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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜比翼連理〜
22/37

21.子淡の回想④



 麒煉(チーリィェン)が去ると、入れ違いで師君(シージュン)が室に入って来た。


子淡(ズーダン)。皇太子から話は聞いたか?」

「はい。大体のことは。詳細は師君(シージュン)に聞くように言われました」

「そうか。まだ、三月ある。それまでに、少しずつ話していこう」

 そう言うと、師君(シージュン)は自分の机へと向かった。


師君(シージュン)! あの……」

 子淡(ズーダン)は意を決して、師君(シージュン)に呼び掛けた。


「なんじゃ?」

 師君(シージュン)鷹揚(おうよう)に答えて、先を促す。


「皇太子と第二皇子は、その、仲が良くないのですか?」

 子淡(ズーダン)の問いかけに、師君(シージュン)は思いがけないことを聞いたという風に眉を上げ、顎髭(あごひげ)()でる。


「ふむ。そうかも知れんのう。二人は、母親が違うことは知っておるか?」

「はい」

「母親同士は、決して仲が悪いわけではないのだが、な。周りが、壁となって立ちはだかり、妨げとなっておる。特に、(リィゥ)太傅(たいふ)とその周りの者達が、な」

「そうなのですか?」

「うむ。(リィゥ)太傅(たいふ)は分かっておらん。自分の行いが、皇太子を孤立させていくということを。煌羅フゥァンルゥォ皇后も第二皇子も決して、野心を持ったり、(リィゥ)貴妃(きひ)や皇太子に(あだ)をなしたりするような狭量な人間ではない。自分の立場も身の丈もよく理解しておられる。それを、ヤツは分かっておらん。(リィゥ)貴妃(きひ)と皇太子の方は分かっておられるというのに」

「それでは、本人同士が嫌いというわけではないのですね?」

「嫌いも何も、兄弟と言えども、会ったこともなく、名前位しか知らない他人のような感覚であろう」


 いまいちピンと来ない子淡(ズーダン)は、先刻の二人の様子を思い浮かべる。

「そういうものでしょうか? 先程、会ったお二人は、とても余所余所(よそよそ)しいご様子でした」

 

 子淡(ズーダン)の言葉に、師君(シージュン)は目を見開く。

「会われたのか!?」

「はい。画院の前で、ばったりと」

「そうか」

 師君(シージュン)顎髭(あごひげ)()でながら、思案する。


「第二皇子は、あまり関わりたくはなさそうなご様子でした。皇太子は、去って行く第二皇子を悲しそうなお顔で見ておられました。お二人はご兄弟なのに、仲良くすることは許されないことなのでしょうか?」

 子淡(ズーダン)は憂いを帯びた顔をして、師君(シージュン)に尋ねた。


「そんなわけがない。周りが険悪だからといって、お二人が仲違いする必要があるものか」

 師君(シージュン)子淡(ズーダン)を奮い立たせるように、そして自分自身にも言い聞かせるように、語気を強めて、そう発した。


「ならば、私はお二人の掛け橋となりたいです」

 師君(シージュン)に応えるように、子淡(ズーダン)は憂いを払い、強い意志の宿った眼差しを彼に向けた。


「そうか、子淡(ズーダン)。お主ならば、それが可能かもしれぬ。だが、慎重にことを進めるのじゃぞ。表立って動けば、全てが水泡に帰すかもしれぬ。それだけではなく、子淡(ズーダン)も危険に(さらさ)されるであろう。特に、(リィゥ)太傅(たいふ)を刺激するようなことはしないように気をつけるのじゃ」

「分かりました」

「心してかかれ」

 師君(シージュン)の注告に、子淡(ズーダン)は神妙に(うなず)いた。


「ところで、第二皇子は造士(ザオシー)のことはご存じないのですよね?」

「そうだな」

「お話ししては駄目でしょうか?」

「うーむ。(わし)の一存では決められぬ。陛下にお伺いするゆえ、それまでは話さぬように」

「分かりました」

 (うなず)子淡(ズーダン)に、話は終わりとばかりに目配せしてから、師君(シージュン)は自分の仕事に取りかかった。



 こうして、子淡(ズーダン)は二人の仲を取り持とうと奮起したのだった。





 画院からの帰り道、早速、子淡(ズーダン)章絢(ヂャンシュェン)に問いかけた。


「あの、師哥(兄さん)は、その、皇太子のことを、どう思っておられるのですか?」


 突然の子淡(ズーダン)の質問に、章絢(ヂャンシュェン)は目をぱちくりさせた。

「どう、とは?」

「えーっと、好きとか嫌いとか?」

 

