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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
16/37

16.不義にして富み且つ貴きは、我において浮雲の如し



 州軍の訓練場で鍛錬していた丹管(ダングァン)にも声を掛け、麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、聲卓(シォンヂュオ)に案内され、(ばく)の道へと向かった。

 そこは、街道を挟んで、山側の迂回路の反対側であった。


「ここが、『(ばく)の道』か」

「笹ばっかりだな」

「ああ。これは確かにものを隠しておくには最適かもな」

 

 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)丹管(ダングァン)は、笹をかき分けながら進む聲卓(シォンヂュオ)の後に続いて、進んで行く。

 途中、章絢(ヂャンシュェン)が左の方へ行こうとして、聲卓(シォンヂュオ)が注意する。

 

「あっ! (リー)侍中(じちゅう)。そちらに行ってはなりません!」

「ん?」

 章絢(ヂャンシュェン)は足を止め、聲卓(シォンヂュオ)に顔を向ける。


「食事中の大熊猫(ジャイアントパンダ)がおります」

「近くから気配は感じないが、随分先にいるんじゃないか? 離れているのに音だけでそれが分かるのか?」

「はい。半里程先だとは思いますが、大熊猫(ジャイアントパンダ)は主に笹を食べますので、余計に分かりやすいのです」

大熊猫(ジャイアントパンダ)は、人間を食べたりはしないのか?」と、麒煉(チーリィェン)が尋ねる。


「どうでしょうか? そもそもこの場所に近付く者が居りませんから、わかりかねますが、笹が無ければ食べるかもしれませんね」

 聲卓(シォンヂュオ)の言葉に、章絢(ヂャンシュェン)後退(あとずさ)った。


「いずれ、大熊猫(ジャイアントパンダ)の生態調査もさせたいものだ」

 麒煉(チーリィェン)は未知の生物について、とても興味を()かれた。


「そうですね。生態が分からず、悪夢を払うと言われる(ばく)と混同されて、この道で惑うものが多いこともあり、ここは『(ばく)の道』と呼ばれるようになったとか」

「それはおかしくないか? (ばく)は邪気を払うのに、惑う道を『(ばく)の道』というのはどうにも納得がいかない。むしろ安全な道こそをそう呼ぶべきだろう?」

「まあ、昔の人間が言ったことですので」

 章絢(ヂャンシュェン)の言い分に聲卓(シォンヂュオ)は肩を(すく)めて、そう言った。


「それにしても、これだけ笹ばかりだと確かに迷うな。方向が分からなくなるのも仕方ない。(ヂャン)県令(けんれい)はよく迷わずに進めるものだ」

 麒煉(チーリィェン)は感心した様子で聲卓(シォンヂュオ)()める。


「ええ。(わず)かばかりですが、村の方向からは鉄の匂いがするのですよ。そして、街の方からは美味しいご飯の匂いがしますので、それを頼りに進んでおります。あとは、ここの地形なんかも頭には入っておりますので」

「ヘー。(すご)いですね」

 聲卓(シォンヂュオ)の野生動物並みの(すさ)まじい臭覚と有能さに驚き、丹管(ダングァン)も感嘆の声を上げる。



 話しながら進んで行くと、資材のある場所に辿り着いた。


「ああ、良かった。そのまま、手付かずで残っていたな」

 都から送った時と殆ど変わらない資材の様子に、麒煉(チーリィェン)はホッと息を吐く。

 それに、聲卓(シォンヂュオ)は微笑みを浮かべる。

「ええ。まぁ、武官達にひっそりと見張らせては居りましたので……。これでやっと、本格的に工事が進められます」

「良かった、良かった」

 章絢(ヂャンシュェン)(うなず)きながらそう言った。


「これはとりあえずこのままで、先に村まで案内してもらえるか?」

「はい」

 麒煉(チーリィェン)からの指示に従い、聲卓(シォンヂュオ)は先へと進む。



 三人は、切り立った(がけ)の傍で立ち止まる。

 

