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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜麟鳳亀竜〜
30/37

28.志は気の帥なり



 章絢(ヂャンシュェン)昇月(シォンユェ)は、次の建物の中へと潜入した。


「ここは……」

「ああ。牢のようなところだな。一部屋ごとに錠が付いてやがる」

「鍵はこいつの部屋にあったのか? どうする? 取りに戻るか?」

 昇月(シォンユェ)は、長の生首を持ち上げながら、忌ま忌ましそうな顔をした。


「いや。これで開けて行こう」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)師君(シージュン)が王宮の牢で使っていたような金属の棒を取り出した。


 一番手前の部屋の鍵を開け、扉を開いた先に、探していた泰潔(タイジェ)が居た。


「居た!」


 突然扉が開き、目に飛び込んで来た人物に、泰潔(タイジェ)瞠目(どうもく)する。

(リー)侍中(じちゅう)!?」

「無事だったか?」

「はい」

「それは良かった。ならば、行くぞ」

(リー)侍中(じちゅう)。この者も一緒に連れて行っては頂けませんか?」

「誰だ?」


 章絢(ヂャンシュェン)の問いに幽楽(ヨウラ)が答える。

「鍛冶屋の幽楽(ヨウラ)と申します。十年程前、(トン)国からこの国へと連れ去られてきました」

「それは、大変であったな。共に連れて行こう」

「ああ、有り難うございます……。あの、他の部屋も開けては貰えませんか? 同じ(トン)国の者達が入れられているんです」

 章絢(ヂャンシュェン)の労いに、幽楽(ヨウラ)は感謝し、頭を垂れた。

 章絢(ヂャンシュェン)は、幽楽(ヨウラ)の悲壮な様子に感心し、快くその頼みを承諾する。

「よし。分かった」

 


 章絢(ヂャンシュェン)達は、手分けをして他の独房に入っている者がいないか、部屋の外から声を掛けて確認した。

 

 全ての部屋に、(トン)国から移り住んだ者達が入れられていて、章絢(ヂャンシュェン)は順番に全て鍵を開けた。


 全員が廊下に出たのを見計らって、章絢(ヂャンシュェン)は声を発した。

「この砦の長は討ち取った。お前達が、直に(トン)国へと戻るならば、飛燦(フェイツァン)国へと自らの意志で密入国した者も今回は不問に付そう。この国に残るというならば、反逆者として捕らえさせてもらう!」


 その言葉を聞き、数人が直に自己弁護し始めた。

「俺達は、彼奴らに騙されただけだ。(トン)国に敵対するつもりなんてなかったんだ!」

「そうだ! (トン)国に帰れるのなら、帰りたい」

「こんなところに来なければ、彼奴らだって死ななかったのに……」


 自分勝手な言い様に、幽楽(ヨウラ)は気色ばむ。

「はん。お前らは、自業自得だろう? 彼奴らだって自暴自棄なって勝手に死んだんだ。お前らも、ああなる前に助けが来て、良かったじゃねえか。この方々に感謝しろよ」

 

 章絢(ヂャンシュェン)は、呆れ顔でその様子を眺めていた。

「随分と勝手な事を言ってくれる。だが、それが人と言うものか……」

 −−事大か、それとも自らの都合の良い言葉を鵜呑みにして、そのように事を進めただけか……。しかし、人の事をとやかく言えない。天帝にひれ伏す俺も、この者達と五十歩百歩と言った所か……。


「『居は気を移す』という。もし、ここへ来てそのようになってしまったというのならば、次の場所では天帝に恥じぬ生き方をして欲しいものだ」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう独り()ちた。


「では、皆付いて来い!」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、建物から出て行った。

 皆、慌ててその後を追う。


 丁度そこへ、(シュ)都事(とじ)など他の味方が大きな(つち)を持って、やって来た。

(リー)侍中(じちゅう)! 全て、壊し終わりました」

「出会した奴らも、伸しときましたよ」

 武官達も、汗を拭いながらそう言った。


「そうか。ご苦労様。これで、この砦は終わったな」

 章絢(ヂャンシュェン)は、感慨深気に辺りを見回した。



 砦の出入り口へ移動した章絢(ヂャンシュェン)達は、そこで一旦立ち止まる。


昇月(シォンユェ)。帰りは、別行動にさせてもらっても良いだろうか?」

「ああ。ここまで来れば、砦西(ヂャイシー)は目と鼻の先だからな。別に構わないぞ」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、昇月(シォンユェ)鷹揚(おうよう)(うなず)く。


