END1-1『暴かれる真実』
静香にあんなことを言われてしまったせいで、私は2つの世界のどちらが本当の現実なのか自信がなくなってきてしまっていた。その自信を取り戻すためにも、私は自分の部屋を探索を始めた。
「――あれ、何これ?」
しばらく部屋を調べていると、机の引き出しの中から見慣れない本が出てきた。それは文庫本のように厚いけれど、ただその表紙には全くのタイトルはなく、おそらくノートのようなものに思えた。そんな記憶にない不思議な本を興味本位で開けてみる。すると――
「そっか……そうだったんだ」
開けてみた本には、私に既視感のある物語が綴られていた。
ある日、突然に1人少女は行方を晦ました。彼女を想う少女は彼女の行方を必死になって探すけれど姿はどこにもなく、そのまま1週間の時が流れてしまっていた。もうだめか、と諦めていたそんな夜のこと。彼女はハッとした拍子に少女の元へと帰ってきたのである。1週間の時を経て、再会を果たし――
これはまさに風花のいた世界での出来事だ。そんな既視感だらけの物語を斜め読みしながらパラパラとページをめくっていてき、そして最後に書かれたと思われる文章には風花がいなくなって私が戻ってくるようにと必死になって祈っているところで終わっていた。さらにそれが間違いなく私と風花の物語であることを裏付けるように、その数ページ前には私が落ちてきた植木鉢に当たる直前に姿を消してしまったということも描写されている。
「これはたぶん……私が作った物語……だよね?」
如何せん記憶が全くなくてその答えに自信がないけれど、状況証拠から見てもそれは間違いないことだろう。そうだと仮定すれば、全ての辻褄が合うことになる。あの風花の存在していた世界はやはり、『夢の世界』であり、私がこのノートで綴っていた物語であった。そして私がこの『現実世界』で決まって机で寝ているのはたぶん、この物語を書いた後にそこで眠ってしまっていたから。その『眠り』こそがあの夢の世界へ行く手段なんだと思う。それで夢の世界で私が突然消えてしまうのは、現実世界で朝が来たから。目覚めとともに私は現実の世界に引き戻されていく。こんな風にあの快気現象を説明付ければ、全て納得がいく。結局のところ、あの世界は私が描いた理想の世界でしかなかったんだ。私が生み出した物語を夢で見て、その夢にあまりにものめり込みすぎてそれが現実だと錯覚してしまったんだ。そして本来の現実世界での記憶を失うほどにのめり込み、あたかも現実世界に戻ってきた時にまるで別の世界に飛ばされたかのような感覚に誘われてしまったんだ。
「うぅ……こわっ……」
私は鳥肌が立つほどに、自分が恐ろしくてしょうがなかった。夢の世界を夢であるとも気づかないで、普通に生活していたのだから。しかも本来現実の世界を現実だと忘れ、風花の存在を探してしまっていたのだから。のめり込むことが、こんな錯覚を引き起こすなんて思いもよらなかった。私はもう人間としての道を踏み外しているかのようにさえ思えた。だってたぶんきっと、ここまで夢の世界に没入して、現実と夢の境をわからなくなる人なんてそうそういないはず。
「――お姉ちゃん?」
そんな恐怖に怯えている私を他所に、妹が私の部屋へと入って来て不思議そうな顔をして私を呼ぶ。
「ん、どうした?」
「あのー……さ……言おうかどうか迷ったんだけど、お姉ちゃんのために言うね。昨日さ、お姉ちゃん帰ってきてからすぐに寝たでしょ?」
たぶん彼女の言う『昨日』とは私の記憶の中で、1回目の失踪で別の世界に飛ばされたと思い込んで風花を探し回っていたあの日のことだろう。まるでタイムマシンに乗ってあちこちの時間を回っているみたいに、夢と現実の世界の両方の記憶と感覚を持つ私には『昨日』という時間がどれを指すのか少し考えなければいけなかった。そしてもう1つ、やはり私の推測を確信へと近づけるように1回目の失踪でここに戻ってきたのが昨日の出来事で、その翌日が2回目の失踪となる今日。連続しているということは、やっぱりこの世界が現実なんだという何よりの裏付けになっていた。
