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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜天女降臨?〜
4/37

4.虎穴に入らずんば虎子を得ず



 一時(いっとき)も歩くと、(フゥァン)は息が上がっていた。

 それでも、弱音を吐かずに付いてくる(フゥァン)が心配になり、章絢(ヂャンシュェン)は声をかける。

(フゥァン)、大丈夫か? 疲れたら、遠慮なく言うんだぞ」

「大、丈夫。はぁ、(ふもと)の街までなら、はぁ、何回か、はぁ、行ったことが、あるから、はぁ」

 息を弾ませながらも懸命に答え、足を止めない(フゥァン)に、二人は胸を打たれた。


「でもお前、あまり食べていなかったんだろう? ガリガリにやせ細って……」

 章絢(ヂャンシュェン)は、(フゥァン)の骨と皮だけの身体を見て、沈痛な面持ちになった。

 

「携帯食で良ければ、食べるといい」

 麒煉(チーリィェン)は背負っていた袋から干し(あんず)を取り出して、(フゥァン)に差し出した。

「いいの?」

「ああ。少し、休憩しよう」


 三人は近くの岩に腰掛けて、携帯食と水を口に入れた。


「そういえば、(フゥァン)はあっちの村には行ったことがあるか?」

 章絢(ヂャンシュェン)は昨日行った村の方を指差して、(フゥァン)に尋ねた。

 その問いに、(フゥァン)は首を横に振る。


「ないよ。あの村は、なんかおかしかった。妈妈(母ちゃん)も、絶対に近づくなって言っていたし」

「そうか」



 途中から、麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)が交代で(フゥァン)を背負って歩いたため、日が暮れ、完全に闇に包まれる前には街に着くことが出来た。

 疲労困憊(こんぱい)の三人は、夕食を食べると、宿でそのまま一泊した。

 




 ——翌朝。


「いやー。昨日の晩飯の肉は、久しぶりだったからか、格別に(うま)かったな」


 麒煉(チーリィェン)はご満悦な様子で朝食を食べながら、そう言った。

 章絢(ヂャンシュェン)恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべ、(かゆ)を飲み込む。


「そうだな。この朝飯の(かゆ)も旨いな」

「ああ」

「だけど、早く子淡(ズーダン)の手料理が食べたいよ」


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)の会話を横で聞きながら、(フゥァン)は黙々と口に(かゆ)を運んでいた。


「ここから、都までは馬で行くから、直に着くだろ?」

「まぁ、そうだけど。(フゥァン)は馬に乗るのは初めてか?」

「うん……」

 訊かれて初めて、(フゥァン)は不安になり、手が止まる。


「お前が怖がると馬も(おび)えるから、怖がるなよ。あいつらは賢いから、直ぐに馴れるさ。心配するな」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)は励まし、(フゥァン)の頭を()でる。