「そうか。それじゃあ、悪いがお前達には、この者達を連れて、砦西(ヂャイシー)(ヂャン)県令(けんれい)を訪ねて貰いたい。前に住んでいた村は、湖の底に沈むから新たに住むところが必要であろう。(ヂャン)県令(けんれい)ならば、良きように取り計らってくれるはずだ。君達も砦西(ヂャイシー)に戻ったら、力になってあげてくれ。だが、くれぐれも助長しないようにな」

 章絢(ヂャンシュェン)は、昇月(シォンユェ)と武官達、そして砦西(ヂャイシー)の文官達に向けて、そう指示した。


 昇月(シォンユェ)達は、「はっ! お任せ下さい」と、自身の胸を叩いて見せた。


「次の県令(けんれい)になる(シュ)都事(とじ)もそちらに同行してもらっても構わないのだが、未だ龍居(ロンジュ)の方の引き継ぎが済んでいないだろう?」

「はい」

「なら、俺と一緒に師君(シージュン)の龍で龍居(ロンジュ)まで連れて行ってもらおう。張泰潔(ヂャンタイジェ)。君もだ。君には訊かなければならない事が沢山ある」

「分かりました」

昇月(シォンユェ)。先に出発してくれ。追っ手がかからない所まで進んだ頃を見計らってから、俺達はここを発つ」

「分かった」

「では、頼んだぞ」

「ああ。達者でな」

「お前も」

 章絢(ヂャンシュェン)昇月(シォンユェ)は互いの拳を合わせて、別れを済ませた。

 

 その横で、泰潔(タイジェ)幽楽(ヨウラ)も別れの挨拶をする。

幽楽(ヨウラ)。短い間だけれど、会えて良かった」

「俺も。あんたに会えて良かったよ。お互い、その道を極めような!」

「ああ! もちろん!」

 二人は笑顔で、握手を交わした。


「お前達! 何ものも『人の和に()かず』だ。皆で協力して、新天地で健やかに過ごせよ!」

 歩き出した集団に、章絢(ヂャンシュェン)がそう餞別(せんべつ)の言葉を贈った。


 こうして、昇月(シォンユェ)達一行を見送った章絢(ヂャンシュェン)は、少し離れた場所で控えていた師君(シージュン)を呼びに行った。


師君(シージュン)。無事、砦を落としました」

「そうか。だが、穏便には済まなかったようだな。衣が随分と血に塗れておる」

 師君(シージュン)は目敏く、章絢(ヂャンシュェン)の身を見回した。


 章絢(ヂャンシュェン)も自身を眺め、項垂(うなだ)れる。

「はい。結局、手を汚すことになりました」


 章絢(ヂャンシュェン)は、簡単に事の成り行きを師君(シージュン)に話した。


「この国の宰相が反逆を企てていると、この砦の長と側近が話しておりまして……。あの者達は、(トン)国から来た者達を殺そうとしておりました。それに、宰相の手の者だったので、我が国の為にも討たざるを得ませんでした」

「そうか」

「少々、他国の内政に干渉し過ぎてしまいました。天帝はお怒りになられるでしょうか?」

「どうであろう? それが、私利私欲の為ではなく(トン)国にとっても必要なことであったのならば、お怒りになることはあるまい」

「そう、ですか……」


 全く私利私欲が無いとは断言出来ない章絢(ヂャンシュェン)は、師君(シージュン)の言葉を聞き、何とも言えない表情をした。

 更に、他にも心配事が有り、顔が曇る。


「ところで、王妃様はご無事でしょうか? 心配です」

 僅かな邂逅(かいこう)であったが、血の繋がりがある所為か、章絢(ヂャンシュェン)は王妃の事が気に掛かっていた。


「儂の方から、宰相の企ては鳥を飛ばしてお報せしておこう」

「はい。お願いいたします」

 師君(シージュン)の申し出に、章絢(ヂャンシュェン)は有り難く頭を下げる。


「急いで戻らなければ、な。陛下が心配しているであろう」

「はい。ですが、砦にいた(トン)国の者達を昇月(シォンユェ)達に砦西(ヂャイシー)まで送って行かせることにいたしましたので、我々とは別行動になります」

「そうか」

「それで、先程出発したばかりですので、もう少し昇月(シォンユェ)達がここを離れてから、我々は発とう考えております。この砦に追っ手が潜んでいないとも限りませんので」