「それがどうかしたの?」
「夕食の時にお姉ちゃん呼び行こうとして部屋を開けたらさ、そしたらちょうどそのタイミングでお姉ちゃんがベッドから起きてきたんだよね。でもすぐに机に向かって何か本みたいなのに文章を書き始めたみたいなんだ。だから私が『夕飯できたよぉー』って声かけたんだけど反応がなくて……」
昨日の、私の記憶にない出来事を事細かに説明していく妹。部屋に来た時から元々そう明るいとは言えなかった表情が、さらに曇って暗くなっていく。もう既に私もなんとなくだが、その時の私が何をしていてどういう状態だったかは見えてきていた。だからこそ、その先の事実を聞くのが恐ろしくてたまらなかった。私が想像しているものと、その先の妹の発言が一致してしまうのが怖くて仕方がないのだ。
「最初は無視してるだけかなって思ったの……だから私はお姉ちゃんのもとまで行って肩を揺さぶって見たんだけど……反応なくて……でも文字を書く手は止めなくて……」
自分でも語るのが怖くなっているのだろう。その怪奇現象を目の当たりにして、そしてそれを今ここで再び思い出してその感覚が呼び戻ってきているような。
「たぶんだけど、あれ……夢遊病かなんかだと思うよ……」
私の願いは儚くも打ち砕かれてしまった。私の考えていた通り、たぶんあの物語を私は『無意識状態』で書いているみたいだ。たしかにあれを書いた記憶はないし、その物語も何を元にして作っているのかもよくわからなかった。いつの間に私はそれを書いているんだろうと疑問に思っていたけれど、まさか眠っている間だったとは。だから私は現実世界で目覚める度に、机で寝ていたんだ。ある程度書いたら、きっと意識をまた睡眠状態に戻して眠りに入るんだろうし。
「そっか……教えてくれてありがと」
「うん。でも早めに病院に行ったほうがいいかも。それからちょっとしてお姉ちゃん眠ちゃったんだけど、結局朝まで起きなかったし。いっつも机で寝てるのは体によくないしね」
「「いっつも」?」
「うん、朝ごはんの時にもお姉ちゃん起こしに行ってるけど、そうだなぁー……ここ1週間ぐらいはずっとだよ」
「そうだったんだ……わかった。後でお母さんたちに相談してみる。心配してくれてありがとね」
「ううん、じゃあ私宿題してくるねー」
一体全体、私はこの現実の世界で何があったのだろうか。夢遊病に、現実逃避。そして真実が明らかになってもなお、戻らない私の記憶。頭ではこの世界こそが現実なんだと分かっているけれど、未だにその感覚や実感がない。今の私が推測するのであれば、きっと現実世界で何か、記憶を忘れてしまいたくなるほど嫌なことがあって、それで現実から逃れるために自分の理想の世界を作った……というのが妥当なところだとは思う。でも、1回目の時のクラスのみんなの反応はとても私に何かあったとは思えないそれだった。
まだまだ色々とわからないことは多いけれど、ただ私のするべきことは見つかった。たった1つ。やり残したことがある。それは風花に『別れ』を告げること。ちゃんと私の意思で謝って、お別れを言いたい。あそこは所詮、夢の世界で私が創造した世界なのだから、そんなことをしたってそれは結局のところ私の自己満足でしかない。でも、それをちゃんとして私の中でちゃんとケリをつけて終わらせたいのだ。いつまでも夢という甘い世界に浸っていてはいけない。私がその世界に飲まれてしまう。だから――
「お願い。もう一度だけ、もう一度だけでいいから、私を夢の世界へと連れて行って」
例の本を自分のおでこに当て、そう願いを込める。もしかしたら夢を夢だと気づいた時点で、もう夢の世界に飛ぶことはできないかもしれない。そんな不安が私の中にはあった。でも私は信じることが大切だと思う。きっと、きっと私は夢の世界に行けて、最後に風花に会える。そう願って、私は私たちの物語の本を枕のようにして頭をそこに起き、ゆっくりと目を閉じていくのであった。