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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
12/37

12.飛竜雲に乗る

戦闘シーン、残虐な描写が若干出てきます。



 −−その頃、砦西(ヂャイシー)の庁舎を訪れた章絢(ヂャンシュェン)は、県令(けんれい)の執務室で聲卓(シォンヂュオ)と向かい合っていた。


(リー)侍中(じちゅう)がこちらに来て下さって、助かりました。ご報告したいことは山程あったのですが、書簡では(はばか)られることばかりでしたし、今はここを離れられない状況でしたので」

 聲卓(シォンヂュオ)は、ホッとした様子で章絢(ヂャンシュェン)に語りかけた。


「そうか。だが、差し障りのない書簡の一つ位、送ってくれても良かったんじゃないか? 麒煉(チーリィェン)もやきもきしていたよ」

 章絢(ヂャンシュェン)は、少し非難するような口調で言う。

 それに謝辞を述べて、聲卓(シォンヂュオ)章絢(ヂャンシュェン)へと顔を寄せ、小声で話す。

「それは申し訳ありません。実はそちらの方は、(ジィァン)別駕(べつが)の協力者を(あぶ)り出すためにも利用していましたので、(リー)侍中(じちゅう)までは届くことはなかったのでしょう」


 聲卓(シォンヂュオ)に合わせて、章絢(ヂャンシュェン)も小声になる。

「やはり、そうだったのか。それでは、こちらから送った書簡は届いていたのか?」

「全てが届いていたかは分かりかねますが、幾つかは届いておりました」

「では、人員や資材の方は?」

「実は、それを(ジィァン)別駕(べつが)が強奪し飛燦(フェイツァン)国への貢物にしようと企んでいるとの、密告がありまして……。(ジィァン)別駕(べつが)の手の者を捕らえるのに、そちらの方も利用させていただきました。ですが、まだ完全には(あぶ)り出せなかったので、念のため奪われないように、ある場所に隠しております」

 章絢(ヂャンシュェン)は感心した様子で、「ほう」と口から(こぼ)した。


(ジィァン)別駕(べつが)と潜入している飛燦(フェイツァン)国の者、それと繋がっている者を捕らえることが出来ましたら、工事の方も本格的に進めるつもりでおります」

「ということは、捕らえる目処(めど)がついているのか?」

 聲卓(シォンヂュオ)の言葉に章絢(ヂャンシュェン)の期待は高まる。


「はい。証拠が手に入りましたので。それと、こちらは、(ジィァン)別駕(べつが)と通じていた者の名簿です。丸印が着いている者は、既に捕らえた者で、その丸が黒く塗り潰されている者は処分した者です」

 そう言って、聲卓(シォンヂュオ)章絢(ヂャンシュェン)に書類を手渡した。


「結構いたな。よくこれだけ見つけて、捕まえたものだ」


 章絢(ヂャンシュェン)は、目を輝かせて、名前を見て行く。

 その名前の中に羅文(ルゥォウェン)を見つけ、目を見開いた。


「まさか!? (ヤン)県丞(けんじょう)も、か?」


 思わず、声が大きくなった章絢(ヂャンシュェン)(とが)めるような視線を送って、聲卓(シォンヂュオ)は小声で答える。

「彼は、(ジィァン)別駕(べつが)砦西(ヂャイシー)県令(けんれい)をしていた時からの県丞(けんじょう)ですから、関わっていない方がおかしいです」

「まぁ、そう言われるとそうだな」

 章絢(ヂャンシュェン)は肩を(すく)め、声量を抑えた。


「ただ、彼は、今回は(おとり)のようなもので、今は(ろう)に入っていますが、処分する気はありません」

「どういうことだ?」

 眉根を寄せて章絢(ヂャンシュェン)は、聲卓(シォンヂュオ)に詰め寄る。

 

「彼を助けにか、口を封じにか、(ひそ)んで来た者達を捕らえております」

 厳つい顔の章絢(ヂャンシュェン)(ひる)むことなく、聲卓(シォンヂュオ)飄々(ひょうひょう)と答えた。

 それに、章絢(ヂャンシュェン)は皮肉とも取れる言葉を紡ぐ。

「それは役に立つ(おとり)だな」

 

 その言葉に、聲卓(シォンヂュオ)は軽く肩を(すく)める。

「ええ。それと、実は資材の件を密告して来たのは、彼なんですよ。他にも彼は、(ジィァン)別駕(べつが)の横領や飛燦(フェイツァン)国との遣り取りの証拠を握っていて、私と取引したんです」

(ジィァン)別駕(べつが)を裏切ったのか?」

 章絢(ヂャンシュェン)の片眉が上がる。


「いえ。そもそも彼は、(ジィァン)別駕(べつが)の仲間というわけではなかったそうです。(ジィァン)別駕(べつが)の不正を知っていて、それを正すことが出来るようにずっと機会を伺いつつ、(ジィァン)別駕(べつが)にはそれを悟られないように、上手いこと味方の振りをしていたということです」

