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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜天女降臨?〜
6/37

6.天迎宮の龍 



 翌日、龍居(ロンジュ)城の真ん前まで来た(フゥァン)は、ポカーンと口を大きく開けてその巨大で絢爛豪華(けんらんごうか)な建造物に見蕩(みと)れていた。


「スゴい……」


 その様子に、章絢(ヂャンシュェン)は苦笑する。

「この城と龍居(ロンジュ)の都の造りを真似て、暁嶌シャォダオ国でも都を造ったというくらいだからな。我が国が誇る最高建築だ」

(フゥァン)、ここに描かれている絵は私の師が描いたのよ」

 子淡(ズーダン)が屋根の裏側を指差し、説明した。


「わぁー。俺もあんなスゴい絵を描けるようになるかな?」

「ええ。きっと」

 子淡(ズーダン)は笑顔で首肯した。


(フゥァン)、そろそろいいか? 麒煉(チーリィェン)が待ちくたびれていそうだからな」


 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、はしゃいでいたことが恥ずかしくなり、(フゥァン)は赤面した。

 熱を持った顔を見られるのが恥ずかしくて、俯いた(フゥァン)は、「うん」と小さく答える。

 そんな(フゥァン)の頭を、章絢(ヂャンシュェン)は優しく()でた。


「さぁ、行こう」


 章絢(ヂャンシュェン)の後について、子淡(ズーダン)(フゥァン)は皇帝陛下の御許(みもと)を目指して歩き出した。





 章絢(ヂャンシュェン)は、守りが厳重な宮城(きゅうじょう)の最奥、数人の武官が守る扉の前まで歩いてくると、その中でも一番身分が高い男へと声を掛ける。


門下省(もんかしょう)侍中(じちゅう)李章絢(リーヂャンシュェン)。陛下のお召しにより、参上した。こちらにいる待詔(たいしょう)呉子淡(ウーズーダン)と、その弟子、(フゥァン)も同様である。言伝を頼む」

「はっ! 承りました」

 そう言って、男は章絢(ヂャンシュェン)に礼をし、扉に向かって、中に聞こえるように声を張り上げて言った。

 

「陛下。(リー)侍中(じちゅ)(ウー)待詔(たいしょう)、その弟子、(フゥァン)がお越しです」

 それに答えるように、中から「入れ」と声がし、男は扉を開けた。


 章絢(ヂャンシュェン)は男に一礼し、部屋の中へと入って行った。

 子淡(ズーダン)(フゥァン)も一礼し後に続く。

 三人が中に入ると、再び扉は閉められた。


麒煉(チーリィェン)。来たぞ」

 章絢(ヂャンシュェン)は、さっきまでの堅苦しい言葉遣いとは打って変わって、気安い調子で話し掛けた。


「ああ。待っていた」

 それに麒煉(チーリィェン)は、機嫌を損ねるでもなく、いつもの様子で答えた。

 そして、立ち上がって、コの字型に並べられた椅子と机が置かれた場所を指し示し、「そこに掛けてくれ」と言い、移動する。


 章絢(ヂャンシュェン)子淡(ズーダン)(フゥァン)はその一辺に横並びで座り、その対面に浩藍(ハオラン)、真ん中にある一人掛けの立派な椅子に麒煉(チーリィェン)が座った。


(フゥァン)、ようこそ龍居(ロンジュ)城へ。改めて自己紹介しよう。我が名は(トン)国皇帝、李麒煉(リーチーリィェン)という。この者は中書令(ちゅうしょれい)趙浩藍(ヂャオハオラン)だ」

中書令(ちゅうしょれい)?」

 聞き慣れない言葉に、(フゥァン)は首を傾げる。


「民や官僚達の意見を集めたり、法令の草案を考えたりするような部署である中書省(ちゅうしょしょう)の長官の名称だ」

「つまり、中書省(ちゅうしょしょう)って言うところの一番(えら)い人のことだ」

「皇帝陛下の秘書でもある側近中の側近だ」

 麒煉(チーリィェン)の説明に、浩藍(ハオラン)章絢(ヂャンシュェン)が補足する。


「秘書? 側近?」

 (フゥァン)には難しい言葉が多く、チンプンカンプンだ。


「ああ。臣の中で俺の傍にいることを許された、俺に近い、俺の次くらいに(えら)いヤツってことだ」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)はニヤリと口角を上げた。