「それは、杞憂ではないか? お前も昇月(シォンユェ)もそのような気配は感じなかったのであろう?」

「まぁ、そうですね」

「ならば、心配無用じゃ。直に発とう」

「では、そのように」



 章絢(ヂャンシュェン)達が砦を発った頃には、既に、空は白んで来ていた。


 上空から砦を眺めると、破壊された鍛冶場や武器庫などが見えた。

「随分、大胆に破壊したものだな」

「ええ。まぁ、私達も数日間檻に閉じ込められて、かなりの鬱憤(うっぷん)が溜まっておりましたので」

 (シュ)都事(とじ)は清々したと言わんばかりの様子であった。



 (トン)国の方へと目を向けると、雨が降りしきっている様子が、まるで(しゃ)の布が国を覆っているかのように見えた。

 上空の方には、雨雲が渦巻いている。


師君(シージュン)。あの雨雲を一つ、砦の上に呼び込めないものでしょうか?」

「ほう。出来ないこともない」

「では、お願いいたします。鍛冶場の炎は全て消してくれたとは思いますが、万が一、火事になっては、ここら一帯に燃え広がって、大惨事になることでしょう。幾ら敵国とは言え、戦とは無関係な者まで、犠牲になるようなことがあっては、天帝のお怒りを買うでしょうから」


 師君(シージュン)は、乗っている龍に雨雲を吸い寄せさせ、近くまで来た雲を今度は、砦の真上まで吹き飛ばすようにした。

 砦一帯に雨が降り注ぐ。


「流石ですね。ありがとうございます、師君(シージュン)

「ほっほ。これ位お安い御用じゃ」



 章絢(ヂャンシュェン)達が国境を越えると、瞬く間に雨が止み、蜷局(とぐろ)を巻いていた二体の龍も天界へと帰って行った。


 雲が晴れた丁度その時、朝日が昇り始めた。


(まぶ)しい……」

「すっかり夜が明けましたね」


 日が昇る方角へと進んでいた為、陽の光が目を刺した。 

 皆一様に手を(かざ)す。

 その隙間から、信じられない光景が目に入って来た。


「あれは!?」

「鳳凰……?」

「まさか!?」


 鳳凰は一行の方へと向かって、飛翔しているようだった。

 その距離が近付き、触れそうな距離で、上昇する。

 そして、一行の上を旋回し始めた。


「ああ……」

 泰潔(タイジェ)は何かを(つか)もうと鳳凰へと手を伸ばす。

 鳳凰が一声啼くと、彼の手の中に柔らかな羽毛がヒラヒラと舞い落ちて来た。

 彼は、それを(つか)むと大切な宝を抱え込むように懐へと入れ、鳳凰へと頭を垂れた。


「天は、私に使命を果たせと仰せなのですね……」

 再び顔を上げ、鳳凰を仰ぎ見る彼の頬を、一筋の雫が伝っていった。

 

 章絢(ヂャンシュェン)達は、その神々しい光景にただただ見蕩(みと)れていた。


 我に返ると、いつの間にか鳳凰は飛び去っており、眼下に目を向ければ、都の傍まで来ていた。



龍居(ろんじゅ)城が見えて来たぞ」

「ああ!」

 泰潔(タイジェ)は、長年振りの故郷に感激のあまり言葉が出なかった。

 師君(シージュン)章絢(ヂャンシュェン)(シュ)都事(とじ)の三人は、ただただその心中を推し量り、沈痛な面持ちで眺めるばかりであった。







※「志氣之帥也(志は気の帥なり)」……志は気力を従えるものである。

 「居移氣(居は気を移す)」……住む場所や環境が人の気性を変える。

 「天時不如地利。地利不如人和。(天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず。)」……天のもたらす好機は地勢の有利さには及ばない。地勢の有利さは人心の和合には及ばない。


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