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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜麟鳳亀竜〜
31/37

29.棺を蓋いて事定まる



 毎朝の日課である、天迎(ティェンイン)宮での天帝への祈りの為に外へと出た麒煉(チーリィェン)は、ずっと降り続いていた雨が止み、蒼穹が広がっている事に驚いた。

 そうして、空を見上げていると、視界に飛翔している龍が飛び込んで来た。

 その龍が、段々と近づいて来ている事に気付き、天迎(ティェンイン)宮の前庭へと急ぎ足で向かう。

 麒煉(チーリィェン)が辿り着くのとほぼ同時に、その場に龍が降り立った。

 その背から、目的の人物が降りて来たのを確認して、麒麟(チーリィェン)はその名を呼ぶ。


章絢(ヂャンシュェン)!」


 呼ばれた章絢(ヂャンシュェン)は、声が聞こえた方を見て、顔を(ほころ)ばせた。


麒煉(チーリィェン)!」

師君(シージュン)。無事に章絢(ヂャンシュェン)を連れ帰って下さり、有り難うございます」


 麒煉(チーリィェン)の謝辞に、師君(シージュン)鷹揚(おうよう)に言葉を返す。

「何、(わし)はちょっと飛燦(フェイツァン)国まで、龍を(かけ)ただけじゃ」


 章絢(ヂャンシュェン)泰潔(タイジェ)を示し、麒煉(チーリィェン)に声を掛ける。

麒煉(チーリィェン)飛燦(フェイツァン)国の牢に囚われていたこの者を、一緒に連れて来た」

「この者は?」


 麒煉(チーリィェン)の問いに、師君(シージュン)が答える。

「覚えておらんかのう? 昔、画院にいた(わし)の弟子の張泰潔(ヂャンタイジェ)じゃ」

「ああ。肖像画の得意だった、あの……」

 麒煉(チーリィェン)は、泰潔(タイジェ)へと青眼(せいがん)を向けた。


「思い出したか?」

「ええ。でも何故、飛燦(フェイツァン)国に?」

 師君(シージュン)に訊かれ、答えた麒煉(チーリィェン)は、新たに問い掛けた。


 それに、困った表情を浮かべた泰潔(タイジェ)が答える。

「それは……。少し長くなるのですが……」

「そうか。では、立ち話もなんだ。俺の室で話そう」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)が誘導するように歩き出した。


