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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
14/37

14.雌雄を決する

戦闘シーン、残虐な描写が若干出てきます。



 鷹の姿が目に入った麒煉(チーリィェン)は、腕を差し出した。

 鷹はその腕に止まり、口を開ける。


「行け!」

 鷹から発せられた章絢(ヂャンシュェン)の声に、麒煉(チーリィェン)は安堵し、皆に合図を送った。

 麒煉(チーリィェン)の合図を受けた州軍の兵士達は、それぞれ火長の指示に従い、在所へと攻め込んで行く。


「お前達は、章絢(ヂャンシュェン)(ヂォン)県尉(けんい)の補佐を頼む」

 麒煉(チーリィェン)は、丹管(ダングァン)砦西(ヂャイシー)の武官達には、そう指示した。

 丹管(ダングァン)麒煉(チーリィェン)を一人にすることを渋ったが、章絢(ヂャンシュェン)を心配する麒煉(チーリィェン)にほだされて、仕方なく従った。

 一人になった麒煉(チーリィェン)は、少し離れた場所で待機し、全体を見渡していた。


 −−陛下。


 在所を見据える麒煉(チーリィェン)に、その場に現れた(ゴウ)が話し掛ける。


 −−飛燦(フェイツァン)国への手土産ですが、(スン)州司馬(しゅうしば)が発見し、無事に(ヂャオ)州牧(しゅうぼく)の許へと運ばれました。


「そうか」


 その時、在所から逃げて行く敵兵が目に入った麒煉(チーリィェン)は、(ゴウ)に新たな指示を出す。


「奴らを追え」


 −−はっ!

 (ゴウ)は彼らを追って、姿を消す。


 

 (しばら)くして、徐々に制圧されて行く様子を見遣った麒煉(チーリィェン)は、「そろそろ頃合いか」と(つぶや)き、丘を下りて行った。


 在所に近づいた所で、討ち()らした兵が逃げ出そうとしている所に出会(でくわ)した。

 サッと、間合いを開き相手を観察した所で、ただの下っ端が恐れをなして逃げ出したわけではないと悟る。


「チッ。厄介な……」

 顔を(しか)めて、麒煉(チーリィェン)は舌打ちする。


 相手も嫌そうな顔をして、(つば)を吐き捨てた。

「ケッ。ツイテナイな。よりにもよって、物凄く面倒くさそうなのと出会(でくわ)すとは、な」


「ふん。それはこっちの台詞(せりふ)だ」


 お互いに話しながらも、見合って、(すき)(うかが)う。


「ハッ!」

「ヤッ!」


 −−カキーン。


 剣を合わせ、弾き、また間合いを取る。


「チッ」

 相手の舌打ちの後に、麒煉(チーリィェン)が問いかける。

「お前は飛燦(フェイツァン)国の者か?」

「だったらどうする?」

「出来たら、生け捕りにしたいところだ」

「はっ。捕まるわけがないだろ! テヤッ!」


 −−キーン、カチャ、シュッ。


 二人は、疾風迅雷(しっぷうじんらい)のごとく剣を打ち合う。

 

「クソッ」


 膠着(こうちゃく)状態となり、再び間合いを取った。

 その時、麒煉(チーリィェン)の刃が相手の(ほお)(かす)り、少しだけ切れる。

 だが、麒煉(チーリィェン)(そで)を切られ、裂け目から腕が(のぞ)いていた。


 お互いにこのまま長引くのを、よしとしなかった。


 男が飛刀を投げるのと、麒煉(チーリィェン)が「(ゴウ)!」と、叫ぶのは同時だった。


 男の投げた飛刀が(ゴウ)に当たり、(ゴウ)が紙に戻って破れる。

 飛刀は勢いを殺され、麒煉(チーリィェン)に当たることなく、地面に落ちた。


 その光景を見ていた男は、目を見開き動揺するが、直に構え直し、次の麒煉(チーリィェン)の攻撃を受け止める。


「お前、方士(ファンシー)か!?」

「さあな!」

「チッ!」


 再び身を離し、間合いを取る。

 ちなみに、方士(ファンシー)とは、神仙の術を使う者のことである。


 麒煉(チーリィェン)(ふところ)に手を入れたのを見て、男は間合いを詰めながら剣を振り上げた。


「これで終わりだ!」

 そう力強く言った男の声と、麒煉(チーリィェン)(つぶや)きが重なる。


 −−シュッ。


「フッ」

 麒煉(チーリィェン)を正面から袈裟懸(けさが)けに()りつけた男は、人を切った感触がしなかった気もしたが、勝利を確信し、不敵に笑った。

 ところが、次の瞬間、なぜか背後に気配を感じ、向きを変えようとした。


「なっ!?」


 (すき)が出来た男よりも、麒煉(チーリィェン)の動きの方が早かった。

 麒煉(チーリィェン)は、神速果敢に後ろから腕を回し、男の首を圧迫して意識を刈り取る。

 そして、実体化した縄で男を(しば)って拘束した。

 

