表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ

「ふーん」

「うーむ」

 四畳の畳が敷かれた部屋内で二つの声があった。その声は、何か考え事をしているように聞こえる。実際、この『文化部』にいる二人の人物は将棋をしていて、そして、酷く悩んでいた。一方が圧倒的に攻め、もう一方は王を逃がすことに必死だった。細めの男は、額から汗を流し難しい顔をしている。

「八東くん、もう少しだけ将棋に集中してくれない? 真剣に悩んでいる僕が馬鹿みたいじゃないか」

 八東(やとう)八雲(やくも)は対戦相手である千堂(せんどう)双火(そうか)からため息を吐きながら、皮肉じみた台詞を言われる。八雲は、この対戦に手中していなかった。将棋盤を置いてもまだ物が置けるスペースがある卓袱台の上に、将棋関係以外のものが散乱している。卓袱台に置かれているものは、食べ物から筆記用具まですべて赤で統一されている。その中から、トマトと赤のマーカーペンを両手に持ち、ペンをトマトに突き刺した。

 ペン先から徐々に奥まで刺していき、半分以上埋まったところで、トマトが真っ赤な光に包まれた。

 ――次の瞬間には、トマトは手のひらサイズの炎に姿を変えていた。

「成功だな……」

「成功って、君は一体何やってるの?」

「魔術の実験だよ、双火さん。統一した色のものを組み合わせて、その色と同じ色を持つ自然現象を起こすっていう実験」

 手のひらの炎は次第に小さくなっていき、そして消えた。残った煙が、部屋中を覆う。

「こんな時ぐらい遊びに集中してもいいじゃないですか若、そのために僕がこの時間を作ったのに……」

「双火さん、若はよしてくれ。学校にいる間はお互い、先輩と後輩なんだから」

 それもそうだね、と双は言葉を訂正しながら、王の駒を前に進めた。盤上には双火の駒がほとんどで、八雲の駒は歩が全部双の手に落ちている状態だ。なのに、八雲は有利を保ったまま、駒を動かし続けている。

「あのね、一つだけ言っていい。こんなこと言うのは情けないんだけど、僕、イカサマしているんだよ。こっそり、君の持ち手からこっそり駒盗んだり、配置を変えたりね……。なのに、よく正攻法で勝てるよね」

 魔術の研究をしていようと、八雲は双火がイカサマをしているのは分かっている。それなのに、勝つことができた。

 双にはイカサマをアリだと告げ勝負を始めた。だが、双火は勘違いをしている。駒の配置を変えようが、相手の持ち駒から盗もうが、効果として弱すぎる。

 ――もっと強力な魔術(イカサマ)を使わないと意味がないのだ。

 イカサマを使っても勝てずに困惑する双を見ながら、八雲はほくそ笑んだ。八雲は魔法を鍛える一環で、精神操作系の魔法を双にかけていた。

 いくらイカサマを使っても、勝ちに向かおうとする行動を制限する魔法を掛ければ、双は一生将棋で勝つことができなくなるんだ。それを知らない双火やその他の人は八雲と一対一で競うボードゲームをしても勝つことができないのだ。

「勝負に勝つためならイカサマ必要だ、悪いとは思わない。だが、イカサマを考える暇があるならもう少し勝ちにいく貪欲さが双火さんにはほしい。じゃないと、つまらない」

 なんて言っているが、その貪欲ささえ、八雲は操作することができる。たとえ、この場で双火とじゃんけんをしようが、双火は一生勝てないだろう。

 八雲は自分で言った言葉がおかしく、ひとりでほくそ笑んでいると、双は盤上の駒をかたずけ始めた。

「つまらない、か。八東くんも随分、感情が普通の人に近づいているね。やっぱり……」

 双は一旦そこで言葉を止めると、窓際にある棚の方に目を向ける。そこには、笑顔で佇む一人の少女の姿が映し出されている。

 双火の視線の先にあるものに気付いた八雲は、ふぅ、と息を吐くと右手から魔法陣を展開させた。

 だが、直ぐにその魔法陣はガラスが割れたような乾いた音を立てながら、砕け散った。

 その魔法は『復活の魔法』、人間の理から外れた、禁術だ。

「もう少し待っていてくれないか。『魔)(アーク)』がこの魔法を習得さえすれば、アイツを……愛歌(あいか)を生き返すことができる」

「うん、ありがとう」

 涙ぐむ双火の肩に八雲は軽く手を乗せ、慰めた。八雲も写真に目を向けた、そのときだった。

 ――グサ!

 鈍い音と共に激痛が走った。八雲は視線を下に移すとそこには胸から血まみれの手が飛び出していた。その手には拍動する『魔臓』が握られている。

「そう、か、さん、これ、は一体……」

 途切れる声で魔臓を握る双に問いかけた。双火は、ニンマリと笑いながらゆっくりと胸から手を引き抜いた。八雲はその場に倒れると畳は血で汚れ始める。

「八東くん、貴方は効率が悪い。人を生き返させたいのなら、なぜ人を実験に使わないんだ。君に頼んでいたらいつまでも妹は帰ってこない……。『魔臓』は僕が有効に活用させてもらうから、君はゆっくり眠りなさい」

 大量出血のせいで自分が今、何が起きているのか分からない。ただ、死ぬということだけが理解できた。

 暗くなる八雲の視界には、文化部から出ていく双火の背中だけが映っていた。そして、文化部の扉が閉まったと同時に八雲は息を引き取った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