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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜比翼連理〜
18/37

17.風雲急を告げる 

 在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝

 

 天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝となりましょう、と。


(白居易 詩 「長恨歌」の一節)




 章絢(ヂャンシュェン)達一行は、飛燦(フェイツァン)国の王城を一路目指し、周囲を警戒しながら黙々と進んでいた。


 道中、捕虜の男が護送中に自害しやしないかと、章絢(ヂャンシュェン)はずっとヒヤヒヤし、神経を張りつめて疲弊(ひへい)(いちじる)しい状態だった。


 出発の時、もちろん男は猿轡(さるぐつわ)をし、拘束(こうそく)されていた。

 それでも、荷馬車の中から麒煉(チーリィェン)を問い質したい様子で、ずっと視線を向けているようだった。

 麒煉(チーリィェン)はその視線に応えるように言った。


「お前は王女の行方を知って、どうするつもりだ? その後を追うつもりでいるのならば、教えることは出来ない。どちらにしろ、お前を飛燦(フェイツァン)国王に引き渡す。王女のことはその時に、そこの(リー)侍中(じちゅう)から王へと話すことになるだろう。早まった真似は止めておけ」


 まさか、そんなことを言うとは思っていなかったため、章絢(ヂャンシュェン)はとても驚いた。

 そして、麒煉(チーリィェン)のことを少し(うら)めしく思った。


 もう一つ、緊張を強いられている理由があった。

 飛燦(フェイツァン)国に入ってから、異様な程に静かなのだ。

 

 荷馬車があるため、出来るだけ整備された街道を通っているので、(トン)国の官吏の制服を着て、立派な馬に乗り、堅牢(けんろう)そうな荷車を囲んでいる章絢(ヂャンシュェン)達は間違いなく目立っている。

 だが、特に話し掛けられることも、行く手を阻まれることも、ましてや攻撃されることもない。

 どちらかと言うと、()れ物に(さわ)るような様子だ。

 物を買う時や、道を尋ねた時の反応がより顕著(けんちょ)で、見るからにそのように感じられた。


 襲われないに越したことは無いが、あまりに何事もなく王城へと近づいているものだから、逆に不安になってくる。



 麒煉(チーリィェン)からは、出発前に、(ゴウ)から報告があったと教えられた。

 (ジィァン)別駕(べつが)の逃げた私兵達は、案の定、飛燦(フェイツァン)国へと向かった。

 しかも、見張りがいる正規の砦西(ジャイシー)の国境関からではなく、岩場だらけで、切り立った(がけ)のある山の方から。

 最初は、山中の村にあった隧道(ずいどう)を目指したようだが、それが見当たらず、仕方なく、その(がけ)を登って行ったようだった。

 無茶をするものである。

 一歩間違えば、奈落の底へと真っ逆さまになる道だ。

 だが、悪運が強いのか、誰一人欠けることなく、飛燦(フェイツァン)国の辺境の村へと辿り着いたという。

 どうやら、その辺境の村には鍛冶場があり、そこで暮らす者達は(トン)国の言語を話していたそうだ。

 十中八九、それは居なくなった砦西(ヂャイシー)の山中の村に住んでいた者達だろう。

 そして、その村は村というよりは(とりで)と呼ぶに相応しい様子であったという。

 これは、益々、飛燦(フェイツァン)国に(トン)国が戦を仕掛けられるという話が、現実味を帯びて来た。


 そういうことがあって、麒煉(チーリィェン)からは十分に注意するよう言われていただけに、この静けさが異様に恐ろしく感じられた。


 −−嵐の前の静けさとならなければ良いが……。


 もちろん、麒煉(チーリィェン)の方から、飛燦(フェイツァン)国王へは先触れの書簡を送ってある。

 それを王が確認したことは、書簡に施した仕掛けで麒煉(チーリィェン)は把握していた。

 そのことも麒煉(チーリィェン)から章絢(ヂャンシュェン)は聞いている。


 −−まぁ、下手に歓迎されるのも怖いから、静観されている方がマシかもな。


 心の中で独り()ち、章絢(ヂャンシュェン)は息を吐いた。




 

 日が暮れて来た頃、なんとか野営が出来そうな林に来ることが出来、夕飯の準備に取りかかった。

 

 章絢(ヂャンシュェン)達は、荷や捕虜が奪われることを警戒して、なるべく宿を取ることはせず、野営するようにしていた。

 