「これを使いたくはなかったが、生け捕るには仕方なかったよな……」

 男に切られた紙を拾い上げながら、麒煉(チーリィェン)は肩を落とす。

 

 力が拮抗し、殺す気でかかって来る相手に、剣だけで立ち向かって、峰打ちしようとするのは無謀というものである。

 ズルと言われようが、手段は選んでいられない。

 与えられた力は、有効活用するべき。

 ただし、(おご)って乱用してはいけない。 

 というのが、麒煉(チーリィェン)の考え方だ。

 麒煉(チーリィェン)は、(フゥァン)に練習させていた、自分の肖像画を実体化させ、(おとり)にしたのだった。





  *    *    *   





 −−時間は少し(さかのぼ)る。


 章絢ヂャンシュェンは、麒煉(チーリィェン)に合図を送った後、(ふところ)に冊子を仕舞い、部屋から出ようとしていた。

 その時、突如として掛けられた(ヂォン)県尉(けんい)以外の者の声に、その場に緊張が走る。

 だが、聞き覚えのある声と話の内容で、味方と分かり、強張りが解けた。


(リー)侍中(じちゅう)。こちらから、抜けられます」

(ファン)御史(ぎょし)! ここにいたのか!?」

「ええ。ずっと(ジィァン)別駕(べつが)に張り付いておりましたので」

「今の今まで、全く気配を感じなかったよ」

 章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、苦笑した。


「まあ、存在感がないのが私の特技ですから」

「いや、そこは『気配を消すのが得意』って言うところだろう?」

 (ファン)御史(ぎょし)の言葉に、章絢(ヂャンシュェン)は思わず突っ込みを入れる。


流石(さすが)(リー)侍中(じちゅう)。余裕ですね」

「おっと、敵中だった。(フゥァン)御史(ぎょし)相手だとついつい和んで、緊張感が霧散してしまう」

 章絢(ヂャンシュェン)の言い様に、(ファン)御史(ぎょし)は肩を(すく)める。


「さっ、(ヂォン)県尉(けんい)が反応に困っているようなので、行きますよ。付いて来て下さい」


 (ファン)御史(ぎょし)の案内のもと、章絢(ヂャンシュェン)(ジィァン)別駕(べつが)を担いだ(ヂォン)県尉(けんい)が出口へと向かって進んで行く。


 (しばら)くすると、外の方が騒がしくなり、剣を打ち合う音や怒声などが聞こえて来た。


「来たか」

 章絢(ヂャンシュェン)は味方の到着に、口元を緩める。

 それから、懐の冊子を触り、「戻れ!」と唱えると、鷹がその中へと消えて行った。


「うっ……」

(ジィァン)別駕(べつが)が意識を取り戻しそうだ。そろそろ、猿轡(さるぐつわ)を噛ませておいた方が良いかな。(ヂォン)県尉(けんい)、頼む」

「はっ!」

 (ヂォン)県尉(けんい)章絢(ヂャンシュェン)の指示に従い、持っていた手巾(しゅきん)で、意識が戻りかけている(ジィァン)別駕(べつが)猿轡(さるぐつわ)を噛ませた。


 意識が戻った後は、舌を噛み切って自害するのを防ぐため、猿轡(さるぐつわ)を噛ませるが、逆に意識が無い時にすると、気道を塞ぎ、窒息させてしまう危険性がある。


「ふが、ふご、むぐ、うご」

 肩から下ろされた衝撃で完全に覚醒した(ジィァン)別駕(べつが)は、じたばたと足掻(あが)き出した。


(リー)侍中(じちゅう)。もう一度、気絶させてもよろしいでしょうか?」

 (ヂォン)県尉(けんい)がそう言った途端に、(ジィァン)別駕(べつが)は大人しくなった。


 その様子に、章絢(ヂャンシュェン)は目を(すが)める。

「気絶させられるのは、余程、嫌と見える。それとも、俺が誰だか分かって大人しくなったか? フン。お前はもう逃げられない。大人しくしていることだ」

 章絢(ヂャンシュェン)の冷酷な目に射竦(いすく)められ、(ジィァン)別駕(べつが)は顔色を失い、震え出した。


「行くぞ」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に(うなず)いた(ヂォン)県尉(けんい)は、(ジィァン)別駕(べつが)を担ぎ直し、後に続く。


