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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
11/37

11.君子は義に喩り、小人は利に喩る



 飛燦(フェイツァン)国を目指す一行は、予定通りの行程で砦西(ヂャイシー)へと辿り着いた。


 皇帝の身分を隠し、右丞相(うじょうしょう)李賢斗(リーシィェンドウ)として使節団の責任者となっている麒煉(チーリィェン)は、部下達に命じた。

「この度の飛燦(フェイツァン)国への遣いのついでに、街道の状況を視察してくるよう陛下より仰せつかっている。視察は(リー)侍中(じちゅう)(マー)武官と私でしてくるので、残りの者は先に役所へ向かってくれ」

「はっ!」



 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)丹管(ダングァン)の三人は、土砂崩れがあった場所へと急いだ。

 

「おい。これは……」

「ああ。(ゴウ)からの報告は受けていたが……」

「工事が(ほとん)ど進んでいないな。それに、人足や資材がなんだか少ない気がするが?」

「ああ。送った(はず)のものが見当たらない」



 工事の様子を見ていた三人に、近くの(しげ)みから声が掛かった。


 −−陛下。


 麒煉(チーリィェン)は声のする(しげ)みに近づき声を掛ける。

「動いたか?」


 −−はい。どうやら予想通り荷馬車が入れ替えられたようです。


「そうか……。入れ替えられた元の荷馬車の場所は分かっているか?」


 −−はい。金繁(ジンファン)商会の方へ運ばれました。


飛燦(フェイツァン)国の商品を扱っている商会だな。分かった。引き続き監視してくれ」


 −−はっ!


 (しげ)みから気配が消え、章絢(ヂャンシュェン)丹管(ダングァン)(もと)に戻った麒煉(チーリィェン)は、(ゴウ)からの報告を二人に伝える。

 それを聞いた章絢(ヂャンシュェン)丹管(ダングァン)は、(まゆ)(ひそ)め、()め息を(こぼ)した。


「やはり、(ジィァン)別駕(べつが)飛燦(フェイツァン)国は(つな)がっていたか」

「厄介ですね。(ジィァン)別駕(べつが)は都の武官とも懇意にしていることが、これではっきりしました。私兵もお持ちのようですし、武力で来られたら、義がこちらにあっても押さえ込むのは大変です」

 

 麒煉(チーリィェン)は、丹管(ダングァン)の言葉に(うなず)く。

「そうだな。州司馬(しゅうしば)県尉(けんい)(ジィァン)別駕(べつが)の手の者でなく、忠臣であれば少しは楽になるかもしれないが……」

(ヂャオ)州牧(しゅうぼく)は陛下の忠臣ですから、州司馬(しゅうしば)の方は大丈夫だとは思いますが、県尉(けんい)の方が心配ですね」

 (ヂャオ)州牧(しゅうぼく)の人となりや評判を常々聞かされていた丹管(ダングァン)は、会ったことがない彼のことを疑うことなく、そう言った。


(ヂャン)県令(けんれい)の働きに期待したいが……」

 章絢(ヂャンシュェン)も希望的観測を口にする。


「そうだな。先ずは(ヂャン)県令(けんれい)と会って、急ぎ、県の内部調査だな。飛燦(フェイツァン)国に荷が運ばれる前に解決しなければ……。悪いが、章絢(ヂャンシュェン)は先に(ヂャン)県令(けんれい)と話してくれ、俺は(ゴン)州の庁舎に行って、(ヂャオ)州牧(しゅうぼく)ファン御史(ぎょし)と話してから、そちらに行く。(マー)武官は、一緒に来てくれ」

