第八話 ダンジョン
兵士二人が自分を狙っていることが分かった私は服の中から黒いナイフを取り出し構えた。
ナイフの長さは約15cm。それに対して兵士が持つショートソードの長さは見た所70cm位はある。
リーチと手数の差で明らかに私の方が振りなのは明白。
先に襲い掛かってきた兵士は、私に向けて斜めから下へ斬撃を放つ。
私はその一撃を軽く身体を捻ってよける。
避けられる事を想定していなかったのか兵士は体勢を崩した。
その隙に私は鎧の隙間からナイフを一突き。
「ぐっ……」
兵士の小さな呻き声と共に私の手には肉を貫いたという感触が手に表れた。
そしてその兵士血反吐を吐いて倒れ、動かなくなった。
「な……冗談だろ……」
一瞬の出来事に事態が追いつかないのか、もう一人の兵士は酷く狼狽している。
私はその隙を逃さずに、もう一人の兵士へと走り出した。
「くそっ!」
まだ動揺が拭い切れて居ないのか私へ向けられた斬撃はとても大振りで、誰でも躱せるような一撃だった。
私はその一撃を難なく躱し、先程の兵士と同じ様に鎧の隙間をナイフで突いた。
あまりナイフは深く刺さらなかったが、先程の兵士と同じように血反吐を吐いてその場に倒れた。
「リリカ早く行くよ!」
「あ、ちょっと!」
突然の出来事に呆けていたをリリカの返答を待つ事無く私は手を取ってギルドから逃げるように走り出した。
先程の騒ぎが大事になっているのかギルドの建物の前は沢山の人でごった返していた。
血が付いている私の右手を見た一人の野次馬が悲鳴を上げると、すぐにその場は混沌と化した。
人が人を押し、逃げ惑う。
私たちもその中に紛れ込むように走っていく。
「どうするのよ!?」
「分からないけど、とりあえず走るしかないよ!」
追っ手らしきものはまだ見えないが、このまま走りを止める訳にも行かない。
どこか隠れられる場所を見つけなければ、恐らく捕まってしまう。
恐らくあの時私が水晶にヒビを入れてしまったことが問題なのだろう。
しかし、水晶にヒビをいれただけで大罪人呼ばわりとは酷いもんだな。
私は人ごみを掻き分けながら今日この街に入るときに通った大きな門を目指す。
走っている途中、私の手についた血に気付いたのか住民が悲鳴を上げた。
叫びに気付いた兵士がすぐに後ろから私たち二人を追いかけてくる。
「いやー、大変なことになったね」
「そんなこといってないでさっさと走りなさいよ!」
リリカは私の手を振り払って全力で走り出す。
急にどうしたのかと思ったが、理由はすぐに分かった。
目の前に見えたのは出口であるベルベリアの大きな門。
私たちは後ろへ振り返る事無くその門を潜り抜けた……が、兵士は足を休める事無く私たちを追いかけてくる。
流石に町の外に出れば追いかけてこないだろう、という私の考えて甘かった。
「まだ追いかけてくるけど、どうするリリカちゃん」
「知らないわよ!全部リセのせいでしょうが!リセがどうにかしなさいよ!」
そういわれてもなぁ……。
と思っていた矢先、目の前に洞窟が見えた。
その洞窟の入り口には兵士が二人立っている。
しかし、入り口に立っている兵士は話し合いをしているのか此方に気づいた様子は無い。
「リリカちゃんあの洞窟に入って全力で逃げよう」
「はぁ!?あんな得体の知れない場所に入るわけ!?しかも兵士いるじゃない!」
「大丈夫。こっちに気付いてないみたいだから行くよ!」
私たちはそのまま兵士二人を素通りして洞窟の中へと入っていった。
流石に後ろから追いかけてくる兵士も居る以上気付くだろうけどね。
などと考えていた矢先、急に足元が無くなり浮遊感に襲われたかと思うと、目の前の景色が一変した。
出た場所は、太陽は見えないが青空が広がっている草原。
何処からか吹いてくる風がとても心地いい場所だった。
「……どういうこと?」
「理由は簡単よ。ここはダンジョンなのよ」
リリカはそういうと背中に背負っていたショートソードを手に持った。
ダンジョンがどんなものか予想していなかったが、まさかこのように景色ごと一変するものだとは思っていなかった。
周りを見渡す限り追ってきた兵士は見当たらない。
ダンジョンの敵らしきものもまだ見当たらない。
「いつあいつ等が入ってくるか分からない以上進むしかないわ」
「……そうだね。出口も見当たらないしとりあえず進まないとね」
私たちは互いに武器を片手に歩き出した。
前に進んでいくと、私たちの身長より高い草が覆い茂る場所に出た。
その草には4人くらいで入れる隙間がいくつもあり、まるで迷路の入り口のようになっている。
この中のどれかが正しい道なんだろうけど、下手に進んで罠に掛かるのも困る。
「リリカこれどうする?」
「どうって……行ってみないと分からないんだからどれでもいいでしょ」
リリカは自分たちの目の前にあった隙間に入っていく。
確かに言われた通りここで手を拱いていても仕方が無い。
そして進んでいくと、全長30cm位のカマキリを見つけた。
普通のカマキリとは違い、手の部分が鋭利な刃になっている。
「モンスターみたいね」
「なんか気持ち悪い見た目だなぁ……」
「でも心配しなくてもいいと思うわ。そんなに強くないみたいよ?」
リリカは冒険者のカードを私に見せてくる。
そこには『グリーンマンティス lv 15』と表示されていた。
冒険者のカードに表示されていたこの情報は目の前にいるカマキリのモンスターの情報だろう。
確かリリカのレベルは30ちょっとだったはず。
そう考えると目の前の敵は大した事無い。
ゆっくりと目の前のグリーンマンティスに近付いていく。
私達に気づいたグリーンマンティスが飛び掛ってくるが、とても大振りな一撃で回避することは容易だった。
リリカも攻撃を回避し、グリーンマンティスの刃に向けてショートソードを振り下ろした。
その一撃が上手く決まり、グリーンマンティスの片方の刃が体と分離する。
刃が無くなったことに驚き、グリーンマンティスは怯む。
その隙を逃さずに私はグリーンマンティスの胴を突いた。
気持ち悪い感触が手に残ったが、グリーンマンティスはそのまま息絶えて消えた。
消えた?