「その前に、何か食べさせてくれないか?」

 章絢(ヂャンシュェン)はお腹を摩りながら、懇願(こんがん)した。

 相変わらずな章絢(ヂャンシュェン)の様子に安堵し、麒煉(チーリィェン)は笑みを零す。


「ああ。俺も朝食はまだなんだ。皆の分も、用意するように伝えよう」


 そうして麒煉(チーリィェン)は、自分の室ではなく客間の方に皆を案内した。

 朝食は半時も経たぬうちに運び込まれ、麒煉(チーリィェン)の合図で皆、食べ始める。

 泰潔(タイジェ)は、蓴羹鱸膾(じゅんこうろかい)に胸が一杯になり、涙を流しながらそれを味わった。


 食事が終わると、(シュ)都事(とじ)は引き継ぎをする為、尚書省(しょうしょしょう)へと行き、それ以外は麒煉(チーリィェン)の室へと移動した。

 中に入ると、浩藍(ハオラン)麒煉(チーリィェン)を待っていた。


「陛下……」

「ああ。浩藍(ハオラン)、おはよう」


 麒煉(チーリィェン)浩藍(ハオラン)に挨拶すると、その後ろにいた章絢(ヂャンシュェン)が脇から顔を(のぞ)かせる。


浩藍(ハオラン)? おお、浩藍(ハオラン)! ただいま!」

章絢(ヂャンシュェン)! 師君(シージュン)! ()くぞご無事で……」

 麒煉(チーリィェン)の後に続いて中へと入って来た二人を見て、普段、神色自若(しんしょくじじゃく)浩藍(ハオラン)も泣きそうな顔になった。

 更にその後に続いた泰潔(タイジェ)に目を留めて、先程の麒煉(チーリィェン)と同じような質問をする。


「ところで、こちらは?」


 それに、師君(シージュン)が答える。

「ああ。(わし)の弟子の張泰潔(ヂャンタイジェ)だ」


 浩藍(ハオラン)は、頭の中にある人物一覧を(めく)る。

張泰潔(ヂャンタイジェ)? ……ああ、あの肖像画が得意な……」

「彼はずっと飛燦(フェイツァン)国に囚われていて、今回、章絢(ヂャンシュェン)と一緒に、師君(シージュン)に救出されたようだ」

 麒煉(チーリィェン)が先程聞いた事を伝えた。


「そうですか……」

「今から詳しい話を聞くつもりでいるのだが、何か話が有ったのではないか?」

 麒煉(チーリィェン)は、待っていた浩藍(ハオラン)にそう問い掛けた。


「ええ。まぁ。こちらの案件は今日中で大丈夫ですので、先にそちらの話を伺いましょう」

 浩藍(ハオラン)はそう言って、持っていた書類を一旦、麒煉(チーリィェン)の机の上に置いた。


「分かった。さぁ、皆、あちらに座ってくれ」

 麒煉(チーリィェン)は、コの字型に並べられた椅子の方を指し示した。

 それに従い、席に着く。


「早速だが、何故、飛燦(フェイツァン)国に囚われていたのか、説明してもらえるか?」

 泰潔(タイジェ)を見据えた麒煉(チーリィェン)は、そう発した。


 泰潔(タイジェ)麒煉(チーリィェン)と視線を合わせた後、遠い目をして語り出す。

「私は、自らに課した使命を果たす為、南方へと向かっていました。その途中、青都(チンドウ)辺りで、飛燦(フェイツァン)国の密偵に捕まり、飛燦(フェイツァン)国の城へ連れて行かれました」

青都(チンドウ)か。確かにあそこは飛燦(フェイツァン)国と繋がっていたな」

 麒煉(チーリィェン)も過去に思いを()せた。

 

「そうですね。でも何故、あなたが連れ去られたのですか? 官僚でもない画家の貴方が」

 麒煉(チーリィェン)同様に思考していた浩藍(ハオラン)が、泰潔(タイジェ)に問い掛けた。


「それは、その時に前右羽林軍将軍の(グオ)先生(さん)を訪ねたからだと思います。近くまで来たからと懐かしく思って、父の旧友をただ訪ねただけでした。それで、きっと関係者だと思われたのでしょう」


「父の旧友?」と、章絢(ヂャンシュェン)が疑問を口にする。


 それに泰潔(タイジェ)が、「今は分かりませんが、十数年前、父は右羽林軍の将軍でした」と、答えた。


「ふむ。確かに(グオ)将軍と(ヂャン)将軍は竹馬の友であった」

 師君(シージュン)は、懐かしそうにそう(つぶや)いた。


「ええ」

「それで、城に連れて行かれた後は?」

 麒煉(チーリィェン)が先を促す。


「牢に入れられ、命令に従うように言われました。私は使命を果たすまで、死ぬわけにはいかないと、仕方なく従いました。奴らは持ち物から、私が画家だと分かったようで、私に絵を描くように言いました。私の描いた絵は、殊の外、王に気に入られたようで、ご自身以外にも王妃様や王太子様、その他の王族の方々の絵を描くように命令されました。そして私は、ニマ王女の肖像画を描きながら話すうちに美しい王女の(とりこ)となりました。私は想いに耐えきれず、王女に思いを伝えました。すると、彼女も私のことを思っていると……。ですが、囚われの身ではどうすることも出来ず、このまま、絵を描き上げてしまえば会うことも叶わなくなる。そして、彼女は政略結婚させられる。私達は、二人で駆け落ちすることにしました」