「はっ!」





  *    *    *   





 ——一方その頃、首都、龍居(ロンジュ)では。


子淡(ズーダン)。居るかのう?」


 白い(かみ)(ひげ)を長く伸ばした、七十半ばの男性が、自慢の(ひげ)()でながら子淡(ズーダン)の書房を訪れた。


「まあ! 師君(シージュン)! ようこそお出で下さいました。どうぞこちらへ」

 子淡(ズーダン)は目を丸くした後、満面の笑みを浮かべて師君(シージュン)を招いた。

 (フゥァン)はその横で、固まったように、身動きしなかった。


「お主が(フゥァン)か?」

「は、はい!」

 師君(シージュン)に声を掛けられた(フゥァン)は、その瞬間、金縛りが解けたかのように、跳ねて立ち上がった。


「はて? どこかで会うたことがある気がするんじゃが……。どこだったかのう?」

 緊張気味の(フゥァン)の顔をじっと見つめて、師君(シージュン)が言った。

 それに、子淡(ズーダン)が苦笑しながら答える。

師君(シージュン)(フゥァン)はここに来るまで、砦西(ヂャイシー)から出たことはありませんよ」

「そうか……。ここ十数年は砦西(ヂャイシー)には行っておらんから、勘違いじゃったか」

「どなたか他の方と、間違えておられるのでは?」


 子淡(ズーダン)の言葉に、師君(シージュン)はポンと一つ手を叩いて、目を見開いた。

「おお! そうじゃ! あやつに似ておるのじゃ。十年ほど前に(わし)のもとから旅立っていった弟子の張泰潔ヂャンタイジェに」

泰潔(タイジェ)大哥(兄さん)?」

 子淡(ズーダン)は中々思い出せず、首を(ひね)る。


子淡(ズーダン)(ほとん)ど一緒に過ごすことはなかったから、覚えておらんかもしれんのう」

「それで、泰潔(タイジェ)大哥(兄さん)は、今は?」


 師君(シージュン)は首を横へと振った。

「音信不通で、全く連絡がつかん。消息不明じゃ」

「そんな……」

「もしかしたら、(わし)の力が及ばない他国にいるのではないかと、思ってはいるのだが……」

「そうですか……。もし他国にいるのだとしても、元気でいて下されば良いですね」

「そうじゃな。……して、(フゥァン)の力はどれ程なんじゃ? 早速、見せてもらおうかのう」


 (フゥァン)師君(シージュン)の言葉に応え、子淡(ズーダン)に教えられて練習していた亀の絵を描いた。

 描き上げられた亀は紙から抜け出し、のろのろと机の上を歩く。

 師君(シージュン)が顔を近づけて、亀を観察していると、驚いた亀が頭と手足を甲羅(こうら)に引っ込めた。


「絵に戻すことは出来るか?」

「はい」

 師君(シージュン)の言葉に、(フゥァン)(うなず)き、亀に紙をあてた。

 その瞬間、亀は紙に吸い込まれるようにして消えていく。

 紙には、頭と手足を引っ込めたままの亀の絵があった。


「もう一度出せるか?」

「はい」


 (フゥァン)が紙に触れ念じると、コロンと甲羅(こうら)に入ったままの亀が転がり出て来た。


「はは」

 師君(シージュン)は笑いながら、指で亀を突く。

 

「うむ。完璧じゃ。本物と変わらぬ。では、最後にもう一度、紙に戻すのじゃ」

「はい」

 また、(フゥァン)が紙を亀にあてると、紙の中に絵となって、入って行った。


「ほほほ。これは、凄いのう。もう既に、子淡(ズーダン)の力を超えておる。子淡(ズーダン)、最早お主の手には負えぬであろう?」

「はい、師君(シージュン)。来て下さって、本当に助かりました」

 子淡(ズーダン)は、ホッと息を吐く。


(フゥァン)。お主は、力の制御も絵の基本もしっかりと身についておる。二月(ふたつき)程で、ここまでになるとは、末恐ろしいのう」

「本当ですか!? 子淡(ズーダン)大姐(姉さん)のお陰です!」

 師君(シージュン)の過大評価に(フゥァン)は驚愕し、目を輝かせて子淡(ズーダン)を見る。


「そうか。子淡(ズーダン)も成長したのう」

「いえ。師君(シージュン)の教えをそのまま(フゥァン)に伝えただけですから……」

 二人の言葉に、子淡(ズーダン)はこそばゆくなり、言葉尻も声が小さくなった。


「謙虚じゃのう。それは、美徳ではあるが、過ぎれば卑屈に感じられるから、気をつけねば。お主はもっと自信を持つべきじゃ、な」

「はい……」

「それから、(フゥァン)は画力の方もずば抜けておる。(わし)を越すのも直であろう」

「えっ!?」

「だが、これだけは忘れてはならぬ。決して、自惚(うぬぼ)れてはいかん。己の力を過信して、(おご)る。それはとても(おろ)かなことじゃ。超えたとは言え、子淡(ズーダン)はお主の師だ。それは生涯変わらぬ。師を(ないがし)ろにするようなことなく、敬うことを忘れぬように。だが、師も人間じゃ、道を踏み外すこともないとは言い切れぬ。そんな時は、道を正すのも弟子の役目。それらを忘れず、研鑽(けんさん)を積むことじゃ」

