表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜天女降臨?〜
7/37

7.殷鑑(いんかん)遠からず 



 麒煉(チーリィェン)(フゥァン)を案内するため、画院へとやって来た。

 章絢(ヂャンシュェン)子淡(ズーダン)、護衛の武官達も一緒だ。

 浩藍(ハオラン)は、中書省(ちゅうしょしょう)へと戻って行った。


 元々画院は、造士(ザオシー)を探しやすくするために設けられたものだった。

 だが、今は画家だけではなく、書法家、彫刻家、陶芸や染織、刺繍(ししゅう)などの工芸家など、様々な芸術家が召し抱えられ、皇帝陛下のため、国の発展のために仕えている。


「画院では、この国の誇る最高技術を持った芸術家達が切磋琢磨(せっさたくま)している。子淡(ズーダン)もここの一員だ。その中でも最高位、待詔(たいしょう)の称号を持っている。今その称号を持っている者は、子淡(ズーダン)も含めて八人だけだ」

「へー」

 麒煉(チーリィェン)の説明に、感嘆し、物珍しい画院の様子に(フゥァン)は目を輝かせる。


「先程も言ったが、造士(ザオシー)であることは絶対、誰にも話すんじゃないぞ。いいな」

 興奮気味の(フゥァン)に、麒煉(チーリィェン)は耳元へ顔を寄せて(ささや)き、もう一度(くぎ)を刺した。

 

「大丈夫。分かってる」

 (フゥァン)は気を引き締めて、(うなず)いた。



「皆、ご苦労。忙しいところ、手を止めさせて悪いが、新しく画院に入る者を紹介したい」

 麒煉(チーリィェン)は大きく息を吸い込んでから、画院中に響き渡るような大声で、そう言い、(フゥァン)を自分の前へと引き寄せた。


「この者は、『(フゥァン)』という。まだ、九歳だが、中々の絵を描く。(ウー)待詔(たいしょう)の従兄弟で、弟子でもある。暫くは、(ウー)待詔(たいしょう)が個別で指導する。ここに来ることは少ないかもしれないが、よろしく頼む。さぁ、(フゥァン)

「フゥ、(フゥァン)、です。よっ、よろ、しく、お願いします」

 生まれて初めて、大勢に注目された(フゥァン)は、頭の中が真っ白になり、緊張で声が震えたが、なんとか自己紹介した。


 章絢(ヂャンシュェン)は小さな声で、「よく頑張った」と言い、(フゥァン)の肩を軽く叩いた。

 それに(フゥァン)はホッとして、肩の力が抜け極度の緊張から解放された。


「それでは、皆、元の作業に戻ってくれ」

 麒煉(チーリィェン)がそう言うなり、一人の男がとても興奮した様子で、話し掛けて来た。


「陛下! 前にお話しさせていただいていた顔料、大分いい感じになりましたよ!」

「そうか! 今、見ることは出来るか?」

「構いませんが、他の方にはまだ、ご遠慮いただきたいのですが……」

 そう言って男は、言葉尻を濁す。

 

「分かった。章絢(ヂャンシュェン)。すまないが……」

「ああ。いいぞ」

(フゥァン)子淡(ズーダン)。悪いが少し外す。また後でな」

「はい」

 子淡(ズーダン)はそう言って(うなず)き、(フゥァン)は、ただその様子を眺めていた。


 その直ぐ後、今度は画院を取り仕切っている、(リー)待詔(たいしょう)が話し掛けて来た。

(ウー)待詔(たいしょう)。少々よろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「申し訳ありませんが、こちらまでお運びいただけますか?」