 考えながらそう言った、子淡(ズーダン)の様子が可愛くて、章絢(ヂャンシュェン)は思わず笑みを零す。

「フッ。何で疑問系なんだ? 正直に言うと、どちらでもないかな」

「えっ?」

「別に皇太子本人に嫌がらせされたとか、可愛がってもらったとか、そういったことは今まで全くなかったからな。兄弟とは言っても、赤の他人と一緒だよ。まあ、彼奴の祖父の(リィゥ)太傅(たいふ)やその周りの奴らには嫌みを言われたり、嫌がらせされたりするけどな。それでも、彼奴が扇動しているわけではないことは分かっているから、嫌いにはなれないさ。かといって、好きになれるわけでもないけど……」

師哥(兄さん)……」

「だからかな、さっき、なんの心構えもなく会ってしまったから、どう接したら良いか分からなくなってしまった……。子淡(ズーダン)には迷惑かけたな」

 二人は困ったような顔をして、互いを見遣る。


「迷惑だなんて……。私は、恐れ多いことながら、お二人のことを大切な師哥()だと思っています。だから、嫌っているわけでないのなら、仲良くして欲しいです。血の繋がった兄弟なのですから……」

子淡(ズーダン)……」

「先ずは、お互いに思っていることを話すところから始めましょう? 微力ながら、私が仲立ちします」

「ありがとう……。だが、(リィゥ)太傅(たいふ)のことが気がかりだ」

「そうですね……。とりあえず、一度お二人が話せる機会を作りますので、その時に相談しましょう?」

「ああ」

 子淡(ズーダン)の申し出を快諾し、章絢(ヂャンシュェン)は微笑んだ。



 二人がその他にも色々な雑談をしながら進んでいると、あるお屋敷の周囲が騒がしく、野次馬が集まって来ているところに出会した。

 何かあったのかと近くの男性に尋ねたところ、その館の嫡男が武官に引っ立てられているところだということだった。

 子淡(ズーダン)は呆気にとられ、章絢(ヂャンシュェン)はその様子を黙って眺めていた。

 武官の中に昇月(シォンユェ)の姿を見たような気がしたが、気の所為かもしれないと子淡(ズーダン)は頭を振った。

 

子淡(ズーダン)。これで少しは、外を歩きやすくなると思うよ」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、子淡(ズーダン)の頭を優しく()でた。

 それを聞いて、子淡(ズーダン)は何となく察した。

 昨日の獣が言っていた「公子(若様)」が、きっとこの屋敷の者なのだろうと。

 そして、章絢(ヂャンシュェン)の労りに胸が震えた。

 




 −−翌日、子淡(ズーダン)麒煉(チーリィェン)へ向けて文を書いた。

「話がしたいから、都合の良い日時を教えてもらいたい」と。


 返事は直に届いた。

「次の日の昼頃なら大丈夫だ」と。

 その時間に画院を訪れる旨が書かれていた。


 子淡(ズーダン)は文を胸に抱き込んで、ホッと息を吐く。

「良かった……」





 −−その翌日、約束の時間になり、麒煉(チーリィェン)が画院へと訪れた。

 子淡(ズーダン)の部屋へと辿り着いた麒煉(チーリィェン)は、従者達に入り口で待つように指示を出す。

 いつものことながら、従者達は非難がましく麒煉(チーリィェン)を見遣ったが、彼は知らぬ振りをして、中へと入り、戸を締めた。


子淡(ズーダン)。少し遅れてしまったかな?」

「いえ。お忙しいところ、お越し下さりありがとうございます」

「いや、構わないよ。可愛い子淡(ズーダン)の頼みだからな」

 麒煉(麒煉)はそう言って、いつもの椅子に腰掛けた。


 お茶の用意をした子淡(ズーダン)も、斜め向かいの椅子に腰掛けた。


子淡(ズーダン)、このお茶は?」


 一つ多く用意された、茶杯(湯呑み)を見て、麒煉(麒煉)が尋ねた。


師哥(兄さん)に会っていただきたい方がいるのです。宜しいでしょうか?」

子淡(ズーダン)がそう言うなら、会おう」

「ありがとうございます」

 子淡(ズーダン)はそう言って、奥の物置へと向かい、その扉を開けた。

 中から、章絢(ヂャンシュェン)が出て来て、麒煉(チーリィェン)は目を見開く。

「第二皇子!?」


「先日振りです、殿下。失礼しても?」

「ああ」

 麒煉(チーリィェン)は呆然としながらも、章絢(チーリィェン)の問いに答える。

 それを受けて、麒煉(チーリィェン)の向かいの椅子に、章絢(ヂャンシュェン)は腰掛けた。


「お二人とも、お越し下さりありがとうございます。私にとっては、お二人とも大切な師哥()です。だから、仲良くしていただけたらと思い、僭越(せんえつ)ながらこの場を設けさせていただきました」

