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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜天女降臨?〜
3/37

3.天女の正体



「疲れた」

「そうだな」


 二人の顔には、疲労が色濃く表れていた。


造士(ザオシー)のことも気になるが、今日はもうこの村に泊まるか」

「そうさせてくれ。あの山を登る元気はもうない」

 麒煉(チーリィェン)の提案に、章絢(ヂャンシュェン)は一も二もなく(うなず)いた。


「なら、食料の調達でもするか。携帯食も残り少ないからな」

「そうだな。さっき見てない家に少しでも残っていれば良いが……」

「それは、あまり期待しない方がいいな。(のぞ)いた家は全部、綺麗に何も残っていなかったからな。他もそうだと考えた方がいい」

「まぁな」


「それよりも、この(つる)は山芋のものだと思うから、掘るのを手伝ってくれ」

「分かった」


 山芋を数本掘った二人は、小川へ洗いに行き、ついでに水浴びをする。


麒煉(チーリィェン)。魚も捕まえたぞ!」

「流石、野生児」

「おい。それは()めてないだろ?」


「そんなことはないぞ? だが、(けもの)の肉も食いたいな」

「わがまま言うなよ。もう日も沈みそうだし、そろそろ家の方へ戻ろう」

「そうだな。肉は街に戻るまで我慢(がまん)だな」



 二人は小ぢんまりした家のかまどを借り、火をおこし、芋と魚を焼いた。

 それに持っていた塩をつけて食べる。

 警戒して、調理後直に火は灰を掛け、消した。

 それから、離れた別の家の馬小屋に移動し、(わら)の上に寝そべった。


「腹が膨れたら眠くなって来た」

 章絢(ヂャンシュェン)欠伸(あくび)をしながらそう言った。

 気の抜けた様子の章絢(ヂャンシュェン)に、麒煉(チーリィェン)は眉を(ひそ)める。


「ちょっと緊張感が足りないんじゃないか? もしかしたら、戻って来る村人がいるかもしれないからな。まだ警戒は解くなよ」

「分かっているさ。けど、先に寝させてもらってもいいか? もう目を開けているのが辛い」

「仕様が無いな。今日は、布団はいいのか?」

「山の中程寒くないから、大丈夫だ。(わら)もあるしな」

「そうか」

「じゃあ。頼んだ」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)は目を閉じた。



 その夜、村に現れる者はなく、(かえる)の鳴き声だけが響いていた。





 ——翌朝、二人は芋の残りを食べ、早々に村を後にした。



 行きに付けていた目印を辿(たど)って、山を歩く。

 そのお陰か、思ったよりも早く、昨日、天女を目撃した場所に辿り着いた。


 泉に目を向けると、一人の少年が水を汲んでいた。


「なぁ、あの子供は(イン)じゃないよな?」

 章絢(ヂャンシュェン)が目を(すが)めて少年を見ながら、麒煉(チーリィェン)に問いかけた。

 それに麒煉(チーリィェン)は淡々と答える。

「俺には、人間の子供に見えるな」

「だよな。あの村の子供か?」

「さあな」

「天女はあの子供が描いたと思うか?」

「見たところ他に人はいないみたいだしな。とりあえず、あの子供を見張るか」

「そうだな」





 その場の変化は、直に訪れた。


「おい」

「ああ」

 章絢(ヂャンシュェン)の小さな呼びかけに、麒煉(チーリィェン)も小声で答える。


 少年が桶に水を汲み終わり、運ぼうとしていた時だった。

 三人の男達が、少年に(つか)み掛かり、麻袋に入れようとした。

 少年は必死に(あがら)う。


「この餓鬼(がき)が! 大人しくしないと痛い目にあうぞ!」

「いやだ! 離せ!」


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、気配を消して四人に近付く。


「ぷぷっ。『大人しくしないと痛い目にあうぞ!』って、小悪党みたいな台詞(せりふ)だな」

 章絢(ヂャンシュェン)は小馬鹿にするように、挑発するようなことを男達に向かって言った。


「では、こちらも定番の台詞(せりふ)を。『嫌がっているじゃないか。さっさとその薄汚い手を離せ!』」

 珍しく、麒煉(チーリィェン)も茶番に乗っかる。


 剣を構えようとした二人の(いか)つい風貌(ふうぼう)と気迫に圧された男達は、少年を離し、あっという間に去って行った。


「クソっ! 覚えていろよ!」と、いう言葉を残して。


 男達を追って、一つの影が消えた。


 あまりの呆気(あっけ)なさに、章絢(ヂャンシュェン)の口から笑いが()れる。

「あはは。『覚えていろよ!』だって! 最後まで小悪党だったな?」

「ああ。定番の負け犬の遠吠えだな」

 麒煉(チーリィェン)(あきら)れた顔をする。


 地面に座り込んだまま、身動き出来ずにいた少年は、おそらく二人は自分のことを助けてくれたのだろうと思い、安堵(あんど)の息を吐き出した。

 そして、二人に顔を向けて、とりあえず疑問に思ったことを尋ねることにした。


「あんた達は、誰だ?」


 麒煉(チーリィェン)は、ゴツい顔を出来る限り柔和にして、少年に答える。

「俺は麒煉(チーリィェン)。こっちは章絢(ヂャンシュェン)。坊主は?」

 

