表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜比翼連理〜
20/37

19.子淡の回想②



 師君(シージュン)から「(ザオ)」の力の制御と絵を習うようになって一月程経った頃、この日は彼から鳥が来ず、子淡(ズーダン)は弟の(ゲン)と一緒に珍しく家に居た舅父(伯父)に剣を習っていた。

 母の一番上の兄である清冴(チンフー)舅舅(おじさん)は、祖父を(しの)ぐ剣の使い手だった。

 下級武官の子にしては異例な将軍にまで出世し、請われて高官の子息などにも指南している。


 (しばら)く経った頃、二人の青年が清冴(チンフー)を訪ねて来た。

 清冴(チンフー)の弟で、子淡(ズーダン)の母の二番目の兄である澄牙(チォンヤー)舅舅(おじさん)の息子、昇月(シォンユェ)とその時一緒にいたのが章絢(ヂャンシュェン)であった。


「おっ! 君達が、昇月(シォンユェ)の従兄弟か?」

 章絢(ヂャンシュェン)は人懐っこい笑顔を浮かべて、子淡(ズーダン)(ゲン)に話し掛けた。


「……はい」

 子淡(ズーダン)(ゲン)は初対面の章絢(ヂャンシュェン)に人見知りをし、小さく返事をする。

 そんなもじもじとした様子の二人を微笑ましい思いで見遣った章絢(ヂャンシュェン)は、昇月(シォンユェ)の方に向き直り彼を揶揄(からか)う。

昇月(シォンユェ)と全然似てないな。二人共素直で良い子だ」

 

「それはどういう意味だ?」

 思わず昇月(シォンユェ)は半目になる。


 清冴(チンフー)昇月(シォンユェ)(なだ)めるように、彼の肩を叩いた。

 そして、今度は反対の手を章絢(ヂャンシュェン)の肩に手を置く。


子淡(ズーダン)(ゲン)。この方は、皇帝陛下の第二皇子で在らせられる、(ツァィ)皇子だ。粗相のないように」

 清冴(チンフー)の言葉に、子淡(ズーダン)(ゲン)は驚愕し、互いの団栗眼(どんぐりまなこ)を見合わせた。


 この時まだ十七歳だった章絢(ヂャンシュェン)は成人前であった為、(あざな)である「章絢(ヂャンシュェン)」はまだ授かっておらず、親や師からは(いみな)の「(ツァィ)」で呼ばれていた。

 それ以外の者からは、ただ「皇子」や「殿下」だった。


 章絢(ヂャンシュェン)は渋い顔になり、口を出す。

「師匠。止めて下さいよ。師匠の前では同じ弟子。出来れば、兄弟子として接して貰いたい」

「そうですか? 分かりました。ならば、子淡(ズーダン)(ゲン)、『師哥(兄さん)』とお呼びすると良い」

「はい」

 清冴(チンフー)の提案に、子淡(ズーダン)(ゲン)(うなず)いた。


「師匠。お休みのところ、突然来てしまい申し訳ありません。宮でじっとしていることが出来ませんで、昇月(シォンユェ)を訪ねたところ、こちらに伺うと申しましたので無理を言って付いて参りました」

「そうでしたか。私は構いませんが、お一人での外出は看過出来ません。貴方様は一国の皇子です。もし、何かあったら……。必ず護衛と出歩いて下さい」

「師匠、残念ながら今の護衛達は信用出来ません。彼奴等は護衛ではなく監視です。私の周りで信の置ける者は師匠や昇月(シォンユェ)花梨(ファリー)老娘(母さん)とその家族、あとは師君(シージュン)くらいのものです」

「殿下……」

 口元に冷たい笑みを浮かべる章絢(ヂャンシュェン)に、清冴(チンフー)は苦い思いが胸に込み上げて来た。


 章絢(ヂャンシュェン)は皇后の子でありながら、第二皇子という微妙な立場であった。

 既に(リィゥ)貴妃(きひ)の子である第一皇子の麒煉(チーリィェン)が立太子していたが、彼に何かあった場合は章絢(ヂャンシュェン)にその御鉢が回ってくることになる。

 その為、(リィゥ)貴妃(きひ)の陣営の者達、特に彼女の父である(リィゥ)太傅(たいふ)には常に警戒されていた。

 皇后である章絢(ヂャンシュェン)の母は、煌羅(フゥァンルゥォ)国の王族であったが(トン)国から離れていた為、地位は高くとも国内での味方は少ない。

 (リィゥ)太傅(たいふ)の力は絶大で、父である皇帝、劉章(リィゥジャン)でさえも表立って皇后やその子である章絢(ヂャンシュェン)を擁立することは出来なかった。

 そんな皇后がその地位に在るのは、偏に面倒な外交問題を避ける為であった。

 