 食事の時になっても、眉間(みけん)(しわ)を寄せて厳つい顔で黙り込んでいた章絢(ヂャンシュェン)に、昇月(シォンユェ)は声を掛けた。

「暗いぞ、章絢(ヂャンシュェン)。あまり考え込んでもどうなるものでもないだろう? もう少し、気を楽にしろよ」

「はぁー。そうなんだけどな……。俺も麒煉(チーリィェン)に比べたら楽観的な方だけど、お前はその上を行くよな。その性格が(うらや)ましいよ」

「そうだろう? 『禍福(かふく)(あざな)える(なわ)(ごと)し』だ。いちいち気にしていたら身が持たないぞ。なるようになるさ」

 そう言って昇月(シォンユェ)は、章絢(ヂャンシュェン)の背中を叩いた。


「うわっ。相変わらずガサツだな」 

 章絢(ヂャンシュェン)は苦笑し、背中を(さす)った。


「まぁ、国王に会わないことには何も始まらないな」

「いよいよ明日か……」


 王城はもう目前に迫っていた。

 明日の昼頃には辿り着くだろう。


「はぁー。もう少しゆっくりしたかったぜ。折角、飛燦(フェイツァン)国の美人達とお近付きになれる機会だったっていうのによ。野営ばっかりだし……」

「お前が未だに結婚出来ない理由がよくわかる台詞(せりふ)だわ」

「お前だって似たようなものだろう? そんなお前が、子淡(ズーダン)みたいな美人と結婚出来たんだ。俺だって出来る(はず)だ」

「いやー。お前は無理だろ? 剣しか取り柄が無いからな」

「おいおい。(ひど)いな。やっぱり、子淡(ズーダン)は相当な物好きだな。こんなヤツを選ぶんだから」

「聞き捨てならないな。子淡(ズーダン)のことを悪く言うのは許せない」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、昇月(シォンユェ)の鼻を(つま)む。


「やめへくれ。わるかっはっへ(訳:やめてくれ。わるかったって)」

 昇月(シォンユェ)は涙目になりながら、なんとか謝罪した。


「二度と子淡(ズーダン)を悪く言うなよ」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)は手を離した。

 赤くなった鼻を(さす)りながら、昇月(シォンユェ)が言う。

「ああ。痛かった。この馬鹿力め。鼻が(つぶ)れるかと思った。俺の男前の鼻が変形したらどうしてくれる」

 

「はっ。俺のお陰で、少しは見られる顔になったんじゃないか?」

「なんだと!」


 章絢(ヂャンシュェン)昇月(シォンユェ)は、その後も低俗な(ののし)り合いを続けた。

 章絢(ヂャンシュェン)はいつの間にか、強張りが解けていた。

 それを見ていた他の官吏達も、肩の力が抜け、二人に感謝したが、間に入って二人を止めることは誰もしなかった。

 捕虜の男だけが冷たい目でその様子を見ていた。


 男と目が合い、我に返った章絢(ヂャンシュェン)は、真面目な顔に戻って、昇月(シォンユェ)()く。

「ところで、青都(チンドウ)はどんな様子だ?」


 五年程前、今回の(ゴン)州、砦西(ヂャイシー)であったようなことが青都(チンドウ)でもあった。

 その時は、県令(けんれい)県丞(けんじょう)県尉(けんい)など多くの上層部の官吏達が飛燦(フェイツァン)国と繋がっていた為、青都(チンドウ)自体が飛燦(フェイツァン)国の支配下に置かれていたと言っても過言ではなかった。

 中央からの進軍による摘発が後一歩でも遅ければ、青都(チンドウ)飛燦(フェイツァン)国に占拠(せんきょ)されていたかもしれない。

 そんな危険な状態だった。

 庁舎を壊滅させてしまう程の激しい戦闘の末、県尉(けんい)は戦死、県令(けんれい)県丞(けんじょう)達は処刑され、事件は一応の決着を見た。

 荒廃していた青都(チンドウ)の県政を、(グゥォ)県令(けんれい)を筆頭とした優秀な官吏達が立て直し、軍部の方は昇月(シォンユェ)が中心となって取り締まった。

 年若く、そこまで身分の高くない昇月(シォンユェ)県尉(けんい)に就いているのも、その時の戦功が群を抜いて素晴らしかったからだった。

 戦闘を知っている者達は、この時はまだ平の武官だった昇月(シォンユェ)県尉(けんい)になったことに、不満を持つことは決して無い。

 陰で昇月(シォンユェ)は、「冴え渡る瞬朱(しゅんしゅ)狂月(きょうげつ)」という二つ名で呼ばれていた。

 意味は、「一瞬で辺り一面を真っ赤な血の海に変える冷酷な狂った月」である。


「今はもう、飛燦(フェイツァン)国に関わっている者は、官吏達の中には居ない。(グゥォ)県令(けんれい)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)厳しいからな」

