第7話『謎の究明、そして1つの仮説』
「あぁ……また来ちゃったんだ……」
目を覚ました時、私はすぐさま自分の事態を察した。たぶんまた『悪夢の世界』に飛ばされてきたんだろう。私の記憶では植木鉢が落ちてきて、もう少しで当たる直前でブラックアウトして目を覚ましたらここにいたと。
「ふーか……」
あの日、私が現実世界に帰ってこれた日に私は風花に誓ったはずなのに。『もう二度と離れない』って。風花との約束守れなかった。きっとたぶん今頃、風花は泣いてるんだろうな。あの子泣き虫だから。
「ごめんね、ふーか……」
届かないとわかっていてもつい謝ってしまう。もう私の心は風花への罪悪感でいっぱいだった。もちろんこれは私が意識的に起こしたことではないけれど、結果的に風花を悲しませることになってしまったのだから。
「よしっ!」
でもここで悔やんだり、しょげていても仕方がない。こっちへ来てしまったのだったら、今度こそこの現象が起こる原因を突き止めようと思う。もう二度とこっちへ戻ってはこないようにするためにも、この世界を知らなきゃ。まずは前回の時と、今回との比較。つまりその中で共通点を見つけること。前回も今回も同じ現象が起きているなら、その2つに何か同じ部分が見つかるかもしれない。そう思い、私はまず始まりの場所であるこの部屋をざっくりと見回ってみる。
「まずは寝ていた場所だよね」
1つ目の共通点、それは2回とも私は『机で寝ていた』ということ。私は机で眠ることなんて、授業を除けば全くない。むしろ1回目のあの時が、初めて自分の机で眠っていたぐらいだ。それだけの珍しい出来事はまず怪しいと見て間違いないだろう。次にわかったのは『いずれも朝で、登校する直前の時間』ということ。携帯で見ても今日は平日の朝、前回も同じで妹に呼ばれて学校へ行く準備を始めたはず。ざっくりと見ただけではこんな感じだった。もっと詳しくじっくりと見たかったが、如何せん学校の時間が迫ってる。もちろん私には関係のない世界なんだからサボってもいいとは思うけど、学校にも何かしらのヒントはあるかもしれない。私の元いた世界ではどちらも学校が記憶の終わりとなっているんだし、もしかしたらこっちの世界の学校になにかあるかもしれない。そんな思いで、とりあえず私は学校へ行く準備を始める。ただ、さっきまで私の記憶では学校にいたので、なんか不思議な感覚であった。前回の時はあまりにも困惑しすぎていてよく感覚を味わえなかったけど、今回は2度目ということもあってある程度落ち着いて冷静に物事を見ることができるから、そういった部分も楽しめてしまうかもしれない。
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未だに風花がこの世界に存在しないことに納得がいかないが、なんとか普通のそれらしい学校生活は送れるようになっていた。そして冷静にこの世界を分析していくと、まだまだ発見があった。今度は元の世界との『相違点』だ。どうやら2つの世界は限りなく似通っているけれど、完全に一緒というわけではないようだ。学校から見える街並み、学校の間取りや教科書の内容や授業の進み具合など様々な点で違いが見られた。だけれど、私が一番欲している『どうしてこの世界に飛ばされてきたのか』という謎を解決できるものはなかった。
「あっ、そうだ!」
ならばこの世界での『自分』のことを探ってみるのはどうだろう。私がこの世界についての記憶が皆無なら、この世界の私が残した『記録』が何か残っているかもしれない。そう思い、私は自分の携帯を取り出して自分のSNSやメッセなどのログを確認していく。そこには至って一般の女子高生らしい日常のちょっとしたことや、愚痴がSNSに投稿されていたり、メッセではくだらない雑談や翌日の授業の質問などそんな日常がログに残されていた。だけれどそれを見れば見るほど、これは自分のものなのかと疑いが高まっていく。他人のタイムラインや会話ログを見てる程度の感覚しかなく、まるで記憶喪失した人間が自分の過去の発言や投稿を見ているぐらいに実感がなかった。でもそう考えるとちょっと怖い。もしこの世界の私が大きな犯罪でも犯していたら、私がその責任を取らなきゃいけなくなるんだから。自分自身の行動のはずなのに、責任が持てないってのは恐怖だ。
「――ねえねえ」
そんな最中のこと、静香が私の席にやってきて私を呼ぶ。
「ん、なに?」
「明晰夢って知ってる?」
「めーせきむ?」
そんな言葉、聞いたことも見たこともなかった私は首を傾げてその言葉を繰り返す。
「人が夢を夢って分かって見ている夢のこと。夢って分かってるから自分の意思で夢を操れるの」
「ふーん、じゃあその夢の中で意識があるんだ」
「そう。だからさ、葉月が言ってた『篠崎風花』って子もその夢の中の存在で、ごっちゃになってるんじゃないの? 明晰夢は『夢だと自覚している』から錯覚することはないけど、葉月の場合は『夢を夢だと分かっていないけど、自身の意思で操れる夢』みたいな」
「操れる夢……」
もしかして、そもそも私たちが考えていたことそのものが間違いだったんじゃ。つまり――
この世界こそが現実世界で、
私たちが現実だと思っていた世界こそが私たちの見ていた夢の世界。
でも、待って。だったら、その夢の世界に登場する『篠崎風花』って一体何者なの。この世界には存在しない人なのに、どうして私がその存在を知っているの。私が思い描く理想の人だから? それともこの世界にもホントは気づいていないだけで、『篠崎風花』に相当する人がいて、その人に重ねている?
「言っておくけど、これはあくまでも私の意見だから。鵜呑みにしないでね」
おそらく静香は先回、私が静香にとっては訳のわからないことを口にしていたから、きっと心配してくれたのだろう。だから彼女なりにその原因を探して、『明晰夢』にたどり着いたと。
「う、うん。ありがと……」
その仮説ができたことはいいけれど、ただそれにもまだまだ疑問に残るところはある。もしそうなら、じゃあなんで私がこの世界に全くと言っていいほど記憶がないのか。むしろ今、夢かもしれないと言われている世界の方がハッキリとしっかりと残っているっていうのに。確定というわけではないけれど、もしその説が正しいとするならたしかに言えることが1つだけあった。
「風花との別れになる……」
本来私がいるべき世界は今ここにいる世界。でも、この世界には『風花』はいない。それはすなわち、遅かれ早かれいずれは『風花との別れ』を意味することになる。いつまでも夢の世界に浸っていてはいけない。現実をちゃんと見つめなきゃいけない。
「でも……」
私はそんなの、嫌でしょうがなかった。たぶんこの事を風花に話しても同じような答えが返ってくると思う。あの日、私たちは『ずっと一緒にいよう』と誓い合ったのに……まさかこんな形で離れ離れになるかもしれないなんて――
でもまだそうと決まったわけじゃない。だからこそ私はこれで1つの目的が増えた。私はこの世界が現実世界じゃないということを証明しようと思う。どういう理由なのかはまだわからないけれど、私は現実世界から別の世界に飛ばされてきた。私はそれを証明して、今考えている最悪の説を否定する。それが私と、そして風花が一番望んでいることだと思うから。私はそう決意を固め、2度もこの世界の記憶の始まった場所である私の部屋を帰ったら探索してみることにした。この2回で共通する部分があるということは、きっとそこが怪しいところであるはずだから。お願い、どうか私の悪い考えを打ち砕くものがそこにあって――