表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
15/37

15.往く者は諫むべからず、来る者は猶お追うべし


 

 −−数日後。


 (ジィァン)別駕(べつが)飛燦(フェイツァン)国の密偵、私兵を捕縛し、一件落着と言いたい所であったが、麒煉(チーリィェン)達は、事件の残務処理に追われていて、とても飛燦(フェイツァン)国へと旅立てる状況ではなかった。



「クソッ! 軍部の不満は今まで、皇后が押さえてくれていたが、亡くなってからは後手に回っていた。そのツケがこれか」

「今まで、どれほど武皇后に助けられていたか思い知らされたな。惜しい人を亡くした」


 (ゴン)州牧(しゅうぼく)の執務室で報告書を読んでいた麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、()()無い感情を持て余していた。


 捕縛した私兵達を尋問して分かったことだが、甘い汁を吸う為に(ジィァン)別駕(べつが)()り寄っていた者は三分の二ほどで、残りは、国に不満を抱いている武官や、その身内の者達だった。

 

(ウー)皇后は、皇后でありながら、その身分をひけらかすことなく、誰にでも気安く、武芸にも秀でておられたから、武官達に人気でありましたな」

「ああ。目が行き届いて、機転も利く、替えの利かぬ人財だったと、今更ながらに思い知らされたよ」

 章絢(ヂャンシュェン)侶明(リュミン)(ウー)皇后を惜しまれ、麒煉(チーリィェン)も改めて彼女の存在の大きさを知り、その穴が簡単に埋まるものではないことを痛感した。


「だが、だからといって、(ジィァン)別駕(べつが)という男に、国を良い方へ導くだけの能力、命を懸けるだけの価値があったと思うか? どう見ても、上辺だけの利己主義者ではないか。それが悪いわけではないが、上に立つ者の器ではないだろう? ヤツを守って死んでいった者達が浮かばれまい」

「旗印など何でも良かったのでしょう。自分たちの不平不満さえ解消されれば」

 麒煉(チーリィェン)の見解に、侶明(リュミン)は肩を(すく)めて答えた。


「もしかしたら、自分たちの目的の為に、(ジィァン)別駕(べつが)さえも利用しようとしていたのかもしれないが、な」

 章絢(ヂャンシュェン)は、思案顔でそう言った。


「そう、かもしれないな。人の欲とはなんと浅ましいものなのか……」

 二人の言葉に麒煉(チーリィェン)は、憂いを帯びた表情になる。


麒煉(チーリィェン)。お前は、この国を価値あるものにしなければならない。そして、お前自身も守られる価値のある人間でなければならない。それが、この国の頂点に立つ、お前の使命だ」

「俺の使命はなんて重い……」

 真剣な眼差しを向けて発せられた章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、麒煉(チーリィェン)は益々苦悩する。


 章絢(ヂャンシュェン)は、麒煉(チーリィェン)の肩にそっと手を置き言った。

「そうだな。だが、その重荷を共に背負う。それが俺の使命だ。お前は独りじゃない」と。

「それは何とも心強いな」

 麒煉(チーリィェン)の表情に少しだけ明るさが戻る。


「微力ながら、私も少しなら背負えますぞ」

侶明(リュミン)……」

「さっ、弱音を吐くのはそれ位にして、仕事をして下さい」

「やっぱり、侶明(リュミン)は厳しいな」

 侶明(リュミン)の激励に麒煉(チーリィェン)は笑みを浮かべた。


「ところで、飛燦(フェイツァン)国の密偵は吐いたのか?」

 捕縛した翌日、再び麒煉(チーリィェン)が訪れた時も、拷問に耐え、男は決して口を開かなかった。


「いえ。黙秘を続けております。食事も拒否しておりますので、このままでは餓死(がし)するでしょう」

「そこまでして、ヤツは何を隠している?」

「王女を捜索していただけなら、そこまでするか?」

 侶明(リュミン)の返答を聞き、麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は再びあれこれと思いを巡らす。


「そもそも、あの絵の王女と(フゥァン)の母親が同一人物だとすると、(フゥァン)飛燦(フェイツァン)国王の孫ということになるのか」

「そうなるな」

「もしかして、彼奴(あいつ)が父親とか?」

「それなら必死に捜す理由も分かるな。隠している理由も」

「もし父親だったら、死なせると(フゥァン)に申し訳が立たないな。亡くなった王女にも」

「ああ。ヤツに(フゥァン)のことを話してみるか?」

「そうだな……」



 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は男のいる牢へと向かった。

 二人が来ることを聞いていた(スン)州司馬(しゅうしば)によって、男は尋問部屋へと移されていた。


「早速だが、お前がなぜ黙秘しているのか知りたい。お前が王女を捜していたのは分かっている。それ以外で何を隠している? それは、お前が死んでまで隠さなければならないことなのか?」

