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画竜点睛〜龍に守られし国〜  作者:
〜泡沫夢幻〜
10/37

10.疑心暗鬼を生ず

新婚さん甘々注意報発令中。



 朝になり、身支度を終えた子淡(ズーダン)に起こされた麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)聲卓(シォンヂュオ)の三人は、案の定、二日酔いになっていた。


 重い頭を抱え、花梨(ファリー)老娘(母さん)から出された薬湯を、三人は顔を(しか)めながらもなんとか飲み干す。


 麒煉(チーリィェン)は、迎えに来た護衛に支えられながら、重い足取りで自分の宮まで帰って行った。

 そして、章絢(ヂャンシュェン)は、今日一日は家でゆっくりすると麒煉(チーリィェン)に言付けていた。


(ヂャン)県令(けんれい)。部屋を用意してあるから、そちらでゆっくりと休んでから出発するといい」


 聲卓(シォンヂュオ)はそんな章絢(ヂャンシュェン)の言葉に甘え、客間で昼まで休ませてもらい、昼食をいただいてから、砦西(ヂャイシー)へと旅立って行った。



 午後から執務室へ赴いた麒煉(チーリィェン)は、早速、浩藍(ハオラン)に昨夜のことを報告した。

 話が進んで行くうちに、浩藍(ハオラン)の眉間には(しわ)が刻まれていく。

 そして、麒煉(チーリィェン)の話が終わると、それまで黙って聞いていた浩藍(ハオラン)は、遂に声を発した。

 その声は、地を()うように低い。


「陛下。勝手に話を進めないで下さいと、何度も、何度も、口を酸っぱくして申し上げておりますよね?」


 麒煉(チーリィェン)は、浩藍(ハオラン)の口角が上がり笑みの形は作っていても、目が全く笑っていない笑顔に、怒気と威圧を感じ、恐怖で後退りしそうな身体に活を入れて、なんとか答える。


「そう、だった、かも?」

 

 主君の何とも情けない返答に、浩藍(ハオラン)(あき)れて息を吐く。

「はぁ。いくら非公式の場だとは言え、言ってしまったことは取り返しがつきません。今回は何とかなりそうですし、何とかしますが、今後は、即断即決はお止め下さい」

「ああ」

「本当に分かっておられるのですか? あなたはいつも、いつも……」

 浩藍(ハオラン)の説教と愚痴(ぐち)は、その後一時(いっとき)程続いた。

 その間、麒煉(チーリィェン)は嵐が過ぎるのを、ただただ身を縮こめて待っているだけであった。





 それから数日後、麒煉(チーリィェン)は言葉通り、砦西(ヂャイシー)へと向けて、資材と人員を送った。

 だが、その後一月が経っても、聲卓(シォンヂュオ)からは、返礼どころか何一つ書簡が届かなかった。

 これには流石(さすが)麒煉(チーリィェン)も、居ても立っても居られなくなってきていた。

 そんな時だった。

 画院の方から、新しい顔料を加工して、染料と釉薬(ゆうやく)にし、織物と陶器にした物が出来上がったとの報告が来た。

 早速、麒煉(チーリィェン)は画院を訪れた。


「陛下。こちらが完成した新しい織物と陶器でございます。いかがでしょうか?」

「ほう。思っていた以上のものが出来たではないか。どちらも美しい。これは、権力者ならば誰しもが渇望するであろうよ。だが、そうなると別の心配が出て来たな……」


 麒煉(チーリィェン)はこの美しい工芸品を求めて、戦が起きやしないかと危惧(きぐ)した。


 −−ただの杞憂(きゆう)であれば良いが……。


「制作者達には褒美(ほうび)を取らせよ。あと、これまで以上に技術の流出を防ぐよう目を光らせ、警備を堅固にするように」

「はっ!」



 執務室に戻った、麒煉(チーリィェン)浩藍(ハオラン)に尋ねた。

浩藍(ハオラン)。各国への派遣の準備は済んでいるか?」

「はっ。こちらに」

 浩藍(ハオラン)麒煉(チーリィェン)へと書類を渡す。


飛燦(フェイツァン)国へは俺も使者として同行する。あとの国はこれで良い。物品が揃い次第出発とする」

「はっ!」



 麒煉(チーリィェン)が急がせた結果、それから一週間程で、飛燦(フェイツァン)国に持参する分だけは、織物と陶器を揃えることが出来た。



 この日、麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、執務室で飛燦(フェイツァン)国への旅程の最終確認をしていた。