「よくお前みたいな軽いヤツと上手くいっているよな」

(ひど)い言われようだな。俺だってやるときはやる男だぞ」

 昇月(シォンユェ)が胸を張って、得意気にそう言った。


「ぷっ」

 子供っぽい昇月(シォンユェ)に、思わず章絢(ヂャンシュェン)は吹き出した。

 それに重なって、小さな笑い声があちこちから聞こえて来る。


「お前。部下達にも笑われているぞ」

 章絢(ヂャンシュェン)に突っ込まれた昇月(シォンユェ)は、部下達に向かって(こぶし)を上げる。

「お前等!」


 そんな昇月(シォンユェ)に一瞬(ひる)んだ様子を見せた部下達だったが、全く恐がりもせず、一人が章絢(ヂャンシュェン)に告げ口する。

「も、申し訳ありません。(グゥォ)県令(けんれい)(ヂュ)県尉(けんい)(いじ)って楽しんでおられるご様子ですので、ご心配には及びません」

「なるほどな」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)はニヤニヤと昇月(シォンユェ)を見た。


 居たたまれなくなった昇月(シォンユェ)は、話題を変える。 

「そう言えば、お前、まだ笛は吹いているのか?」

「ああ。子淡(ズーダン)が自分の代わりに持って行って欲しいと言われたから、今も持っているぞ」

「おっ! それは良い。久しぶりに聴きたいな。皆にも聴かせてやってくれよ。お前の笛は天下一品だからな」

「そこまで言うなら、吹こう」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)(ふところ)に入れていた袋から笛を取り出し、愛おしそうにひと()でした後、口にあてた。


 章絢(ヂャンシュェン)が奏でたのは、国を思う気持ちが込められた郷愁誘う曲だった。

 その夜は、丸に近い月が綺麗に輝いて見えるほど、空気が澄み渡っていた。

 笛の音は、そんな月まで届くように響き渡る。

 先程まで全く表情の無かった捕虜の男も、流石にこれには涙を流して聞き入っているようだった。

 長い年月を経て帰って来た故郷に、何かを思ったのかもしれないし、ずっと追っていた王女のことを考えたのかもしれない。

 ただ、その涙の理由は、本人にさえも分からなかった。





 −−翌日、遂に一行は王城へと辿り着いた。

 ここでもすんなりと城内へ通され、拍子抜けする。

 

「気を抜くなよ」

 そう言って、表情を凛々しくした章絢(ヂャンシュェン)に、皆が(うなず)く。


「はっ!」


 そうして、謁見(えっけん)の間と思われる場所へ案内された一行は、手土産を眼前に並べ、その後ろに並んで(ひざまず)き、緊張した面持ちで国王の訪れを今か今かと待っていた。





  *    *    *   





 −−数日後の(トン)国首都、龍居(ロンジュ)


 ここ最近、(トン)国周辺では雷雨が続いている。

 

 民の間で、「天子様が何かして、天帝の怒りを買ったのでは?」、「いやいや、天子様を陥れようとした者がいて、それで天帝の怒りを買ったのだ」とか、そのような(うわさ)話が真しやかに(ささや)かれていた。



 (フゥァン)は、天にいる二匹の龍が雷雲を呼び、渦巻く様子を眺める。

 これは一体どうことだろうかと、子淡(ズーダン)に尋ねようと、彼女に視点を向けた。


 視線の先の子淡(ズーダン)は、書房の窓から天を眺めて必死に祈っている。


章絢(ヂャンシュェン)。どうか無事でいて……」


 影が差し儚く映る彼女の横顔が、(フゥァン)にはここ数日で随分と()けてしまったように感じられた。


子淡(ズーダン)大姐(姉さん)……」

 

 (フゥァン)の心配そうな呟きが耳に入り、ハッとした彼女が「ごめんなさい、(フゥァン)。どうかした?」と尋ねた。

 (フゥァン)は、先程の疑問を彼女に問いかけた。


子淡(ズーダン)大姐(姉さん)。僕には空にいる二体の龍がこの雷雨を招いているように見えるんだけど、気のせいかな?」


「まあ、やっぱり(フゥァン)にも見えるのね! あれが、前に麒煉(チーリィェン)大哥(兄さん)が話していた、龍よ。天迎(ティェンイン)宮にいる龍と同じでしょう?」


「うん。……やっぱり龍達は怒っているのかな?」

「そう、ねぇ……」

 顔を曇らせた子淡(ズーダン)は、天の龍達を眺めながら、数日前に麒煉(チーリィェン)から報せがもたらされた時のことを思い返した。







※ 「因禍爲福、成敗之轉、譬若糾墨(禍に因りて福を為す、成敗の転ずること、たとえば糾える縄の如し)」……幸福と不幸は表裏一体で、代わる代わる来るものだから、それに一喜一憂しても仕方が無いということのたとえ。

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