04
時刻は戻り、双子がこの世界へやってきてから、五年が経過した。
漆黒の暗闇をうめつくす満天の星空、深夜でも明るい城塞都市ディーボから距離のある、この小丘からは、晴天の日には無数の光が黒いキャンパスを彩る。
今日は、特別な日である。神が定めた期間。五年という期間、双子はこの小屋の周辺でのみの生活を強いられていた。
ずっと白い世界に居た二人からすれば、大した苦ではないのだが、もっと多くのものを見てみたい、という願望は日に日に強くなっていった。
その願望も、叶うわけである。それが五年という区切りであった。
「というわけで、です!ようやく今日から二人はこの小屋を離れて自由に暮らす権利が与えられま〜す!!!!」
高級な漆黒の衣服で身を包んだ若い男は、両手を広げて高らかに宣言する。
その格好に似合わないのどやかな小丘に、冷たい風が流れる。
しかし真夜中であるので、姿も見えず静かな小丘に声が響き渡る。
少し経つと、小丘に建つ一軒の小屋の中から仄かな灯りが見え隠れし、扉が開くと、二人の少年少女が目をこすりながら現れた。
「おはようございますっ!」
「なんだよこんな時間に……。」
「それがですねっ!今日で五年なのですよ!私がこの世界のプログラムを全て把握し切ったわけでして!」
「暇になったから私たちで暇つぶしするってわけね。」
「そんな言い方ないですよぉ!二人の幸せのために頑張って行こうかなと思いまして!なので今日からお二人には自由に暮らして頂きますっ!」
「本当!?俺城塞都市いけんの!?」
「もちろんですっ!何処へでも!好きにしてください!」
ずっと城塞都市ディーボに憧れ続けていたチルトは、さっきまで重たかった瞼をこじ開けキラキラとした黒瞳を見せる。
声にこそ出さなかったものの、チルト同様に少なからずディーボに憧れを抱いていたミレイも、表情に嬉々としたものを浮かべていた。
「それともう一つですねっ!今日までこの周辺一帯にかけていた加護を解きましたので!ついうっかり、魔物に食べられないように頑張ってくださいね!」
「魔物って、魔物?」
「魔物ですね!ゴブリンとかですね、オークとかですね!」
「オークって女を捕まえて・・・・・・『キャッ!』」
普段は全く聞かない高い叫び声。ふと振り向いたチルトの視界には、大きな何かに足を掴まれたミレイの姿があった。
「早速きてしまったみたいですねっ、では、二人ともご武運を〜!」
ニヤリと笑いながら神、ノリオは闇の中に紛れて消えてしまった。
突然のことに動揺を隠せないチルトは、ミレイが危険な状態にあることにようやく気付く。
「ミレイ!!!!!」
叫んだチルトだったが、足が動かない。ミレイを掴んだデカブツに怖気づいてる自分がいるのに・・・・・・。
チルトは自分を情けなく思った。
「来ないでチルト!私なら大丈夫だから!」
宙釣りにされながらも、チルトの事を心配して叫ぶミレイだったが、ミレイは近距離で自分の足を掴む者を見て確信していた。
――――オーク
女を攫って自分の巣に連れ去り、
欲望のままに女を孕ませて、子供を産ませてはまた欲望をぶつける。女が使い物にならなくなるまで永遠に苗床とする、女が最も嫌うモンスター。
その見た目は下賤で卑しく、体臭はあり得ないほどで、近くにいるだけで悪寒がとまらなくなるほどだ。
地球の知識では、物語に出てくる、架空の存在である。勿論、この世界ではそうではないようだ。
私はこのまま苗床にされて、そのまま悲惨な死を遂げるかもしれない。
しかし女ではないチルトだけならオークも見逃してくれるかもしれない、と考えたミレイはその言葉を伝えようとするが。
「ギヒヒヒヒヒ」
心底寒気のする声で笑うオークの声に、ミレイは言葉を詰まらせてしまう。
(生きたい・・・・・・もっと)
そう願うも、何もことばにできず、ただ怯えて宙釣りにされ涙を流すミレイ。