章絢(ヂャンシュェン)……」

「大丈夫だ。行っておいで」

(フゥァン)。ごめんなさいね。少し離れるわね」

 子淡(ズーダン)もそう言って、離れて行った。


「俺では役不足だが、案内するよ」

 章絢(ヂャンシュェン)(フゥァン)を連れて、画院の奥へと入って行った。


 書法、彫刻、工芸の部屋を案内し、絵画の部屋へと戻って来たところで、今度は章絢(ヂャンシュェン)に声が掛かった。


(リー)侍中(じちゅう)。少々、お手をお借り出来ないでしょうか?」

「すまないが、ここを離れるわけにはいかないんだ」

「そうですか」

章絢(ヂャンシュェン)大哥(兄さん)。大丈夫だよ。俺、ここで待っているから、お手伝いして来て」

「しかしな……」

「直に済みますので、お願いします!」

「はぁ、分かったよ。悪いな、(フゥァン)。ここで少しだけ待っていてくれ」

「うん」



 一人になった(フゥァン)は、絵を描く様子を見て回ろうと、歩き出した。


「うわっ」

 すると、何かに(つまず)いて転び、思わず床に手をついた。


「フッ。ざまーみろ」

 意地悪そうな顔をした青年が、少し後ろの方で椅子に座ったまま、(フゥァン)に言った。

 どうやら、(フゥァン)は足を引っ掛けられたようだ。


「大丈夫かい?」

 今度は優しそうな顔をした別の青年が、(フゥァン)に手を差し伸べた。

「うん」

 (フゥァン)は、その青年の手を借りて立ち上がる。


「ごめんね。あいつ、ずっと(ウー)待詔(たいしょう)(あこが)れていて、弟子にしてくれって、お願いしていたんだけど、(ウー)待詔(たいしょう)は、自分に弟子なんてまだ早いからと言って断っていたんだよ。それなのに、君が弟子だと言って突然現れたんだよね。だから、嫉妬(しっと)してあんなことをしたんだよ。許してくれとは言わないけど、君に嫉妬(しっと)している人間は他にも沢山いるから、気をつけた方がいいよ」

嫉妬(しっと)?」

「ああ。あと、僕もその一人だから」

 そう言って、(フゥァン)を思いっきり突き飛ばした。


「何、するんだよ!」


 転んで、尻餅(しりもち)をついたままの(フゥァン)を取り囲むようにして、今度はまた別の少年達が立ち(ふさ)がった。

「なあ、お前。どうやって(ウー)待詔(たいしょう)に取り入ったんだ?」

「その技をぜひ教えてくれよ」

「それとも、従兄弟だから特別扱いされただけか?」

「くすくす」


 顔を真っ赤にした(フゥァン)は、怒髪(どはつ)(てん)()くばかりの勢いで立ち上がった。


「あんた達。ここで何を学んでいるの? 見たところ、俺より絵が下手みたいだけど? 俺の方が上手いから、弟子にしてもらえたんじゃないか?」

「何だって?」

「生意気だな」

「こいつ!」


 一人が(フゥァン)を殴ろうと、手を上げたところで、その手を章絢(ヂャンシュェン)(つか)んだ。


「やめろ! ()って(たか)って、自分よりも年下の者を甚振(いたぶ)って、楽しいか? お前の手は、人を殴るためにあるのか、それだったらここに居る必要はないな。軍に入る試験を受けたらどうだ?」

(リー)侍中(じちゅう)! 申し訳ありません! どうかお許しを!」

「許しを請うのは、俺じゃないだろう?」

「あっ、どうか許してくれ。この通りだ!」

「俺は別に、気にしてないよ。嫉妬(しっと)(みにく)いものだってことと、画院には、美しい絵が描けても、心は汚い人間がいるってことを教えてもらえたからね。勉強になったよ」