「おっ、見えて来た。確かにこの道だと早いな」


 (がけ)の上から見渡すと、眼下に集落が見えた。


「前に来たことがおありですか?」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉が引っ掛かり、聲卓(シォンヂュオ)がそう尋ねた。


「おっと口が滑った。ハハ」

 慌てて手で口を抑える仕草をした章絢(ヂャンシュェン)を、麒煉(チーリィェン)小突(こづ)く。


「はぁ、実は土砂崩れを発見した時に、気になって、な。あっちの山側の方から迂回(うかい)して、村に行ったんだよ」

「そうだったんですか。そんな気はしていましたが……」

 前に村のことを話した時の章絢(ヂャンシュェン)の反応に違和感を感じていた聲卓(シォンヂュオ)は、すんなりと納得した。


「この(がけ)はどうやって下りるんだ?」

「そこの梯子(はしご)を使って下ります」

 章絢(ヂャンシュェン)の問いに、聲卓(シォンヂュオ)が近くの梯子(はしご)を指差し、答えた。

 梯子(はしご)は、中々頑丈そうな鉄の(くさり)で出来ていた。


「はは。ここに梯子(はしご)を掛けた者は勇敢だな。それに、この(くさり)鍛錬(たんれん)した者は素晴らしい技術者だ」

 野晒(のざら)しにされていても、殆ど()びた様子の無い梯子(はしご)を触り、章絢(ヂャンシュェン)が言った。


「その技術者が飛燦(フェイツァン)国へと行ったのだとしたら、その損出は計り知れないな」

 麒煉(チーリィェン)も顔を(しか)め、そう(こぼ)した。


「そうですね……」

 丹管(ダングァン)(くさり)を熱心に観察して、これを鍛錬(たんれん)した者の剣を振るってみたかったと、とても残念に思った。

 

 (がけ)は絶壁で、いくら頑丈な梯子(はしご)が掛かっているとはいえ、足が(すく)むくらい、恐らく、百歩(約百五十六メートル)程の高さはあるように思われる。

 いや、もしかしたらその倍はあるかもしれない。

 常人ならば、これを使ってでも下りるのは躊躇(ちゅうちょ)してしまうだろう。


「確かにこれだけの高さがあれば、『(ばく)の道』が沈むことは無いな」

 麒煉(チーリィェン)(がけ)の下を(のぞ)き込みながら、そう言った。


「先に行かせていただきます」

 聲卓(シォンヂュオ)がそう言って、下りだした。

 その後を章絢(ヂャンシュェン)麒煉(チーリィェン)丹管(ダングァン)の順で付いて行く。



 地面に下り、一歩進んだところで、章絢(ヂャンシュェン)はしゃがみ込む。

「ふー、帰りは遠回りだがあちらから行きたいな」

「何? 怖じ気づいたか?」と、麒煉(チーリィェン)がニヤリと口角を上げ、揶揄(からか)って言う。


「元々高い所は得意じゃないんだよな」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、息を吐いた。


「さっ、もう少し歩きますよ」

 二人を微笑ましそうに見遣(みや)った聲卓(シォンヂュオ)が、そう言って歩き出した。





「着いたー」

 章絢(ヂャンシュェン)が息を弾ませながら、そう発した。

 少し離れたところで塀の造りを観察していた(チェン)主事(しゅじ)が、それに反応し、目を丸くする。

「おや。これは陛下に、(リー)侍中(じちゅう)。それと(ヂャン)県令(けんれい)ではありませんか。そちらの方は陛下の護衛ですかな?」

 (チェン)主事(しゅじ)に気付いた四人が近づいて来てから、声を掛けた。


(マー)武官だ。ああ、それと、ここでは俺のことは(リー)丞相(じょうしょう)と呼んでくれ」

 麒煉(チーリィェン)の言葉に、(チェン)主事(しゅじ)は頭を垂れる。

(かしこ)まりました」


「ところで、(チェン)主事(しゅじ)。調査は済んだのか?」

「はい。ここは、元々鉄の採掘の為に出来た村でしてな。今はもう採れなくなりましたが、それでも鍛冶(かじ)の技術の方は受け継がれていたようです。鍛冶場(かじば)の方も村外れにありました。ただ、出て行く時に打ち壊して行ったようで、潰れておりましたがね」