「ふーん。随分な役者だったんだな。口中(こうちゅう)(しらみ)だっただろうに、(ジィァン)別駕(べつが)に噛み潰されなかったのだから」

 章絢(ヂャンシュェン)は腕を組み、思案しながらそう言った。


「まあ、そうですね。彼には彼なりのやり方で、自分の身と義を守っていたんです。私も都から戻り、調査していて矛盾(むじゅん)に気付いたので、それまで隠していた彼は相当なものですよ。処分するのはもったいないです」

「そこまで買っているなら、処分する必要はないとは思うが……。実は、今回、陛下も(リー)丞相(じょうしょう)として来ているんだ。今は(ゴン)州の庁舎にいるが、後ほどこちらに来ることになっている。その時に、なんと言われるか……」

「そうですか」

(ヂャン)県令(けんれい)。そう言うわけだから、陛下とお会いしたら、(リー)丞相(じょうしょう)として対応するように。陛下と(リー)丞相(じょうしょう)が同一人物だと知っているのは、限られたごく一部の者達だけだ。決して他言せぬように」

(かしこ)まりました」

 聲卓(シォンヂュオ)神妙(しんみょう)(うなず)いた。



 −−トントン。


 それから、今後の動きについてどうするのが最善か、相談していたところで、戸が叩かれた。


「どうした?」

 聲卓(シォンヂュオ)の問いに、戸の向こう側から逆に問われる。

(ヂャン)県令(けんれい)。こちらに(リー)侍中(じちゅう)はいらっしゃいますか?」

「ああ」

(ゴン)州の方から、使いが来ております」

 聲卓(シォンヂュオ)の返答に、やっと用件が話された。


「通せ」


 章絢(ヂャンシュェン)の許可を受けて、二十代と思われるがっしりした体格の男が入室した。


「失礼いたします。(ゴン)州武官の羅炎羽(ルゥォイェンユー)と申します。恐れ入りますが、(リー)侍中(じちゅう)で間違いないでしょうか?」


「ああ」と言って首肯し、章絢(ヂャンシュェン)印綬(いんじゅ)を見せた。


「恐縮です。(リー)丞相(じょうしょう)より書簡を預かっております。どうぞご確認下さい」

 そう言って、炎羽(イェンユー)章絢(ヂャンシュェン)に書簡を手渡した。

 章絢(ヂャンシュェン)は受け取り、目を通す。


(ヂャン)県令(けんれい)。少し兵を借りられないだろうか? (リー)丞相(じょうしょう)が州軍を率いて、(ジィァン)別駕(べつが)を捕縛するため、金繁(ジンファン)商会へ乗り込んで行くようだ。合流するように指示が書かれている」

「分かりました。こちらも手薄には出来ませんので、あまり出せませんが、県尉(けんい)と数名お貸ししましょう。お急ぎでしょうから、このまま県尉(けんい)のところまでご案内します」

 章絢(ヂャンシュェン)の要望に、少し困りながらも聲卓(シォンヂュオ)はそう答えた。

 それに安堵し、章絢(ヂャンシュェン)は、「ああ。頼む」と言った。



 聲卓(シォンヂュオ)に訓練場まで案内された章絢(ヂャンシュェン)炎羽(イェンユー)は、早速、県尉(けんい)と引き会わされた。


(ヂォン)県尉(けんい)。こちら、(リー)侍中(じちゅう)(ゴン)州の(ルゥォ)武官だ。今から、(リー)侍中(じちゅう)の指示に従って、金商(ジンシャン)の方へ行ってもらいたい」

「承りました」

「だが、(ろう)の方は、このまま厳重に見張りを置いておいてもらいたい。それ以外で、離れても支障のない武官と兵士を数名伴って行ってくれ」

「はっ!」

(ヂォン)県尉(けんい)。よろしく頼むよ」

 章絢(ヂャンシュェン)挨拶(あいさつ)に、(ヂォン)県尉(けんい)は「(かしこ)まりました」と、(うなず)いた。


「そうだ。金商(ジンシャン)に行く前に、都から荷を運んで来た、官吏達を捕縛してくれ。逆らう者は、切っても構わぬが、従う者はあまり手荒にしないでもらいたい」

「はっ!」


 章絢(ヂャンシュェン)の命を受けた、(ヂォン)県尉(けんい)は凄まじい早さで、抵抗しようとした武官達を気絶させ、大人しく従った文官達を縛り、部下達に(ろう)へ連れて行くよう指示した。