章絢(ヂャンシュェン)。相変わらず、砦西(ヂャイシー)の方からは何も音沙汰はないのか?」

「ああ。やはり、(ジィァン)別駕(べつが)の手の者が途中で握り潰しているのだろうか?」

「恐らくは。まさか、(ヂャン)県令(けんれい)がヤツの手の者だったということは、ないだろうな?」

「流石にそれは、考え過ぎだ。疑い出したら、切りがないぞ」

「分かっている。信頼関係を築くには、先ずは信用しなければいけないということは。だが、一度疑うと、全てが疑わしく思えてくる」


 (うれ)い顔の麒煉(チーリィェン)を、章絢(ヂャンシュェン)(あわ)れむ。


「そうだな。信用し過ぎて、身を滅ぼすわけにはいかないから、慎重にもなるよな」


 章絢(ヂャンシュェン)の言葉に、麒煉(チーリィェン)は思わず弱音を吐く。


「皇帝としての立場が、とてつもなく重くて、足下が覚束(おぼつか)なくなることがある。そんな時、お前がとても(うらや)ましくなる」

「それは、隣の花が赤く見えているだけだ。お前の立場も、俺の立ち位置も天帝が定められたものだ。逆らうことは許されない。ならば、それを全うするしかないだろう?」


 ()め息を(こぼ)し、麒煉(チーリィェン)は淡く笑む。

「はぁ。そうだな。全て天帝の思し召しだと言って、逃げてしまおうか?」

「随分と弱気だな。だが、そんなことをしたら、それこそ天罰が下るだろうよ」

「だが、少しくらいなら許されるだろう? 天帝は(ふところ)の深い御方だからな」

「まぁ、子の言うことならば、少しの()(まま)くらいはお許し下さるかもしれないな」


 自分を思いやってくれる章絢(ヂャンシュェン)の存在を、有り難く思い、麒煉(チーリィェン)は普段中々言葉に出来ない思いを口にする。

「フッ。少し吐き出したら、すっきりしたよ。お前がいてくれて良かった」

「殊勝なことだな。明日、雨が降らなければ良いが……」

「全くだ。先程、飛燦(フェイツァン)国へ持って行く分の織物と陶器は、揃った。明日は、朝一にここを立つ。飛燦(フェイツァン)国へ向かう(つい)でに、砦西(ヂャイシー)の件も片付けたい。かの国へ行く前に、この国の(うみ)を出す。そのつもりでいてくれ」

「分かった。……晴れると良いな」

「ああ」


 二人は窓の外を見遣った。





  *    *    *   





 −−出発の前夜、章絢(ヂャンシュェン)は愛しの妻、子淡(ズーダン)と夫婦の時間を過ごしていた。


子淡(ズーダン)。また(しばら)く、会えなくなるよ」

章絢(ヂャンシュェン)。寂しいけど、仕方が無いわ。どうか、麒煉(チーリィェン)大哥(兄さん)を助けてあげて」

「分かっているよ。子淡(ズーダン)麒煉(チーリィェン)に甘いよな」

「そうかしら? 恐れ多いけれど、私にとっては兄のように大切なお方だから」

「はぁ。複雑だな」

「くすっ。実際、義兄になったわけだしね。でも、愛しているのは章絢(ヂャンシュェン)だけよ?」

子淡(ズーダン)! 俺もだ」

 章絢(ヂャンシュェン)はたまらず子淡(ズーダン)を抱き締める。

 そのまま、耳元で(ささや)いた。

「まあ、兄のように弟のように思っているのは俺も同じというか実際そうだし、手助けはするけどね。それに、飛燦(フェイツァン)国に行けば、(フゥァン)の出自も分かるかもしれない」

「そうなの?」

「ああ。(フゥァン)には内緒だよ」

「ええ」


 章絢(ヂャンシュェン)は、腕を解き、「ところで、(フゥァン)の修業はどう?」と、子淡(ズーダン)に尋ねた。

(フゥァン)は私以上の才能があるわ」

「本当かい?」

「ええ。教えれば直に吸収して、教えたこと以上の力を発揮する。飲み込みも応用力も天才的だわ」

「それはスゴいな。俺がいない間、(フゥァン)子淡(ズーダン)一人に任せるのは心配だな」

「実は私も少し不安になって、師君(シージュン)に手紙を出したの。そしたら、(フゥァン)に会ってみたいから、近いうちに訪ねるとの返事が来たわ」

「そうか。それなら安心だな」

「くすっ。章絢(ヂャンシュェン)は本当に私に過保護よね」

「それはそうさ。君が俺の全てだからね。君に何かあったら俺は生きてはいけないよ」

「それは私も同じだわ。危険なことはしないで」

「ああ。君も」

 それが守ることの出来ない約束であることは、互いに分かっていた。

 それでも、現実のものとなるように言霊を紡がずにはいられなかった。


章絢(ヂャンシュェン)。今度はこの笛を持って行って」

「それは……」

「前に言っていたでしょう。この笛は私のようだと。本当は私が一緒に付いて行きたい。でも、それは無理でしょう? だから、私の代わりにこの笛を連れて行って欲しいの」

子淡(ズーダン)……」

「お願いよ、章絢(ヂャンシュェン)