(どうしたら、あのデカいのからミレイを助けられるんだ・・・・・・)
どう見ても自分の倍ほどの大きさのあるデカブツに敵う気がしないチルトは、せめてこの暗闇に慣れようとするが、ミレイを掴んだデカブツを見て、急に頭が痛くなる。
【オーク】
種族ランクD
個体ランクC
頭の中に情報が入ってくる。どうやら、ミレイを掴んでるデカブツの正体はオークであるようだ。
何がどうなっているのかは分からないけれども、チルトはミレイが悲惨な目に遭う事を想像してしまい、自分の震えは武者震いだと言い聞かせる。
「お前にミレイは渡さない!」
「ギャフ?」
お前など眼中になかった。そんな様子でチルトを見下すオーク。
チルトはもうオークに怯えてなどいなかった。ひたすら、どうやってミレイを取り戻すか、それだけであった。
「なんだよこれ・・・・・・」
オークを見れば見る程、情報が頭の中に入ってくる。
激しい頭痛がチルトを襲う。はっきり言って立っているので精一杯だ。
「うわぁぁぁぁ!!!」
チルトは叫ぶと、唐突に地面を一直線に駆け出した。
がむしゃらに走るチルトをオークは持っていた剣で一蹴しようとする・・・・・・
が、しかし何故か剣の先にはチルトはいない。
「ギヒ?」
「こっちだ!!」
オークが剣を振った瞬間、歩調をずらし、剣を掻い潜り相手の後ろへと回っていたチルト。
(手にとるように動きが分かるよ!)
激しい頭痛と共に、チルトには目の前にいるオークの行動パターンが全て把握できるようになっていた。
攻撃手段こそないものの、オークの攻撃を間一髪でかわし続けるチルトに、オークは苛立ちを覚える。
(真上から八割の力で剣を叩きつけて、右か左か、避けた方にそのまま剣を薙ぎはらう・・・・・・)
あらかじめ攻撃が分かっていても、チルトには避ける手段のない攻撃だった。
(イチかバチか・・・・・・)
「おりゃぁあああ!!!」
「ギヒヒヒヒヒヒヒ」
本来なら避けられないであろう振り下ろしの剣だったが、次のなぎ払いのために力を温存するオーク。
その傲慢さを突いたチルトは、一気にオークの足元へ入り込み、オークのアレを全力で蹴り飛ばした。
「ギャフゥゥウウ!!」
オークは激痛のあまり、先ほどまで振り回していたミレイを手放してしまう。
「ミレイ!!」
空中を舞うミレイが落ちるギリギリでチルトはどうにか自分の体を犠牲に受け止める。
「チル・・ト・・・・」
ミレイはひどくおびえた様子でそう言うと、チルトの腕の中で安心して気を失ってしまう。
チルトの中にどうしようもない負の感情が浮かんでくる。
それはチルトが初めて感じた怒りであった。しかしチルトは初めての感情に自分でも気づけない。
ただ一つ、
「許さない」
もはや、チルトの目に光は宿っていなかった。
ミレイというハンデのなくなった今、もはやチルトの独壇場であった。
「ギャァァァアアアア」
チルトから食らった激痛と女を手放してしまった怒りで我を失うオークは、チルトに向かって剣をなぎ下ろす。
(行くよ、初めてだから程度が分からないけど。ミレイを傷つけたお前に慈悲なんてやらないから!)
「氷の遣いよ、我が右手にその矛を!
アイスアロー!」
チルトがオークに向けて突き出した右手が青白く光り、無から細長い氷柱が数本生み出される。
「いっけえ!!」
全神経を右手に集中させ、チルトの叫び声が響く。
高速で動き出した氷の棘はそのまま向かってくるオークへと突き刺さる。
「ギャフッ・・・・・・」
かすかなうめき声をあげたオークは氷の棘により血飛沫をあげ、その場に倒れた。
「勝った……」
初めての魔法だし、もう限界だ。意識を失ってはいけない、と思いながらも仰向けに倒れたチルトは、満天の星空を見ながら思う。
(これがサラウデイズ・・・・・・魔法と魔物の世界)
チルトの意識はそこで途絶えた。