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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
13/37

13.断じて敢行すれば鬼神もこれを避く   



「やはり、無血では済まなかったか……」


 聞き慣れた声が耳に入り、麒煉(チーリィェン)は目を開け、声のした方を見る。

章絢(ヂャンシュェン)!」

「遅くなった」

 転がる(むくろ)に顔を(しか)めながら、章絢(ヂャンシュェン)麒煉(チーリィェン)に声を掛けた。


「いや、早い方だ。ここは制圧し、金商(ジンシャン)の者達は捕らえたが、(ジィァン)別駕(べつが)には逃げられた。今からヤツの私兵がいる在所へ向かう。一緒に来られるか?」

「もちろんだ」

 麒煉(チーリィェン)の問いかけに、章絢(ヂャンシュェン)は力強く(うなず)く。

 それに、麒煉(チーリィェン)(うなず)き返した。


 (スン)州司馬(しゅうしば)に向き直った麒煉(チーリィェン)は、彼に指示を出す。

(スン)州司馬(しゅうしば)。ここの何処かに、俺達が都から運んで来た飛燦(フェイツァン)国への手土産の織物と陶器がある。それは、こいつらの悪事の証拠にもなる品だから、見つけ出して、厳重に管理してもらいたい」

(かしこ)まりました」

「頼んだぞ」

「はっ!」

「では、直に出発する。(スン)州司馬(しゅうしば)。二分の一は連れて行っても構わないか?」

「もちろんです。どうぞ、お連れ下さい」

「よし。(ルゥォ)隊正(たいせい)の隊の者は付いて来い!」

 麒煉(チーリィェン)は声を張り上げ、号令を掛けた。

 それに従う武官や兵士達が、声を張り上げ返事をする。

「はっ!」


(ヂォン)県尉(けんい)。我々も行くぞ!」

「はっ!」 

 一緒に砦西(ヂャイシー)から来た武官達に呼び掛けた章絢(ヂャンシュェン)は、その返事を聞き、凛々(りり)しい表情で麒煉(チーリィェン)の後に続いた。





 麒煉(チーリィェン)達は、(ジィァン)別駕(べつが)の私兵の在所から少し離れた丘まで辿り着き、そこから様子を(うかが)っていた。

 敷地は結構な広さがあり、私兵の人数は、予想以上に多くいるようだった。


「『桃李(とうり)(ものい)わざれども、(した)(おのずか)(小径)()す』という。(ジィァン)別駕(べつが)は、本当はこの国を裏切ってはおらず、国のことを考えて、飛燦(フェイツァン)国と遣り取りしていたのではないか?」

 麒煉(チーリィェン)はずっと(くすぶ)っていた思いを、章絢(ヂャンシュェン)に話した。


「それは違うぞ。(ヂャン)県令(けんれい)に不正の証拠を見せてもらったが、ヤツがこの国のことを考えているようにはとても思えなかった。『小人(しょうじん)()(さと)る』という。彼奴らは甘い汁を吸いに群がる虫と一緒だ。(ジィァン)別駕(べつが)所詮(しょせん)飛燦(フェイツァン)国という甘い汁に群がる虫の中の一匹に過ぎない。おっと、虫に失礼かもな」

 章絢(ヂャンシュェン)は吐き捨てるように、そう言った。

 それを聞いた麒煉(チーリィェン)の顔から、迷いが消える。


「そうか。少し気が晴れた。とは言え(ジィァン)別駕(べつが)は大事な証人でもあるから、出来れば生け捕りにしたいが、これだけの兵が居ると厳しいかもしれないな」

「随分弱気だな。これ以上逃げられると、飛燦(フェイツァン)国へでも行かれて、ゆくゆく捲土重来(けんどちょうらい)ということになるかもしれない。そうなると厄介だから、この際、生死にはこだわらない方が良い。とりあえず、ここを壊滅させて、一敗地(いっぱいち)(まみ)れさせることを考えよう」

「そう、だな。何か良案があるのか?」

 章絢(ヂャンシュェン)苛烈(かれつ)な発言に、麒煉(チーリィェン)は肯定の言葉を発しながらも、表情は難色を示していた。


「うーん」

 章絢(ヂャンシュェン)は、そんな様子の麒煉(チーリィェン)が納得しそうな案が中々浮かばなかった。


「恐れながら、申し上げても宜しいでしょうか?」

 二人の遣り取りを横で(うかが)っていた(ヂォン)県尉(けんい)が、おずおずと口を挟む。

 それに二人は、「ああ」と言って、許可を出した。


「では。不肖(ふしょう)の身ながら、(ジィァン)別駕(べつが)を生け捕りになさりたいのでしたら、兵と(ジィァン)別駕(べつが)を分けるようになされば宜しいかと愚考いたしました」