(フゥァン)。大丈夫だ。俺達と相乗りするんだから、大船に乗ったつもりでいろ」

 章絢(ヂャンシュェン)は胸を反らして、ドンと叩いた。

 それを見て、(フゥァン)が笑う。


「おっと、そうだった。砦西(ジャイシー)の庁舎だけ寄って行く。土砂崩れがあったことだけは伝えておきたい」

「分かった」

 麒煉(チーリィェン)の言葉に章絢(ヂャンシュェン)(うなず)いた。



「じゃあ。行くか!」

「おう!」

「うん!」





 庁舎が一里程先に見えるところまで来て、麒煉(チーリィェン)は立ち止まり様子を(うかが)っていた。


「で、どうするんだ?」

 章絢(ヂャンシュェン)麒煉(チーリィェン)に問い掛けた。


 (フゥァン)は慣れない馬に乗ったため、気分が悪くなり、地面に(うずくま)っていた。


「よし、章絢(ヂャンシュェン)。お前が一人で行って来てくれ」

「えっ!? お前が行くんじゃないのか?」

「ここはお前の方がいい。いいか、今から俺の言う通りに行動してくれ」

「分かった」

「それじゃあ、………………————」


「なるほどな……」

 章絢(ヂャンシュェン)は、麒煉(チーリィェン)の指示に(うなず)いた。


「俺と(フゥァン)はここで待つ」

「そんじゃあ、ちょっくら行ってくるわ」

「ああ、頼んだ」


 軽い調子で右手を振った章絢(ヂャンシュェン)に、麒煉(チーリィェン)も右手を上げて答えた。







 庁舎に入った章絢(ヂャンシュェン)は、近くにいた役人に印綬(いんじゅ)を見せ、県令(けんれい)への取り次ぎと面会を求めた。

 だが、暫く待っても、県令(けんれい)はもちろん、案内の役人すら現れず、何やら奥の方で()めている気配がしてきた。

 章絢(ヂャンシュェン)は、ついにしびれを切らして、ずかずかと奥の方へ入って行った。


「失礼する!」


 章絢(ヂャンシュェン)が中に入ると、額に汗を浮かべて、(あせ)った様子の男が一人立っていた。


「これは、大変お待たせして申し訳ありません」

 男は額の汗を拭き、顔を取り繕って章絢(ヂャンシュェン)に謝辞を述べた。


「あなたが県令(けんれい)か?」

「いえ。私は、県丞(けんじょう)揚羅文(ヤンルゥォウェン)と申します。実は県令(けんれい)は本日、(せき)の方へ趣いておりまして……」

「そうなのか? いつ戻るんだ?」

「予定では、明日になるかと思います」

「そうか」

「失礼ですが、貴方様は?」

「私は侍中(じちゅう)李章絢(リーヂャンシュェン)という」


 章絢(ヂャンシュェン)の名を聞いた瞬間、糸目の羅文(ルゥォウェン)の目が、飛び出さんばかりに見開かれた。


「なぜ、(リー)侍中(じちゅう)がこちらに!?」

「突然来て悪いな。陛下が街道の整備を進めたいと考えておられて、龍居(ロンジュ)(首都の名前)を離れられない陛下の代わりに各地を転々と回って、調査しているんだ。それで悪いんだが、砦西(ヂャイシー)の街道の資料を見せてもらえないだろうか?」

「分かりました。急ぎ、ご用意いたしますので、こちらでお待ち下さい」

 羅文(ルゥォウェン)はそう言って、部下達に指示をしだした。


 下級の役人にお茶を出され、待っていた章絢(ヂャンシュェン)は、部屋の様子をずっと観察していた。


「大変お待たせいたしまして、申し訳ありません。こちらでよろしいでしょうか?」

 そう言って、羅文(ルゥォウェン)は数冊の冊子(さっし)巻子本(かんすぼん)を差し出した。


「ああ。有り難う。助かるよ」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、羅文(ルゥォウェン)はホッと肩の力が抜ける。