「はぁ。分かったよ。君には敵わないな」


 子淡(ズーダン)から笛を受け取った章絢(ヂャンシュェン)は、それを口元に持って行き、奏で始めた。

 有名な恋の歌に、子淡(ズーダン)は笛の音に寄り添うように詩を乗せる。

 二人の情熱的な愛の調べは雲を(とど)むほどであったが、なぜだか哀愁(あいしゅう)を帯びていて、切なく感じられた。



 こうして、(しば)しの別れを惜しむ新婚さんの夜は更けていった——。





  *    *    *   





 −−出発の朝、まるで天も味方しているかのように、空は青く澄み渡り、雲一つ見当たらなかった。


「それでは出発!」

「はっ!」


 飛燦(フェイツァン)国への貢物を積んだ荷車には、三人の官吏が乗っていた。

 更にそれを取り囲むように、五人が騎乗して荷馬車を守っている。

 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)は、列の一番後ろにいた。



章絢(ヂャンシュェン)。朝早かったが、天女に別れの挨拶は出来たのか?」

 麒煉(チーリィェン)章絢(ヂャンシュェン)に近づき、彼にだけ聞こえるように小声で話しかけた。


 それに、章絢(ヂャンシュェン)も小声で応える。

「ふん。それは、眠る前に済ませたさ」

「そうか」

「お前こそ、可愛い子供達に挨拶したのか?」

「はっ。するわけないだろう。あそこでは俺はずっと天迎(ティェンイン)宮に(こも)っていることになっているんだからな」

「おっと、そうだった」

「まあ、顔は見て来たがな」

 健やかに眠る息子達の顔を思い浮かべて、麒煉(チーリィェン)は微笑む。


「出来る限り早く戻れるように努力はしよう。……それから、お前もこれを持っていろ」

 麒煉(チーリィェン)はそう言って、一枚の絵を章絢(ヂャンシュェン)に渡した。

 

「なんだ? ……これは……」

(フゥァン)が描いた天女、……母親の絵だ。飛燦(フェイツァン)国で役に立つかもしれないからな」

「そうだな。まだあるか?」

「ああ。(フゥァン)には出発までに描けるだけ描いてもらった」

「ふーん」

「なんだ?」

「いや、なんでも」

「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」

「沢山の天女の絵を懐に忍ばせているなんて、随分な好色だなと思っただけだ」

「おーまーえーな! これは下心で持っているものじゃない。分かっているくせに、よくもそんなことが言えるな! そんなことを考えるお前の方が余っ程、好色だろ。子淡(ズーダン)に注意するように言っておかないとな」

「おいおい、冗談に決まっているだろ! 子淡(ズーダン)には言うなよ!」


「お二人とも、ほどほどにして下さいよ。沿道から、変な目で見られているんですけど……」

 そう言って、荷車の右側を守っていた武官の馬丹管(マーダングァン)が二人の話に割り込んだ。


「ゴホン。それは悪かった」

「悪いな」


 いつの間にか声が大きくなっていたことに気付き、二人はばつが悪そうに謝った。

 丹管(ダングァン)は、そんな二人の態度に苦笑した。


「まだここは都だから良いですけど、馬上でただでさえ目立つんですから、気をつけて下さいよ」


 その後は、元の隊列に戻り、(ひずめ)の音と荷車の車輪の音が街道に響いていた。

 


 道行く人々は(うわさ)した。


「皇帝陛下の御進物(ごしんもつ)が、他国へ運ばれていくよ」、「遂に献芹(けんきん)されるのか」と。


 その言葉には、「皇帝陛下は他国に(こび)を売って、戦から逃れようとする腰抜けだ」との揶揄(やゆ)が含まれていた。







※ 雲をとどむ……[意味] 空を流れ行く雲を止めるほど、楽曲や歌声が美しく、優れていること。

   献芹けんきん……[意味] (つまらない野草のセリを献上する意から) 人に物を贈ることをへりくだっていう語。君主に忠義を尽くすことをへりくだっていう語。


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