「どうやって?」

 麒煉(チーリィェン)(ヂォン)県尉(けんい)の案に食い付き、即座に詳細を尋ねた。


(ジィァン)別駕(べつが)は恐らく、この在所の一番奥にいるものと思われます」

「まあ、そうだろうな」

「ならば、敵に気付かれないように潜入して、(ジィァン)別駕(べつが)を捕らえ、それから全体を攻撃すれば、被害も最小限で抑えられるのではないでしょうか?」

「そうだな。だが、気付かれずにどうやって潜入する?」


 麒煉(チーリィェン)(ヂォン)県尉(けんい)の遣り取りに、章絢(ヂャンシュェン)が口を挟む。

(リー)丞相(じょうしょう)。潜入は、俺と(ヂォン)県尉(けんい)に任せてはもらえないだろうか?」

「何を言っている!? 二人だけでは無理だ」

 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)の申し出に驚き、直に却下した。

 だが、章絢(ヂャンシュェン)はそれでも引き下がることはなかった。


「大丈夫。(ヂォン)県尉(けんい)は、一人で百人分程の力は持っているし、俺の能力は分かっているだろう? それに、少ない方が見つかる心配も減る」

 章絢(ヂャンシュェン)の己の力を過信した自惚(うぬぼ)れとも取れる言葉を聞き、麒煉(チーリィェン)(しば)し黙考する。


「はぁ。お前が(ヂォン)県尉(けんい)を信頼に値する者だと見込んだのなら、お前に任せよう」

 だが、結局、章絢(ヂャンシュェン)が言い出したら聞かないことを知っていた麒煉(チーリィェン)は、諦めたようにそう言った。


「ああ。必ず、(ジィァン)別駕(べつが)を捕獲する」

「ならば、二人からの合図を確認次第、攻め込むことにする。だが、敵の動きがおかしかったり、一時(いっとき)経っても合図がなかったりした場合は動く。いいな?」

 麒煉(チーリィェン)は念を押すように二人に言った。

「はっ!」と、二人は真摯(しんし)に答える。


「気をつけて行って来い。合図を待っている」

「ああ。では行ってくる。(ヂォン)県尉(けんい)!」

「はっ!」


 身を(ひるがえ)し、素早く丘を駆け下りる二人の姿を、麒煉(チーリィェン)は心配そうに見つめていた。





「やはり、入り組んでいるな」

「そうでございますね」


 在所に潜入した章絢(ヂャンシュェン)(ヂォン)県尉(けんい)は、気配を消し、陰に身を潜めながら、奥の方へと進んでいた。

 途中、何度か敵に見つかりそうになった。

 だが、その度、相手が声を上げる前に、(ヂォン)県尉(けんい)が気絶させ、目に付かない所へ移動していた。


 そんなことを繰り返しながら、やっと一番奥の部屋に辿り着くと、中から苛立(いらだ)った声が聞こえて来た。

 章絢(ヂャンシュェン)は、(ヂォン)県尉(けんい)に静かにしているように目配せして、戸に耳をあてる。

 耳を澄ませると、飛燦(フェイツァン)国へと逃げる算段をしているようだった。


「どうやら、ここみたいだな」

「ええ」

 小声で話す章絢(ヂャンシュェン)に、(ヂォン)県尉(けんい)も小声で返す。


「では、行きますか。(ヂォン)県尉(けんい)、準備はいいか?」

「はい」

 (ヂォン)県尉(けんい)はそう言って、(ふところ)に隠し持っていた縄をちらっと見せる。

 章絢(ヂャンシュェン)はそれに(うなず)き、戸を開けた。


「!」

 いきなり中に入って来た章絢(ヂャンシュェン)(ヂォン)県尉(けんい)に驚いた(ジィァン)別駕(べつが)は、目を見開き固まった。

 それから、入って来た相手の顔を見て、表情が喜色満面に変わる。

 二人を見て、(ジィァン)別駕(べつが)が最初に発した言葉に、今度は章絢(ヂャンシュェン)が驚いた。


(ヂォン)県尉(けんい)! 助けに来てくれたのか! これはなんと心強い」


 −−おっと。これはまさか、絶体絶命か!?


 章絢(ヂャンシュェン)の顔からは、冷や汗が吹き出し、流れ落ちていった。





  *    *    *   





 −−その頃、丘の上で待機していた麒煉(チーリィェン)は、在所の方へと目を向けながら、でかい図体でウロウロしていた。

 部下達は、そんな上司を内心では鬱陶(うっとう)しく思っていたかもしれないが、もちろん表面に出すことはない。


「二人は大丈夫だろうか?」

(ヂォン)県尉(けんい)は本当に強いので、ご心配には及びませんよ」

 落ち着かない様子の麒煉(チーリィェン)の問いに、砦西(ヂャイシー)の武官は冷静沈着に答えた。


「そうか……」

 −−だが、もし、(ヂォン)県尉(けんい)(ジィァン)別駕(べつが)と繋がっていて、奴らに左袒(さたん)(味方)したならば、どうする?