(ヤン)県丞(けんじょう)。そういえば、ここに来る前に山中の村の方へ向かう街道を歩いていたんだが、途中の崖が崩れていてね、それ以上進めなかったんだよ」

「それは知りませんでした。早急に対処します」

「頼むよ。ここだけでは復旧が難しければ、私の方でも力を貸すから、その時は書簡を送ってくれ」

「有り難き幸せ」

「それじゃあ、見させてもらうよ。君達は私に構わず、いつもの業務に戻ってくれ」

「はっ!」





 −−一時(いっとき)後。


「見終わったよ。ありがとう。参考になった」

 章絢(ヂャンシュェン)は、近くで資料の整理をしていた役人に、声を掛けた。


「それは良かったです」

「ところで、県令(けんれい)は君から見てどんな人物かな?」

「そうですね。とても仕事熱心で、尊敬しております」

「そうか」

「今、(ヤン)県丞(けんじょう)を呼んで参りますので、少しだけお待ち下さい」

「ああ、頼むよ」


(リー)侍中(じちゅう)。お待たせいたしました」

 羅文(ルゥォウェン)は、汗を流しながら急いでやって来た。


(ヤン)県丞(けんじょう)。とても参考になったよ。有り難う」

「いいえ。当然のことをしただけです」

「ところで、県令(けんれい)はどんな方なのかな?」

「どんなと言われましても……。とても、真面目な方だと思いますが……」

 羅文(ルゥォウェン)は迷いながらも答えたが、言葉尻は声が小さくなった。

 それにつられて、章絢(ヂャンシュェン)の声も小さくなる。

「思いますが?」

「少し頑固で、人の話を聞かないところもお持ちで……」

「そうか。それは苦労するな。実はな、陛下も似たようなものだ」

「そうでございますか」

「内緒だぞ」

「もちろんでございます」

「お互い苦労するな。ははは……」

「ははは……」

 小声で話すうちに、いつの間にか顔が近くなっていた二人は、空笑いをした後、「はぁ」と()め息を(こぼ)した。


「それじゃあ、失礼するよ。土砂崩れの件、くれぐれも頼んだよ」

 真面目な顔に戻り、そう言った章絢(ヂャンシュェン)に、羅文(ルゥォウェン)も真面目に「はい」と返事をした。



 役人達は庁舎の表まで出て来て、章絢(ヂャンシュェン)の姿が見えなくなるまで見送っていた。





 一里程先の建物の影にいた麒煉(チーリィェン)達と合流した章絢(ヂャンシュェン)は、「お待たせ」と声を掛けた。


「どうだった?」

 麒煉(チーリィェン)は早速、問い掛けた。


「そうだな。見た感じ、黒に近い灰色だな」

「どういうことだ?」

県令(けんれい)が不在だったんだけど、何かを隠している感じだった。県令(けんれい)が関わっているかどうかで、他の見方もちょっと変わってくる」

県令(けんれい)はどこにいるんだ?」

「明日まで(せき)の方にいるらしい」

「そうか。流石に、(フゥァン)を連れて(せき)までは行けないな」

「別行動するか?」

「いや。(フゥァン)を無事に都まで連れて行くのが優先だ。これ以上は離れない方がいいだろう」

「そうだな」


 麒煉(チーリィェン)は悪巧みをするかのようにニヤリと口角を上げ、それから言った。

「種は()いた。あとは、龍居(ロンジュ)に戻って様子を見よう」と。


 章絢(ヂャンシュェン)は、「ああ」と、頬を引きつらせながら答え、(フゥァン)の方に目を向けた。


(フゥァン)。気分はどうだ?」

「もう大丈夫だよ」

「じゃあ、馬を飛ばしてもいいな」

「それは無理!」

「ははは」

 軽口に反応出来るくらい元気になった様子の(フゥァン)に、章絢(ヂャンシュェン)は笑いながら、安堵(あんど)する。





  *    *    *   





 羅文(ルゥォウェン)が執務室に戻ると、飄々(ひょうひょう)とした一人の男が待っていた。


「行ったか?」

(ヂャン)県令(けんれい)! 何で隠れるんですか! 居ないって(うそ)までついて。胃に穴が空くかと思いましたよ」

「いや、急に来るからさ。向こうが探る気なら、こっちも探らせてもらおうかと」

「何ですか、それ。(リー)侍中(じちゅう)(せき)まで行ったらどうするんですか?」

「それはそれで、予定を変更して他のところへ視察に行ったことにすれば、問題ないだろう?」

「勘弁して下さいよ。私は、嘘がバレないかと冷や汗が止まりませんでしたよ」

 そう言って、羅文(ルゥォウェン)手巾(しゅきん)を額に当てる。


「悪かったな」と言いながらも、全く悪いと思っていない様子の(ヂャン)県令(けんれい)に、羅文(ルゥォウェン)()め息を(こぼ)す。


「はぁ。それで、探れたんですか?」

「ああ。李章絢(リーヂャンシュェン)(うわさ)以上に面白い男だったな。気が合いそうだ。そんな男を()き使う皇帝にも、俄然(がぜん)興味が()いた」

「そうですか」

「とりあえず、言っていた土砂崩れの調査に行くか?」

「そうですね」

「これに何の意図があるのか。ワクワクして来たわ」

「うわー」

 子供のようにはしゃぐ(ヂャン)県令(けんれい)に、羅文(ルゥォウェン)辟易(へきえき)する。


「そういえば、俺は『頑固で、人の話を聞かない』んだったな」

「何で、それを聞いているんですか! ……地獄耳」

「そうさ。俺は地獄耳なんでな。人の話はよく聞いているぞ。聞く価値がないと判断した話は聞かないことにしているだけでな」


 極小の音量で(ささや)いた「地獄耳」を拾う(ヂャン)県令(けんれい)の聴力に、羅文(ルゥォウェン)はドン引きし、(ほお)を引きつらせる。


「うわー。横暴」

「さて、どんな話が聞けるか。調査のついでに、住民に話を聞きに行きますか。(ヤン)県丞(けんじょう)。留守を頼んだ」

「はぁ。分かりました。行ってらっしゃいませ」


 ルンルンと鼻歌を口遊(くちずさ)みながら出て行った(ヂャン)県令(けんれい)に、羅文(ルゥォウェン)は苦笑しながら、額から流れて来た汗を手巾(しゅきん)()いた。





  *    *    *   





 三人は今日も途中の街で宿を取った。


 (フゥァン)は慣れない騎乗のため、筋肉痛と疲労で限界だったのだろう、早々に眠りについた。


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、今日のことを話していた。


(フゥァン)を襲った男達を追っていた(ゴウ)が、戻って来た」

「何か分かったか?」

「いや、予想通り、あの三人は末端も末端だったようで、助ける間もなく口封じされてしまった」

「そうか……」

 章絢(ヂャンシュェン)は目線を下げて、それだけ言った。


「どうやら、飛燦(フェイツァン)国の商人と(つな)がっていたみたいだが、それ以上のことは分からなかった」

「その商人のことは分からなかったのか?」

「それが、あいつらのやり口は巧妙で、国境を越えられてしまってからは、打つ手がなくてな」

 麒煉(チーリィェン)は悔しそうに歯嚙みする。


「やはり飛燦(フェイツァン)国に潜入しないと、これ以上の情報は得られないか……」

「そうだな。やはり、飛燦(フェイツァン)国の中枢が(から)んでいると思うか?」

「まぁ、これだけ尻尾(しっぽ)(つか)んでも、(つか)んでも切られて、足さえ(つか)ませてもらえないんだ。そう考えるのが妥当だろうな」

「ああ、頭が痛い」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)は頭を抱え込んだ。







県令……県の長官。

県丞……県の次官。


この話では、「国>州>県」の設定です。


※ 一時いっときは、二時間程。

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