「俺は、(フゥァン)だ」

「そうか。ところで(フゥァン)、ここで何をしていたんだ? さっきの奴らは?」

「知らないよ! 水を汲みに来たら、いきなり連れて行かれそうになったんだ」

「そうか。それは災難だったな。ところで、お前一人か?」

「どういう意味?」

 警戒した(フゥァン)は、立ち上がり足を一歩後ろにやる。

 その様子を見て、章絢(ヂャンシュェン)(フゥァン)の腕を(つか)んだ。


「おっと、逃げるなよ。俺達はこの国の役人だ。悪いようにはしないから、詳しく話を聞かせて欲しい」

「さっきの奴らが戻ってくると面倒だ。お前の家に案内してくれないか?」

「はぁ。分かったよ」


 二人に印綬(いんじゅ)を見せられた(フゥァン)は、それが役人の証であることは知らなかったが、逆らっても無駄だと思い、(あきら)めた。


「こっちだよ」



 章絢(ヂャンシュェン)(フゥァン)の代わりに水桶を持ってやり、二人の後について行った。

 

 

「随分、森の中なんだな」

 二里程(約一キロメートル)歩いたところで、麒煉(チーリィェン)が言った。   


 

 (フゥァン)が立ち止まり、指を指す。

「ここだよ」

「ここか?」

「ただの洞穴じゃないか」


 洞穴は、章絢(ヂャンシュェン)の背より少しだけ高い程度で、広さは四、五人が寝そべることが出来そうだった。

 物はほとんどなく、木の台、桶、器、布地、(わら)(まき)、あとは石ころがあるくらいだった。


「ご家族は?」

「いない。妈妈(母ちゃん)は二月程前に死んだ。あとは知らない」

「そうか……」


 母親を失って、まだそんなに経っていない子供に、二人はそれ以上、掛ける言葉が見つからなかった。

 いつもは軽口を叩く章絢(ヂャンシュェン)も、口を開けては閉じを繰り返し、どうしようかと迷っている。


 (フゥァン)はその時のことを思い出したのか、(うつむ)いて涙を零す。

 

 それを見て、章絢(ヂャンシュェン)は言葉の代わりに、(フゥァン)を包み込み、背中を優しく()でてやった。

 ホッとして、今までの緊張が解けたのか、(フゥァン)慟哭(どうこく)する。

 麒煉(チーリィェン)はその様子を、慈しむような眼差しで見つめていた。


 (フゥァン)が泣き止むと、章絢(ヂャンシュェン)手巾(しゅきん)で涙を拭い、それを渡した。

 有り難く受け取った(フゥァン)は、それで鼻をかむ。


 落ち着きを取り戻した(フゥァン)は、前方の壁に視線を向けた。

 そこには、農村で暮らしていそうな、平凡な顔の女性の絵が描かれていた。


「あの絵はお前が描いたのか?」

 麒煉(チーリィェン)は、洞窟に入った時、真っ先に目に飛び込んで来て気になっていた、この壁画について(フゥァン)に尋ねた。


 その問いに、(フゥァン)は一つ(うなず)く。


「そうか。(うわさ)の天女もお前が?」

(うわさ)の天女?」

 章絢(ヂャンシュェン)の問いの意味が分からず、(フゥァン)は首をかしげる。


「昨日の朝、泉にいた女性だよ」

「ああ。あれも死んだ妈妈(母ちゃん)だ」

 麒煉(チーリィェン)の補足で、何のことかは分かったが、天女ではないと即座に否定する。


「本当か!? スゴい美人だったんだな、お前の母親」

「そうなのか?」

 興奮気味に()める章絢(ヂャンシュェン)に、母親以外の女性を知らない(フゥァン)は、有耶無耶(うやむや)に答えることしか出来ない。


「ここには、いつから住んでいるんだ?」

「分からないけど、たぶん生まれた時からずっとだと思う」

「お前は、幾つなんだ?」

「たぶん九歳」

 麒煉(チーリィェン)の問いに、(フゥァン)は淡々と答える。


「そうか。おそらくお前の母親は訳ありだな。よく今まで見つからなかったものだ……」

「そうだな。あんだけの美人だ、見つかったら人買いに(さら)われていただろうな」


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)の言葉に(フゥァン)は驚き、納得する。

「そっか。それで母ちゃん、顔に泥を塗って、髪もぐしゃぐしゃにしていたのか……」


「母親の名前は分かるか?」

妈妈(母ちゃん)妈妈(母ちゃん)だよ」

(フゥァン)、それはたぶん、本当の名前ではないと思うぞ」

 章絢(ヂャンシュェン)にそう言われて、(フゥァン)は不思議そうな顔をする。


「そうなの?」

 