「ハハハ。流石(さすが)だな! (フゥァン)。お前は大物だよ! クックク……」


 一頻(ひとしき)り笑った後、章絢(ヂャンシュェン)はまだ(フゥァン)(にら)んでいる顔があることに気がついた。


「まぁ、君達の顔を見ていると、まだ納得出来ないみたいだから、(フゥァン)の実力を見てもらおうか。(フゥァン)、悪いが今ここで絵を描いてくれ」

「俺はいいけど、道具は?」

「そこの君、君が使っている物を貸してくれ」

 章絢(ヂャンシュェン)は、一番、最初に(フゥァン)に足を引っ掛けた青年に声を掛けた。


「お言葉ですが、この道具は私の命と同じです。他人には貸したくありません」

「まぁ、その気持ちは分かるが、君がこの中で一番、(フゥァン)のことを納得していないように感じるんだが、違うかな?」

「くっ」

「その君と全く同じ道具を使って描くことで、君との実力を比べるのに一番良いと思ったのだが、もしかして、(フゥァン)に負けるのが怖いのかな?」


「クソっ。使えば良いだろ! それで描いてみれば良い」

「そうか。じゃあ、遠慮なく借りるよ。(フゥァン)。そう言うわけだから、これを使って、何か描いてくれ」

「何か? 何でも良いの?」

「俺の道具を使うんだから、俺から指定しても良いか?」

 青年は不貞腐(ふてくさ)れながらも、そう言った。


「いいよ」

(フゥァン)がそう言うなら良いんじゃないか?」

「じゃあ。陛下を描いてくれ」

「それは麒煉(チーリィェン)のことで良いのか?」

「そうです」

「分かった」





 (フゥァン)は周りが見えなくなるくらい、絵に集中していた。

 そのため、青年が(すさ)まじい形相(ぎょうそう)(フゥァン)の絵を(にら)んでいることに気付かなかった。


「出来た!」


 (フゥァン)が描いた麒煉(チーリィェン)は、本人以上に威厳があり、皇帝と呼ぶに相応しい風格が備わった素晴らしい出来映えだった。


「はぁー、流石(さすが)だな。お前ら、どうだ? これでもまだ、(フゥァン)に文句があるのか? ん?」

 章絢(ヂャンシュェン)がそう言って、周りを見ると、ばつが悪そうな顔をして、少年達は去って行った。

 だが、道具を貸した青年は、(フゥァン)胸倉(むなぐら)(つか)み、殴ろうと腕を振り上げた。

 思わず章絢(ヂャンシュェン)は、その手を(つか)む。


 手を(つか)まれた青年は、泣きながら叫んだ。

「クソ! お前に! お前なんかに、俺の気持ちは分からない!」


 相手が激昂したため、逆に落ち着いた(フゥァン)は、冷たく言い放った。

「ああ、分からないよ。俺はお前じゃないからな。お前だって、俺の気持ちが分からないだろう? そんなの当たり前のことだ。分かるわけがない。それでも分かって欲しいと思うなら、口に出して伝えるしかない。そうだろう? 黙っていて分かってもらおうなんて、図々しいんじゃないか? お前、随分偉いんだな?」


「くそっ! 俺だって、上手になるために沢山努力して来た。寝る間も惜しんで描いて来た。それでも、子供のお前に敵わない。こんな(みじ)めな気持ちが、お前なんかに分かってたまるか! 俺は、まだ描ける! もっともっと上手くなれる! お前なんかに負けない!」

「そうだ。その意気だ。お前はまだまだ上手くなる。それだけの努力をしている。だから、(フゥァン)嫉妬(しっと)する必要はない。だってそうだろう? お前の作品は、お前にしか描けないんだから。それはこの世で、唯一無二(ゆいいつむに)のものだ。違うか?」

 章絢(ヂャンシュェン)は、手を(つか)んだまま青年の顔を(のぞ)き込んで言った。


 青年は、(フゥァン)胸倉(むなぐら)(つか)んでいた手を離し、涙を(ぬぐ)って、章絢(ヂャンシュェン)(にら)んだ。

「違わない。俺は、俺だけの絵を描く。描いてみせる。師だっていらない」

「はは。強いなお前。気に入った! お前が納得いく絵が描けたら、俺に一枚買わせてくれ。お前が良ければだがな」

「もちろん、良いですよ。ぜひ高値で買って下さいね」

 青年はそう言って、口角を上げた。

「ああ」

 章絢(ヂャンシュェン)は青年の様子を見て、もう大丈夫だと思い、(つか)んでいた手を放した。


「では、私は絵に集中させてもらいます」

 そう言って彼は、机に向かい、先程まで(ねた)んでいた(フゥァン)の存在すら忘れ、自分の世界の中へと入ってしまった。



 章絢(ヂャンシュェン)がやれやれと、()め息を吐いたところで、麒煉(チーリィェン)が戻って来た。


章絢(ヂャンシュェン)、どうした? 何かあったのか?」

「フッ。大したことじゃないさ。なっ、(フゥァン)?」

「うん」

「そうか?」

「それより、麒煉(チーリィェン)。お前こそ、それは何だ?」

 章絢(ヂャンシュェン)は、麒煉(チーリィェン)が手に持っていた、布に包まれた物を指差して訊いた。

 

「これか? まあ、後で見せるよ。ここでは、な……」

 麒煉(チーリィェン)は意味有りげに、言葉尻を濁した。


「分かった」

 章絢(ヂャンシュェン)は自分以外には見せられない物なのだろうと判断し、(うなず)いた。


「それより、子淡(ズーダン)は?」

「先程、(リー)待詔(たいしょう)に呼ばれて、出て行った」

「そうか」


 丁度、入り口に子淡(ズーダン)の姿が見え、「あっ、戻って来た」と、章絢(ヂャンシュェン)が言った。


「離れてごめんなさい、(フゥァン)

「ううん」


子淡(ズーダン)。用事は済んだのか?」と、麒煉(チーリィェン)が尋ねる。


「ええ。もう大丈夫よ」

「そうか。それなら、子淡(ズーダン)(フゥァン)は家まで送らせよう。章絢(ヂャンシュェン)はまだ、仕事があるからな」

「わざわざ、すみません」

「いや、呼んだのは俺だからな。馬丹管(マーダングァン)。二人を家まで送って行ってくれ」

「はっ!」


 麒煉(チーリィェン)の命令に従い、護衛武官の一人である馬丹管(マーダングァン)は二人を家まで送って行った。







※ 殷鑑不遠……戒めとする手本は、遠い昔に求めなくても、ごく身近にあるということのたとえ。また、身近にある他者の失敗を、自分への戒めにせよということ。[詩経]

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
官職などの参考資料をご覧になりたい方は、こちらまでどうぞ。 「自作に関する雑記&イラストなど」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