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邂逅

 数百人は入れるであろうこの広い室内には一脚の椅子しか置かれていない。


 部屋の奥は一段高くなっている。そこにこの椅子は鎮座している。その背もたれに、四つの脚に、踊るように身をくねらす龍が彫り込まれている。


 豪奢な椅子に悠々と坐する男こそ、この国を統治する皇帝その人である。


 一段低い場所には腰をおろし跪拝する緑袍の女官吏がいる。


 人払いされたその室には今、二人と、二人を包む薄闇と、灯明皿の上でほのかにゆれる炎――それに一脚の椅子しかない。


「――で、そなたは何を望む?」

「……の民への解放を望みます」


 よどみない官吏の回答に、ほお、と男から感嘆の声が漏れた。


 壮年のこの男――第二皇帝・ちょう大龍だいりゅうがこのような反応を見せることはこの頃ではないことだった。


 その官吏が望んだものが地位や名誉や俸禄でないことにも、また『それ』を望むという実に稀有で斬新な感覚にも、皇帝と一人向かい合う度胸にも――全てを大龍は気に入った。なので、


「もう一つお願いがございます」


 遠慮のない女官吏の発言にも鷹揚にうなずいてみせたのだった。


「申してみよ」

「…………」


 次に乞われたことは、あまりにも女人の欲そのものであった。

 それが逆に皇帝の興を買った。


 この女官吏の口から聞きたいがゆえに、敢えて問う。


「そなたには愛する者はいるのか?」

「おります」

「それは余のことではあるまい」

「はい」

「では、何のためにそれを願った?」

「もちろん、先にお願いしたことを確実に迅速に実行するためにです」


 ふ、と息が漏れ、趙大龍は気づけば皇帝の威厳などどこ吹く風と、腹の底から笑い声をあげていた。


りゅう公蘭こうらんといったな! そなたは骨の髄まで官吏であるのだな!」


 豪胆な笑い声が広い室の隅々にまで響き渡る。


 これほど愉快なことがあっただろうか。この女は、自分が官吏であることも、女であることも、全てを自身の力としている。そして自分の理想として掲げる未来をその力でかなえようとしている。


 大龍は誇らしかった。全ての官吏は自分の子供のような存在だ。愛すべき湖国のために、多くの子供たちと共に生きてきたが――子とは親の常識を飛び越えて突然成長することがある。今がまさしくそうだ。


「……であれば、それは叶えなくてはなるまいな」


 この国に君臨する皇帝として。

 官吏を束ねる最長官として。


 男として。


(誰がこの女の望みを損なうことなどできようか?)




 柳公蘭の望みは全て叶えられた。

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