「はい。師の師は、師も同じ。今の教えを忘れず、天を目指します!」

「ほう! 天を目指すのか! それは大きく出たな! ほっほっほっほ。そなたの将来が楽しみじゃ。まだまだ、長生きせねばのう」

「ええ、師君(シージュン)(フゥァン)ならばきっと、龍を昇天させることが出来ましょう」



 それから、師君(シージュン)は、芙蓉(フーロン)宮に滞在して二人を指導しながら、画院の方へ顔を出したり、浩藍(ハオラン)の手伝いをしたりと忙しく過ごしていた。





  *    *    *   





 章絢(ヂャンシュェン)と分かれ、(ゴン)州の庁舎に着いた麒煉(チーリィェン)丹管(ダングァン)は、(ヂャオ)州牧(しゅうぼく)に面会を求めた。


 右丞相(うじょうしょう)印綬(いんじゅ)を見せた麒煉(チーリィェン)は、直に(ヂャオ)州牧(しゅうぼく)の部屋へと通された。

 (ヂャオ)州牧(しゅうぼく)にも印綬(いんじゅ)を見せて、麒煉(チーリィェン)は言った。

「久しぶりだな、侶明(リュミン)。元気にしていたか?」

「ええ。(リー)丞相(じょうしょう)もお元気そうで、ようございました。今日は突然のご来訪、如何(いかが)されましたか?」

 麒煉(チーリィェン)印綬(いんじゅ)を見た侶明(リュミン)は、その意図に従って返事をした。


「急に来て済まないな。だが、浩藍(ハオラン)から訪ねるかもしれないとの書状は届いていたのではないか?」

「ええ。飛燦(フェイツァン)国へ向かう途中で、寄ることがあるかもしれないとは、書いてございました」


 侶明(リュミン)浩藍(ハオラン)は、叔父(おじ)(おい)の関係である。

 侶明(リュミン)は、浩藍(ハオラン)の父である兵部尚書(へいぶしょうしょ)趙路晶ヂャオルージンの弟として、軍の方にも多少は顔が利く。


「そうか。この者は、近衛武官の馬丹管(マーダングァン)だ。聞いてはいたであろう? 会うのは初めてか?」

「ええ。(ゴン)州牧(しゅうぼく)趙侶明(ヂャオリュミン)と申す」

「はっ。馬丹管(マーダングァン)です。お見知り置きを」


 二人の自己紹介が済むと、麒煉(チーリィェン)は直に本題に入った。


侶明(リュミン)。早速で悪いが、少々急いでいてな。州軍を借り受けたいのだが、国や侶明(リュミン)に忠実な者だけを借りたい」

「ほお。遂に尻尾(しっぽ)(つか)まれましたか?」

「ああ。(えさ)()いたら、食い付いて来たわ」


 侶明(リュミン)は、麒煉(チーリィェン)の言葉に、目を細める。

「そうですか。ご安心下さい。州司馬(しゅうしば)は、曲がったことが嫌いな少々融通の利かぬ固い男(ゆえ)、その部下達も義や忠に(あつ)い者達ばかりです。まぁ、要は例の者と州司馬(しゅうしば)とは水と油ということで、例の者はこちらで浮いております。ただ、清廉潔白(せいれんけっぱく)州司馬(しゅうしば)と合わない一部の者達を上手いこと使って、裏でこそこそしているようですが……。私もなかなか尻尾(しっぽ)(つか)めなくて、手を(こまね)いていたんですよ」

「そうであろうな。(ファン)御史(ぎょし)手子摺(てこず)っているようだからな。ところで、(ファン)御史(ぎょし)はここにいるのか?」

「ええ。ヤツにずっと張り付いているようですよ」

「今はどこにいる?」

「ヤツは街へ視察に行くと言っておりましたので、金商(ジンシャン)金繁(ジンファン)商会の略)あたりにおりましょう」

「ほお。ヤツは金商(ジンシャン)と親しいのか?」

「ええ。昵懇(じっこん)の仲だとか」

「そうか」


 侶明(リュミン)の言葉を受けて、数瞬、黙考した後、麒煉(チーリィェン)は決断した。

「これは良い機会だ。早速、金商(ジンシャン)に乗り込むか。侶明(リュミン)州司馬(しゅうしば)のところまで案内してくれ。あと、信のおける者に砦西(ヂャイシー)にいる章絢(ヂャンシュェン)のところまで使いを頼みたい」

(かしこ)まりました」


 三人は、直に動いた。







※ 「子曰、君子喩於義、小人喩於利」……先生(孔子)がおっしゃることには、「学徳ある立派な人は人の行うべき正しい道に敏感で、教養がなく心の正しくない者は利益に敏感である」[論語]


 右丞相……尚書省(全ての官府の中心。法案などの最終決定機関)の長官。

 本作では、左丞相は皇帝である麒煉が兼ねていて、右丞相も麒煉の隠れ蓑の身分なため、次官の左丞と右丞が主な業務を執り行っている設定です。


 州司馬……州軍の最高責任者。

 県尉……県の軍事、警察行政の最高責任者。

 御史……御史台の官吏。

 兵部尚書……兵部省(国の軍政、国防を司る機関)の長官。

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