 (チェン)主事(しゅじ)は興奮気味に話し、最後の方は落胆を声に(にじ)ませていた。

 そして、再び気を取り直したように話を続ける。

 

「あとは、竹細工や(まき)なんかを売って暮らしていたようですな。それから、証拠は残っておりませんが、潰された鍛冶場(かじば)の様子から、矢尻を作っていた様子が(うかが)えました」

「それがこの国で流通していないところを見ると、飛燦(フェイツァン)国へ流れて行った可能性があるな」

「はい」

 (チェン)主事(しゅじ)は沈痛な面持ちで(うなず)いた。


 麒煉(チーリィェン)は頭を抱え、()め息を(こぼ)す。

「はぁ。何とも頭の痛いことだ。その鍛冶場(かじば)はもう利用出来そうには無いのか?」

「そうですね。あれを修復するよりも新しく建設する方が効率的でしょう」

「ならば、この村はこのまま沈めても問題はなさそうか?」

「ええ。これと言って隠されているものはありませんでした。去る時に全て持ち去ったのでしょうな。読み取れる者は全て記録いたしましたし、新たな資源などもございませんでしたので、いつ沈めても問題ありません」

「そうか」


「それにしても、人が居なくなると寂れるのも早いな」

 前に来たとき以上に、村が荒廃している様子を見て、章絢(ヂャンシュェン)哀愁(あいしゅう)(ただよ)わせる。

 

 ちなみに、この村を調査していた(チェン)主事(しゅじ)達は、現状を損なわないように村外れの森の中で野営していた。


「この村が、二百年も昔に鉄で栄えていたのが幻のようだな」

 麒煉(チーリィェン)も遠くを見るような目をした。

 二人の様子を見ていた聲卓(シォンヂュオ)もそれに同意する。

「そうですね。全ては泡沫夢幻(ほうまつむげん)と言ったところでしょうか?」

「ああ。実際にここは水の中に沈んでしまう。(あぶく)(あわ)のごとく消え去る、夢と幻の村と言って良いだろうな」

 麒煉(チーリィェン)の呟きは、突如起こった旋風(つむじかぜ)()き消された。

 砂が巻き上がった為に、咄嗟(とっさ)に目を閉じた五人は、風が弱まって、目を開けた瞬間に(かつ)ての村の(にぎ)わいを見た気がして、目を(こす)る。

 だが、次の瞬きの後には、再び(さび)れた村が映った。


 現実に意識を戻した麒煉(チーリィェン)は、(せき)払いし、命じる。

「それでは、調査の報告書を提出して、工事に取りかかってくれ。それから、(チェン)主事(しゅじ)にはゆくゆく砦西(ヂャイシー)県丞(けんじょう)の任に就いてもらいたい。(しばら)くはこちらと平行して、(ヂャン)県令(けんれい)(ヤン)県丞(けんじょう)から仕事の引き継ぎをしてくれ」


 (チェン)主事(しゅじ)は、思わぬ昇進に一瞬驚いた後、承諾した。

「承りました。ということは、(ジィァン)別駕(べつが)は捕まりましたかな?」

「ああ。(ヂャン)県令(けんれい)を始め、砦西(ヂャイシー)(ゴン)州の官吏達の働きのお陰だ。それと(ファン)御史(おんし)だな。(しばら)くは残党探しや、余罪の調査、飛燦(フェイツァン)国へどれだけのものが流出しているかも聞き出さなければいけないから、直に処刑は出来ないが……。お前達も、残党には注意してくれ」