 章絢(ヂャンシュェン)一人では、四面楚歌(しめんそか)ではないか……。


「やはり、俺も行く」

 そう言った麒煉(チーリィェン)火羽(イェンユー)(いさ)める。

(リー)丞相(じょうしょう)。それではこちらの指揮は誰が執るのですか?」

「それは、そなたでも良いだろう?」

 麒煉(チーリィェン)にしてみたら、「州軍の一隊を取り仕切っている火羽(イェンユー)ならば」と、彼を買って言ったことだった。


「いいえ。何を仰っておられるのですか? 私には、恐れ多いことでございます。ここは、二人を信じて、合図を待ちましょう」

 処罰も恐れず、真剣にそう言った火羽(イェンユー)に、鹿を指して馬と為すようなことは出来ず、麒煉(チーリィェン)は時間を短くすることで妥協した。

「……分かった。なれば、一時(いっとき)ではなく半時(はんとき)だけ待とう」


 −−章絢(ヂャンシュェン)。頼む、無事でいてくれ。





  *    *    *   





「その者は、(ヂォン)県尉(けんい)の部下ですかな?」

 章絢(ヂャンシュェン)の方を示して言った(ジィァン)別駕(べつが)の言葉に、(ヂォン)県尉(けんい)は眉根を寄せる。


(ジィァン)別駕(べつが)。ご無沙汰しております」

「ああ」

「こんな形で再会することになるとは、とても残念でなりません。まさか、飛燦(フェイツァン)国と繋がっておられたとは……。そんなヤツに一時でも従っていた自分も許せません。ですから、貴方を捕らえることで、汚名を雪がせていただきます!」

「何だと!」


 (ヂォン)県尉(けんい)は電光石火の勢いで、(ジィァン)別駕(べつが)と周りにいた敵兵二人を気絶させ、縄をかけた。


「貴方がなぜ、私を味方だと思ったのか、理解に苦しみます」

 意識を失った(ジィァン)別駕(べつが)に、(ヂォン)県尉(けんい)は吐き捨てるように言った。


 きっと、州軍に追われた(ジィァン)別駕(べつが)は、窮地に追い込まれ、正常な判断力をなくしていたのだろう。

 そこに現れた(ヂォン)県尉(けんい)に、一筋の光明を見出したのも、仕方のないことなのかもしれない。


「流石、(ヂォン)県尉(けんい)。その右に()ずる者なしだな。だが、まだ敵中だ。油断するな」

 一瞬でも(ヂォン)県尉(けんい)を疑ってしまったことを恥じながらも、章絢(ヂャンシュェン)はそう言って、汗を(ぬぐ)い、息を吐く。


「はっ!」

 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、生真面目な(ヂォン)県尉(けんい)は更に気を引き締めた。



(ジィァン)別駕(べつが)!」

「一体、これは!?」

「どうした?」

 二人は、立ち去ろうとしていた所で、異変に気付いてやって来た敵兵達に見つかった。


「おっと、見つかったか。(ヂォン)県尉(けんい)(ジィァン)別駕(べつが)を連れて、少し下がっていてくれ」

「はっ!」


 章絢(ヂャンシュェン)(ふところ)から冊子を出し、開いた紙面をなぞって、叫ぶ。

(しば)れ!」


 すると、冊子から飛び出した(くさり)が、敵兵達を一纏(ひとまと)めに(しば)り上げた。


「うわっ!?」

 声を上げられたのは一瞬で、鎖に強く締められた兵達は気を失った。


(リー)侍中(じちゅう)! これは?」

(ヂォン)県尉(けんい)。このことは、他言無用だ。まぁ、言ったところで誰も信じないとは思うが、な」

 そう言って、章絢(ヂャンシュェン)は片目を(つむ)った。

 (ヂォン)県尉(けんい)の頭は混乱していた。

 だが、「では、合図を送るぞ」との章絢(ヂャンシュェン)の言葉で、ハッと我に返り、力のことを考えるのを止めた。

 そして、(うなず)き、合図を送るように促す。


 章絢(ヂャンシュェン)はまた別の紙面を開き、指でなぞって「行け!」と発した。

 すると、紙面から一羽の(たか)が飛び出して行った。







※ 「斷而敢行、鬼神避之」……断固とした決意をもって敢行すれば、何ものもそれを妨げることはできず、必ず成功することのたとえ。

  「桃李不言、下自成蹊」……徳のある立派な人のもとには、特別なことをしなくても、自然と人が慕い集まることのたとえ。

  捲土重来けんどちょうらい……一度敗北した者が態勢を立て直し、再び勢力を盛り返し攻めて来ること。

  一敗地にまみれる……二度と立ち上がれないほど大敗すること。

  四面楚歌……周囲がすべて敵や反対者で、孤立し、助けや味方がいない状態のこと。孤立無援。

  鹿を指して馬と為す……自分の権勢をよいことに、理屈に合わないことを無理に押し通すことのたとえ。

  右にずる者なし……その人以上に優れた人がいないこと。


  隊正たいせい……兵士50人を隊とし、その長のことをいう。

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