「それなら、章絢(ヂャンシュェン)大哥(兄さん)は?」

章絢(ヂャンシュェン)は、侍中(じちゅう)だ」

侍中(じちゅう)?」

中書省(ちゅうしょしょう)から上がって来た草案を審議したり、承認したものを私のところまで運び、最終判断を仰いだりする部署である門下省(もんかしょう)の長官だ」

「難しくて良く分からないけれど、章絢(ヂャンシュェン)大哥(兄さん)も皇帝陛下の側近中の側近ってこと?」

「まぁ、そう言うことだ」

 (フゥァン)の言葉に、麒煉(チーリィェン)は苦笑し、(うなず)いた。


「えっと、俺、何でここに連れて来られたんだ? そんな(えら)い人達がいるところに……」

「心配するな。誰も取って食ったりしないから」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)は手を伸ばし、(フゥァン)の頭を()でる。


 麒煉(チーリィェン)は、「ははは」と笑った後、真面目な顔になって言った。

(フゥァン)。前にも少し話したが、お前の持っている力はとても特殊なものでな、この国に取っては宝とも言える。この力のことは、ごく一部の人間にしか知られていない。また、知られてはいけないものなんだ。悪い奴らに悪用されると、国が滅んで、多くの人が不幸になってしまうかもしれない。それだけスゴい力なんだ」


「そんな……」

 (フゥァン)は顔色を失う。


「怖がらせて悪かった。大丈夫だ。心配するな。そんなことにならないように、俺達が保護したんだ」

「そうだ、安心しろ。ただし、このことは俺達以外には話すなよ。もし何か聞かれたら、お前は子淡(ズーダン)の従兄弟で、絵を習うために俺達のところで世話になっているとだけ話すんだ。それ以外のことは、俺から口止めされているから話せないと言えば大丈夫だ。もしそれ以上聞いてくるヤツがいれば、教えてくれ。何か企んでいるかもしれないからな」


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)の言葉に(フゥァン)はなんとか、顔色を取り戻す。

 そして、「分かった」と、(うなず)いた。


(フゥァン)。もしそんな人がいたら、無理せず、直に逃げるのよ。間違っても探ろうとなんてしないでね。あなたの身体の方が大切なんだから」

 子淡(ズーダン)はそう言って、慈しむように(フゥァン)(ほお)()でる。


子淡(ズーダン)大姐(姉さん)……」

 (フゥァン)はあまりに嬉しくて、泣きそうになった。


「よし。それじゃあ、その力について詳しく話そうか」

「うん」

 麒煉(チーリィェン)の言葉に、(フゥァン)は神妙な面持ちで(うなず)いた。


「先ず、(フゥァン)のように自分が好きに描いたものを実体化し、自分の意志で動かすことが出来る能力を持つ者のことを、造士(ザオシー)と呼んでいる」

造士(ザオシー)?」

「そうだ。恐れ多いことながら、造物主(ぞうぶつしゅ)のような力を持つ者のことだ。天帝の恩恵を特別に受けている者、天帝に愛された才能を有する者、そのように考えられている。これはこの国の機密になっている。この能力を持った者を手厚く保護することで、天帝への忠誠を示している。この国で分かっている限りでは、今は師君(シージュン)子淡(ズーダン)、そして(フゥァン)の三人だけしかいない」

「ふーん」

「『画竜点睛(がりょうてんせい)』の話は知っているか?」

「ううん。どんな話なの?」

「二百年ほど前のことだ。張僧繇(ヂャンソンイャォ)(ちょうそうよう)という人がいた。当時の皇帝、武帝は僧繇(ソンイャォ)に命じて、天迎(ティェンイン)宮に絵を描かせた。僧繇(ソンイャォ)は四体の龍を描いたが、瞳は描かなかった。そして、こう言っていた。『瞳を描いたならば、直ちに飛び去ってしまうだろう』と。この話を聞いた人々は出任せだと思い、瞳を描くことを強く求めた。そして、僧繇(ソンイャォ)がその求めに応じて、二体の龍に瞳を入れたところ、たちまち雷が壁を破り、二体の龍は雲に乗って、天へと昇って行ってしまった。という話だ。ここまでは、説話として民にも広く伝わっている」

「実際あった話だと信じている者が、どれほどいるかは分からないがな」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)は肩を(すく)めた。

 

 それを横目で見て、麒煉(チーリィェン)は話を続ける。

「そして、天に昇った龍は「守護龍」として、この国の行く末を見守っていると言われている。これは、この宮を守る我ら皇族と、その周りのごく一部の者しか知らぬ。恐らくは、僧繇(ソンイャォ)も知らなかったのではないかと思う。知っていたならば、残りの二体にも瞳を入れたであろうからな」

「その人も造士(ザオシー)だったの?」

「恐らくは。戦なんかの混乱で、正確な情報は残っていない。だが、実際に二体の龍の絵が天迎(ティェンイン)宮の壁に描かれていて、この絵は張僧繇(ヂャンソンイャォ)が描いたと伝わっている」


