈夫』って言いなさいっ!」
そう言いつつも文乃さんは何だか嬉しそうに笑って俺にチョップをしてくるのだった。
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続きは今夜中に更新できたらなあと思っています。