すれ違い
ん?...この音、前にも聞いた事がある...どこだったかな?
――その刹那、私の体は軽くなった...いや、上に乗っていた人がいなくなったのだ。
「どうしたの?ルナちゃん。急に...ルナちゃん!?」
私は目を開けると、ルナはそこにいなかった...急いで辺りを見渡すと数メートル先にルナは倒れていた。何が起こったのか分からなかった私は、ガルダの方に目を向ける。ガルダは私の方へ戦闘体勢でいた。
いや、違う。私の後ろに何かいる!?
私が振り向くと…
―――パチン
その瞬間、イレイナは今まで感じたことのない浮遊感を味わった。
戦いの後だったこともありイレイナは耐えきれなかった。薄れていく意識の中見た光景は人間のようなシルエットと石造りの壁だった。
「おい!そっちに行ったぞ!」
鬱蒼と茂った森に青年の声が響く。
だが返事はない。あるのは生物が地を駆る音とざわめく葉の音のみだった。
「おい!」
青年が苛立ちと焦りで怒鳴る。
するとようやく返事が返ってきた。
その返事は、生物が絶命する音だった。
「なあ、喋る事出来ないのかお前。」
横たわる巨体の傍に佇む男に青年は苦言を呈した。
青年はその男をあまり知らない。
考えてみればその男はおかしな風体だった。
背丈は高く、しかし屈強とは言い難い細身。
そして何より黒いローブを羽織るだけで鎧の類は身につけていなかった。
かという青年はこれでもかと言うほどガチガチに、堅く装備を固めていた。
まあ、そのせいで横のモンスターに追いつけなかった訳だが。
「喋るのは余り好きじゃない。」
男は低い声で拒絶した。続けて、
「第一、急にモンスターを狩るといいだしたお前に合わせられるか。俺はお前ほど手癖が悪くない。」
と、続けて文句を言う。
「めちゃくちゃ喋るじゃねえか!というか名前教えたんだからお前って言うな!」
青年の怒号に男は黙る。
沈黙が数分続き、耐えきれず青年が口を開いた。
「アグラヴェインだ。」
「忘れた訳じゃないんだがな。」
即答され、青年はさらに憤慨した。
「で、これからどうするんだ?」
場面は夜に変わり、2人は仕留めたモンスターを食していた。
「人が住める場所を探る。」
男はまたも即答する。
「そういうおま――アグラヴェインはどうするんだ?」
「外を冒険した事を記録するんだ。そうすれば地下のヤツらに一目置かれるだろう?」
そうか――。男は気にもとめずそう淡泊に応えるとまた口を噤んだ。
しばらくの間沈黙が続き、男は立ち上がった。
「便所か?」
アグラヴェインの質問を男は沈黙で答えた。
茂みに入っていく男の背中を見ながら、アグラヴェインは腹を満たした。
食事も終わり、就寝の準備をするが男は帰ってこなかった。
「遅いな、あいつ。」
寝袋を出しながら独り言ちる。アグラヴェインは疑問を持ちながらも心配はしていなかった。男の腕を信用していたのだ。
「そういやあいつの名前なんだっけ。」
身体を半分寝袋に入れながら呟くと、
「ヌル、だ。お前が忘れてどうする。」
「うわぉ!」
暗闇からの声にアグラヴェインは飛び跳ねた。そして急に喋るな、と理不尽な事を口にし、ヌルと名乗った男は心底呆れていた。アグラヴェインは暗闇のせいか気付いていなかった。ヌルがとある少女を肩に背負っていた事に―――。
当然朝にアグラヴェインが焦りながらヌルに聞いた。
ヌルは道に落ちていたと説明するがアグラヴェインは聞く耳を持たず、果ては誘拐をしたのではないかという濡れ衣まで着せにかかったという。
「お前がどんな趣味を持ってようが構わないが、どうしてこんな真似したんだよ!」
「…ん」
イレイナにとって、目覚めのいい朝なんて万に1つもない絵空事だった。今回も例外ではない。どころか、普段以上だった。最悪と言ってもいい。
聞き覚えがない声質の怒声とかんかんに照りつける太陽光線に強引に起こされる。
「寝心地が悪すぎる。身体痛いし……あ!でも、太陽のいい匂いがする!まあ、あれってダニが死んだ匂いらしいけど!」
人生において聞きたくなかった知識上位に入るトリビアを披露しつつ、ようよう意識を覚醒させ周囲の状況を確認する。
最初に目に入ったのは、2人の男性。しかも人間であった。イレイナにとって、久しぶりに同じ人間と出会えたことで喜ばしい限りだが、状況が状況なだけに警戒して2人を交互に見る。
(( 何言ってんだこいつ ))
そうアグラヴェイン、そして連れてきたヌルすらも思っていたのだった。
―――とりあえず、自己紹介は終わった。全員、名前がわかって安心した所で、本題に移る。
「私をここに運んでくれたヌルさんはどこで私を見つけたの?他に獣人の人達はいなかった?」
定番の"ここはどこ?私は誰?"をしたい気持ちを抑えながら、自分の置かれている状況を確認しようとする。
すると明らかに獣人という言葉に反応し、安心していた二人に緊張が走る。
イレイナが「しまった」と思っているとアグラヴェインが再び口を開く。