 そんな(フゥァン)の様子に、麒煉(チーリィェン)()()ない思いが込み上げて来たが、ぐっとそれを押し込んで、告げる。

(フゥァン)。悪いが、ここでの生活は今日で終わりだ」

「なんで?」

(フゥァン)の力は特別なものなんだ。この力を持っているものは、国で保護することになっている。例外は認められない。それ程、貴重な力なんだ」

「……俺はこれからどうなるんだ?」

「そうだな。この力は、(ほこ)にも(たて)にもなる。時として危険なものでもある。使いこなすには正しい知識が必要だ。だから、都で師について学んで欲しいと思う」

 

 麒煉(チーリィェン)の言葉に息を呑んだ(フゥァン)は、神妙(しんみょう)(うなず)いて言った。

「……分かった」と。

 


「直に出発すると言いたいところだが、何かやり残したことはあるか?」

妈妈(母ちゃん)挨拶(あいさつ)したら、直に行けるよ」

「そうか」


 (フゥァン)は洞穴の奥の石が積まれ、盛り上がっている場所に向かって話す。

妈妈(母ちゃん)。俺、都に行くね。どうなるか分からないけど、きっと立派になって戻ってくるから、心配しないで、ここでゆっくり待っていてくれよ」

(フゥァン)……」

(フゥァン)のことは私共にお任せ下さい。どうか、心安らかにお休み下さい。」

 麒煉(チーリィェン)がそう言うと、壁画の女性が微笑んだような気がした。


「お前の思いは、きっと母親に届いているよ」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、(フゥァン)の頭を()でた。


「それじゃあ、出発するか」

「あの、これを持って行ってもいい?」

 (フゥァン)は、おずおずと二人にそれを見せる。


「何だ? その棒は」

「これは、唯一、妈妈(母ちゃん)爸爸(父ちゃん)から(たく)された物なんだ。これを肌身離さず持っていなさいって、言っていたから……」

「他には何か言っていなかったか?」

連理(れんり)梧桐(ごとう)の枝だって言ってた」

「連理の梧桐の枝?」

「うん。これで絵を描くと、描いたものが浮き出て来るんだ!」

 (フゥァン)が目を輝かせて、そう言った。


「もしや、これを使えば、誰でも(ザオ)の力が使えるのか?」

「いや、それはないだろう。天帝もそんなことは、仰っていなかったからな。たぶんだが、これを使うことによって、未熟な(フゥァン)の力が制御されて、発現したのだろう」

「そうか」

「ほら、石を使って描いた壁画は、実体化されずにそのまま残っているだろう?」

「そうだな」

「力を制御出来るようになれば、俺のようにただの石で描いても実体化出来るようになる。子淡(ズーダン)は出来るだろう?」

「さあな。子淡(ズーダン)がただの石ころで描いているのを見たことがない」

「そう言われると、そうだな」

 麒煉(チーリィェン)は肩を(すく)める。

 (フゥァン)は不思議そうな顔をして、二人の会話が終わるのを大人しく待っていた。

  

「悪い。待たせたな、(フゥァン)。それは持って行っていいぞ」


 麒煉(チーリィェン)の言葉に(フゥァン)は「良かった」と、安堵(あんど)の息を吐く。


「ただし、人前でそれを使って絵を描いたら駄目だ。どうしてかは、分かるな?」

「うん。危険になるかもしれないからでしょ?」

「まぁ、そう言うことだ。詳しいことは、都に行ってから話すよ」

「分かった」

 (フゥァン)は梧桐の枝をギュッと抱き締め、(うなず)いた。


「それじゃあ、行きますか」

「ああ」


 三人は最後にもう一度、壁画に目を向けたあと、洞穴を出て、馬を預けてある(ふもと)の街まで歩き出した。







※ 唐では、資料によってばらつきがありますが、約320m、約453m、454m、441m、559.80mを一里としていたとか。

 現在の中国では、500m。

 日本では、約3.9km。

 ちなみに、朝鮮では約400mに相当するそうです。

 本作ではアバウトに約500mということにしています。

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