「そうか……。そうだったのか……」

 麒煉(チーリィェン)は、そう言いながら、自分の中で何かと折り合いをつけているようだった。


子淡(ズーダン)、ありがとう。この場を設けてくれて。……第二皇子も会ってくれてありがとう。私は、ずっと君と仲良くしたいと思っていた。言い訳になるが、周りがそれを許してはくれなかった。だから、こうして会うことが出来て、本当に嬉しく思う」

「殿下……」

 麒煉(チーリィェン)が本心で言っていることが伝わって来た章絢(ヂャンシュェン)は、何とも言えないむず(がゆ)い心地になり困惑する。


「図々しいお願いだとは思うが、私のことを『大哥()』と呼んでは貰えないだろうか。そして、これからも会ってはくれないだろうか?」

 麒煉(チーリィェン)の懇願に、章絢(ヂャンシュェン)は目を(つむ)って、暫し黙考する。


「……会うのは構いませんが、『大哥()』と呼ぶのは難しいです」

 章絢(ヂャンシュェン)の胸に今までの色々な出来事が去来し、とても「大哥()」と呼ぶ心境にはなれなかった。


「そうか……」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、麒煉(チーリィェン)項垂(うなだ)れた。

「まぁ、それは追々で良いか……」と言って、麒煉(チーリィェン)は気を持ち直す。


 章絢(ヂャンシュェン)は背筋を伸ばし、真剣な眼差しで、そんな麒煉(チーリィェン)を見据える。

「殿下、折角の機会ですので、これだけは言わせて下さい」

「何だ?」

「私は、決して皇帝の椅子(地位)を欲してはおりません。その所為で、嫌がらせを受けるのも本当に迷惑です。陛下には、冠礼の折に臣籍降下する旨の了承は受けております。ですから、そのことを(リィゥ)太傅(たいふ)に貴方様の方からも伝えていただけないでしょうか?」

「それは構わないが、本当に良いのか?」

「ええ。殿下には申し訳ないと思いますが、皇帝という責務は重すぎて、私には背負えません。それに、その椅子に縛られるのはとても耐えられない。私は、そこから逃げることを選んだのです」

「そう、か……」

 章絢(ヂャンシュェン)の見解に、麒煉(チーリィェン)はとても複雑な心境になった。


「もちろん、臣に下っても、微力ながらこの国の為に尽くすつもりではおります。ですが、出来ればあまり表に立ちたくはありません。私は、ただ平穏な生活を望んでおります。どうか、お許し下さい」

「許すとか、許さないとか、私にそのような大それたことを決める資格はない。だが、兄として弟の願いを叶えたいとは思う。私も微力だが、幾らでも力になろう」

 麒麟(チーリィェン)は、自分達の所為で今まで虐げられて来た弟の望みを、その罪滅ぼしとして、必ず叶えようと固く心に誓った。


「ありがとう。ありがとうございます……」

 麒煉(チーリィェン)の言葉に、張り詰めていた糸が切れたように章絢(ヂャンシュェン)の目からは涙が零れた。





 その後、麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、何度か子淡(ズーダン)の部屋で語り合うことが出来た。

 その三度目の時に、師君(シージュン)も立ち会い、麒煉(チーリィェン)から章絢(ヂャンシュェン)造士(ザオシー)の説明がされた。

 章絢(ヂャンシュェン)はとても驚いたが、それと同時に、子淡(ズーダン)の待遇の良さに納得した。

 そして、急に子淡(ズーダン)の存在を遠くに感じて、喪失感に襲われる。

 だが、それに(ふた)をして、表面上は今まで通りを装った。



 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は会う毎に打ち解けて、兄弟と言うより友人のような気安い関係となっていった。

 それに伴い、段段と麒煉(チーリィェン)の中で、章絢(ヂャンシュェン)と一緒に冠礼(成人)の儀式を受けたいという気持ちが強くなっていく。

 麒煉(チーリィェン)は先ず、そのことを父である皇帝に話した。

 皇帝はそのことを大変喜び、師君(シージュン)にも相談して、その旨を朝議で(はか)った。

 当然、(リィゥ)太傅(たいふ)一派は渋い顔をした。

 だが、麒煉(チーリィェン)と皇帝、師君(シージュン)の懸命な嘆願が叶い、(リィゥ)太傅(たいふ)一派の反対意見を棄却させ、章絢(ヂャンシュェン)麒煉(チーリィェン)と一緒に冠礼(成人)の儀式を受けることとなった。






 

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