 外が騒がしくなった為か、建物の中で敵と出会うことはなく、移動することが出来た。

 出口に差し掛かった所で、丹管(ダングァン)砦西(ヂャイシー)の武官達に合流した。


「ご無事で良かった」

 章絢(ヂャンシュェン)(ヂォン)県尉(けんい)の姿を見た武官達が、ホッと息を吐き、微笑む。


「お前達も無事で良かった。この通り、(ジィァン)別駕(べつが)は捕獲した」

 (ヂォン)県尉(けんい)はそう言って、部下達に担いでいる(ジィァン)別駕(べつが)を見せた。


「外はどんな様子だ?」

「圧倒的に我らの方が優勢です」

 章絢(ヂャンシュェン)の問いに、丹管(ダングァン)が答えた。


 外の様子を(うかが)い、(ファン)御史(ぎょし)が言う。

流石(さすが)、国境の州軍ですね。ほぼ、制圧し終わったようです」

「そうか。(リー)丞相(じょうしょう)の姿は見えるか?」

「こちらから見える範囲には、居られないようです」

「分かった。もう少し場が落ち着き、(リー)丞相(じょうしょう)から指示があるまでは、ここで待機していよう」

「はっ!」



 章絢(ヂャンシュェン)達がその場で待機して(しばら)くすると、麒煉(チーリィェン)の怒号が響き渡った。


「我が名は、李賢斗(リーシィェンドウ)! この国の丞相(じょうしょう)である! 大人しく(ばく)に就け! 逆らう者には容赦(ようしゃ)しない」

 それを聞き、抵抗を止め、投降する敵兵が増える。


 更に、まだ抵抗している者達に追い打ちとばかりに、章絢(チーリィェン)が出口から出て来て、声を張り上げた。

(ジィァン)別駕(べつが)は捕らえた! 無駄な抵抗は止めろ!」


 (ヂォン)県尉(けんい)が皆に見せつけるように、(ジィァン)別駕(べつが)(かか)げる。

 それを見た敵兵達は、遂に投降した。





 敵兵達は拘束され、亡くなった者も全て(ゴン)州の牢へと送られて行った。

 麒煉(チーリィェン)は、敵兵が一人残らずいなくなった在所を、(ファン)御史(ぎょし)丹管(ダングァン)に残ってもらい、もう一度、隈無く調査させた。

 そして、自身は、尋問部屋に入れた(ジィァン)別駕(べつが)飛燦(フェイツァン)国の間諜と思われる男を、問い質していた。


 椅子に縛り付けられて、棒で打たれても二人は抵抗し、男は口を(つぐ)み、(ジィァン)別駕(べつが)の方は、「自分は無実だ。()められたのだ」と(わめ)き、中々尋問は進まなかった。

 先に口を割ったのは、やはり(ジィァン)別駕(べつが)だった。

 (ヂャン)県令(けんれい)から届けられた不正の証拠を突きつけられ、抵抗を諦めた。


 男はそんな(ジィァン)別駕(べつが)(さげす)んだような目で(にら)んでいた。

 だが、麒煉(チーリィェン)(ふところ)から取り出した一枚の絵を目にした途端に、男の顔色が変わった。


「これは誰だ?」

 麒煉(チーリィェン)が見せたのは、男が気絶していた時に(ふところ)(あさ)って見つけたものであった。


「くっ」

 男は、憎々し気に麒煉(チーリィェン)を射るように(にら)みながらも、奥歯を噛み締め、話そうとはしなかった。

 その様子を傍で眺めていた章絢(チーリィェン)は、(ふところ)から(フゥァン)が描いた母親の絵を一枚出し、男に見せつける。


「なぜ、お前がそれを!?」


 男が持っていた絵に描かれていた女性と同一人物と思われる絵を見せられ、男は動揺を隠せなかった。


「この女性は、飛燦(フェイツァン)国の王女ではないか? お前は王女を捜すため、この国に潜入していた。違うか?」

 その問いに、男は絵から目を逸らし、そのまま沈黙を守った。


「はぁ。しぶといな」

 章絢(チーリィェン)(あき)れて(ため)め息を(こぼ)す。


「これ以上は話さぬか……。明日また来る。逃亡せぬように、厳重に見張れ!」

 麒煉(チーリィェン)は、男に猿轡(さるぐつわ)を噛ませ、見張りの武官達に命令した。

 

 尋問部屋を後にした麒煉(チーリィェン)章絢(チーリィェン)は、外に並べるように置かれた数十体の死体に目を向ける。


 −−「()(おのれ)()(もの)(ため)()す」と言うが、(ジィァン)別駕(べつが)はそれに値する者では決してなかった。

 彼らはきっと、それすらも知る機会がなく、推し量ることも出来ない、徳も学もない者達であったのだろう。

 何と哀れな者達か……。


 雑然と転がされるように並べられた、粗末な衣を(まと)った(むくろ)達に、麒煉(チーリィェン)は国の貧困、そして国主としての自身の無力さを思い知った。

 あまりの情けなさと、無力感に(さいな)まれた麒煉(チーリィェン)は、奥歯を噛み締める。

 その様子を見守っていた章絢(チーリィェン)は、白くなる程握り締められ血が滴っていた麒煉(チーリィェン)の手を手巾(しゅきん)で包み、その心中を(おもんぱか)るのであった。







※ 士爲知己者死(士は己を知る者の為に死す)……男子たるものは、自分の価値をわかって待遇してくれる人のためには、命をも投げ出して尽くす。


  火長かちょう……兵士10人を一火として、その長のことをいう。

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