「はっ!」

 (チェン)主事(しゅじ)麒煉(チーリィェン)の注告に神妙に(うなず)き、続けて(つぶや)くように言った。

(ジィァン)別駕(べつが)の得たものは、浮雲でありましたか……」と。





 −−数日後。

 砦西(ヂャイシー)に行っていた章絢(ヂャンシュェン)(ゴン)州牧(しゅうぼく)の執務室に戻ってくると、麒煉(チーリィェン)が待ちきれないとばかりに、話し出した。

章絢(ヂャンシュェン)。一緒に飛燦(フェイツァン)国へ行ってもらう者達が到着した。紹介する」


 そのメンバーに目を向けた章絢(ヂャンシュェン)は、瞠目(どうもく)した。

「おっ!? 昇月(シォンユェ)じゃないか!」


 章絢(ヂャンシュェン)に向かって、軽く手を上げ、昇月(シォンユェ)が応える。

「よっ! 章絢(ヂャンシュェン)。元気だったか?」

「お前、今、青都(チンドウ)にいるんじゃなかったか?」

「ああ。(ヂャオ)中書令(ちゅうしょれい)から書簡が来て、(しばら)飛燦(フェイツァン)国に行くお前さん達の護衛を頼みたいっていう話だったから、三人程部下を連れて来た。こいつらは、俺には劣るが中々の武官だぞ」

「それは頼もしい。よろしく頼む」


 朱昇月(ヂュシォンユェ)子淡(ズーダン)の従兄妹に当たり、章絢(ヂャンシュェン)とは同じ剣術の師についていた同士である。

 現在は、青都(チンドウ)県尉(けんい)となっていた。


「あと、(シュ)都事(とじ)砦西(ヂャイシー)の文官二名にも今回同行してもらう。詳しい説明は、三人と合流してからしよう。早速で悪いが、明日の朝の出立とさせてくれ、今日はこちらの宿舎で休み、疲れをとるように。以上」

「はっ!」

 麒煉(チーリィェン)の命に従い、四人は退室する。

 その時、昇月(シォンユェ)章絢(ヂャンシュェン)に向かって、片目を(つむ)って目配せした。

 それに、章絢(ヂャンシュェン)は苦笑を返す。

 

昇月(シォンユェ)のヤツは、相変わらずだな」

「ああ」


 執務室に二人になったところで、章絢(ヂャンシュェン)が切り出した。

麒煉(チーリィェン)。やはり今のこの状態で、お前が国を離れるのはよくない。飛燦(フェイツァン)国へは俺が責任もって行ってくるから、いくつか書を貸してはくれまいか」


 まだ、官吏達の中に(ジィァン)別駕(べつが)飛燦(フェイツァン)国と繋がっている者が残っている可能性がある。

 そんな中、安全とは言い難い敵地とも言える場所へ皇帝を連れて行くわけにはいかないと、今更ながらに章絢(ヂャンシュェン)は考えた。


「うーむ」

 麒煉(チーリィェン)は、目を閉じ(しば)し黙考する。

「はぁ。飛燦(フェイツァン)国の内部を直に見てみたかったんだがな。仕方ない。章絢(ヂャンシュェン)。頼んだぞ」

「はっ!」

「せめて、(マー)武官を連れて行ってもらいたいが、あの者は私から離れはしないだろうな……」

「そうだな。(マー)武官はお前の護衛だからな。それ以上に、主君であるお前から離れることを(いと)うだろうな。まぁ、昇月(シォンユェ)も居るしこっちは大丈夫だ。お前は、国内のことに心血を注いでくれ」

「分かった。そうしよう。では、これを持って行くが良い」

 そう言って、麒煉(チーリィェン)(ふところ)から出した書と絵を数枚、章絢(ヂャンシュェン)に渡した。





 −−翌日。

 章絢(ヂャンシュェン)達、使節団一行は、麒煉(チーリィェン)侶明(リュミン)聲卓(シォンヂュオ)丹管(ダングァン)らに見送られて、国境を越え飛燦(フェイツァン)国の王城へと向けて旅立って行った。







※ 「不義而富且貴、於我如浮雲」……人の道から外れた不正な手段で得た地位や財産は、私から見れば浮雲のように頼りなく儚いものである。[論語]

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