「すごいな。流石(さすが)、国境の地を守る武官の長だ」


 感心する章絢(ヂャンシュェン)に、思わず頬が緩み、聲卓(シォンヂュオ)の口が軽くなる。

「ええ。(ヂォン)県尉(けんい)がいれば、百人分位の働きはしてくれますので」

「そうか。それは心強い。……(ヂャン)県令(けんれい)。もう一つ頼みがある」

「なんでございましょう?」

「実は、…………——−−」


「そうですか。承りました」

 章絢(ヂャンシュェン)の願いを聞いた聲卓(シォンヂュオ)は、笑みが深くなった表情で快諾した。


「よろしく頼む。では、行こうか」

「はっ!」


 章絢(ヂャンシュェン)は、(ヂォン)県尉(けんい)炎羽(イェンユー)、他五名の武官と兵士を従えて、金商(ジンシャン)へ向けて高速で馬を駆けさせた。





  *    *    *   





 州軍を従えた麒煉(チーリィェン)は、一足先に金商(ジンシャン)の一里前まで来ていた。


「あそこが金商(ジンシャン)か。でかいな」

(リー)丞相(じょうしょう)。ご準備はよろしいですか?」

 州司馬(しゅうしば)は、最終確認をする。


「ああ。それでは行くか」

 麒煉(チーリィェン)はそれに笑顔で答えた。

 そして、挑戦的な目で金商(ジンシャン)を見据えながら、号令を掛けた。

「皆の者、後に続け!」

「おおー!」



 州司馬(しゅうしば)は門番を一瞬のうちに捕縛し、「(ねずみ)一匹、逃すな!」と、部下達に指示を出す。


 それに従い、兵達は速やかに金商(ジンシャン)を取り囲み、麒煉(チーリィェン)州司馬(しゅうしば)と、精鋭の者達三十名程が、中へと押し入った。


(ジィァン)別駕(べつが)! ここにいることは分かっている! 大人しく縛に就くが良い!」

 麒煉(チーリィェン)が声を張り上げる。


 それを聞いた、質の良い高級な衣服と宝飾品を身に(まと)った小太りの男が、護衛らしき男達を従えて奥から出て来た。

「これはどうしたことでしょう? あまりに横暴ではございませんか?」

 

 (ジィァン)別駕(べつが)ではないが、偉そうな男の態度に、麒煉(チーリィェン)は男の身分を判断し声を掛ける。

「お前はここの支配人か?」

「そうです」

「大人しくしていれば、手荒にはしない。逃げたり、抗ったりすれば、容赦(ようしゃ)無く切る!」

「そんな!」

「言い訳は後ほど聞く! 女子供も縛って連れて来い!」

 麒煉(チーリィェン)の命を受けて、武官達は剣を携え、立ち向かって行く。


(リー)丞相(じょうしょう)! (ジィァン)別駕(べつが)がいました!」

 一人の武官が、麒煉(チーリィェン)に向かって声高らかに叫ぶ。


「俺に構わず、捕らえろ!」

 麒煉(チーリィェン)は、手向かって来た(ジィァン)別駕(べつが)の私兵らしき男と応戦していた。

 剣ではなく、双鈎(そうこう)を使う相手に少し手子摺(てこず)り、奥歯を噛み締める。

 そこに、州軍の武官が男を背後から一閃に切り付け、決着が付いた。


「助かった」

 麒煉(チーリィェン)はそう一言声を掛け、(ジィァン)別駕(べつが)の向かったと思われる方へ走る。


 裏道に出たところで、先に来ていた州司馬(しゅうしば)に頭を下げられた。

「申し訳ありません。取り逃がしました」

「追っ手は?」

「はっ。数名追わせておりますので、すぐに居所は割れるでしょう」

「ならば、戻って来るまでに、ここの片付けを済ませよう」

「はっ!」





「これで全員か?」

「はい……」

 前庭に集められた捕縛者達を、睨み付けるように見渡した麒煉(チーリィェン)の問いかけに、支配人は力なく答える。


(うそ)をつくと、身のためにならんぞ」

「本当です! 逃げたのは、(ジィァン)別駕(べつが)とその部下達だけで、ここの者達はこれで全てです」

 恐怖で青ざめた支配人の顔色を見て、麒煉(チーリィェン)は納得する。

「そうか」


(リー)丞相(じょうしょう)! どうやら、(ジィァン)別駕(べつが)は私兵達の在所の方へ逃げたようです」

 部下からの報告を受けた州司馬(しゅうしば)が、麒煉(チーリィェン)に伝えた。


「俺は(ジィァン)別駕(べつが)を追う。ここはスン州司馬(しゅうしば)に任せてもいいか?」

「はっ!」

「捕縛した者は全員、(ろう)に入れておけ。亡くなった者は、検視官に見せた後、家族に引き渡せ。身内がいない者は、集団墓地へ丁重に葬ってやるが良い」

(かしこ)まりました」


 金商(ジンシャン)の関係者は、殆どが抵抗することなく、縛に付いた。

 だが、(ジィァン)別駕(べつが)を逃がす為に、彼を守って命を落とした者達の亡骸(なきがら)は、幾許(いくばく)か転がっていた。

 麒煉(チーリィェン)は命の儚さに、何とも言えない気持ちになり、瞑目(めいもく)する。


 −−(ジィァン)別駕(べつが)は、お前達が命を懸けてまで守るような男なのか?


 麒煉(チーリィェン)の心の声に答えるものは、誰もいなかった。







※ 飛竜ひりょう雲に乗る……賢者や英雄が時に乗じて勢いを得て、才能を発揮することのたとえ。

  口中のしらみ……容易く噛み潰されることから、きわめて危険であることのたとえ。


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