 麒煉(チーリィェン)からの問いに男が反応することは無かった。


「もしかして、お前は王女の恋人だったのか?」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、男は(うつむ)けていた顔を少しだけ上げた。


「ここからは俺の推測だが、お前と王女は恋人だったが、身分違いで結婚を許されなかった。そのため、二人は駆け落ちしてこの国に来た。ところが、どういうわけはお前と王女は(はぐ)れた。いや、もしや追っ手に見つかり、離れ離れになったのか? まぁ、そんなわけで表立って探すことは出来ず、(ジィァン)別駕(べつが)を隠れ(みの)に彼女の行方を捜していた。どうだ?」

「フッ。随分と俗な考え方をする」

「違うのか?」

「いや。半分程は当たっている。……王女が今どうしているのか、お前は知っているのか?」

「ああ、知っている。と言ったら?」

「そうか……」

 男はそう言って、(しば)し黙考した後、自嘲(じちょう)するように語り出した。


「このまま黙って死ぬつもりだったが、最期に馬鹿な男がいたとお前達に語るのも悪くない」


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、ただ静かに男の話に耳を傾けていた。


「俺は飛燦(フェイツァン)国の高官の息子だ。王女とは従兄妹になる。俺はニマに()れていた。将来は一緒になる(はず)だった。これは、王との間で取り決められていたことだった。だが、あの男がニマを(さら)った。あの忌々(いまいま)しい男が!」


 話しているうちに、男の声が段々と荒々しくなっていく。


「俺は二人を追って、この国に入った。だが、(しばら)くすると足取りが途絶え、この十年近く、ずっとこの国をあちこち探していた。再びこの地に戻り、やっと、やっと見つけたと思った。この腕で抱き締めた(はず)だった。だが、それは幻だったのだ。その姿は跡形もなく消えた。……お前に、この絶望が分かるか?」

 

 男は(うつむ)き、その身体は小刻みに震えていた。

 その姿は、全てを拒絶し、「いや、分かる(はず)が無い」と、言外に言っているようだった。

 次から次へと目から溢れて流れ落ちる雫は、ただ静かに地面を濡らし、シミを作っていた。

 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、男にかける言葉が無かった。

 愛する者を長い年月ひたすら追い求め、やっと手に入れたと思った瞬間、それがその手から零れ落ちていく。

 それは、筆舌に尽くし難い恐怖と悲嘆を男に与えたことだろう。


 (しばら)くして、男のすすり泣きが治まった頃、麒煉(チーリィェン)は言った。

「お前は、ここでは処罰しない。その身柄を飛燦(フェイツァン)国へと引き渡す。その時に、王女のことを教えてやろう。だから、せめてその時までは、生き延びることだ」


 打ち(ひし)がれている男に、王女が亡くなっていることを話し、追い討ちをかけるようなことは(はばか)られた。

 少しでも生きる(よすが)を残してやりたかった。

 それが、如何(いか)麒煉(チーリィェン)の独り善がりで、男の望まぬ行為であったとしても。


 男はそれを聞いて、「そうか」とだけ言った。

 もしかしたら、王女は既にこの世にはいないのかもしれないと思いながら。


 その時、少し上向いた男の顔は()き物が取れたかのように、すっきりしているように見えた。

 それは、麒煉(チーリィェン)のただの願望であったかもしれないが……。



 尋問部屋を後にした麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、再び執務室に戻った。


「まさかあの男が、飛燦(フェイツァン)国の王女と従兄妹だったとは……」

「ああ。だが、あの口ぶりからして、(フゥァン)の父親では無いだろう」

「父親は誰なんだろうな?」

彼奴(あいつ)が言っていた、王女を(さら)ったとかいう男のような気がするが、今はこれ以上聞くのは止めておこう。もう少し心の整理をさせてやろう」

「お前は、甘いな。まぁ、王族に近い者に下手な対応も出来ないか」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、息を吐いた。


「それにしても、飛燦(フェイツァン)国への手土産は増えるし、官吏は(ジィァン)別駕(べつが)と繋がっていて捕縛されるしで、人手が全然足りないな」

「ああ。まぁ、連れて来た官吏は繋がっている確信があって、捕縛することになるのは分かっていたが、な。今、浩藍(ハオラン)の方にも新たな人材の補充をお願いしている。だが、もう(しばら)飛燦(フェイツァン)国へ向けて出発は出来そうにないな」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、麒煉(チーリィェン)も頭を抱える。