 (フゥァン)は、「どんなふうに描かれているのだろうか」と、想像を巡らせ、「へー。見てみたいな」と(つぶた)いた。

 それに、麒煉(チーリィェン)は何でもないことのように、「いいぞ」と答えた。


「いいの!?」

 (フゥァン)は、飛び上がらんばかりに驚き、喜んだ。


「すぐそこだからな。天迎(ティェンイン)宮は、天帝をお招きするために作られた特別な宮だ。この地上に存在する建物の中で、一番天に近い、神聖な場所だ。それだけは忘れず、礼節をもって入るように」

「どうしよう。礼節なんて分からないよ」


 麒煉(チーリィェン)の言葉に、喜色が浮かんでいた(フゥァン)の顔は、一気に(かげ)った。


「そうだな。とりあえず、一番大切なのは天帝を敬う気持ちだ。後は、俺達の真似をしていれば大丈夫だ」

「うん。分かった」

 章絢(ヂャンシュェン)の励ましに、(フゥァン)は気を取り直す。


「では、案内する」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)は立ち上がり、歩き出した。

 その後に、四人が続き、部屋を出ると、更にその後を護衛の兵士などが着いて来て、天迎(ティェンイン)宮へと向かった。




 

 天迎(ティェンイン)宮の入り口の前まで来ると、麒煉(チーリィェン)は立ち止まった。

 その後ろで、四人も立ち止まる。


 兵達は、距離を開けて、天迎(ティェンイン)宮を取り囲むような配置で守りに付いた。


 麒煉(チーリィェン)は天に御座(おわ)す天帝に向かって、お伺いを立て、礼をし、宮へと足を踏み入れた。

 その後に、章絢(ヂャンシュェン)子淡(ズーダン)が続く。

 

 浩藍(ハオラン)は、宮の前で頭を下げたままだった。


「さぁ、(フゥァン)

 麒煉(チーリィェン)の招きに応じ、(フゥァン)は宮に足を踏み入れる。

 (フゥァン)はその場の圧倒的な清浄な気に息を呑んだ。

 上手く呼吸をすることが出来ず、胸が苦しくなる。


(フゥァン)、大丈夫か? ゆっくり息を吸うんだ」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、(フゥァン)の背を()でる。


 (フゥァン)章絢(ヂャンシュェン)の温もりを感じて、ホッと息を吐く。

 お陰で、なんとか呼吸が出来るようになった。


「ここは地上だが、まるで天に居るような感覚になると言う。実際に天に行ったことはないから、本当のところは分からないが……」


 麒煉(チーリィェン)の説明に、「なるほど」と(フゥァン)は思う。

 空気だけでなく、壁一面に描かれた二体の龍に囲まれて、まるでフワフワと宙に浮いているかのような心地がする。

 瞳が入っていなくても、龍の迫力は(すさ)まじく、章絢(ヂャンシュェン)の温もりが感じられなければ、(すく)み上がってしまいそうだった。

 それでも、目が離せなくて、ずっと見ていたいような不思議な魅力に、洸はすっかり龍の(とりこ)となっていた。


 そんな様子を三人は笑顔で見守っていた。


「実はな、(フゥァン)。この二体に目を入れて、守りを完璧にしようと、これまでの皇帝や造士(ザオシー)達が目を描き入れて来た。でも、誰も天に昇らせることは出来なかった……。だが、お前なら、それが出来るかもしれない……。何故だかそんな気がする」

 麒煉(チーリィェン)の言葉に、(フゥァン)は半信半疑で問いかける。

「本当?」

「ああ。あくまでも俺の直感だがな」

麒煉(チーリィェン)の勘は、外れたことがないから、きっと本当だ」

 章絢(ヂャンシュェン)は、(フゥァン)の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。


「ただ、お前はまだ未熟だ。これから、力のコントロールや画法を子淡(ズーダン)からしっかり学んで、時が来たら、またここに目を入れに来て欲しい」

「分かった。……あの、たまにはここに来てもいい?」

「フッ。そうだな、俺達三人のうち、誰か一人と一緒であるならば許可しよう」

 すっかり魅了されてしまった(フゥァン)の様子に、麒煉(チーリィェン)は目を細め、条件付きで承諾した。

 

 (フゥァン)は満面の笑みで、「ありがとう」とお礼を言った。

 それに、麒煉(チーリィェン)も笑顔で(うなず)き、「さぁ、次は、画院に案内しよう」と言って、歩き出した。







画竜点睛がりょうてんせい……<意味>物事を完成するために、最後に加える大切な仕上げ。また、全体を引き立たせる最も肝要なところ。


 この話で、麒煉が語っていた「画竜点睛」の話と実際の故事の違う所は、

「金陵の安楽寺の壁に描いた白龍」→「龍居の天迎宮の壁に描いた龍」

 あとは、「守護龍」も創作です。

 それ以外は、大体、実際の故事のままのはずです。たぶん。 

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