「俺は皇子、ましてやそれ以上のものなんて望んでいない。俺は自由になりたいだけだ。こんな籠の鳥みたいな生活は我慢ならない。皇太子がさっさと結婚して、跡継ぎを作ってくれることを願っているよ。そうすれば俺も伏魔殿から解放されるだろう?」

  

 九歳の子淡(ズーダン)には難しい話はよく分からなかったが、章絢(ヂャンシュェン)の表情から、彼が皇子という高い地位に居ても決して幸せではないということが(うかが)えた。


「あの。私にも何か御手伝い出来ますか?」

 

 おずおずとそう言った子淡(ズーダン)に、その場に居た全員が驚いた。

 章絢(ヂャンシュェン)は、まじまじと子淡(ズーダン)を見つめる。

 その熱い視線に子淡(ズーダン)()(だこ)のように真っ赤になり、思わず両手で(ほお)を包み込んだ。


「可愛いな。子淡(ズーダン)だったかな? ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 章絢(ヂャンシュェン)は満面の笑みを子淡(ズーダン)に向け、彼女の頭を()でた。


 それを見ていて(うらや)ましく思ったのか、(ゲン)が挙手をして、「僕も御手伝いする!」と、そう宣言する。


「ぷっ」

 昇月(シォンユェ)は思わず吹き出した。


「ハハハハ……」

 清冴(チンフー)も釣られて笑い出す。


「何で笑うの?」

 (ゲン)(ほお)を膨らませて()ねる。


「悪い、悪い。お前があんまり可愛いことを言い出すから、つい」

 昇月(シォンユェ)の言葉に、(ゲン)の機嫌が益々悪くなる。

(おとこ)に可愛いは、言ったら駄目なんだぞ!」

 

 子淡(ズーダン)(ゲン)のお陰でその場は一気にほんわかした空気になった。

 緩んでしまった空気を直に引き締めて、練習を続けるのは難しいと判断した清冴(チンフー)は、息を吐く。


「折角、我が家にお越し下さったのですから、歓迎しますよ、殿下。子淡(ズーダン)(ゲン)、休憩にしよう。さぁ、殿下、こちらへどうぞ」


「ありがとう。稽古の邪魔をして悪いな」

 申し訳なさそうに言う章絢(ヂャンシュェン)に、子淡(ズーダン)(ゲン)も、首を左右に振って気にしないように伝える。


 会客室(応接室)で茶菓を御馳走になった章絢(ヂャンシュェン)は、話が弾み一時(いっとき)程その場で過ごした。

 常に気を張っている彼にとって、久方振りの心安らぐ穏やかな時間であった。


「また来ても良いだろうか?」

 帰り際、章絢(ヂャンシュェン)は遠慮勝ちにそう尋ねた。

 それに清冴(チンフー)は、笑顔で答える。

「ええ。大したおもてなしは出来ませんが、いつでも歓迎いたしますよ」

 

 子淡(ズーダン)(ゲン)もその隣で、首を上下に大きく振った。


「ありがとう」

 章絢(ヂャンシュェン)は泣きそうな顔で笑う。


昇月(シォンユェ)。殿下を頼んだぞ」

「はい、師匠!」

 清冴(チンフー)の信頼に応えるように昇月(シォンユェ)は元気よく返事をする。


 昇月(シォンユェ)に護衛されながら、章絢(ヂャンシュェン)芙蓉(フーロン)宮へと帰って行った。

 


 その後、章絢(ヂャンシュェン)清冴(チンフー)が留守の時でも、子淡(ズーダン)(ゲン)を訪ねて一人でふらーっとやって来るようになった。




 

 それから更に数週間が経った頃、子淡(ズーダン)師君(シージュン)に連れられて画院へとやって来た。


「この者は(わし)の愛弟子で、『子淡(ズーダン)』という。馬鹿なことは考えずに、兄姉として接してやって欲しい。よいな?」

「はっ!」

 その場に居た画院の者達は、師君(シージュン)牽制(けんせい)するような言い方に畏怖(いふ)を感じ、神妙(しんみょう)(うなず)いた。


 それに満足げな顔をした師君(シージュン)は、一人の男を手招いた。

子淡(ズーダン)。この者はこの画院の長官で『李玄枝(リーシュェンジー)』という。恐れ多いことながら、陛下から『待詔(たいしょう)』の位を授かっている。(わし)の息子じゃ」