「君は獣人とどのような関係かな」
さっきまでとは違い不信感をとても感じる目と声のトーンだった。
私がどう説明しようかと言葉をつまらせていると
「もし獣人と接点があるようなら君とは一緒にいられない。奴らは嗅覚が強く匂いを覚えられたら一生追いかれられると言われている。」
そう言うとアグラヴェインは立ち上がり荷造りを始めた。
ヌルも立ち上がり私を一瞥するとアグラヴェインのもとへ行った。
「ま、待って――ッ!」
痛みで立てずそのまま地面に頭をぶつけた。
情けなくて立ち上がれない。
私が油断しなければ、気を抜かなければ何とかなったかもしれない。
俯いたまま涙が頬をつたう。
苛立ちでどうにかなりそうな時、足音が頭上で止まった。
顔を上げるとアグラヴェインと名乗った男の人がいた。
先程の雰囲気とは違い、バツが悪そうにしている。
「勘違いするなよ。お前が全快するまでだ。それまでは世話をしてやる。」
男は不満げな顔をしながらもため息混じりに言う。
「本当にありがとうございます!」
無意識に頭が下がる。本当にこの人達には感謝してもしきれない。ホッと安堵するとせき止められたダムが決壊するようにまた涙が溢れてくる。
しかし、先程とは違いその涙はほんのり甘かった。
「ヌル、お前が連れて来たんだ。獣人から追いかけられることになったら、お前を恨むぞ。」
「やってしまったことは過ぎたことだ。俺を恨まず成仏してくれよ。」と、男は合掌の構えをする。
「勝手に殺すな馬鹿!」
2人は警戒心を下げ、コントのような会話をする。それが、私の不安を振り払い、温かい気持ちへとさせてくれた。
……あれから少しの月日が流れた。
二人はモンスターを狩りながらモンスターの生態と人が住めるところを探しているらしい。
最初は狩りに参加させてもらえなかったが怪我が治るにつれて参加させてもらえるようになった。
最近ではアグラヴェインに剣の扱い方まで教わるようになり仲間と呼べる関係になってきたと思う。
しかし、ヌルは私とは最低限の会話しかせず、たまに喋ると思うと嫌味しか言わない。アグラヴェインとは楽しそうに喋るのに…
やっぱり亜人と何かがあったのかな…
だとするとどうしたら…
「聞いてないならそのまま置いて行くぞ。」
「うひぇあ!?」
――――ああ、久しぶりに出してしまった。
いたって普通の女の子を演じていたのに。
「聞いてなかったのか。ではお別れだな。」
「まっ、待ってよヌル!」
興味無さげに去っていく背中を見てて呼んでみたけれど、どうすればいいのだろう。
というか止まる気配がないのはやはり嫌われているからですか?
「待っててば!」
「待つ必要が無い。」
即答されてしまったがここでやめる人間なら地下の人を脅して外に出てこない。
「どうして私への対応が酷いの!?」
「――――。」
言ってやった。ヌルはいきなり何を言うのかとビックリしているが気にする事はないだろう。
少しの沈黙。耐えきれずに私から口を開いた。
「私が…私が亜人と一緒に居たから?」
「――ああ。お前勘違いしてるな。」
やっと口を開いたヌルから嫌味以外の言葉を久々に聞いた。
「アグラヴェインは確かに亜人を恨んでる。だが俺は違う。」
「じゃあなんで…」
「忘れたのか?――俺は喋る事が嫌いだ。嫌味を言っていれば相手は口を噤むだろう?」
そう告げてヌルは、私の前を歩いて行った。
けれど、歩く速度は先程とは違い遅く、私が追いつくのを待っていた。
「いや、周知の事実のように言われても私、初耳なんですけど」
追いつき愚痴を零すも、ヌルは我関せずと歩みを進める。しかし、私に合わせながらゆっくりと。
彼女出来たてのぎこちない彼氏かよと、思いながらも先導してくれる寡黙者に合わせて、後ろを黙って着いていく。
その時、私は口元が少し緩んでいたかもしれない。
...どれくらい歩いたのだろうか。いや、私達はどれぐらい歩かされたのだろうか。どこまでも行っても景色が変わらない。まるで、出口のない迷路に入れられた気分だ。ヌルの表情から察するに、同じ感覚であることが伝わってくる。私達は立ち止まることにした。
「私達は今、何かからに攻撃されているの?それとも、普通に迷っているだけ?」
「いや、俺は道に迷うということはしたことがない。攻撃か分からないが、何か異変が起こっているのは間違いないだろう。」ヌルがモンスターと戦う時と同じ表情で言う。
私達は辺りに何かおかしなところがないか見渡した。
「ヌルさんそっちに何かあった?」
その問いにヌルは首を横に振るだけだった。
アグラヴェインもそろそろ異変に気づいてくれるはず…
―――俺は逃げてしまった。
ヌルとイレイナが珍しく二人並んで歩いていると思えば、イレイナは頬が緩み、ヌルはこれまでにもなく柔らかい顔をしていた。
そんな二人を見て、胸のムズムズしその場から離れてしまった。
次会うときはいつもどおりができるだろうか…
「しかし、あいつら遅いな」
と言いつつアグラヴェインは飯の支度をしていた。