 そんな麒煉(チーリィェン)に、侶明(リュミン)は更に頭が痛くなるようなことを言う。

「新たな(ゴン)州の別駕(べつが)も、早々にお決めになって下さいね。出来れば、有能な者を」

「それについては、考えがある」

 麒煉(チーリィェン)の考えが気にならないわけではなかったが、今は聞いても教えてくれそうにないと察した侶明(リュミン)は、「左様ですか」と言うに(とど)めた。



 窓の外に目を遣った章絢(ヂャンシュェン)は、日の昇り具合を見る。

「もうそろそろ、(ヂャン)県令(けんれい)が来る時間か?」

「そうだな」

 麒煉(チーリィェン)も外に目を向け、相槌(あいづち)を打つ。


 −−トントン。


「おっ! (うわさ)をすれば影か?」

 戸を叩く音を聞いた章絢(ヂャンシュェン)がそう言った。


「失礼します。(ヂャン)県令(けんれい)がお越しです」

「入れ」

 麒煉(チーリィェン)の返事を受けて、聲卓(シォンヂュオ)が入室する。


「ご無沙汰しております」


 聲卓(シォンヂュオ)の挨拶を受けた麒煉(チーリィェン)は、彼に席を勧め、時間が惜しいとばかりに、直に本題へと入る。

(ヂャン)県令(けんれい)。早速だが、そちらの方の後処理は進んでいるか?」

「はっ! 都から来られた、(シュ)都事(とじ)が大変優秀ですのでとても助かっております」


 (シュ)都事(とじ)は、麒煉(チーリィェン)達と一緒に都から来た、尚書省(しょうしょしょう)の官吏であった。

 一人荷馬車に残り、(ジィァン)別駕(べつが)の仲間達の行動を見張る役割を担っていた。

 もちろん、(ゴウ)も張り付いていたが、(ゴウ)の証言は公的な証拠にはならない。

 そのため、(シュ)都事(とじ)は彼らに寝返ったように見せかけて、ずっと監視し、証拠を集めていた。

 砦西(ヂャイシー)(ヂォン)県尉(けんい)が官吏達を拘束した後、章絢(ヂャンシュェン)聲卓(シォンヂュオ)に頼んだのは、彼のことだった。

 彼の拘束を解き、仕事を手伝ってもらうようにお願いしていた。 


「そうか。彼に県令(けんれい)は勤まるだろうか?」

「申し分無いかと思います」

「ならば、彼に砦西(ヂャイシー)県令(けんれい)を引き継いでもらいたい。そして、(ヂャン)県令(けんれい)には(ゴン)州の別駕(べつが)になって欲しい。だが、彼には予定通り、飛燦(フェイツァン)国へ同行してもらうつもりだ。帰国するまではこのままの状態でいてもらう」


 やんわりと言っているが、皇帝の命令に逆らえる(はず)も無い。

 聲卓(シォンヂュオ)は謹んで()け、心配していたことを尋ねる。

「それは構いませんが、(ヤン)県丞(けんじょう)は今後どうなりますか?」

(ヤン)県丞(けんじょう)には、御史台(ぎょしだい)へ行ってもらおうと思う」

御史台(ぎょしだい)ですか?」

「ああ。似合いだとは思わぬか?」

「そうですね」


 (ジィァン)別駕(べつが)の前では彼に都合のいい人物を演じ、その実、彼を糾弾出来るよう証拠を集めていた手腕は、色々な職場に潜り込んで調査する、監察官(かんさつかん)という職務にはもってこいであろう。

 そう、麒煉(チーリィェン)聲卓(シォンヂュオ)も考えた。


「新しい県丞(けんじょう)は、先に派遣していた(チェン)主事(しゅじ)をと考えている。(チェン)主事(しゅじ)は息災であろうな?」

「はい。こちらに来られてから、山中の村の調査を、(ジィァン)別駕(べつが)に見つからないように、ひっそりとしていただいておりました」

「そうか」

「資材もそこにあるのか?」

「資材の方は、『(ばく)の道』の方に隠してあります」

「ほう? そこへ案内してもらえるか? (チェン)主事(しゅじ)とも話したいし、な」

「はっ!」


 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は直に席を立った。

 聲卓(シォンヂュオ)は、慌てることなくその後に続く。

 そんな三人の姿を、侶明(リュミン)は目を細めて見送った。







※ 往者不可諫、來者猶可追……過ぎ去ったことはどうしようもないが、これからのことはまだ間に合う。[論語]


 都事も主事も役職の名前。主事よりも都事の方が役職は上。今でいうと、課長と係長位でしょうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
官職などの参考資料をご覧になりたい方は、こちらまでどうぞ。 「自作に関する雑記&イラストなど」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