「あれ、何で消えたの?」
「ダンジョンの中で死んだらダンジョンの中に取り込まれるの。だからさっきのモンスターは息絶えたからダンジョンに取り込まれたのよ」
「ほうほう、なるほど」
外で小人のようなモンスターを倒したときとの違いに少し驚いたがリリカの説明で納得がいった。
「そんな事いいから進むわよ」
私達はそのまま先に進んでいく。
「この草切ったらさ、結構早くいけるんじゃない?」
「それでトラップみたいなのが発動したらどうするのよ」
「ああ、それもそっか……」
正直視界が草に埋め尽くされていて鬱陶しい。
目の前を草が塞いでいる訳ではないが左右を自分の身長より高い草に囲まれているというのはあまりいい気分ではない。
まるで閉じ込められているかのように錯覚してしまう。
しばらく歩き、分かれ道に出た。
「リリカは右と左どっちがいい?」
「どっちでもいいわよ。どうせ正解が分かる訳じゃないんだから」
リリカはそのまま右の道へと進んでいく。
私もそれに付いていきしばらく歩いていくと、また目の前にグリーンマンティスが現れた。
だが、今回は先程と違って数が1体ではない。
数は6匹。
さらに、奥のほうを見ると数え切れないほどののグリーンマンティスが蠢いているのが見える。
「……どうやらこの道は外れみたいね」
「らしいね。どうしようか」
いくら優位に立っていようと、グリーンマンティスの刃を受けてしまえばひとたまりも無いだろう。
私はこの服に体を保護されているが、リリカは私のせいで何の準備も出来ずにダンジョンに入ってしまっている。
つまり、大群で来られればそこで終わり。
しかし逃げようとすれば目の前のグリーンマンティスたちの移動で後ろのグリーンマンティスの群れも此方に気づくはず。
先程の分かれ道を左に進んでいれば、と思うがいまさら遅い。
通ってきた道も広くは無いため、敵を撹乱する事も出来ない。
逃げるか。戦うか。
私達が手を拱いている中、グリーンマンティスの一匹が私達に攻撃してきた。
グリーンマンティスは飛びながらリリカの脳天めがけて手の刃を振り下ろす。
リリカはその一撃をガードする事無く回避してその場を凌いだ。
グリーンマンティスの攻撃は見た所単調だが、あの刃をガードしてしまえば金属音が鳴ってしまう。
そうなると後ろの群れが此方に気づくことは明白だった。
そのため回避する、と言う選択肢しか残されていなかった。
「リセ……!どうするのよ!」
小声で私に問いかけてくるリリカだが、正直なところ私もどうしていいか分からない。
また別のグリーンマンティスが飛び掛ってきた。
今度はリリカではなく私に飛び掛ってくる。
避ける事に難は無いが、このままでは埒があかない。
「ここは反撃するしかないでしょ!」
私はグリーンマンティスの攻撃を紙一重で躱し、奴の胴体目掛けて突きを放つ。
大振りの攻撃を放つグリーンマンティスに突きを当てることはさほど難しくない。
私の一撃が当たるとまた手に虫独特の気持ちが悪い感触を感じた。
これだから虫は潰したくないんだよね……。
ナイフを引き抜くと力無くグリーンマンティスは床に倒れ、そのまま消えた。
一匹のグリーンマンティスがやられたことに警戒したのか、他の五匹が泣き声のようなものをあげる。
すると後ろに居たグリーンマンティスの群れが此方に気付いた。
「結局戦うの!?」
「だってさ、逃げてもどうせ逃げ切れるような数じゃないし、潔く戦おうか」
「……分かったわよ!もう!」
私達は覚悟を決め、目の前に居るグリーンマンティス達へ斬りかかった。
誤字脱字等の指摘、感想などをお待ちしています!