「えっ! 師君(シージュン)の?」

 子淡(ズーダン)はまん丸な目を玄枝(シュェンジー)向けて、挨拶をする。

「あの、呉子淡(ウーズーダン)といいます。よろしくお願いします」


 子淡(ズーダン)の挨拶に、目尻を下げた玄枝(シュェンジー)が自己紹介する。

「私は李玄枝(リーシュェンジー)です。不肖ながらこの画院の長を務めております。同じ師を持つ兄弟子として何でも尋ねて下さいね」

「はい。ありがとうございます!」

 子淡(ズーダン)は元気よくお礼を言った。


 そんな時、入り口の方がざわざわし出した。


師君(シージュン)!」

 入り口から表れた一人の青年が、師君(シージュン)に向かって嬉しそうに呼び掛けた。


 それに師君は、目を細めて答える。

「此れは、此れは、ようこそお越し下さいました、殿下」

「うむ」

 傍まで来た青年は、子淡(ズーダン)の方に目を向けた。

「その者は?」

(わし)の愛弟子にございます」

「名は?」

呉子淡(ウーズーダン)と申します」

「ふーん」

 青年は品定めするように、子淡(ズーダン)をジロジロと見回した。

 子淡(ズーダン)は眉を寄せて、居心地悪そうに身じろぎする。


「少しこの者と話したい。すまぬが師君(シージュン)とこの者以外は、呼ぶまで席を外してくれ」

「……(かしこ)まりました」

 護衛達は、渋々といった様子を隠すこともせず、退出した。


「彼奴等の無礼、どうか御許し下さい」

 青年は師君(シージュン)子淡(ズーダン)に申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「殿下。臣にそう簡単に頭を下げるものではありませぬぞ」

「いいえ、師君(シージュン)。私は師君(シージュン)のことを臣とは思っておりません。師君(シージュン)は私の師であります。師に対する非礼に頭を下げるのは当然のこと」

「うーむ。そう思って下さるのは大変名誉なことではありますが、ここには子淡(ズーダン)も居ります。あまり軽はずみなことはなさらぬよう」

「分かった。だが、この子は『造士(ザオシー)』だと聞いた。であれば、私の方こそこの子を敬わねばなりません」

「それはどなたから聞き及んだのでしょう?」

「陛下だ」

「左様に御座いますか。ですが、殿下、このことは国の機密。表立って子淡(ズーダン)を上に見るようなことは御控え下さい」

「なれば、是非、同じ師を持つ兄弟子として『師哥()』と呼んで、接してもらえたら嬉しく思う」

「ほほ。そうですな。子淡(ズーダン)はどうじゃ?」

 師君(シージュン)に話を振られた子淡(ズーダン)は戸惑う。


「あの、この方は?」

「おお、そうじゃった。この方は、(リン)皇太子じゃ」

「えっ!」

 子淡(ズーダン)師君(シージュン)から青年の正体を聞き、驚いて目を見開いた。


 章絢(ヂャンシュェン)同様、麒煉(チーリィェン)もこの時は十七歳で、成人前であった為、(あざな)の「麒煉(チーリィェン)」はまだ授かっていない。

(リン)」は(いみな)である。


(ウー)造士(ザオシー)師君(シージュン)から聞いているとは思うが、『造士(ザオシー)』は天帝の愛し子。皇太子である私よりも遥かに尊い存在。だが、他の者達にはそれを知られてはならぬ。ならば、せめて師哥()と思ってもらいたい」

「その、恐れ多いことながら、宜しいのでしょうか?」

 前に章絢(ヂャンシュェン)も似たようなことを言っていたなぁと思いながら、子淡(ズーダン)は、怖怖と尋ねた。


「ああ、もちろん」

 麒煉(チーリィェン)はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

「私も『子淡(ズーダン)』と呼んで良いだろうか?」

「はい!」

 子淡(ズーダン)麒煉(チーリィェン)に笑顔で答えた。


 それから子淡(ズーダン)は度々画院を訪れて、師君(シージュン)以外からも絵の指導を受けるようになった。

 素直で控えめな子淡(ズーダン)は、皆から可愛がられ、メキメキと上達していった。


 麒煉(チーリィェン)もそんな子淡(ズーダン)を気に入り、度々画院を訪れては、弟のように可愛がっていた。

 当時、子淡(ズーダン)は男装していた為、麒煉(チーリィェン)は女の子だとは全く気付いていなかった。



 そうして、歳月人を待たず、あっという間に二年の月日が流れた。

 絵と剣を必死に学んでいた子淡(ズーダン)は、十一歳になっていた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
官職などの参考資料をご覧になりたい方は、こちらまでどうぞ。 「自作に関する雑記&イラストなど」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