 泰潔(タイジェ)は、一息にそこまで話した。


「駆け落ち……」

 誰ともなく(つぶや)かれた。


「はい。私達は、何とか(トン)国まで逃げ延びる事が出来ました。ですが……」


 言葉に詰まった泰潔(タイジェ)に、浩藍(ハオラン)が問い掛ける。

「貴方は捕まってしまったのか?」

「はい……。私は、再び飛燦(フェイツァン)国で牢に入れられ、彼女とは離れ離れになってしまいました」


 声涙(せいるい)(とも)(くだ)泰潔(タイジェ)に、皆、言葉が出ない。


「そうか……」


 辛うじて麒煉(チーリィェン)がそう呟いた後、部屋には泰潔(タイジェ)の鼻を(すす)る音だけが響く。


 暫くして、章絢(ヂャンシュェン)が口を開いた。


「それで、その使命というのは?」

「それは……」

 泰潔(タイジェ)は、言葉を濁す。


「もしや、昔、(わし)が頼んだ事と関係があるのではないか?」

 師君(シージュン)が、泰潔(タイジェ)の反応を(うかが)うようにそう尋ねた。


 泰潔(タイジェ)は沈黙で答えを返そうとしたが、師君(シージュン)燃犀(ねんさい)のような視線に耐えきれず、貝のように閉じていた口を開いた。

「そうです」

「そうか。ずっと天迎(ティェンイン)宮の龍を昇天させる方法を探してくれていたのか……」

「どういう事ですか?」

 章絢(ヂャンシュェン)師君(シージュン)に尋ねた。


泰潔(タイジェ)はな、張僧繇(ヂャンソンイャォ)の子孫なのだ。それで、何か家の方に昇天の方法などが伝わっていないか尋ねたのだ。泰潔(タイジェ)の父親も祖父も曾祖父も武人であったから、半ば諦めていたのだが……」

師君(シージュン)泰潔(タイジェ)は何処まで天迎(ティェンイン)宮の龍の事を知っているのですか?」

 麒麟(チーリィェン)が困惑した様子でそう尋ねた。


「恐らく、民衆に伝わっておる部分のみではないかのう? (わし)からは、機密のところは話しておらぬ」


 師君(シージュン)の言葉に、今度は泰潔(タイジェ)が戸惑う。

「機密とは?」

張泰潔(ヂャンタイジェ)。恐らく、そなたの使命と機密は関係がある事だと思う。ここにいる者達は皆、機密の事を知っている。張泰潔(ヂャンタイジェ)、そなたを信用して機密を話す事にする。その代わりに、使命を話しては貰えないか?」

「陛下……」

 泰潔(タイジェ)は、麒煉(チーリィェン)の余りに真剣な様子に(ひる)み、話す事を躊躇(ちゅうちょ)する。


 その様子に焦れた師君(シージュン)が、口を挟んだ。

泰潔(タイジェ)。結局、何も話してはくれずに旅立ってしまったが、何か伝承があったのではないか?」

「……確かに、信じられないような話が伝わっていました。余りに現実離れした話だったので、師君(シージュン)に話す前に、実在するのか確かめようと、言い伝えにあった南の地へと向かったのです」

 泰潔(タイジェ)は、当時を思い出しながら、師君(シージュン)の問いに答えた。


「その話とは?」と、麒煉(チーリィェン)が問う。


「我が家に伝わっていた書物に、張僧繇(ヂャンソンイャォ)は龍を描いた時、鳳凰の羽、連理の梧桐の枝で作られた筆と玉の粉、麒麟(きりん)(にかわ)から作られた塗料、霊亀(れいき)(すずり)を用いていたと、そう書かれていたのです」

「それは、確かに、(にわか)には信じられぬ話であるな」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)は顔を(しか)めた。

 それに浩藍(ハオラン)も同意する。

「ええ。それこそ、伝説のような話です。そのような道具を手に入れる事が、先ず困難です」

「はい。私もそう思っておりました。我が家にもそのような道具自体は全く伝わっておりませんでしたから。ですが……」


 泰潔(タイジェ)の言を章絢(ヂャンシュェン)が次ぐ。

「そうだな。実際、我々は鳳凰と会った」


 その言葉に、麒煉(チーリィェン)が疑いの眼差しを章絢(ヂャンシュェン)へと向ける。

「何?」


「ええ。ここに確かに、鳳凰の羽があります」

 泰潔(タイジェ)はそう言って、懐から出した羽を皆に見せた。


「これが?」

 麒煉(チーリィェン)浩藍(ハオラン)は、半信半疑な様子で羽を見詰めた。


「はい。それに、ここにはありませんが、連理の梧桐の枝も、彼女と逃げている途中で手に入れたのです」

 泰潔(タイジェ)は強い眼差しで、信じて欲しいと願うように真摯(しんし)に話した。


 麒煉(チーリィェン)は、(フゥァン)が洞穴で使っていた枝を思い出し、納得する。

「ああ。あれがそうだったのか」

「あれとは?」

 浩藍(ハオラン)は、(いぶか)しげに麒煉(チーリィェン)を見遣った。

 

 その横で、章絢(ヂャンシュェン)泰潔(タイジェ)に向けて話をする。

「王女から連理の梧桐の枝を預かっている者がいる。その者に会わせてやりたいが、その者の都合もあるだろうから、少し時間を貰いたい」

「そうですか……。牢でも話されていましたが、やはり彼女はもう……?」

 泰潔(タイジェ)は、沈痛な面持ちで、何とかそれに耐えるように尋ねた。


「ああ。埋玉(まいぎょく)してしまった」

 章絢(ヂャンシュェン)は、感情を殺したような声音で淡々とそう告げた。


「そうですか……」

 泰潔(タイジェ)瞑目(めいもく)し、黙祷(もくとう)を捧げる。


 その様は余りに(はかな)げで、彼女の後を追っていなくなってしまいそうな危うさがあった。

 それを引き止めるべく、師君(シージュン)が声を掛ける。

泰潔(タイジェ)。亡くなった彼女の分もそなたは生きねばならぬ」


 目を開いた泰潔(タイジェ)の表情から、先程まであった(かげ)りはすっかり消えていた。

 師君(シージュン)を見るその目には、力強い意志が宿り、鋭く光っているように感じられる。


「そうですね。以前は、偉大な師のお役に立つ事が、ひいてはこの国の為になると思い、それを使命として来ました。ですが、彼女と出会って、それだけではない想いが生まれました。彼女は私の絵をとても好んでくれていました。そんな彼女の為にも、画家として師を、それから張僧繇(ヂャンソンイャォ)をも超えたいと、そう思ったのです。ですから、私は彼女に誇れる自分になるまで彼女には会えません」

「そうか」

 師君(シージュン)は、泰潔(タイジェ)の言葉に満足そうに(うなず)いた。


張泰潔(ヂャンタイジェ)。龍を昇天させる為に、特別な道具が必要だと分かった今、そなたの協力を仰がざるを得ない。その為、国の機密を話す事にする。だが、この事は決して、ここに居る者以外には話さないで欲しい」


 泰潔(タイジェ)は、麒煉(チーリィェン)の言葉に神妙に(うなず)く。

「分かっております。私もこの国のお役に立ちたいのです。この国に不利益になるような事は決していたしません。どうかお話し下さい」


 麒煉(チーリィェン)は、造士(ザオシー)の事や守護龍の事を泰潔(タイジェ)に話した。


「成る程。そう言う事だったのですね。では、造士(ザオシー)ではない私には龍を昇天させる事は出来ないのですね……」

 泰潔(タイジェ)はそう言って、肩を落とした。


「恐らくは。だが、そう落ち込むな。こうして、道具の材料を集めて来たのはそなたなのだ。造士(ザオシー)が目を描き入れて、昇天させようとも、そなたの功績は消えぬ」


 麒煉(チーリィェン)の言葉に同意するように章絢(ヂャンシュェン)(うなず)き、励ますように泰潔(タイジェ)の肩を軽く叩いた。

 それに泰潔(タイジェ)も、「はい」と、(うなず)いて答える。

 決意を新たに、精一杯自分に出来る事をしようと、泰潔(タイジェ)(こぶし)を強く握り締めたのだった。







※ かんおおいてこと定まる……人は死んでから、その真価が決まる。

  青眼せいがん……訪れた人を喜んで迎え入れる目つき。

  蓴羹鱸膾じゅんこうろかい……故郷の味。故郷を懐かしく思う気持ち。

  神色自若しんしょくじじゃく……大事に直面しても顔色を変えず、平然としているさま。

  声涙せいるいともに下る……悲しみ憤って嘆き、涙ながらに話すさま。

  燃犀ねんさい……物事を鋭く見抜くこと。

  埋玉まいぎょく……惜しい英才や美人の死をいう。

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